奉納の舞行脚
もしもプリシアちゃんがこの場にいたら、
だけど、今回の旅には耳長族のお姫様は同行していません。
ということで、僕たちとサーシュラルアーお婆ちゃんは一緒に山を登ることとなった。
サーシュラルアーお婆ちゃんは、小柄ながら立派な翼竜だ。でも、背中の翼を使うことなく、僕たちと一緒になって急斜面を歩く。
先頭でセフィーナと一緒にゆっくり歩くサーシュラルアー様の背中を、僕たちは追いかけた。
「自分の未熟さを実感しました。サーシュラルアー様は寝ていて、私は気づかれていないと思っていたのに。それどころか、ひっそりと背後を追跡されていたことにも気づけなかっただなんて」
『あら、そんなことはないわ?』
翼を使わずに急斜面を登るサーシュラルアーお婆ちゃんに、セフィーナが自分の未熟さを口にする。すると、サーシュラルアーお婆ちゃんは深い青色の瞳を細めて、柔らかく微笑んだ。
同じように、その後ろを進むアイリーさんも笑みを浮かべる。
そして、教えてくれた。
「セフィーナちゃん、そう落ち込んじゃ駄目よ? だって、おばちゃまはあの
「えっ!!」
アイリーさんの言葉に、僕の方が敏感に反応してしまう。その様子を見て、ミストラルが「男の子だねぇ」と笑った。
「ねえねえ、アイリーさん、お婆ちゃん。腐龍の王って、あの腐龍の王だよね!?」
「エルネアちゃん、他に腐龍の王を知っていたら私の方が逆に驚いちゃうわよ?」
まさか、こんなところで約三百年前の腐龍の王との戦いに参加した竜族に会えるだなんてね。
竜族の平均寿命は
「すごいな! お婆ちゃん、当時はどんな様子だったんですか?」
竜峰の厳しい自然に
すると、サーシュラルアーお婆ちゃんは尻尾をくるっと丸めて、ちょっとだけ恥ずかしそうに喉を鳴らした。
『あら、期待を抱かせてごめんなさい。アイリーが悪いのよ? 私はあの激戦に参加したといっても、後方支援だったから。貴方の望むような心踊るお話はできないわ』
「いいえ、そんなことはないですよ! 僕たちも大きな戦いを何度か経験しました。僕はいつも前線で戦いましたけど、それって支えてくれるみんながいたからこそだと思っています。だから、後方支援だって立派に誇れる役目ですよ!」
そうか、と気づく。
相手の気配を誰よりも上手く読み取るセフィーナでさえもサーシュラルアーお婆ちゃんの動きを見誤った理由は、腐龍の王との戦いで活躍していた実力を持っていたからなんだね!
後方支援とはいっても、戦いのない場所で補助や補給ばかりしているとは限らない。時には前線で戦っている者たちへ直接支援物資を届けたり、場合によっては後方支援者も危険に晒されたりする。
そのなかで、安全に、そして確実に後方の支援を担うためには、戦いに
「お婆ちゃんは、腐龍の王と戦っていた者たちを支援するために、気配を上手く消す技術を身につけたんですね? 腐龍の王に見つかったら、襲われちゃいますからね!」
僕の考えに、みんなが「なるほど」と深く頷いてくれる。
セフィーナも「これがあの腐龍の王と戦った者たちの実力なのですね」とサーシュラルアーお婆ちゃんを褒めた。
僕たちの素直な感想に、サーシュラルアーお婆ちゃんはさらに尻尾を丸くして照れる。
翼竜としては小柄だし、仕草も可愛いね!
『竜神様の御遣い様にこうして褒められる日がくるだなんてね。長生きもしてみるものね? 私も嬉しいわ』
サーシュラルアーお婆ちゃんは、僕たちが竜神さまの御遣いだと名乗ったら、とても驚いてくれた。でも、知っていたんだって。
なぜかって?
それは、空を覆うほど超巨大な竜神さまの姿を、この夏に実際に見たから。
竜の墓所でも、随分な騒ぎになったらしい。
竜神さまが、竜峰に降臨した。
竜の墓所の空も、竜神さまが広げた翼に覆われたみたい。それで、竜峰に危機が訪れて、竜神さまが降臨されたのだと、年老いた竜族の間で話題になった。
そして、サーシュラルアーお婆ちゃんは、さらに別の出来事を見たんだ。
そう。僕たちが今ようやく辿り着いた、竜峰の山のこの山頂から。
竜峰に竜神さまが降臨された後。
今度は、いつも見下ろしていた禁領のお屋敷で騒動が起きた。
ただならぬ者があり得ないほどの強度で結界を張り、僕を閉じ込めた。
結界の外でも、激しい戦いが起きた。
その時。
腐龍の王との戦いの際に目にした、竜の森の守護竜が転移してきた。
それで、サーシュラルアーお婆ちゃんは悟ったらしい。
ああ。あのいつも見下ろしていた人の子らが、竜神様の御遣いとなって竜峰の危機を救ったのでしょう。竜の森の守護竜様が竜の森を離れて西に転移されてきたのも、竜神様の御遣い様に
と。
まさに、その通り!
というか、僕たちの日々の様子を、サーシュラルアーお婆ちゃんはしっかりと見ていたんだね!!
山の頂上に辿り着いて。
肩で荒く息をしながら、僕たちは揃って禁領の方角を見下ろした。
でも、僕たちがどれだけ目を凝らしても、深い自然の先の長大なお屋敷くらいしか認識できない。
お屋敷に囲まれた二つの小さな湖くらいまでなら見えるんだけど、そこで活動しているはずの者たちの姿なんて、まったく見えないね!
『ここから、あなた達の楽しそうな毎日を眺めているのが、私の近頃の楽しみなのよ?』
そうサーシュラルアーお婆ちゃんに言われて、僕たちは恥ずかしくなってしまう。
まさか、あの騒がしい毎日をつぶさに観察していた竜がいただなんてね。
今度からは見られていることを意識して、屋外では
「もしかして、いつもこの山頂でじっとしていたから、身体に苔が着いちゃったのかな? よかったら、僕たちが綺麗にしましょうか?」
サーシュラルアー様の燻んだ青色の鱗には、至る所に苔がむしていた。
きっと、老体をずっとこの山頂に横たえて動かなかったから、苔に覆われたんじゃないかな?
それじゃあ、出会った記念に綺麗にしましょうか、と提案したんだけど。
『いいのよ、優しい人の子ちゃん。私はこれからもここに佇んで、静かに終わりを迎えるわ。身体に苔がむし、自然のなかにゆっくりと沈んでいく。そうして静かな最期を迎えることが、私の
サーシュラルアーお婆ちゃんの声にも表情にも、寂しさや未練や悲しみの色はない。
長い長い竜生の終わりを見据えて、自分の意思で自然に帰ろうとしていたんだね。
身体中に苔がむしてしまっていることは、逆に誇りでもあるんだ。そうして自然に溶け込みながら、静かに最後を迎える。サーシュラルアーお婆ちゃんの意志を、僕たちは尊重したい。
「それじゃあ。代わりに僕たちが奉納の舞を披露しますね!」
ここで会ったのも何かの縁。というか、僕たちが竜の墓所に入った理由は、色々と騒がせてしまった老竜たちへのお詫びのためだからね。
それなら、毎日騒がしい僕たちのことをずっと見つめてくれていたサーシュラルアーお婆ちゃんにも、ちゃんとお返しをしなきゃいけないよね!
「エルネア君が私たちを酷使する気だわ」
「エルネア君が私たちを苦労させるきだわ」
なんてユフィーリアとニーナは愚痴るけど、拒絶反応はない。まだ登山の疲れも残っているのに、みんなと一緒になって奉納の舞の準備を初めてくれていた。
「それでは、竜神さまの御遣いとして、
竜剣舞を基礎とした、竜神さまへ捧げるための舞を披露する。
僕とミストラルが舞い、ユフィーリアとニーナとセフィーナが笛と鈴と太鼓を
竜峰に入って最初の山の山頂で、僕たちは最初の奉納の舞を披露した。
だけど、この時の僕たちはまだ知らなかった。
この一件が、
「……そ、そんな馬鹿な!」
「エルネアのせいね」
「エルネア君が原因ですね」
「ミストラル! ルイセイネ!?」
「やっぱりエルネア君だわ」
「絶対エルネア君だわ」
「ユフィ、ニーナ!!」
「はわわっ、エルネア様、もう疲れましたわ……」
「ライラ、大丈夫?」
「エルネア君、どうするの? ライラだけでなくみんな疲れ果てているわよ?」
「エルネア君、どうするのですか? きちんと責任を負ってくださいね?」
「わわわわわっ!」
そして。
僕たちが、竜の祭壇のある噴火口跡を見下ろす高山の山頂まで辿り着いた頃。
『聞いたか。竜神様の御遣い様が我らに奉納の舞を舞ってくれるそうだぞ』
『道中で何度も見た。あれは良いものだ』
『くっ。もう少し早く竜神様の御使い様の到来を知っていれば!』
『だが、諦める必要はないらしいな?』
『きっと我らのためにも奉納の舞を披露してくださることだろう』
『それは楽しみだ』
僕たちを囲む数えきれないほどの老竜たちに、全員が苦笑していた。
僕たちは、サーシュラルアーお婆ちゃんに奉納の舞を披露した。
それが全ての発端だった。
「それじゃあ、今後も遭遇した
とアイリーさんに言われて、僕たちも「竜神さまの御遣いとして老竜たちを労わなくちゃね」なんて意気込んだ結果が、これです!
竜の祭壇へ向かう途中途中で、僕たちは老竜たちを労う奉納の舞を披露した。
すると、噂が噂を呼んで、あっという間に竜の墓所に暮らす老竜たちの耳に入ってしまったんだ。
そして、僕たちの苦難の旅が始まった!
あっちで奉納の舞を披露し、こっちで踊り。
僕たちが竜の祭壇へようやく辿り着いたのは、竜峰に入山してから二十日後のことだった!!
「あら、それでも竜人族の旅人よりも何倍も早い行程だったわよ?」
「アイリーさん。それきっと、道案内をしてくれたアイリーさんのおかげや、サーシュラルアーお婆ちゃんが同行してくれたおかげで、余計な戦闘や騒動を回避できたからですよ?」
サーシュラルアーお婆ちゃんは、僕たちの奉納の舞にとても感動してくれた。それで、竜の祭壇まで安全に辿り着けるように、僕たちに同行してくれているんだ。
でも、そのおかげで噂が広まって……
「エルネア。老竜たちへの労いが終わったら、こんどはちゃんとわたしたちも労ってちょうだいね?」
「はい、喜んでーっ!」
ミストラルに言われて、僕はびしっと手を挙げて返事をする。
僕の元気のいい声は、雪雲が広がり始めた竜峰の空に響き渡った。
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