死の宝玉

 竜脈の流れに紛れ込んだ極細の糸を慎重に手繰たぐり寄せ、とうとうゴルドバの本体を見つけ出す。

 もしも、どこか遠く離れた場所に潜んでいたのなら、またスレイグスタ老の力を借りなきゃいけなかったかもしれない。だけど、ゴルドバの本体はごく身近に潜んでいた。


 今度こそ逃すわけにはいかない。

 ゴルドバの本体を叩かなきゃ、いつまで経ってもこの戦いは終わらないんだ。


「今度こそ倒してみせる!」


 気合いと共に、目の前で復活をしたゴルドバの分身を両断する。そして、雷の一撃で消し飛ばし、腐龍の背中から飛び降りた。


「エルネア、どうした?」


 リステアの傍に着地した僕を、彼が不思議そうに見返してきた。


「ゴルドバの本体を見つけたんだ。リステア、一緒に行こう!」


 僕がリステアの手を取ると、力強く頷き返してくれた。


「わかった。みんな、ここは任せても大丈夫か?」

「ちっ、仕方ねえな。美味しい役目はお前らにくれてやるよ。だから、さっさとその本体とやらを倒してきちまえっ!」


 スラットンがドゥラネルの背中に移動する。

 他の勇者様ご一行も「いってらっしゃい」と声を掛けてくれた。


「エルネア、ここは任せなさい」

「エルネア君、最後まで油断は禁物ですよ?」


 ミストラルとルイセイネ、それにほかのみんなに力強く背中を押されて、僕とリステアは戦場を走り出す。


「おらあっ! 梅雨払つゆばらいしてやるよ!!」


 スラットンの叫びに、ドゥラネルが勇ましく反応する。僕たちが駆ける方角へと闇の息吹を放ち、死霊軍を蹴散らす。更に、スラットンが青い光の剣の一撃を腐龍に叩き込み、動きを阻止する。

 怯んだ腐龍と復活したゴルドバに向けて、ミストラルが猛攻を仕掛けた。


 ひとつの戦場を後にして、僕とリステアは並んで次なる戦場へ向けて走る。

 行く手を阻む死霊を斬り倒し、炎で浄化する。

 それでも、圧倒的な数の死霊軍を前に、目的の場所へとたどり着くことが困難なように思えた。


「エルネア様、このライラにお任せくださいですわ!」

『ええい、面倒な奴らだ』


 空の支配者たるレヴァリアとライラが、素早く駆けつけてくれた。そして、リステアの清浄の炎とは違う荒々しい業火で、もう一度僕たちの前に道を作ってくれる。


「んんっと。精霊さん、道を作ってね」

「なななっ!? なんでプリシアちゃんまで付いて来ているのかな?」

「大丈夫にゃん。エルネアお兄ちゃんの側が一番被害が少ないから安心にゃん」

「被害ってなにさ……」


 僕とリステアの後ろを、てとてとと可愛く駆けて来る幼女の姿に、リステアが目を丸くしていた。


 リステアの反応はさて置き。

 プリシアちゃんのお願いを受けて、風の精霊と土の精霊が本領を発揮する。

 風の精霊が顕現けんげんし、立ちはだかる死霊たちを強風で吹き飛ばす。土の精霊も負けじと顕現して、吹き飛ばした死霊と僕たちの間に分厚い土の壁を築き上げた。


 真っ直ぐに延びた精霊の道が、ゴルドバの本体が潜む方角へと続いていた。


 ゴルドバはあろうことか、戦いの最前線の死霊たちに紛れ込んでいた。

 死霊軍の先端は、防衛に当たっていたヨルテニトス王国軍と激しい乱戦を繰り広げている。敵味方入り乱れての戦いは、一体一体を狙い撃ちするような小さな戦いには目を向けない竜族の盲点で、援軍が手薄になっていた。竜人族の戦士が安易に加勢に入っても王国軍の連携を乱すだけのようで、やはり最前線は人族対魔族の戦いが濃い。

 一番の激戦区でありながら、こちらの援軍が手薄な場所で、他の死霊に紛れたゴルドバは上手く隠れていた。


 だけど、もう見失わない!

 遠く後方では、ミストラルが無限に復活を繰り返すゴルドバを、わざとらしく何度も撲殺している。その度にゴルドバは嘲笑ちょうしょうしながら復活をする。

 だけど、それはミストラルの罠。何度も復活をさせることで、微かな手掛かりを僕に与え続けていた。


 僕はリステアを導き、精霊の道を真っ直ぐに進む。道が途切れた先で、死霊軍と王国軍が激しく戦っていた。


「ゴルドバ、覚悟をしろっ!」


 僕の叫びに、ぴくりと微かな反応を示す骸骨兵の姿があった。

 周囲の骸骨兵に完全に紛れ込んでいる。だけど、ゴルドバだけは明らかに強く、迫る屈強な王国軍をひとりで圧倒していた。


 うん。ゴルドバとわかって見れば、明らかに浮いた存在だね!


 僕は力強く白剣を振るい、骸骨兵に紛れ込んだゴルドバに斬りかかる。

 危機を察知したのか、周囲の骸骨兵とは明らかに違う素早い動きで回避するゴルドバ。


「こいつが大将なのか?」


 リステアは炎の聖剣を構えつつ、慎重に様子を伺っていた。


「うん。間違い無いよ! 周囲と同じ骸骨だから気づきにくいけど、こいつだけ魔力が凄いんだ」


 今の僕ならよくわかる。魔将軍と呼ばれるだけの桁違いの魔力を隠すゴルドバだけど、圧倒的に存在感が違う。

 短期間ではあるけど数多くの魔族と接し、計り知れない存在の者を身近に持つ僕は、ゴルドバの隠された力を確かに感じ取っていた。


「くくくっ……。また貴様か。よくも毎回邪魔をしてくれる」


 ゴルドバは見破られたことを観念したのか、僕とリステアに正面から対峙した。そして、油断なく頭骸骨の奥を光らせる。


「ニーミア、しっかりとプリシアちゃんを護ってね」

「お任せにゃん」

「んんっと、がんばってね」


 背後では、幼女のプリシアちゃんがじっと待機をしている。

 僕とリステア対、死霊使いゴルドバ。睨み合う三者。だけど、僕たちの周囲では、激しい乱戦が続いていた。

 王国軍の兵士たちが、勇者だとか、竜王だとか叫んで勢いづいている。だけど、相手は魔族。気合いだけで容易く勝てるようなものではない。そこへ、プリシアちゃんとニーミア、それに精霊さんたちが参戦した。


「んにゃ」


 ニーミアが可愛く鳴く。

 アシェルさんのような圧倒的な威力ではないけど、この混戦のなかでは有用で、死霊たちを巻き込んで局所的に白い灰の世界を生み出す。

 風の精霊と土の精霊は互いに連携を見せた。土の精霊が死霊たちを土の壁で細かく分断する。孤立した死霊のもとへ、風の精霊が王国兵たちを導く。

 周囲には小さな迷宮と灰の世界が出来上がり、僕たちの戦いを邪魔する死霊軍は数を減らしていく。


「くはははっ、相変わらずふざけた一団だ。だが今はそれがうとましいぞ!」


 もう正体を隠す気はないらしい。

 ゴルドバの姿が変わっていく。変わっていくといっても、その全身骸骨の姿に、分身のような不気味な法衣を身に纏うだけだけど。

 襤褸ぼろのような、不気味な法衣。思い出せば、魔王城を護っていた魔将軍ダンタールなども、似たような法衣を着用していた。もしかすると、これはなにかの繋がりを持った意味のある衣装なのかもしれない。

 法衣を纏ったゴルドバの瞳の奥が、真っ赤に光り輝く。


「よくもまぁ、ここへと駆けつけることができたな、愚かで無知な勇者よ」

「なにっ?」

「そうだろう。なにせ儂の謀略を見抜けず、ほいほいと本国へ戻ったではないか。そこの生意気な小僧がいなければ、ヨルテニトス王国は既に儂の手中であったものを」


 かたかたと顎の骨を鳴らし、リステアを挑発するように笑うゴルドバ。


「勇者など、所詮しょせんは井の中のかわずだったな。底辺である人族にちやほやされて浮かれているから、ぽっと出の小僧に追い抜かれてしまうのだ」


 ゴルドバは、僕とリステアの間に不和を呼び込もうとしている。リステアの勇者としての誇りを傷つけ、僕に対する嫉妬心を呼び起そうとしていた。

 なにか手を打たなきゃ。


 僕の心配は、だけど不要だった。


「くだらないな」


 ゴルドバの言葉を、鼻で笑い飛ばすリステア。


「お前がなにを言おうが、俺とエルネアの友情は揺るがない。お前こそ、無知で愚かだ。人族の友情を甘く見るなよ?」


 リステアは僕を見て、力強く微笑んだ。

 僕も、リステアに強く頷き返す。


「無知で愚かなお前に、大切なことを教えてやる。俺たちが単にここへの加勢へ来たと思っているのか? 生憎だが、アームアード王国で計画をしていた策略は既に失敗に終わっているぞ。魔王も尻尾を巻いて帰っていった」

「……陛下」


 逆にゴルドバを挑発するリステア。


「残念だったな。二点同時攻略を目論んでいたんだろうが、魔王が率いていた方が失敗したんだ。お前にも敗北の道しか残っていないぞ!」

「そうだよ。魔王よりも上位の存在が介入してきたんだ。ゴルドバもさっさと負けを認めて、軍を引かせてほしいよ」


 上位の存在は、ヨルテニトス王国側に向けられた謀略に気づいていたのかな? それは不明だけど、あの深紅の幼女の目的が魔王を連れ戻すことだったのなら、こちらへの介入はないかもしれない。

 だけど、もう魔王も撤退したんだ。ゴルドバがここで奮戦する意味は失われたはず。


「くははっ……。上位の存在。やはり、あのお方が介入してきたか。だが、それも含めて計画の範囲内だ!」


 ゴルドバが、骨の手を胸の前に掲げた。すると、両手に収まらないほどの大きな宝玉が現れた。


 一瞬、霊樹の宝玉や竜宝玉かと勘違いしてしまった。


 大きな宝玉は、内から湧き出る力により、ゆらゆらと輝いていた。虹色。だけど、赤味が強い。

 ぞわり、と全身の毛が逆撫でするような不気味な気配が、宝玉から放たれた。


「儂は……。儂らはおりからけ出し、新たな世界を築きあげる!」


 髑髏どくろくぼんだ瞳の奥が、恍惚こうこつとした赤い光を放つ。


「貴様ら人族は知りえぬだろう。儂ら魔族は檻のなかで飼われた自由なき者。あの上位の存在こそが目障りで、儂らは縛られているのだっ」


 なにを言っているのか。ゴルドバは僕たちではない別の者へと怒りを向けて言う。


「儂ら魔族は自由と破壊を尊ぶ種族。なのに、あのお方々は儂らを縛り付ける。神族が良からぬ動きを見せているというのに攻め入ることを禁じ、富国ふこくに努めよとう。くだらん、くだらん、くだらなすぎるっ! 目障りな存在は破壊しつくせ。暴虐ぼうぎゃくで他を蹂躙じゅうりんし、恐怖で世界を染め上げるべきなのだ!」


 ルイセイネが言っていた。創造の女神様が魔族に与えた二つの真理。それは、破壊と自由。

 魔族の現状は、上位の存在によってその破壊と自由を奪われているのかな。

 ゴルドバが人族の宗教を熟知していたり、創造の女神様を信じているとは思えない。だけど、こうしてたどり着いた思考が真理を得ていると感じると、やはり女神様がこの世界を創ったのだと感じられた。


「くくく。勘違いをしているようだから親切に教えてやろう。妖精魔王陛下は上位のお方の目を誤魔化し、儂の動きを隠すために目立っていただいたのだ。儂こそが、この国の攻略こそが真の目的! まずはのお方の統べる範疇はんちゅう外で儂が新たな魔族の国を築き、しかるべき時に魔王陛下におでいただくのだ。そしていずれは帝国を築き、彼のお方々に並ぶ存在へと陛下を祭り上げることこそが、真の計画であるっ!!」


 な、なんて奴なんだ……!


「魔族の国は険しき竜峰により、容易く東進はできぬ。だからこそ、この土地が相応しい。人族なんぞ滅ぼして、儂らは新たな魔族の国を築くのだ。くははははっ!」


 饒舌じょうぜつに語るゴルドバに、僕とリステアは呆然とする。背後のプリシアちゃんはゴルドバの語りが理解できずに、小首を傾げていた。

 ニーミアは、退屈そうにあくびをしていた。


「でもさ。それって結局、自分たちを自ら縛っているんじゃないのかな? 現状から抜け出して自由や破壊を求めているという話だけど、また国を作って魔王を立てるなら、結局は行き着く先が同じのような……?」

「くくく。本当に愚かな小僧だ。違うのだよ。儂らが築く新たな国は破壊をとうとび、自由を愛するのだ」

「つまり、法律なんて存在せず、本能のままに生きるってこと? でもそれじゃあ、国としての形態を維持できないような?」

「だから言ったであろう。恐怖で世界を染め上げるのだ。力こそが全て。実力を持って下々しもじもを恐怖で支配するのだよ。くははっ。どうだ、愚かな少年と無能な勇者よ、儂の計画に協力をすれば、貴様らにも相応の権力を与えよう。知恵は足らぬが、力は申し分ない。望めば下等な種族を支配し、酒池肉林を味わえるぞっ」

「誰がそんなものに誘惑されるか!」

「いえ、結構です!」


 僕とリステアは即答した。


「女の人はもう間に合ってるにゃん。お腹いっぱいにゃん」


 背後で、僕たちの心を読んだニーミアが呟いた。

 黙殺しよう。


「拒否するか。やはり愚かだな。では、儂や陛下の計画の為に、貴様らには死んでもらおう。長い歳月をかけて作りあげた禁術きんじゅつの餌食にしてくれるわっ!」


 ゴルドバが叫ぶ。

 手にした赤味の強い七色の宝玉が、不気味に輝く。

 怨念おんねんのろいが溢れ出し、見る間に世界がにごっていく。


「くははっ、長かった。魔女まじょに見つからぬように、長い歳月をかけ少しずつ少しずつ数多の魂を食らわせ、遂に完成した禁術の恐ろしさを味わえ! そして、貴様らもその餌食となり糧となるのだっ!!」


 宝玉から溢れ出した負の力が、ゴルドバに注ぎ込まれていく。

 全身骸骨だったゴルドバに肉が付き、皮膚が生まれ、不気味な法衣が変化していく。

 宝玉は形を変化させ、虹色に輝く剣と盾へと分離した。


「さぁ、まずはどちらの魂を食ってやろうか」


 紫色の唇で、ゴルドバは残忍な笑みを浮かべた。

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