狩りの収穫

「アレスちゃん。最初に果物くだものとか探そうか?」

「たべたいたべたい」

「うん。そうだね」


 アレスちゃんと一緒に、まずは甘い果物を探しましょう。ということで、森の奥で立ち止まる。

 残念ながら、動物の気配を探ることはできても、果物の気配は探れない。

 でも、僕には強い味方たちがいます。

 アレスちゃんの自然を支配する能力。万物の声を聞くことのできる僕の能力。


『あっちに木の実』

『こっちにお野菜』

『あそこに虫さん』

「いやいや、虫はいらないんだよ」


 鳥や樹々の声に耳を傾ける。そのなかから、アレスちゃんが食べたい物を順番に集めることにした。


「あっちあっち」


 大まかな方角は、自然の声を頼りに。詳しい場所は、アレスちゃんが示してくれる。

 それでも、繁った森で果実や野草を探すのは至難の技で、目をらして注意深く探す。


「おっ。きのこだ!」


 木の根元付近に群生していたきのこを発見した。

 最初は果物と思ったのに、案内された場所がきのことは。

 まあ、良いか。ここはアレスちゃんの意志に任せよう。

 見つけたきのこに足を向けた直後。


「ふははははっ。きのこ発見だ!」

「えっ!?」


 突然現れたのは、セジムさんだった。

 セジムさんはきのこのすぐ側に空間跳躍で現れて、僕とアレスちゃんの歩みをはばむ。


「これは、俺が見つけたのだ。早い者勝ちだからな。仕方ないよな」

「……ぐぬぬ」


 どちらが先に見つけたかなんて、それは水掛け論になっちゃう。そこで重要になるのは、どちらが先に狙った物へとたどり着くかだと思うんだけど。


 僕はどうやら、セジムさんにけられていたらしい。

 セジムさんがひとりで山菜を探すと、毒毒三昧どくどくざんまいになっちゃうからね。本人も自覚があったんだと思う。それで、僕を尾行して、手頃な物を横取りしようと企んだわけだ。

 なんという矮小わいしょうな精神でしょうか。

 怒る以前に、はあ、とため息が出ちゃう。


「では、どうぞ。僕は別のものを探すので」


 でもまあ、このきのこが全てじゃないからね。気を取り直して、違うものを探しましょう。


 僕とアレスちゃんは、きのことセジルさんを後にして、また森の奥へと戻った。


「あっちあっち」


 アレスちゃんが示す場所へと移動する。

 気配を探っていると、前方に動物の気配を感じ取った。

 気配を消し、慎重に近づく。一回の空間跳躍で確保できるまで距離を詰めないと、野生の動物はかんが良いから逃げられちゃう。


 そおっと下草をかき分けて、太い樹々の陰から忍び寄る。


「あれを狙うの?」


 目視できる距離まで詰めたところで。僕は念のためにアレスちゃんに確認を入れた。

 アレスちゃんは、うんうんと頷く。

 前方には、地面に鼻を突っ込んでいるいのししのような青い動物がいた。

 狙いを定め、空間跳躍をしようとしたとき。


 背後から風切り音がした。

 とっさに身構える。

 背後から風を切り裂き、鋭く飛来したものは矢だった。

 矢は僕の横を一瞬で横切る。そして、猪のような青い動物に命中した。

 致命の一撃により、青い動物は断末魔をあげて倒れた。


「くっくっくっ。この猪は俺が先に狩ったんだ。そうだよな、エルネア?」

「そうですね……」


 なんということでしょう。

 今度は、アゼイランさんに横取りされちゃった。

 アゼイランさんも、僕を尾けていたんだね。

 気づけない僕が悪いのか、卑怯ひきょうなこの父子が悪いのか。

 困ったものです。

 僕とアレスちゃんは猪のような青い動物も諦めて、次へと向かう。


 まさか、ナザリアさんとアユラさんにも尾行されたりしていないよね?

 慎重に、周囲の気配を探る。

 でも残念ながら、気配を察知することはできない。

 むむう。巧みに気配を消す者をしっかりと捉える技術を磨かなきゃいけないような気がするよ。

 上級魔族のギルラードにも、すぐ近くにまで接近されてしまったよね。

 あのとき、ギルラードが最初から本気だったら、僕は危なかったかもしれない。家族を守るにしても、巧みに隠れた敵対者を正確に把握できる能力がないと、後手に回っちゃう。


 次の獲物を探しながら、どうやったら気配を読む力が向上するのだろう、と思案した。

 そして、僕がひとりで考える程度で、一朝一夕いっちょういっせきに習得できるものじゃない、と結論付けて、肩を落とす。

 今後の課題だね。


 アレスちゃんを抱きかかえたまま森を進んでいると、湖にたどり着いた。

 ここって、ナザリアさんが忠告していた魔女のいる湖じゃないよね?

 湖が多すぎて、霊山の麓の森を四方八方に動き回っていたらわからなくなっちゃった。

 でも、見える霊山の方角が違うから、きっと大丈夫なはずだ。

 湖に来たついでに、湖面を覗き込んでお魚を探してみる。

 残念ながら、浅瀬には食べられるほど大きなお魚の影はなかった。


 はっ!

 こういう状況だ。まさか、アユラさんはいないよね!?

 びくびくしながら、周囲を見回す。


「良かった。誰もいない」

「んん? 誰か探しているのかしら?」

「うわっ」


 突然、背後から声をかけられて、驚いて飛び跳ねる。

 慌てて振り向くと、当たり前のようにアユラさんが立っていた。


「ふふふー。この湖は私が先に目をつけたんだからね。エルネアは別の場所で漁をしてね」

「はい……」


 この家族は、とてもとても残念です。

 アユラさんはあみを背負い、水の上を当たり前のように歩いて、深い場所へと行ってしまう。そして、えいやっ、と網を投げる。

 僕とアレスちゃんはその様子を見て、諦めて移動することにした。


「アレスちゃん、こまったね」

「こまったこまった」


 全然困った様子なんて見せずに、にこにこと微笑んでいるアレスちゃんに癒されます。


「いもいも」

「こんどは、あっちだね。セジムさんに邪魔されなきゃ良いんだけど……」


 アレスちゃんが新たに示した方角に向かって、僕は空間跳躍をした。






 結局、その後も何度となく邪悪な耳長族に邪魔された。それでもなんとか、果物や山菜、手頃なお肉やお芋を確保することができた。

 荷物?

 ふっふっふっ。僕にはアレスちゃんが憑いてます。取れた物は全て、アレスちゃんの謎空間にしまってもらっているのです。


 甘酸っぱい蜜柑みかんのような実を集めて、アレスちゃんと二人仲良く頬張りながら、禁領の大地を行く。

 こうして家族の誰かと一緒にのどかな日常を過ごすのは久々だよ。

 アレスちゃんも僕と久方ぶりに触れ合えて嬉しそう。


「つぎはあっち」

「ようし、どんどん行こう」


 歩きやすい場所では手を繋いで一緒に歩き、深い茂みや危険な場所はアレスちゃんを抱いて空間跳躍を駆使する。僕とアレスちゃんは、平和な日中を満喫していた。

 これで、朝の騒動がなかったら完璧だったのにね。


 戻ったら、集めた山菜や果物の選別作業や、お肉の切り分け作業が残っている。だから早めに戻らなきゃいけないんだけど、もう少しアレスちゃんとこうしていたいな。


 るんるんで移動しながら、春の恵みを収穫していく。

 そして気づくと、見知らぬ湖にたどり着いていた。

 まあ、ほとんど全ての湖が見知らぬ場所なんだけど。

 念のために、アユラさんが現れないか周囲を見渡して確認してみる。

 お昼過ぎにたどり着いた湖でも邪魔をされたばかりだったから、どうやら居ないらしい。


 ふう、と深呼吸をすると、んだ空気が胸いっぱいに広がって気持ちが良い。


「ちょっと湖畔をお散歩して、そろそろ帰ろうか」

「しゅうかくいっぱい」

「うん、たくさん採れたね」


 手を繋いで、湖畔に広がる砂利じゃりの浜を散歩する。


 結構な距離を移動したのかな。気づけば、空間跳躍を駆使したおかげで、竜気も随分と減ってしまっていた。


「どこかで瞑想めいそうして、竜力を回復しなきゃいけないね」


 どこか手頃な場所はないかな、と座りやすそうな場所を探す。

 この湖は、岩場や砂利の浜が多い。

 胡座あぐらをかいて瞑想するなら、できれば草や土の上で、お尻が痛くならない場所が良いんだけど。

 周囲を見渡していると、遠くに緩やかに裾野すそのを広げる霊山の輪郭が見えた。

 目をこらすと、中腹あたりの草原に廃墟を確認することができる。

 おや……?


 ここって、もしかして……


 方角や距離感を思い出し、はっとする。


「ここって、注意されていた湖だよね?」

「うんうん」


 アレスちゃんは、よく気づきました、とにっこり笑う。

 知っていて、注意を促さなかったんですね。

 困った幼女です。


「どうしよう。移動したほうが良いのかな?」


 なんて口にしながら、気配を探る。

 少し先で、人の気配が二つ。


 ……二つ?


 気づくと、僕は人の気配がする方へと足を向けていた。

 危険に敏感なはずのアレスちゃんは、にこにこ顔で僕と手を繋いでついてくる。


 つまり、危険はないんだよね?


 ナザリアさんには注意されていたけど。

 僕の好奇心が「行っちゃえ!」とささやく。


 砂利の浜を抜けて、大きな岩を迂回うかいした先。

 しばっぽい草が生い茂った場所の木陰に。


 ミシェイラさんでも褐色の耳長族の一家でもない、二人の人物がいた。


 ひとりは、純白の外套がいとうを頭からすっぽりとかぶり、立っていた。顔をこちらに向けている。

 深く被った頭巾ずきんの影で顔は確認できないけど、身体の輪郭が女性だ。

 そして、もうひとり。

 純白の外套を着た女性の背後。木陰が気持ちよさそうな場所に、黒絹くろぎぬのような美しい黒髪の女性が、赤黒い毛皮を毛布代わりにして横たわっていた。髪がとても長い。立ち上がると、きっとお尻よりも下くらいまであるんじゃないかな。

 僕の家族のなかでは、聖職者のルイセイネが一番長く髪を伸ばしているけど。ルイセイネよりもきっと長い。

 そして、横たわった女性は、僕の目から見てもわかるくらいに衰弱していた。


「こんにちは。あのう、そちらの女性は大丈夫ですか?」


 横たわった女性を守るように立つ純白の外套の女性に声をかける。

 だけど、返答は帰ってこない。


 こ、怖い……のかな?


 べつに、敵意を向けられているわけじゃない。警戒されているわけでもない。

 表情の見えない女性に無言で見つめられているから、気まずいだけかな。


 どちらが魔女なんだろう?

 見ただけじゃわからない。

 というか、この二人の女性のうちのどちらかが魔女だという確証もないんだよね。


 霊山の中腹に見える廃墟。そこから導き出した方角と距離感。それで、散歩していた湖がナザリアさんの言っていた魔女が来ている湖だとわかったんだけど。


 ……注意されているのに、会いに来ちゃった!

 だって、とても興味があったんだもん。と自分自身に言い訳をしておく。

 アレスちゃんも気負った気配がないし、命に関わるような危険はないよね。


「僕は、エルネア・イースという名前です。人族だけど、竜王です。ミストラルの未来の夫で、巨人の魔王に禁領への立ち入りを認められているんです」


 相手を刺激しないように、立ち止まって名乗ってみる。

 ミシェイラちゃんたちも、巨人の魔王の存在やミストラルの名前を出すと、すぐにこちらを理解してくれた。だから、もしも純白の外套の女性が禁領の共同管理者のひとりの魔女なら、わかってくれると思うんだけど。


 だけど、僕の名乗りにも純白の外套の女性は微塵も動かず、反応を見せない。


 ううう。やっぱり怖いかも……


 ここは、出会わなかったことにして、立ち去るべきでしょうか。と困惑していると。


「困った子なの。ナザリアは忠告したわ」


 空間が揺らいだ、と思った瞬間。

 僕の横にミシェイラちゃんが出現した。


 うひっ。

 これって、空間転移!?


 驚く僕を見上げて、頬を膨らませるミシェイラちゃん。

 でも、怒っているわけじゃない。


「魔女よ。こっちが例の子なの。それと、そっちが例の子ね?」


 ミシェイラちゃんは、横になっている女性を指差した。


「衰弱しているの。大丈夫?」

「……少し無理をさせてしもうた。眠って五日ほどになるから、そろそろ目覚めるであろう」


 すると、純白の外套の女性はようやく言葉を発した。

 少し低音だけど、美しい声音こわね

 声だけで、世の男性をめろめろにしそう。


 どうやら、純白の外套の女性が魔女らしい。


「それで、お兄ちゃん。これからどうしたいの?」

「お、お兄ちゃんじゃないようっ」


 と突っ込みを入れつつ。

 僕は、どうしたいんだろう?

 興味本位で魔女に接触してみたんだけど。その先なんて考えていませんでした。

 むむむ、と今さら考え込んでしまう。


「ええっと。そちらの女性は衰弱中なんですよね? 五日も寝込んでいるなんて、起きたらお腹が減っていると思うんです」


 うん? と、なにを言っているのかしらと僕を見上げるミシェイラちゃん。

 見つめる目が、問題児を困ったように見つめるお母さんみたいですよ。


「見たところ、食べものはあまりないようですし」


 外套の女性と横たわった女性の近くには、手荷物なんてどこにもない。つまり、食べものも持っていないんじゃないかな。


「今日はミシェイラちゃんの要望で、たくさん食料を集めてきたんです。よかったら、ご一緒しませんか? 僕たちも禁領に滞在予定ですし、それならみんなで協力して夜営の警備とかしたほうが負担が減ると思いますし」

「おにいちゃん」

「は、はい!」

「ミシェイラは、魔女とは知り合いだけど、仲間じゃないと言ったの」

「うん、聞いたね。でも、敵対者じゃないなら、仲良くしてもいいと思うんだ」

「仲が悪いとは言っていないの」

「それじゃあ、なおさらだよ。みんなで過ごしたほうが楽しいですよ」

「たのしいたのしい」


 僕の誘いに、アレスちゃんが同調して頷く。


「と、いうわけだけど。魔女はどうするの?」


 ミシェイラちゃんまで、ふふふ、と楽しそうに微笑んで僕の意見に賛同してくれた。

 僕たちの誘いに、魔女は少し困ったようにため息を吐いたように感じる。全てが外套に隠れていて、確認できないんだけど。


「……では、世話になることにしよう」


 数拍置いて。

 魔女は頷いた。

 魔女の同意に、僕たちは飛び跳ねて喜ぶ。


「それじゃあ帰りましょう。そろそろ、みんなが帰ってくるの」


 言ってミシェイラちゃんは、アレスちゃんと手を繋いでいない方の僕の手を取る。

 魔女は横たわっている女性の傍に行き、抱きかかえた。

 細身のように見えるけど、意外と力持ちだね。


「ところで、どうやって移動しよう?」


 ミシェイラちゃんに相談したら。

 にっこりと微笑まれた。

 直後に視界が揺らぎ。

 まばたきをすると、見慣れた廃墟の村に戻ってきていた。

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