嵐と炎

 数万にも及ぶ死霊軍の中心へ向けて降下するスレイグスタ老。

 突如として出現したこちら側に混乱する魔族。空から超巨大な竜が舞い降りてきて、恐慌状態に陥っていた。

 スレイグスタ老は問答無用で、その魔族たちを押し潰すように着地した。


 死霊程度の抵抗なんて、スレイグスタ老には通用しない。無残に潰され、消滅していく死霊たち。更に、スレイグスタ老は前方へと向けて、咆哮と同時に暗闇の息吹を放った。

 黒く塗り潰される世界。切り取られた風景のように、平地の一部が闇に閉ざされる。漆黒の稲妻が放電し、全てを消失させていく。

 暗闇の世界と漆黒の稲妻が消え去ると、そこにはなにも残っていなかった。


 大地さえも。


 大きく深く、えぐられた地表。漆黒の雷が走った跡は地上に無数の断崖だんがいを生み出し、闇の世界は切り取った場所を深淵しんえんの渓谷へと変貌させていた。


 一瞬にして、死霊軍の後方半分が消し飛んだ。


 えっ!?


 なにこの威力!!


 王都で使っていたら、更地どころの騒ぎじゃなかったね。

 というか、死霊軍の後方に存在を確認をしていた魔将軍ゴルドバもろとも、全てを消失させちゃった!?


「ふむ、あまり出張ると他の者のさ晴らしを阻害してしまうか。汝ではないが、自重することにしよう」

「いやいやいや、既に自重の領域を超えちゃっていますからね!」


 これが、スレイグスタ老の本当の攻撃力なんだ。

 巨人の魔王はスレイグスタ老のことを、竜神に仕える陰陽竜の一族だと言っていた。陰陽竜とか竜神がなにかはわからないけど、竜の森と霊樹を二千年間護り続けたいにしえの竜の力を知って、度肝を抜かされた。


 呆気あっけに取られたのは、僕だけじゃなかった。スレイグスタ老と一緒に転移してきた者たち。最初からこの戦場に居たヨルテニトス王国軍や死霊軍の全てが、スレイグスタ老に気圧されて動きを止めていた。


「やれやれ。ちょっとは楽しみを残しておいてほしかったわね」

「なあに、汝は向こうで十分に暴れたであろう。ここでは小童こわっぱどもの尻拭いに協力をせよ」


 アシェルさんくらいだね。平気な様子なのは。


 アシェルさんがスレイグスタ老の右側へ。ちょっと遅れて、リリィが左側に着地をした。

 これだけで、死霊軍は前と後ろに分断された。


 あ、違うか。後ろ半分はもう消滅しちゃっているんだよね。


 一瞬にして作りあげられた無数の断崖と深淵の渓谷はずっと先まで続いて、底は暗く窺い知れない。


 前に、アシェルさんが本気を出すと竜峰が削れて湖ができちゃうなんて言っていたけど、スレイグスタ老も同じだ。古代種の竜族を戦闘に巻き込んじゃいけないのだと、肝に銘じる。


 王都では、本当に手加減をしていたんだね。

 たぶん、巨人の魔王も手加減をしていたのかもしれない。

 計り知れない存在は、まさに全てにおいてはかることなんてできない者のことなのだと痛感した。


「さあ、なにをぼやっとしておる。我に汝らの力を見せてみよ」


 スレイグスタ老は首を巡らせて、みんなにげきを飛ばした。特に、その言葉は僕へと向けられているように感じる。


 そういえば、型の練習や模擬戦は苔の広場で散々と練習をしてきたけど、実戦で全力を出す僕の姿をスレイグスタ老に見せたことなんてなかったよね。

 スレイグスタ老がその圧倒的な力を僕に見せてくれた返事というわけではないけど、次は僕が成長を見せる番だ!


「こ、こんなもの……。予測なんぞできるものかっ!」


 あっ!


 半壊した死霊軍のなかに、ゴルドバを発見しました。騎乗していた腐龍と共に再生する姿を、スレイグスタ老の頭上から確認する。


「おじいちゃん、行ってきます!」


 僕は、空間跳躍でスレイグスタ老の頭の上から飛び降りる。そして、未だに恐慌状態の死霊軍へと突撃した。

 竜峰同盟のみんなも我を取り戻し始めたようで、各所で大いに暴れだす。戦場は、一気に騒がしくなった。


 飛竜たちが、空から猛攻をかける。地竜たちが、爆走する。竜人族の戦士が、腕を競うかのように死霊を薙ぎ払う。

 一方的な戦いになった。

 僕も白剣と霊樹の木刀を振るい、突進する。

 目指すは、魔将軍ゴルドバ。


 腐龍は厄介だ。再生したということは、スレイグスタ老の息吹でも消滅させられなかったということ。ゴルドバも、本体がどこか別の場所に居るんだろうね。


 竜気をみなぎらせる。

 伊達だてに、みんなが結界を張っている間中、回復に専念していたわけじゃない。

 全快した竜気を放ち、収束し、ヨルテニトス王国にも嵐を呼び込む。上空で雷鳴が轟き始め、荒ぶる風が死霊軍を翻弄ほんろうしていく。


 前方で、巻き起こった暴風にあおられるように炎の竜巻が乱れ暴れた。


 リステアだ!


 迫り来る数多の死霊で前方の視界を塞がれていて、姿は確認できないけど。その存在を、強く感じる。

 リステアの清浄の炎が、死霊たちを昇天させていく。


 青く輝く巨大な刃が、遠目に見えた。闇の息吹が視界の先に広がる。溌剌はつらつとした掛け声や、りんとした指示が聞こえてきた!


 僕よりも先に、勇者様ご一行がゴルドバに肉薄したみたい。

 僕も出遅れるものかと、より一層剣を振るう。空間跳躍で距離を縮め、一気にゴルドバへと接敵した。


「こんなもの、こんなものっ。ええいっ、予測なんぞできるものかっ!」


 ドゥラネルよりも二回り以上巨大な腐龍の背中の上に、魔将軍ゴルドバの姿があった。


「空から古代種の竜族が四体だと? 地上に竜族や竜人族が大量に召喚だと? 聞いてないぞぉぉぉぉっっ!」


 うん。誰も教えていないからね。

 御愁傷様ごしゅうしょうさまです。


 リステアが生み出した炎の鳳凰ほうおうに焼かれて悲鳴をあげる腐龍と一緒に、ゴルドバも全身の骨を鳴らして叫んでいた。


「うるせぇぞ! 不気味な骸骨野郎っ」

「骸骨は酷いよ。痩せてるって言ってあげなきゃっ」

「骨だけなので、痩せているとも違うと思いますが……」

「悔しいけど、今回はスラットンの言うとおりね」

「みなさん、油断をしないでください!」

「気をつけるんだよー。あの不気味な竜の体液に触れたら危険だからねー」

「みんな、油断はするなよ。近づかずに遠距離から攻撃をしよう!」


 勇者様ご一行、勢揃い!

 ドゥラネルが闇の息吹を放ち、腐龍を寄せ付けないようにする。ドゥラネルの背中ではクリーシオがあぐらをかき、呪術の体勢だ。かたわらでは、キーリとイネアが法術を使おうと身構えていた。

 スラットンはドゥラネルから降りて、地上で青く巨大化した剣を振るい、腐龍に斬りかかっている。リステアは炎を駆使し、ゴルドバと腐龍の注意を惹きつけた。ネイミーが補佐的に動き、近づく死霊の相手をしていく。

 だけど、ネイミーだけでは手が足りない。ここは、死霊軍の真っ只中。四方八方から迫って来る死霊の群れに、次第にゴルドバに構っている暇がなくなってくる勇者様ご一行。


「どぉーんっ!」


 僕の掛け声と共に、リステアたちを包囲しようとしていた死霊たちに、雷が落ちた。ついでに、ゴルドバにも何発かお見舞いをする。


「ぎゃーっ」


 だけどなぜか、スラットンが悲鳴をあげた。


「いやいや、なんで君が悲鳴をあげるのさ?」


 雷撃で周囲の死霊を一掃し登場した僕を、勇者様ご一行が驚いたように見つめる。


「まさか、今の落雷はお前か?」

「うん。そうだよ!」


 そういえば、リステアたちは僕が雷や嵐を呼べることを知らないんだよね。


「お、お前があの雷の嵐の犯人かぁっ!」

「えええっ」


 突然、スラットンが血相を変えて僕に詰め寄ってきた。


「お、俺は……。俺は、あの雷に何度も狙われて死にそうになったんだぞっ」

「心当たりがありません。人違いじゃないでしょうか!」

「今お前自身が肯定したじゃないか。俺は大怪獣決戦の間中、死に物狂いで逃げ回っていたんだぞ!」

「スラットンだけ、なぜか狙われてたねっ」


 あははっ、とネイミーが愉快そうに笑う。


「ああ、それなら僕じゃないよ。あれは巨人の魔王だね」


 うん。やっぱり僕じゃありませんでした。

 濡れ衣って酷いと思います。


「だけど、今の落雷と王都での雷の嵐は、同性質のように感じました。現に、また起こり始めた暴風も、なにか似ている気がするわ」


 僕は、セリース様の言葉に頷く。


「あの嵐は、僕ですよ。でも、スラットンをもてあそんだ雷は、僕じゃないです! ただし、僕の雷の根源は魔王の魔力だから。だから、同質に感じたのかな?」


 僕の説明に、目が点になるみんな。


「嵐を起こしているのがエルネア君?」

「うん、そうだよキーリ」

「魔王の魔力で雷を放てるのー?」

「呪い付きだけどね!」


 なぜだろう。説明すれば説明するほど、みんなが僕を変な目で見てくる。


「エルネアよ、この戦いが終わったらじっくりと語り合おうか……」

「うん。僕もリステアとはいっぱい話をしたいんだ」


 嬉しいな。一件落着したら、リステアたちと楽しい時間を過ごせるんだ。旅立ちの一年が終わらないと、リステアたちとは再会できないと思っていた。だから、リステアの申し出はとても嬉しい。

 よし、気合を入れて頑張ろう!


「き、貴様ら……。我が誇る死霊軍に囲まれて、なにを悠長に談話しているのだっ」


 あ、ゴルドバが復活した。

 落雷で消し飛ばしたはずなんだけど、やっぱり再生するんだね。本体はどこにあるんだろう?


「こ、こいつ……。無限に回復するのか!?」


 スラットンが、顔を引きつらせる。

 腐龍もゴルドバも、どれだけ攻撃をしても再生する、厄介極まりない相手だ。もしかすると、リステアたちは腐龍の存在や死霊使いとしてのゴルドバの特性を知らないのかもしれない。


 ゴルドバだけじゃなく、ぞわぞわと死霊軍も復活してきだした。

 圧倒的な攻撃力で死霊軍を蹂躙じゅうりんしていく竜峰同盟のみんな。遠くでは、ヨルテニトス王国軍も死霊軍と戦い始めている。だけど、倒しても倒しても復活する死霊に、終わりが見えない。


 やはり、ゴルドバの本体を叩かなきゃ意味がない。

 というか、いくら死霊使いとはいえ、これは異常な気がする。


 なにか妙な違和感を覚える。

 魔将軍とはいっても、余りにも魔力が桁違いな気がするんだ。これまで戦ってきた他の魔将軍と比べても、ゴルドバは存在も魔力も異常だ。

 死霊都市では、住民を丸ごと死霊として生み出し、普通の生者が送る生活を模倣させていた。そこへ更に、数万規模の死霊軍を無限に生み出すなんて、普通じゃあり得ないような気がする。


「くくく。じわじわと弱っていくが良い。貴様らが一騎当千の力を持っていようと、際限のない死霊を相手にいつまで戦えるかな?」


 こちらの疑念を感じ取ったのか、かたかたと頭蓋骨を鳴らして笑うゴルドバ。

 骸骨の窪んだ瞳の奥が、真っ赤に燃えている。全身が骨で、不気味な法衣ほうえを着ている姿は、まさに死の王だった。


「さあ、終わりのない死のうたげへと貴様らを招待しようではないか!」


 ゴルドバが両手を広げる。

 復活した死霊たちが、一斉にこちらへと襲いかかってきた。


「エルネア様、どのような時でもわたくしだけは必ず駆けつけますわっ」

「ちょっとライラさん、今の発言は後で問わせていただきますよ?」

「ライラはお仕置きだわ」

「ライラの抜け駆けは注意だわ」

「貴女たち、真面目に戦いなさいっ」


 だけど、死霊はまたもや一瞬で殲滅せんめつされた。

 死霊を蹴散らし現れた美しい女性陣に、リステアたちの目がまたもや点になる。


 おかしいな。全員集合を見るのは初めてだろうけど、個別には面識があるよね?


「エルネアお兄ちゃんの常識は、みんなの非常識にゃん」

「ひじょうしきひじょうしき」

「うん。非常識だね」


 幼女たちまで来た!


 ここは戦場ですよね? と思えるような微笑ましい光景。

 プリシアちゃんとアレスちゃんがにこやかに手を繋ぎ、お散歩でもするかのような雰囲気で笑っている。プリシアちゃんの頭の上では、小さくなったニーミアが寛いでいた。


「貴様らかっ。一度ならず二度までも儂の邪魔をするというのかぁっ!」


 ゴルドバだけは、僕の家族を全員知っていた。


「さあ、エルネア。周囲の死霊軍はわたしたちに任せて。貴方は本命を叩きなさい」

「うん、ありがとう!」


 ミストラルが漆黒の片手棍を振るう。ルイセイネが法術を放ち、双子王女様が竜奉剣を振り回す。ライラは、レヴァリアと共に上空から死霊軍を圧倒する。

 プリシアちゃんとニーミアは、当たり前のようにドゥラネルの背中に飛び乗った。


『のわっ。この小娘はなんだっ!?』

『黙って面倒を見ていればいい。貴様には子守がお似合いだ』


 レヴァリアが上空でドゥラネルを一喝する。ドゥラネルは、渋々といった感じで従う。

 空間跳躍で突然ドゥラネルの背中に現れたプリシアちゃんに、クリーシオが驚いていた。


「さぁ、僕たちも本気を出そうか!」


 いろんな説明が抜けている気がするけど、それは全部あと。今は、ゴルドバ戦に集中しなきゃね!


 傍に居残ったアレスちゃんと、僕は頷きあう。

 アレスちゃんは光の粒へと姿を変えて、僕のなかへと溶け込んだ。

 万全とは言い切れないけど、アレスちゃんから強い力を受け取る。

 アレスちゃんも、プリシアちゃんから精霊力の補充を受けていたんだね。


 元気百倍!


 僕は、空間跳躍で一気にゴルドバの懐へと飛び込んだ。そして、竜剣舞を軽やかに舞う。


 みなぎる力を最大限に解放する。

 荒ぶる嵐が勢いを増し、死霊軍を巻き込んでいく。魔族相手に苦戦をしているヨルテニトス軍を補佐すべく、竜気のえだで死霊を巻き取り、動きを封じる。離れた場所の死霊を、竜族や竜人族の側へと吹き飛ばす。

 こちらの戦力が手薄な場所へは落雷の雨を降らせ、蹂躙していった。


「なんだ、この薄気味悪い竜に触れられるのかよ!?」


 スラットンが無謀に突っ込んできたので、霊樹の葉っぱを当てて押し留める。


「駄目だよ。僕はミストラルの竜気と自分の力で護っているけど、普通に触れたら腐食しちゃうからね?」

「ぅおいっ! それを早く言えっ!」


 腐龍が飛ばした液体を慌てて回避するスラットン。


「俺たちは遠隔攻撃で腐龍とやらを狙うぞっ!」


 ゴルドバは僕に任せると判断したのか、リステアたちは腐龍へと狙いを定めた。

 周囲に湧き上がる死霊はミストラルたちに任せて、僕はゴルドバに意識を向ける。そして、リステアたちは腐龍へと。咄嗟の役割分担が決まる。


 これって、僕とリステアの仲間たちの初連携だね!

 思いもしなかった戦況に、興奮して胸が踊る。いつも以上に竜剣舞が冴え渡った。


「こ、こいつっ……っ!」


 ゴルドバも、自らの骨で作り出した骨の剣を両手に持って応戦するけど、剣技はルイララの足もとにも及ばない。

 骨の剣を粉砕し腕を斬り落とし、脚を切断し、胴を両断する。霊樹の葉っぱが細切れに斬り裂き、雷はゴルドバだけではなく腐龍を貫き通した。


 悲鳴をあげるゴルドバと腐龍。そこへスラットンの光の剣が襲いかかり、腐龍の首を落とす。リステアの炎が、切断された頭部もろとも腐龍を焼き払う。

 僕の周囲だけを残し、腐龍は浄化の炎に囲まれた。ぐずぐずと足元のただれた皮膚が蒸発し、焼けていく。だけど不思議なことに、僕には熱波が全く伝わってこない。

 ミストラルの加護ではない。リステアが意図して熱を遮断してくれているんだ。


 僕も頑張らなきゃ!

 竜剣舞を舞いながら、精神を深く落とす。

 復活したゴルドバを瞬く間に斬り伏せながら、竜脈を探る。


 ゴルドバは、竜脈を利用して本体と繋がっている。


 探すんだ。


 見つけるんだ。


 本体と分身を繋ぐ糸のように細い繋がりを、精神を集中させて探る。


 何度目かの復活を潰し、次の再生を注意深く調べる。


 見つけた!


 そしてようやく、僕は竜脈の流れに紛れ込んだ異物を発見した。

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