魔族と人族の楽しい旅路

「二人とも、落ち着いて!」


 僕は咄嗟にルイララの剣先を手で払い、トリス君をかばう。

 突然割り込んだ僕に、ルイララもトリス君も驚く。

 そして、ルイララが先に笑みを浮かべた。


「やあ、エルネア君。こんな場所で会うなんて、奇遇だね?」

「いやいや、全然奇遇でもないし、こっちは予想外の展開ばかりで混乱中だよ? それで、二人とも。争っていた理由は何かな?」


 ルイララは、残念だけど友人だよね。魔族だけど、いろんな騒動を一緒に乗り越えてきた戦友でもある。

 トリス君も、友達と言っていい。

 彼は猫公爵ねここうしゃくの奴隷らしいけど、結構自由に動き回れているようで、僕たちとも何度か一緒に冒険してきた仲だ。

 その友人二人が、何故なぜかお互いの生活圏から遠く離れたクシャリラの国で争っていた。しかも、トリス君は満身創痍で、ルイララは殺気の籠った剣を今にも繰り出そうとしていた。

 いったい、二人の間に何が起きたのか。

 僕が浮かべる焦燥感しょうそうかんに、だけどルイララは嫌味な笑みを浮かべたまま剣を構える。


「まさか、今ので終わりじゃないだろうね?」


 ルイララの剣気に、僕の背後でトリス君が身を強張らせる。


「ルイララ、落ち着いて。剣を仕舞って?」


 魔族と奴隷の人族。たしかに、相容れない二つの種族が互いに剣を交える場面は発生するかもしれない。だけど、二人も顔見知りのはずだし、そもそも殺気も露わに争う理由がわからないよ?

 場合によっては、ルイララの暴走を僕たちが止めなきゃいけないかもしれない。

 ミストラルも、いつでも飛び出せるように腰に帯びた漆黒の片手棍へ手を伸ばしていた。


 僕たちの緊迫した気配を感じ取ったのか、ルイララがようやく剣を鞘に納める。

 そして、残念そうに肩をすくませた。


「やれやれだなあ。これから楽しくなるはずだったんだけどね?」


 ルイララの落胆に、トリス君が「もう勘弁かんべんしてください」と、らしくないほど弱気なため息を漏らす。


「それで、二人とも。改めて聞くけど、争っていた理由は何かな?」


 トリス君も剣を仕舞いながら、なんとか立ち上がる。

 ルイララは、お屋敷の庭にそろった面々を確認しながら、真相を語ってくれた。


「エルネア君たちは何か勘違いをしているよね? 僕と彼は、暇だったから剣の稽古をしていただけなのさ」

「剣の稽古って言うけどさ? トリス君は満身創痍だし、ルイララは容赦ない殺気を向けていたし……」


 ルイセイネとマドリーヌ様がトリス君に駆け寄って、怪我の具合を診てくれている。

 陶器とうきのような質感の黒い両腕こそ破損はしていないけど、トリス君の全身には斬り傷や擦り傷や打撲のあとがあった。


「稽古と言うには、さすがに度が過ぎていない?」


 ルイララは、他自共に認める剣術馬鹿です。

 だから、稽古をしている最中に熱が入り過ぎて、止まらなくなったんじゃないかな? という僕の予想は外れていた。

 傷の手当てを受けながら、トリス君が弁明する。


「皆さん、ご迷惑をおかけしてすみません。けど、剣子爵様けんししゃくが悪いんじゃないんすよ。俺が頼んだ稽古なんです」

「と、言うと?」


 トリス君は、巨人の魔王の側近であるルイララに気を使って、名前を気安くは口にしない。

 これが、魔族の国に生きる人族の普通の対応なんだろうね。


「俺も剣子爵様も暇を持て余していたんで、剣の稽古をしようという話になったんっす。けど、普通の稽古は面白味がないってことで、それなら実戦さながらの緊張感で戦おうってなって。ほら。流石に俺が本気を出したとしても、剣子爵様を倒すだけの力量はないし。剣子爵様が殺気を向けてくれた方が、俺も臨場感のある稽古になるしさ?」

「トリス君の言う通りさ。僕も、さすがに猫公爵様のお気に入りを本気で殺す気はなかったよ。だけど、闘いっていうのは満身創痍になってから。絶体絶命におちいってからが本領の見せ場だと思うんだよね? だから、これからが面白くなったと思うんだけどね?」


 まだ、黒腕の丸秘技を隠しているだろう? とルイララがトリス君の両腕を示すと、トリス君は困ったように両腕をさすった。


「本番さながらの稽古とはいえ、これだけは稽古で魔族に見せるようなものじゃないっすよ。勘弁してください」

「残念だなあ。魔族の間でも、最近では黒腕こくわん剣闘士けんとうしとして名前が売れてきているトリス君の、本気中の本気が見たかったんだけどね?」


 魔族の世界では、奴隷同士や奴隷と魔獣を闘わせる娯楽が存在する。

 トリス君はその剣闘士として、着実に有名になってきているようだね。


 そういえば、前にトリス君へ質問したことがある。

 僕たちの価値観から見ると、とても危険で野蛮な娯楽のように思えるけど、トリス君はなぜ、積極的に参加しているんだろうと。

 ご主人であるアステルも、トリス君を大切に扱っている。なにせ、契約を交わした相手だから、トリス君の身に何かあると、アステルまで危険になっちゃうからね。

 だから、命の駆け引きが存在する剣闘士として、トリス君が闘い続けても良いのかってね。

 その時、トリス君は笑顔でこう言ったっけ。


「俺が剣闘士として強くなって名前を売れば、アステル様にちょっかいを掛ける不届き者が減ると思うんで、良いんすよ。俺自身も、アステル様を護れる強い男になりたいですからね。それに、剣闘士同士の闘いって、意外と命のやり取りまではしないんすよ? 長くやっていると、観客の奴らが満足するような闘い方ってのを覚えてくるんで」


 ということで、トリス君の方が積極的で、むしろアステルの方が毎回冷や冷やとしているらしい。


「ということでさ。僕と彼は、本気の殺し合いをしていたわけじゃないよ」

「とはいえ、さすがにもう辛いっす。朝から戦い続けて、昼飯も食わずにっすよ? 今日は勘弁してください」


 僕の割り込みで稽古が終わったようで、ルイララは気を鎮めて、トリス君も落ち着いた様子で怪我の手当てを受ける。


「良かった。僕はてっきり、どちらかが暴走してしまって喧嘩をしているのかと思ったよ」


 事情がわかって、ほっと胸を撫で下ろす僕たち。

 だけど、肝心な部分を忘れてました。


「そうそう、ルイララ。僕たちは二人の様子を見に来たわけじゃないんだよ。っていうかさ。トリス君もだけど、ルイララはなぜ、こんな場所で呑気のんきに稽古をしていたのかな!?」


 巨人の魔王は、ルイララが消息不明になったと怒っていた。

 だから、こうして僕たちがクシャリラの領国にまで慌てて飛んできたんだけど。当の本人は、大きなお屋敷の庭でトリス君と剣を交えて稽古にいそしんでいた?

 しかも、よく考えてみると、クシャリラは呆気あっけなくルイララの存在を教えてくれたし、バルビアは僕たちをだましたりすることなく滞在先にまで案内してくれた。

 はっきり言って、状況が理解できないよ?


 僕たちを案内してくれたバルビアも、お屋敷の庭まで足を向けて、事の顛末てんまつを静観していた。

 ルイララとトリス君の間に入ることもなく、僕たちがルイララに接触するのを妨害することもなく。

 いったい、クシャリラやバルビアは何を考えているんだろ?

 それに、ルイララやトリス君の置かれている状況はどうなっているんだろうね?


 立ち話もなんだし、とルイララは僕たちを案内してきたバルビアの存在を気にした様子もなく、ここが我が家だと言わんばかりの平然さでお屋敷の中へ入っていく。そして、ひかえていた召使いの人たちにお茶の準備を命じていた。


「仕方ない、ルイララの後を追おう」


 と僕たちが続いたら、バルビアもついて来た。

 よくわからないけど、案内だけでなく、監視もねているのかな?

 ともかく、僕たちはルイララの後を追ってお屋敷に入った。

 そして客間に通されて、バルビアの分までお茶が行き届いたことを確認すると、ルイララがこれまでの経緯を語る。


「いやあ、まいったよ。妖精魔王陛下の国に入るまでは順調で楽しい旅だったんだけどね? でも、国境の関所を抜けて最初の街に入った瞬間に拘束されちゃってさ」


 やはりルイララは、クシャリラが差し向けた配下と争うような愚行ぐこうはしなかったようだ。それで、素直に拘束されて、このお屋敷まで連行されたらしい。


「監禁はされていないんだよ。ただし、屋敷の敷地から出ようとすると、監視が何人も付くんだよね」


 当たり前だ、とバルビアが鼻で笑う。


「というわけで、屋敷の中では不自由のない生活を送れているんだけど、好き勝手に出歩いて観光はできない状況かな」


 さすがに、偵察に来ました、と正直には言えないよね。

 クシャリラ側も、ルイララが旅行に来たなんて嘘だと見抜いているだろうけど、突っ込みはない。その辺は、お互いに暗黙の了承事項なんだろうね。


「やれやれだね。巨人の魔王が心配していたよ? だから、僕たちはこうしてルイララを探しに来たんだよ」

「悪いね。なにせ、観光できないならさっさと帰りたいんだけど、妖精魔王陛下が是非にもっと滞在を、と勧めてくださるのでね。僕もなかなか暇乞いとまごいできずにいたんだよ」


 つまり、ていのいい無期限の身柄拘束ってことですね。


 クシャリラ側は、ルイララに国内を自由勝手に偵察されたくない。だけど、正当な理由もなく拘束なんてしたら、巨人の魔王と争いになってしまう。

 だから、ルイララを体面上は「客人」としてお屋敷に連れてきて、監視付きで軟禁しているんだね。

 しかも、ルイララが帰りたくても帰ることのできない状況を作って、巨人の魔王に嫌がらせをするという抜け目のなさも持っている。


 こりゃあ、一筋縄ではいかないぞ。

 どうやったら、クシャリラはルイララの拘束を解いてくれるんだろうね?


「ちなみに、トリス君は? ひとりで旅をしているの?」


 たしか、トリス君も魔族の支配者の指示で何かを調べていたような?

 ただし、トリス君が単独で行動するなんて考えられないので、もしかしたらアステルや黒猫魔族のシェリアーも来ているのかな?


「俺は、シェリアー様とこの国に入ったっす。ただ、俺たちは単にこの国を通過してもっと南の方へ行きたかっただけなんだよね。けど、剣子爵様と同じように、国に入ったら捕まっちまって。ああ、シェリアー様は自由気ままに何処どこかへ遊びに行ってるんだ。あの方を本気で拘束しようと思うなら、魔王自らが相手にしないといけないからなぁ」

「へええ。そんなに強いんだね。たしか、大魔王レイクード・アズンの元側近なんだよね?」

「俺も詳しくは聞いていないけど、シェリアー様が本気を出したら上級魔族でも瞬殺っすよ」


 シェリアーは、可愛い黒猫の姿からは想像もつかないほど強いんだよね。

 しかも、シェリアーは誰かに支えているわけじゃないから、遠慮なんてしない。怒らせてしまえば、たとえ相手がクシャリラの配下であろうと、容赦なく殺す。

 もちろん、シェリアーもトリス君の身柄を気にしてはいるだろうけど、だからといって普段の自由な行動までは束縛できないってことか。

 まあ、この国は通過点ということは、シェリアーが自由に動き回っていても問題ない、とクシャリラ側も判断しているのかもね。


「それにしても……」


 と、僕は客間の片隅で静かに僕たちを観察するバルビアへ、今度は質問を投げかける。


「旅行中のルイララだけじゃなくて、国を通過しようとしただけのトリス君やシェリアーまで、なんで引き留めているのかな?」


 魔都に滞在してもらいながら観光を楽しんでもらっているだけだ、なんて面と向かって言われたら困るんだけど。だけど、バルビアの返答は予想外のものだった。


「今、南側は面倒なことになっている。それで、客人を危険な目に合わせないために、こちらで用意した滞在計画で寛いでもらっているところだ」

「むむむ? 面倒なこと?」


 トリス君とシェリアーがこの国を通過して南に行くと、危険に巻き込まれる?

 ルイララも、何も知らずに旅行をしていて面倒に巻き込まれたら、クシャリラの面子めんつに関わるから魔都に滞在してもらっている、という話には筋が通っている。

 では、南方で起きている問題とは、いったいなんだろうね?


 僕が疑問を口にしたら、バルビアが僅かに口角を上げた。


 しまった!

 嫌な予感がします!!

 まさか、クシャリラやバルビアは、この展開を読んでいた!?

 ルイララとトリス君たちの存在を早々に示し、僕が国内事情に疑問を浮かべるように仕向ける。

 そして、その先に待つのは……!


 ルイララたちの安否が確認できたのなら魔王城に戻るぞ、と有無を言わせず引き返すバルビアに、僕たちは打つ手なく従った。

 そうして玉光の間へ戻った僕たちに待っていたのは、とても面倒な依頼だった。


『其方は言ったや。こちらが困っているときは、手を貸すと。ならば、その手を借りる。其方らは南方へおもむき、帝尊府ていそんふなる者どもを排除しいや』

「て、帝尊府!?」


 前の騒動から遠く離れた地で聞き覚えのある組織の名前を耳にした僕たちは、思わず叫んでしまっていた。

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