幼女たちの楽園
「エルネア、お座り!」
「はいっ」
ミストラルの指示に、身を正して正座をする僕。するとなぜか、周りの少女たちも僕の真似をして、一斉に正座をした。そして、こちらを見て、にこにこと楽しそうに笑う。
ええっと、今は微笑ましい場面じゃないですからね!
僕と周囲の少女たちを見て、女性陣は
唯一大はしゃぎなのはプリシアちゃんだけです。
「おわおっ。すごいよっ! 精霊さんがいっぱい」
さすがは優秀な精霊使いのプリシアちゃん。すぐに少女たちの正体に気づいたみたい。
正座をしている少女たちの周りを、嬉しそうにぴこぴこと跳ね回っていた。
はあぁ、とミストラルがため息を吐く。
「それで、この状況は何なのかしら。ちゃんと説明してね?」
「エルネア君、この大きな桃のような果実は、もしかして……」
「うん。予想通りの物だよ。全部、霊樹の果実なんだ」
「さすがはエルネア様ですわ!」
「大きな桃に見えるわ」
「とても美味しそうに見えるわ」
「貴女たち、少し待ちなさい。先ずはエルネアから説明を聞きましょう」
ミストラルは、正座をする僕の前にうず高く積まれた果実が霊樹のそれだとわかっている。だけど、霊樹の枝が動いたことに動揺の声をあげていたし、周囲の精霊の少女たちの説明も必要だろうね。
僕は、霧が広がった後にみんなと逸れた後のことを説明した。
「……だからって、これはやり過ぎよ」
周囲を見渡して苦笑するミストラル。
「エルネア君らしいというか……」
「やっぱりエルネア様はすごいですわ」
呆れ顔のルイセイネとは対照的に、瞳を輝かせて僕を見るライラ。
「竜族だけじゃないみたいだわ」
「とうとう精霊の幼女にも手を出したわ」
罪な人だわ、となぜか間違った感想を持つ双子王女様。誤解ですよっ!
「んんっと、遊ぼうよっ」
プリシアちゃんだけは、どこでもいつも通り。僕を真似た正座に早速飽きだしていた精霊とアレスちゃんを従えて、わいわいと騒ぎ始めてる。
「まぁ、この結果は貴方らしいと言えば貴方らしいのかもね。なにはともあれ、全員が同じような試練を受けて乗り越えた、ということかしら?」
ため息まじりに言うミストラルの言葉に、僕はみんなを見渡す。
「と言うと、みんなも同じような状況だったの?」
「はい。わたくしたちも気づいたら霧に囲まれて、他の人と逸れていたんです」
「
「
「ユフィ姉様と同じ。古木と意思疎通をしたわ」
「わたくしはエルネア君と同じで、精霊に導かれました」
「みんなも意思疎通がきちんとできたんだね」
僕の言葉に、ルイセイネとライラと双子王女様は嬉しそうに頷いた。
「霧はおそらく、アシェル様の幻術かしらね。微かにアシェル様の竜気を感じたわ」
「アシェルさんは僕たちを個別にして、試練を課したわけだね」
「そういうことになるのかしら」
なんとなくアシェルさんの思惑が見えてきた気がするよ。
全員が今回の試練の意味を理解し始めているのか、納得顏で互いの成果を嬉しそうに話し合う。
「それじゃあ、エルネアがアシェルさんの課題を桁違いで達成したことだし、一度広場に戻りましょうか」
僕はここでようやく正座を解除されて、立ち上がる。
「ですが、この沢山の果実はどうしましょうか?」
そしてルイセイネの指摘で、みんなが苦笑をする。
「これが霊樹の果実なのですわね」
大きな桃のような霊樹の果実。両手で持たなきゃいけないくらいの大きさで、どう考えてもひとり数個しか持ち運べそうにない。
ニーミアたちの分くらいは持って帰ることができるだろうけど、さすがに全部は無理だね。
せっかく霊樹が与えてくれて、精霊の少女たちが集めてくれたのに勿体ない。と思ったら、わらわらと少女たちが集まってきだした。
「んんっと、みんなが持ってくれるって」
そう僕に報告してきたのはプリシアちゃんで、すでに口いっぱいに霊樹の果実を頬張っていた。
「こらっ、プリシア。まだ食べないのっ」
「んんっと、美味しいよ?」
「ずるいわ、私も早く食べたいわ」
「ずるいわ、私もこっそり食べようかしら」
「貴女たちは大人でしょう。戻るまで我慢して」
「ミストラルは意地悪だわ」
「ミストラルは厳しいわ」
頬を膨らませて抗議する双子王女様。だけどミストラルの許可は下りずに、仕方なくひとり一個ずつ霊樹の果実を手に取る。
精霊の少女たちも持ってくれて、楽しそうに僕の後ろに整列した。
「ええっと、この全員を苔の広場に連れて帰っていいのかな?」
霊樹の根元の広場に、数え切れないほどの少女たちが集まっていた。
……気のせいかな、さらに増えたような?
気のせいだよね!
「仕方ないでしょう。貴方が呼び寄せちゃったのよ。それに、ここまで協力してもらって追い返すなんてできないでしょ」
「うん、そうだね」
精霊はもともと聖域に生息していたみたい。
本来であれば、精霊使いの喚び出しにしか少女の姿で顕現はしないらしいけど、アシェルさんの竜術の影響か、アレスちゃんの影響で、わらわらと現れたみたいだね。
ところで、人の姿をした精霊は上位精霊なんだよね? それが数え切れないほどたくさん生息しているなんて、やっぱり霊樹の聖域は神聖で特別な場所なんだね。
大集団で帰路に就く僕は、背後で仲良く列になってついて来る精霊の少女たちを見て、感動していた。
「おじいちゃん、みんな、ただいま!」
帰り道は順調で、何の問題もなく苔の広場に戻ってきた僕たち。そして、大所帯となった僕たちを見て、暴君が呆れたようにため息を吐いた。
『貴様はどうして、そうも節操がないのだ』
「ご、誤解だよ!」
『うわんっ、エルネアの浮気者っ』
『人や竜だけじゃ、飽き足らずぅ』
「んにゃん、精霊がいっぱいにゃん」
幼竜に纏わり付かれる。すると、後ろで列を成してついて来ていた精霊の少女たちも僕の周りに集まって騒ぎ出した。
ええい、プリシアちゃんが無限増殖したようだ!
すぐ側に計り知れない存在のスレイグスタ老とアシェルさんが居るというのに、気にした様子もなく苔の広場で騒ぎ始める精霊の少女たち。
「やれやれ。汝は色んなものに好かれる体質なのだな」
「まさかこんな結果になるなんてねぇ」
だけど、スレイグスタ老もアシェルさんも、周囲で騒ぎ出した精霊なんて気にした様子もなく、僕を見て笑っていた。
「ええっと、ごめんなさい?」
「なぜに謝るのだ」
「おじいちゃんに無断で、精霊さんをたくさん連れて帰って来ちゃったから」
「ふむ、気にするでない。精霊は我らの
「そうなんだ」
改めて精霊の少女たちを見渡す。
精霊の少女たちは、運んで来た霊樹の果実を一箇所にまとめて、プリシアちゃんたちと遊んでいる。ニーミアとフィオリーナとリームも、精霊の少女たちと一緒に騒いでいた。
精霊の少女たちは、スレイグスタ老やアシェルさんや、暴君や他のみんななんて気にした様子もなく、ただ無邪気に遊んでいる。そこに他意はなく、純粋にプリシアちゃんたちと楽しんでいることが伝わってきて、微笑ましさにみんなの表情は緩んでいた。
「それで、見たところ試練は乗り越えたようね」
「はい。僕たちはみんな、言葉の通じない相手と意思疎通をする能力を得ましたよ」
「ほほう」
僕の言葉に、アシェルさんがすうっと瞳を細める。
アシェルさんが出した試練。霊樹の果実、正しくは果実の種である霊樹の宝玉を手に入れてくること。これは、表面的な課題でしかなかったんだ。本当の試練とは、その過程で精霊や動物といった言葉の通じない相手と心を通わせることだったんだね。
霊樹の果実は、どうやっても僕たちだけの力では手に入れることはできなかった。採取方法を知っているミストラルや、翼のある幼竜たち、精霊と最初から意思疎通のできるプリシアちゃんが協力できない状況を作られてしまったからね。
そもそも、竜族と意思疎通をしたい、竜心に替わる能力が欲しいというところから始まった試練なのに、霊樹の宝玉を取って来いだなんて変だと思ったんだよね。
試練の課題をアシェルさんが出したときに、スレイグスタ老が突っ込みを入れていたし。試練の結果に、霊樹の宝玉自体はそもそも必要なかった。必要だったのは、過程だったんだ。
僕のたどり着いた答えと成果に、スレイグスタ老とアシェルさんは満足そうに頷く。
「しかし、これほど早くに全員が試練を突破するとは思わなかったわね。数日は戻ってこないと思ったのだけれど」
「やれやれ、優秀なのも問題であるな」
どうやら、僕たちは期待以上の成果を上げることができたみたい。
嬉しくなって、傍のミストラルと手を取って喜ぶ。
……おや?
いつもならここで誰かしらの妨害が入りそうなものなのに。と思ったら、僕とミストラル以外は暴君の前に行って、何やら真剣に見つめ合っていた。
『邪魔だ、小娘ども!』
「いまの感情はええっと……」
「難しいわ。喜んでいるのか怒っているのか」
「難しいわ。楽しんでいるのか威嚇しているのか」
「レヴァリア様は邪魔だと言っていますわ。ですが、本当は怒っていませんわ」
どうやら、手に入れた能力を試しているみたい。だけど天邪鬼な暴君の感情は、精霊や動物や自然と違って難しいのかな。暴君とやりとりを繰り返しながら、感情当て問題のように答えを出し合い、竜心を持つライラが回答を言っていた。
『ええい、この小娘どもをどうにかしろ!』
咆哮をあげて僕を睨む暴君。
「今のはわかりました。エルネア君に苦情を言っていますね」
「私たちをどうにかしろって叫んだわ」
「私たちを追い払えって愚痴ったわ」
暴君の心が読めて笑いあうルイセイネと双子王女様。ライラも「正解ですわ」と一緒になって笑う。
「レヴァリア、お土産を持って帰ってきたから、みんなの相手をしてあげてね?」
『ふんっ、我は甘い物は嫌いだ』
「お土産を早く頂戴と言ったのでしょうか?」
「霊樹の果実を食べたくてうずうずしているわ」
「霊樹の果実に興味津々みたいだわ」
もうみんなを偽ることなんてできないね。全て見透かされていますよ。
暴君の前ではしゃぐルイセイネたちだけでなく、僕やスレイグスタ老も笑う。
暴君は不貞腐れてしまったけど、僕が霊樹の果実を渡すと、すぐに頬張って満足そうに喉を鳴らした。
「種、というか宝玉は出したほうが良いですか?」
「竜どもが食べる分はそのまま飲み込んでも構わぬ。汝らが自分で食べた分だけ回収せよ」
スレイグスタ老の言葉で、いよいよ霊樹の果実をみんなで食べるときがきた。
僕たちはひとり一個。精霊の少女たちは三人でひとつ。フィオリーナとリームも一個ずつ。そして、プリシアちゃんとニーミアとアレスちゃんでひとつ。
プリシアちゃん、君は戻ってくる間にひとりで丸々一個食べたでしょう。という突っ込みは、今回は無しにしてあげよう。二人と一匹で仲良く頬張る姿は愛らしかった。
プリシアちゃんたちから、手元の霊樹の果実に視線を移す。両手で持つ果実の表皮は、ふわふわの短い産毛に包まれていた。表面は、まさに桃のように見える。だけど皮は分厚くて、桃のそれとはまるで違う。どちらかと言うと、皮の厚みは
「いただきます!」
僕は思いっきり果肉にかぶりつく。
食感は
「おいしいです」
「こんな果物、食べたことがないですわ」
ルイセイネとライラが目を見開いて驚いていた。僕も、あまりの美味しさに、感想も忘れて果実を口一杯に頬張って、至福を味わう。
霊樹の果実がこんなに甘くて美味しいだなんて、想像以上だよ。プリシアちゃんが二個目を食べたがるのもよくわかる。
スレイグスタ老は、これをいつも独り占めしてたんだね。羨ましいな。
「くくく。森と霊樹を守護する者の特権である」
「んんっと、今度からは頂戴ね?」
プリシアちゃんの遠慮のない要求に、スレイグスタ老は困ったように喉を鳴らした。
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