森羅万象の声

 世界の崩壊が加速していく。

 天変地異によって大気が不安定になり、風や炎や砕けた岩石の竜巻が何十本と出現する。そして、暴れ狂う様々な属性の竜巻が、更に世界を壊していく。

 僕たちを乗せたニーミアは飛ぶ力を失って、崩壊していく世界を落下していた。

 空から地上へ、成すすべもなく落ちる。ただし、そこにあるはずの地面が既に崩壊してしまっていて、僕たちはそのまま地の底まで落ちていく。

 大地の深く暗い亀裂を更に落ちた先。そこは、何故か崩壊する世界の空。そして、僕たちはまた空を落ちていく。


 無限に落下し続ける僕たちを呑み込もうと、竜巻が襲いかかる。

 竜巻に呑まれて、空にはしった亀裂の先へでも飛ばされてしまったら、もう生きて戻っては来られない!

 僕たちは全力で結界を張り巡らせると、アミラさんが生み出した天変地異を何とかしのぐ。そうしながら、僕は改めて村長のお爺ちゃんを問いただした。


「村長さん、教えてください。アミラさんの秘密を」


 もう、聞かなくてもわかっている。

 アミラさんが絶叫するたびに天変地異が巻き起こり、世界が崩壊していく。

 だけど、理由がわからない。

 なぜ、アミラさんの「声」で世界がこんなにも乱れ壊れるのか。

 なぜ、封印は解けてしまったのか。

 自身も全力の神術で結界を張り巡らせながら、村長のお爺ちゃんは苦渋の表情で小さく声を漏らした。


「違うのだよ……。封印ではない」

「えっ!?」

「封印など、最初から無かったのだよ……」

「そ、それって……?」


 封印がなかった?

 アミラさんの声は、封印されていなかった?

 いやいや、意味がわからない。

 ではなぜ、アレクスさんたちは「アミラさんの声は封印されている」と言ったのか。それに、声が封印されていないのなら、どうしてアミラさんは今までしゃべらなかったのか。

 お爺ちゃんの告白に、僕たちは余計に混乱してしまう。

 すると、お爺ちゃんはまたしても小さな声で言った。


「アミラ様の声は……神言しんごんそのものなのだ」


 まるで、禁忌きんきに触れるかのように。


「あれこそが、闘神様の力なのだよ……。闘神様の末裔の中でも、女性だけがまれに受け継ぐ天性の神秘……」


 かつて、魔族の支配者に真っ向から戦いを挑んだという闘神。

 でも、僕たちは疑問に思っていた。あの、絶対的な存在である魔族の支配者に太刀打ちできる者がいるのかと。

 その疑問が、今まさに吹き飛んだ。

 存在していたんだ。

 世界を崩壊させるほどの力を持つ、闘神と呼ばれた者が。

 そして、その末裔であるアミラさんこそが、闘神の力を受け継ぐ女性なのだという。


「君たちは、神族のことにも詳しい。だから、知っているだろう。儂ら神族は、神力を声に乗せて神術を発現させる」


 神術は、森羅万象しんらばんしょうつかさどるとう。『ひざまずけ』と力ある言葉を発すれば、相手は自分の意思に関係なく膝を突く。『剣を抜くな』と発すれば、対峙する者は剣さえ抜けない。それだけでなく、グエンのように『渡れ』と口にすれば空間さえじ曲げて瞬間移動してしまうように、自然界そのものにも影響を及ぼすことができる。それが、神術だ。

 もちろん、神術の威力によって相手や世界への干渉力は大きく違ってくるけど、それでも神族が力ある言葉を口にすれば、森羅万象に影響を与えることになる。


 では、アミラさんはどうなのだろう。

 アミラさんは、今でも崩壊していく大地の上で絶叫し続けていた。

 瀕死ひんしのアルフさんを膝に抱き、絶望に正気を失っている。

 アルフさんを傷つけ、自分たちの平穏を乱す者や邪魔をする者たちに怒り、声にならない声で世界を呪っていた。

 そして、アミラさんの叫びに呼応して、世界は崩壊していく。


 だけど、アミラさんは神術を意図的に放っているわけではない。あくまでも、叫び続けているだけだ。それなのに、アミラさんの絶叫は森羅万象を支配し、世界を有り得ない姿に変貌へんぼうさせてしまっていた。

 これが、アミラさんが受け継いだ声なのだと、村長のお爺ちゃんは言う。

 アミラさんの「声」は、神力の宿った「神言」そのものなのだと。


「そ、そんな! それじゃあ、アミラさんは普通に喋ることさえできないじゃないですか!」

「そうだとも。声を発するだけで、全てに影響を及ぼしてしまう。だから、アミラ様は……」

「声を封印されていた?」

「違う。自らのご意志で、喋らなかったのだよ」


 お爺ちゃんから改めてそう言われて、僕は首を傾げた。


「喋らなかった……? では、なぜ今まで、封印されていると言っていたんですか!?」


 まったくの嘘だった。

 アミラさんの声に、封印なんてかけられていなかった。

 そうなると、やはり疑問に思ってしまう。アレクスさんたちはなぜ、封印されていると言い、アミラさん自身も否定しなかったのか。

 すると、お爺ちゃんが教えてくれた。


「それが、アミラ様や他の者たちにとって最善だったからだよ。考えてもみてくれ。自重して喋らないだけだと言っておったら、君たちだってどうにかしてアミラ様を喋らせようとしていたのではないかな? そこまでなくとも、どうにかして笑わせようとしたり、声を出させようとしたのではないかね?」

「どうでしょう……? 少なくとも、事情があるのなら無理に声を出させようとはしないですけど。でも、なぜ喋らないのかは、もっと深く考えていたかもしれません。……ああ、そういうことか」


 理解した。

 なぜ、アレクスさんたちは封印されていると言い続けたのか。アミラさん自身が否定しなかった理由も、ようやくわかった。


「そうか。アミラさんの声が神言そのものだと露見してしまった場合の、予防策だったんですね?」

「そうだよ。もしも、アミラ様の声の秘密が他所よそに漏れてしまった場合、どうなるかね?」

「悪巧みをする者は、アミラさんの声を利用しようとしますね」

「では、その時。声を発するのを我慢しているだけだと言われたらどうだね?」

「悪巧みをするような者であれば、拷問や耐え難い苦痛を与えてでも、アミラさんに声を出させるでしょうね」


 なにせ、絶叫するだけで、この有様だ。

 これが大勢の人々が暮らす都の中だったとしたら、目を覆うほどの犠牲者が出ていたのは間違いない。

 そうか、ともうひとつ気付く。

 闘神への復職を願いながら、家臣の人たちとこうして辺境でひっそりと暮らしている理由。それは、万が一の時を考えて、犠牲者を極力生まないためなのかもしれない。

 そして、辺境であれば余所者は目立つから行動を簡単に監視できるし、アミラさんの声の秘密を守り通せる。

 だけど、それでも秘密が漏れてしまったら。


「喋らないだけだと言われていたら、無理にでも声を出させようとアミラさんを苦しめる。でも、封印されていると言われたら、その封印を解く鍵を外部に見出みいだそうと探し続ける。でも、封印なんてそもそもされていないんだから、封印を解く鍵なんてものは見つからないし、そうすればアミラさんは無事でいられるってことですね?」

「そうだよ。だから、儂らは嘘をつき続けたのだ」


 ようやく、見えていなかったものが見え始めた。


 アレクスさんや村の人たちは、必死にアミラさんを護り続けてきたんだ。

 声の秘密を護り、もし漏れてしまった場合でも、アミラさん自身に負担がかからないような対策を講じてきたんだ。


「アミラ様は、本当にお優しいお方なのだ。自分の声がいかに世界へ影響を及ぼすか、お生まれになった直後から理解されていた。だから、どんな時にも声を一切あげなかったよ。乳が欲しい時も、寂しい時も、転んだ時も、怪我をした時も……」


 産まれたての赤ちゃんなら、泣き声をあげて当然なはずだ。それなのに、アミラさんは本能で自分の声の本質を理解して、声をあげて泣かなかったという。

 まるで嘘のように聞こえるけど、それは本当なんだと思う。

 アレクスさんや村の人たちの決意をたりにした今、もしもアミラさんが産まれてすぐに泣き声をあげていたら、その場で殺されていたに違いない。

 だけど、アミラさんは今まで村の人たちに愛されて育ってきた。それは、これまで一度もアミラさんが声を出さなかったと言う意味だ。


「前の当主様が村の者を庇ってお亡くなりになった時も、御母ごぼ様が病気でお亡くなりになった際にも、アミラ様は決して声をあげてお泣きにはならなかったのだ」


 どれだけ辛く悲しい時も、アミラさんは声を出すことを我慢してきた。

 だけど、ギルディアやマグルドが現れて平穏を掻き乱し、目の前でアルフさんが斬られたせいで、アミラさんはとうとう声を発してしまった。


「わかるだろう? これまで、何があっても声を自制してきたアミラ様が、そのかせを破って声を発せられたのだ。そうなってしまったなら、もうアミラ様ご自身でも、感情を制御することはできんのだ」


 これまで抑え続けていた分、解き放たれてしまえば止められない。

 アミラさんの感情は、限界を超えて壊れてしまった。

 だから、もう誰にも止められない。アミラさん自身にも。

 そして、こうななってしまっては、取るべき手段は残されていない。


「わかっておくれ。世界のためにも……アミラ様のためにも、殺すしか方法はないのだよ」


 お爺ちゃんは、大粒の涙を流して泣いていた。

 どれほどの覚悟なのだろう。

 大切に想い、いつくしんで成長を見守り続けた者を、その手で殺さなければいけないと決意することが、どれだけ苦しい決断だったのか、僕たちには想像も付かない。

 それでも、村長のお爺ちゃんや村の人たち、それにアレクスさんは覚悟を持って手に武器を取った。

 愛しい者よりも、世界を選んだ。


 崩壊していく世界の中で、アレクスさんたちの姿が見えた。

 もう、アミラさんに近づくことさえ出来なくなっている様子だ。

 人々は全員で集まって結界を張り巡らせ、荒れ狂い崩壊する世界の影響を防ぐことに手一杯になってしまっていた。アレクスさんも、防御の神術を発動したにも関わらず、足さえ進ませることができずにいた。


「ミストラル!」


 僕が呼ぶと、ユンユンとリンリンをともなって、ミストラルが暴風の中をなんとか戻ってきた。

 もう、アレクスさんたちの足止めは必要ない。

 アレクスさんたちは、アミラさんに手が届かない。そんな状況まで来ていた。


「エルネア、さすがにこれは……」

「うん。絶望的だね」

「アミラの声が原因なのね?」

「詳しく説明している暇はないけど、残念ながらその通りだよ」


 何十本もの竜巻が縦横無尽に暴れ、大地が崩壊し、空に亀裂が奔る。

 燃え上がった真っ赤な太陽によって大気は熱せられ、砕けた岩石が高温に解けて溶岩へと変化していく。そして、灼熱の溶岩の雨が世界に降り注ぐ。

 僕たちだって、結界を張って耐えるだけで精一杯だ。

 ニーミアは飛ぶことを諦めて、結界に全力を向けている。だから僕がお爺ちゃんに話を聞く余裕もあったけど、いずれはその結界も破られる。

 その時は、終わりだ。僕たちは死に、世界の崩壊は各地へ広がっていくだろうね。


 だから……


 だから、アミラさんを今、止めるしかない。


「ミストラル。それに、みんな」


 僕が声をかけると、全員が注目してきた。

 みんなの視線を受けながら、僕は覚悟を決める。


「決めたよ」


 叫び続けるアミラさんを見た。


 森羅万象を宿す声で、絶叫し続ける闘神の末裔。

 これが、神将しんしょうでもなく、武神ぶしんでさえない、唯一「闘神とうしん」と讃えられた者の子孫の力なんだね。

 でも、制御できない力ならば、世界にとって有害でしかない。


 村長のお爺ちゃんが、涙を流しながら僕を見ていた。


「このまま、アミラさんを放っておくわけにはいかない。だから、僕たち全員の力を合わせて……」


 僕は、全員の視線を受けて、宣言した。


「アミラさんの声を、封印するよ!!」

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