歓迎されてます?

 準備を手早く済ませた僕たちは、消息が途絶えたルイララを探すために、いざクシャリラの領国へ向けて西進した。


 そして。


「こんにちはー! 遊びにきました!」


 僕たちは堂々と、クシャリラの居城へ乗り込んだのだった!


「き、貴様らっ!!」


 黒鬼こっきの魔将軍バルビアが、殺気もあらわに僕たちを睨む。

 やれやれ。僕たちは友好的に訪問したんだから、そんな一方的な敵意は受け付けませんよ?

 まあ、上空では魔族を威嚇するようにレヴァリアが旋回していたり、僕たちもニーミアに乗って魔王城の中庭に降り立ったりしたわけだけど。

 それでも、僕たちはクシャリラと喧嘩をするために来たわけじゃないからね。


「はい、お土産です。春先には、大変にお世話になりました」


 にこにこにと笑みを浮かべながら、僕は持参した竜峰のお土産を示す。

 竜人族の人たちが丹念たんねん醸造じょうぞうした貴重なお酒や、珍しい動物の繊維でんだ上質の織物。他にも、こちらでは珍しいだろうと思われる郷土品なんかも持ってきた。

 僕たちはニーミアの背中からお土産を下ろすと、こちらには敵意なんて微塵もないですと示すように両手を上げる。

 それでも、バルビアは相変わらず殺意丸出しで僕たちを睨みながら警戒していた。


「ほら。僕たちは武器も携帯していないんだよ?」

戯言たわごとを! 貴様ら人族は武器を持っていないが、そこの竜人族の女は武器を携えているだろう! それに、上空の赤き飛竜と古代種の竜族を引き連れていながら自分たちは無害だという言葉など信じられるものか」

「むむむ。そう言われると困っちゃうけど。でも、考えてもみてよ。ミストラルは最小限の武力だけしか所持していないし、ここへ来るのにニーミアやレヴァリアの協力を得られなかったら、僕たちは何十日も旅をしなきゃいけなかったんだよ?」

「エルネアの言う通りね。わたしも、この武器ひとつであなた達や魔王と喧嘩をしようなんて思わないわ」


 僕たちはニーミアとレヴァリアに乗って、五日ほどでクシャリラの国に入った。

 道中は、巨人の魔王が事前に連絡をしてくれていたおかげなのか、他の魔王や上位の魔族から喧嘩を売られることはなかった。

 とはいえ、魔物や魔獣の襲撃には少なからず遭遇したし、地上を移動していたらこんなに早くは到着していない。


 だから、保身のための最小限の武器をミストラルが所持していることは仕方ないし、ニーミアやレヴァリアを連れて来ていることは大目に見てほしいものです。


「それにさ。僕たちはクシャリラや魔族のみんなに感謝したいんだよ? 妖魔の王討伐の際は、本当に助かったから」


 天上山脈で色々と因縁いんねんを深めたり、そもそもクシャリラが率いる魔族とは少なからず争ってきた関係だけど。それでも、妖魔の王討伐に力を貸してくれたことには本心から感謝しているし、クシャリラと交わした協定を僕は守ろうと思っている。

 なので、やっぱりバルビアが向ける殺気はお門違かどちがいですからね?


 荷物を全て下ろし終えると、ニーミアは小さな姿になって僕の頭の上に飛んできた。そして、疲れたとばかりに大きく欠伸あくびをすると、長い尻尾をゆらゆらと揺らしながら寛ぐ。

 代わりに、レヴァリアが魔王城の中庭に降りてきた。

 空でレヴァリアを遠巻きに警戒していた魔族たちも、合わせて降下してくる。

 だけどレヴァリアは、周囲に集まって警戒の色を見せる魔族たちなんて気にした様子もなく、長旅の疲れを癒すように丸まって休む。


「レヴァリア、ありがとうね」

『ふんっ。少しでも魔族どもが不穏な動きを見せれば、容赦はせぬと伝えておけ』


 さすがはレヴァリアだね。

 魔族の本拠地で堂々と休み、尚且つ、脅してくるなんてね。


 今回はリームとフィオリーナを同行させていないので、レヴァリアもその気になれば本気で魔族と戦える。

 魔族側もレヴァリアの恐ろしさをいろんな場所で体験しているので、警戒はしても余計な手出しを自分たちの方からしようとはしない。

 僕は、お互いの均衡きんこうが保たれていると確信したので、レヴァリアの忠告は魔族の人たちには伝えなかった。代わりに、こちらの要件を早々に伝えておく。


「ええっとね。僕たちは、行方不明になった友人を探しに来ただけなんだよ。それで、クシャリラや魔族の人たちが何か知っていないかと、こうして訪問させていただいたわけです」


 さあさあ、お土産を遠慮なく受け取ってくださいね。と、持参品を改めて示す。というか、既にユフィーリアとニーナとマドリーヌ様が、その辺の魔族を捕まえて強引に引き渡し始めていた。


「巫女として、明言させていただきます。わたくしたちは、エルネア君が言うように人探しに来ただけなのです。ですので、魔族の方々と争うつもりはありません」

「はわわっ。エルネア様の言う通りですわ。わたくしたちはお友達を探しているだけですわ」

「ついで、という言い方は失礼になるかもしれないけれど。この国で人探しをするのだったら、魔王に挨拶はしておかないといけないと配慮したから、こうして足を向けたのよ」


 ルイセイネ、ライラ、セフィーナさんの言葉に、僕たちはうんうんと頷く。


「協定のこともあるし、僕たちがクシャリラの国やその周辺で勝手に動き回ることはできないからね。ほらほら、僕たちって友好的に物事を進めようとしているでしょ? だから、もうそんな殺気なんて抑えてよ」


 僕たちはあくまでも敵対者ではないと示す。

 だけど、バルビアは一向に殺気を鎮めない。それで、どうしたものかとみんなで顔を見合わせていると、魔王城の奥から大鬼が姿を現した。


 いわおのような体躯たいくの鬼は真っ直ぐにバルビアの傍へ駆け寄ると、何かを耳打ちする。

 みるみると不機嫌さを増していくバルビア。

 誰かからの伝言を言い付かっただけの大鬼を、眼光だけで射殺しそうなほど睨む。それだけで、大鬼が顔を青ざめさせた。


 これが、クシャリラの側近である魔将軍バルビアの本性なんだろうね。

 魔族らしく、他者を威圧する殺気を隠そうともしない。たとえ配下の者であっても、機嫌を損なうようなことをすれば、容赦なく殺意を向ける。

 そして、相手を威圧し、威圧された者も逆らえないほどの実力差を普段から見せつける。

 魔族の世界における上下関係とは、まさに力の格差を示す指数なんだ。


 大鬼は言伝ことづてを終えると、巌のような身体を萎縮させたまま、そそくさと魔王城の奥へ戻っていった。

 バルビアは去っていく大鬼を見送ることなく、殺意のこもった視線を今度は僕たちへ容赦なく向ける。


「陛下が、貴様らを玉光ぎょくこうへ案内するようにとおおせだ」


 なるほど。今の大鬼は、クシャリラの命令を伝えに来たんだね。

 命令を伝達するだけで命を縮めるような殺意を向けられるなんて、大鬼も可哀想だね。と同情する暇もなく。

 バルビアは僕たちの反応を待たずにきびすを返すと、足早に魔王城の奥へ向かって歩き始めた。


「わわわっ。待ってよ!」


 慌ててバルビアの後を追う僕たち。

 だけど、バルビアは僕たちの声に反応することはない。


 あれは、絶対に案内する気のない案内だね!

 クシャリラに命じられたから仕方なくこちらに声を掛けて魔王城への入城を許したけど、ついて来られないなら知らない、と見放しているんだ。そして、魔王城の奥でもしも僕たちが迷子になったら、配下に襲わせたり邪魔をして、玉光の間とかいう場所へ辿り着かせないつもりでいるんだと思う。


 くっくっくっ。

 だけど、僕たちだったそうは甘くないよ?


「玉光の間って、何かな? 玉座の間のことかな?」

「どうかしらね? 魔王自らが出迎えてくれるというのなら、王座の間なのかしら? わたしも、こういう場はあまり詳しくないわ」


 僕とミストラルが先頭になって、ずんずんと容赦なく進んでいくバルビアの後を逃さないように追う。


「このお城は、今の魔王が建てたのかしら?」

「このお城は、前の魔王が建てたのかしら?」


 たしか、この国はクシャリラが支配する前は別の魔王が支配していたんだよね?

 だけど、どうやってか天上山脈を越えて西に進出した前の魔王は、人族の希望である神殿都市において、巫女王様に倒されたという。

 ユフィーリアとニーナは、王族らしい視点で内装や調度品、内部構造などを見渡しながら後に続く。


「はわわっ。緊張してきましたわ」

「ライラさん、不安でしたら手を繋いで行きましょう」

「ルイセイネ様、ありがとうございますですわ」


 ルイセイネとライラは緊張しつつも興味津々に見学しながら、仲良く手を繋いで回廊を進む。


「マドリーヌ様、殿しんがりは私にお任せください」

「ありがとうございます、セフィーナさん。相手が魔族になりますと、聖職者としての身分もあまり役には立ちませんからね」


 人族が相手なら、殿をマドリーヌ様かルイセイネにするだけで、背後からの野暮な奇襲はなくなるんだけどね。

 だけど、ここは魔族の本拠地である魔王城だ。魔族には信仰心なんてないから、相手が聖職者であろうと容赦なく襲いかかってくる。

 だから、気配を読むことに長けたセフィーナさんが、今回は殿役だ。


 バルビアは僕たちをこうと、入り組んだ回廊を足早に進む。

 だけど、僕たちは思い思いの行動をとりつつも、バルビアをしっかりと追尾して逃さない。

 途中、行く手を阻むように横の部屋の扉が急に開かれたり、回廊の交差点から奴隷の人が飛び出してきたり、他にもいろいろな障害に遭遇したけど、僕たちはその全てを完璧に回避しきった。


「ちっ」


 バルビアが、露骨に舌打ちをする。


 いやいや、流石にやりすぎじゃないかな!?

 僕たちはあきれを通り越して、妨害工作が楽しくなってきちゃっていますよ?


 それでも、僕たちは最後までバルビアの後に続き、魔王城の最奥へと進んでいった。

 そして遂に、目的の場所へ辿り着く。


 回廊の終わりには、不思議な大広間が在った。

 回廊と大広間を区切る扉が存在しない。代わりに、ゆらゆらと光が揺らめく境界が存在していた。

 バルビアは、その揺らめく境界を潜って大広間へと入っていく。


「安全かな?」


 少し躊躇ためらう僕に、ミストラルが苦笑しながら促してくれた。


「今までの妨害が小細工だったのだから、今さら危険な罠なんて仕掛けないと思うわよ?」

「と、思わせておいて、なんて?」


 相手は魔族だからね。油断していると足もとをすくわれる可能性はいつでもどこにでも存在する。

 だけど、僕の心配は杞憂きゆうだったようだ。


『憎し、竜王。しかし、に及んで其方らに危害を加えようとは思わぬ』


 どこからともなく、クシャリラの声が届いてきた。

 どうやら、バルビアは敵対心を隠そうとしていないけど、クシャリラは一応は僕たちをお客さんとして招く気があるみたい。


「それじゃあ、魔王の言葉を信用して」


 と、先ずは僕が大広間へと足を踏み入れた。


 不思議な空間だった。

 回廊と大広間を区切る、光が揺らめく障壁。そう思っていたんだけど、違っていた。

 大広間の全てが、光が揺らめく空間だった。


 先に入室したバルビアの姿が、揺らめく視界の先にある。

 そして、バルビアが控えるその先に、クシャリラの存在が在った。


 そう。本来であれば、目の前に存在していてさえ曖昧希薄あいまいきはくなクシャリラの気配が、明確に読み取れるんだ。


「そうか、わかったぞ。この不思議な大広間は、クシャリラが魔王として臣下にその存在を知らしめるための場所なんだね?」


 普段、クシャリラの気配を僕が読みきれないように、配下の魔族だって自分たちの支配者の気配を読むことはできない。

 だけど、魔王として臣下に畏怖いふを示さなきゃいけない場面は多々あるはずだ。そういう時に、この不思議な空間でクシャリラは存在を明確にして、魔族たちにその恐ろしさを知らしめているんだろうね。


『憎し。我の名を気安く呼ぶなや』

「おおっと、失礼しました」


 高位の魔族は、他者に気やすく名前を呼ばれることを嫌う。

 相対している最中ならまだしも、友好的に面会しているんだから、ここは魔族のならわしに従った方が無難だね。


「みんな、大丈夫だよ。妖精魔王も玉光の間の奥で僕たちを歓迎してくれているから」

『歓迎などしておらぬ』


 クシャリラの苦情を黙殺し、僕はみんなを呼び寄せる。

 大広間に入ったみんなは、僕と同じように部屋の不思議さに見入り、そしてクシャリラの気配がはっきりと感じられることに驚く。


「ううーん。この光が揺らめく空間自体が、魔王の存在の一部なのかな? 玉光、つまり魔王が放つ不思議な光の間ってことだね?」

うるさし、竜王』


 図星なんだと思う。

 クシャリラは、この空間に自分の存在を満たすことで、部屋に入った者へ本体の気配を明確に感じさせているんだね。

 クシャリラらしい、玉座の間だ。


 僕は家族のみんなが揃うのを待って、改めてクシャリラに挨拶をする。

 残念ながら、玉光の間にはクシャリラとバルビアしかいない。

 きっと他の家臣は、別の場所で僕たちの動向を慎重にうかがっているに違いない。

 でも、僕たちはあくまでも友人を探しに来ただけだからね。悪巧みなんて考えていないし、騒動を起こす気もありませんよ。


『して、何用ぞ?』


 玉光の間の最奥から、たしかにクシャリラの気配を感じ取れる。ただし、やっぱり姿ははっきりとは見えない。

 まあ、目を凝らして深く意識すれば、なんとなく視えるんだけどね。


 クシャリラは、こちらが意識した姿を見せる。

 僕の場合は、美人な女性に見えちゃうね。

 なんで美人かって?

 だって、その方が相対していても仲良くしていても、気分が良いじゃないか。


「にゃあ」


 ニーミアが、僕の思考を読んで頭の上で可笑そうに笑っていた。


「ええっと。黒鬼魔将軍には伝えたんだけど。僕たちは、友人を探しに来ただけなんだよ。なので、友人を見つけて連れ帰ることができれば満足なんだけど?」


 友好的に物事を進める。それが、今回の目標だからね。

 僕の返答に、クシャリラの気配が揺らぐ。


『友人とはなんぞ?』

「はい。巨人の魔王の配下である、子爵のルイララです!」


 躊躇いなく、僕は友人の名前を出した。

 さて、クシャリラやバルビアはどういう反応を示すか、と思ったんだけど。


『やはり、あれが狙いかえ』


 思いがけずすんなりと、クシャリラがルイララの存在を認めた。

 どうやら、最初から僕たちの来訪の目的を推測していたみたいだね。

 逆に、僕たちの方が内心で驚く。

 簡単にルイララの存在を認めて、クシャリラ側に何の得があるんだろう?


 僕たちは、素直にルイララを探していると白状する。

 クシャリラは、こちらも隠すことなくルイララの存在を知っているとほのめかす。

 これは、ルイララを起点とした駆け引きだ。


 さて、次の手はどうすべきか、と考えていると、先手を打ってきたのはクシャリラの方だった。


『あれが気になるのなら、案内させようぞ。バルビア、この者たちをあそこへ連れて行けや』

かしこまりました」


 なな、なんと!

 ルイララの存在を知っていると認めただけじゃなくて、居場所にまで案内してくれるなんて!?


 思わぬ魔族側の好意に、逆に僕たちの方がかんぐってしまう。

 先手を打ってこちらが有利な状況を作ろうとしたら、逆に罠にめられそうだよ?


「ついてこい」


 バルビアは、不機嫌ながらもクシャリラの命令に従って、玉光の間を抜け出す。

 僕たちはクシャリラに出ていく挨拶をすると、慌ててバルビアの後を追った。


 そして、その先で更なる驚愕きょうがくを目にする。






「ま、待ってくれ! もう許してくれっ」

「おや、これで終わりとは情けないですね?」


 魔王城を出て、僕たちが案内された先。

 魔都の一画。立派なお屋敷の中庭で目にした光景に、僕たちは息を呑む。


 満身創痍まんしんそういで倒れ込む、黒腕こくわんの青年トリス君。

 そして、トリス君の鼻先に殺気の籠った剣先を突きつけるルイララの姿。


「ルイララ! トリス君!」


 僕は咄嗟とっさに、二人の間に割り込んだ。

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