手掛かりを探せ

「メアリ様には、悪いことをしちゃったね」


 リンゼ様の邸宅ていたくを離れてすぐに、僕たちはヴァリティエ家へと急行した。そして、ここでも身内に起きた問題を話して、急いで帰ることを伝えた。

 これからマドリーヌ様と一緒に暮らせると思っていたメアリ様は、とても悲しそうな表情で僕たちを見送っていたっけ。


「大丈夫ですよ、エルネア君。メアリはああ見えて、強い子です。それに、次に戻ってきたときに、たっぷりと甘やかしてあげますから」

「それじゃあ、早く戻って来なきゃですね!」


 僕とライラとマドリーヌ様は、ニーミアの背中に乗って空を西へと進んでいた。


「レヴァリア様も、少し残念そうでしたわ」

「そうだね。あんなに協力的なレヴァリアは珍しかったのに、少し残念だね。素直に気を使ってくれるなんて、やっぱりレヴァリアも僕たちの家族の一員だよ」


 僕たちが、レヴァリアではなくてニーミアに騎乗して帰路に就いた理由。それは、レヴァリアの提案からだった。


『ちっ。我よりもその小娘の方が速い。貴様らは奴に乗って、先に帰っていろ』


 確かに、古代種の竜族であるニーミアの方が、身体能力的にレヴァリアよりも優れているのは確かだ。だけど、自尊心の高いレヴァリアが自分を置いて他者を推薦すいせんするなだんて、滅多なことではない。


「レヴァリアも、ライラを連れてきて疲れているだろうからね。遅れて来るって言っていたし、僕たちはレヴァリアの好意に感謝しなきゃね」

「はい、ですわっ」

「そうですね」


 こうして、僕たちはニーミアに乗せてもらい、アームアード王国へと急行した。






「おじいちゃん! ミストラルとセフィーナさんが!」

「落ち着くのだ、焦るでない。汝が今ここで慌てたところで、事態は解決せぬ」


 ニーミアは休むことなく飛び続けてくれて、翌日には竜の森へと辿り着いた。そして、真っ直ぐに苔の広場へと進んでくれて、僕たちを無事に送り届けてくれた。

 苔の広場の中心では、小山のような巨体のスレイグスタ老が泰然たいぜんと佇んでいて、僕たちは急いで駆け寄る。


「「「エルネア君」」」


 すると、そこへ同じように駆け寄ってきたのは、ユフィーリアとニーナ、それにルイセイネだった。


「みなさん、お帰りなさい」

「無事で良かったわ」

「元気で良かったわ」

「ルイセイネ、瞳は大丈夫? ユフィ、ニーナも無事なんだね、良かった」


 苔の広場に集った家族で抱き合い、無事を確認しあう。

 だけど、そこにミストラルとセフィーナさんの姿はない。


「ねえ、おじいちゃん。ミストラルとセフィーナさんの身に、何が起きたの?」


 改めてスレイグスタ老を見上げる僕たち。

 すると、スレイグスタ老は黄金色の瞳でこちらを見下ろす。


「ふうむ、困ったことだ。残念ながら、我にも詳細はわからぬ。ただ、言えることは、ミストラルもセフィーナも未だに消息不明だ、ということくらいである」

「おじいちゃんにもわからないなんて……」


 ライラが急報を知らせ、僕たちが戻って来るまでの間に、なにか少しでも手掛かりが増えていれば、という僅かな希望は砕かれてしまう。

 それでも、今ここで僕たちがひざを折るわけにはいかない。


「少しでも……。ほんの些細ささいなことでも良いから、手がかりはないのかな?」


 出発前に、何か変わったことはなかったか。言動に手がかりは残されていないのか。

 みんなを見渡す僕。

 すると、まず最初にユフィーリアとニーナが手を挙げた。


「セフィーナがひとりで北の地へ向かったと聞いて、ニーナと一緒に追いかけたわ」

「あの子が夜営していただろう場所までは、ユフィ姉様と一緒に追いつけたわ」

「ユフィ、ニーナ、そこに何か手がかりは残されていなかった?」


 僕の問いに、二人揃って首を横に振る。


「残念だけど、行く当てを示すような手掛かりは何も残っていなかったわ」

「でも、焚火たきびに火が残っていたわ」

「えっ? どういうこと?」


 ユフィーリアとニーナは、セフィーナさんを追って飛竜の狩場へと入っていった。

 そこで焚火に火が残っている夜営地を見つけたということは、つまりセフィーナさんは二人が来る少し前まで、そこにいたはずだ。

 だというのに、セフィーナさんは忽然こつぜんと姿を消した?


「争ったような形跡は?」

「なかったわ」

「何かの理由で移動したような感じは?」

「それもなかったわ」


 二人も、最初はお手洗いか何かで席を外しているのだろうと考えて、野営地で待っていたらしい。だけど、セフィーナさんはいつまで経っても戻らなかった。


「そうしたら、レストリア様が飛来なさって、私とニーナに言ったわ」

「危ないから、急いで苔の広場へ避難するように言われたわ」


 僕たちの輪に加わってはいないけど、スレイグスタ老の近くにレストリア様がちょこんと座っていた。


「レストリア様の手をわずらわせるわけにはいかぬ。我が双子を連れ戻そうとしたのだが」

「くるる。緊急事態ですもの、お手伝いいたしますよ」


 スレイグスタ老がびれたように頭を下げると、レストリア様が微笑んだ。


「ありがとうございます」


 僕たちは、レストリア様にお礼を言う。


 セフィーナさんが急に気配を消したことを、苔の広場にいたスレイグスタ老が気づいたんだろうね。それで、レストリア様がわざわざ飛んでくれて、二人に知らせてくれたんだ。

 もしもレストリア様が異変を知らせていなかったら、ユフィーリアとニーナもこの場にはいはなくて、消息を絶っていたかもしれない。そう考えると、感謝しかないね。

 それに、ユフィーリアとニーナへ知らせに飛んでくれたことだけじゃない。今もこうして苔の広場に残ってくれて、ルイセイネの瞳の暴走を抑えてくれていることにも感謝です。


 ちなみに、カルナー様の姿はどこにもない。

 魔眼を持つというはぐ女仙にょせんの情報を探しに、戻ってくれたのかもしれないね。


「それじゃあ、セフィーナさんはやっぱり、不意を突かれて誘拐されたとか、拉致らちされたと考えるべきなのかな?」


 もしも、とあまり悪い考えを想像したくはないのだけれど。

 それでも、もしもを考えた場合。


 何者かに襲撃されたとしたら、争った形跡は必ず残るはずだ。そして、最悪の場合、セフィーナさんが命を落とすような事態になっていれば、遺体が残されているはずだよね。

 でも、夜営地にはセフィーナさんの姿どころか、争った形跡も残されてはいなかった。

 それどころか、つい今し方まで焚火の前にいたような可能性もある。

 そうなると、やはり何者かが不意を突いてセフィーナさんを連れ去ったと考えるのが無難じゃないかな?


 僕の考えに、みんなやスレイグスタ老も頷く。


「でも、セフィーナさんの気配はどこにもないんですよね?」


 スレイグスタ老に確認すると、うむ、と喉を鳴らされた。


「ミストラルとセフィーナ。共に、気配を追えぬ」

「セフィーナさんだけじゃなくて、ミストラルまで……。そうだ! ミストラルの気配が消えたのはいつ? セフィーナさんの前? あと? 時間の間隔は?」

「良い質問であるな。ミストラルは、セフィーナの気配が途絶える少し前に、消息を絶った」

「ってことは、離れた場所であまり時間を置かずに二人の気配が忽然こつぜんと消えたわけですね?」


 ミストラルも、竜峰で消息を絶った。

 場所は違えど、セフィーナさんと似たような状況。だとしたら、二人の気配が消えたことは関連する事件か事故のようにも思える。

 だけど、竜峰と飛竜の狩場で同時多発的に似たような事象が起きるだろうか。

 それに、二人が何者かに連れ去られたとして。はたして、老練ろうれんな古代種の竜族であるスレイグスタ老が見失う状況になるのかな?


 スレイグスタ老をもってしても、未だに竜脈の流れからミストラルとセフィーナさんの居所を見つけ出せていない。


「そうなると、おじいちゃんが探知できないほど遠い場所に連れ去られたか、もしくは竜脈の流れのない場所……空の上に連れ去られたとかかな?」


 僕の疑問に、だけどスレイグスタ老が瞳を閉じて答える。


「空、という可能性はあるまいよ。たしかに竜脈は空には流れておらぬ。しかし、何者かが空に存在しておれば、他の者が気付くであろう?」

「言われてみると、そうですね」


 飛竜の狩場だけじゃない。竜峰の空に何者かが存在していれば、竜族や他の種族の者たちが素早く察知して、警戒するはずだ。


「でも、雲よりも高い位置だったらどうかしら?」

「でも、二人を連れ去って素早く離れたらどうかしら?」


 ユフィーリアとニーナの推理を検証してみよう。


「雲の上か。竜族をはじめ、翼を持つ色んな種族が空を飛べるけど、雲の高度を越えて飛べる者は限られるよね?」

「古代種の竜族は飛べますわ」

「他にも、レヴァリア様のように優れた飛翔能力を持つ個体でも越えられますね」


 ライラとルイセイネの言葉にみんなが頷くけど、僕はそこで首を傾げた。


「でもさ。いくら雲の上を飛べたとしてもね。そもそも、空に雲がなかったら丸見えだよね?」

「エルネア君の言う通りだわ」

「エルネア君の指摘が正しいわ」


 夏の嵐を呼ぶ雲や、冬の雪を降らせる雲が空を覆う時季ならともかく。今は、晩春。空はどこまでも透き通り、雲も切れ切れにしか流れていない。そんな上空で、いくら雲より高く飛んだとしても、見つからない方が至難の技だ。


「ということは、空の上に連れ去られた可能性は低いね。それじゃあ、次に。ミストラルとセフィーナさんを連れ去ったあとに、高速で移動した可能性は?」

「わたくしの知る限り、古代種の竜族以上に高速で移動できる種族は知りませんね?」

「はわわっ。空間転移でしたらどうでしょう?」


 身体能力において、古代種の竜族に比肩ひけんする種族はないと言っても過言ではない。

 だけど、その古代種の竜族といえども、誰の目にも留まらないほど高速では飛べない。

 それなら、やはりライラの意見が現在では最も可能性が高いのかな?


「でも、空間転移ができる者って……?」


 全員の視線が、スレイグスタ老に注がれる。


 スレイグスタ老を疑っているわけではない。

 みんなは、つまり犯人はスレイグスタ老のような超常的な力を持つ者なのか、と震えているんだ。


 スレイグスタ老。巨人の魔王と、側近のシャルロット。魔女さん。他にもいるけど、僕たちの知る限り、空間転移ができる者とは、圧倒的な力を持つ特別な者だけだ。

 もしもライラの言葉が真実を射抜いていたとしたら。それはつまり、僕たちの敵はその特別な者ということになる。


「いや、結論を出すのはまだ早いはずだ」


 僕は、みんなの不安を払拭ふっしょくするように声をあげた。


「それに、何者であろうと僕たち家族の身をおびやかすような者は許さない!」


 これから先、何十年、何百年と生きていく僕たち。その間に家族が欠けるなんてことはあってはならないし、絶対にそうならないように努める。

 だから、今回もミストラルとセフィーナさんを必ず見つけ出して、平和を取り戻すんだ!


 僕の決意に、家族全員の意志が乗る。


「必ず、助け出しましょう」

「ミスト様、セフィーナ様、待っていてくださいませ」

報復ほうふくするわ」

復讐ふくしゅうするわ」


 僕たちの決意を静かに見下ろすスレイグスタ老。


「よし。それじゃあ、まずは二人が消息を絶った現場をもう一度確認しに行こう!」


 ユフィーリアやニーナが見落としていたことも、家族のみんなで改めて検証すれば、新たな発見があるかもしれないからね。

 それに、ミストラルが消えた場所の検証も必要だ。


 とはいえ、ここから先は何が起きるかわからない。

 だから、個人行動は禁止です。

 みんなで揃って、団体行動を心がけなきゃね。


 ニーミアが大きな翼を広げた。

 いつでも出発できる状態だ。

 だけど、僕たちが出発の動きを見せる前に、スレイグスタ老が低い声で聞いてきた。


「行くか。では、どうする? 我に預けている武器を携えて事に挑むか?」


 そうだ。僕たちには、武器がない。

 力を求めるあまり、力に翻弄ほんろうされる運命にならないように、僕たちは愛用の武器を手放したんだ。


 でも、この先には危険が待ち構えている可能性が極めて高い。

 武器がない状態で、はたして万全の対応が取れるのか。

 僕は瞳を閉じて考える。


 力に頼らないと決めて、手放した武器。

 でも、思いがけない家族の危機に、武器が必要な場面に陥っている。

 僕は、どう判断すればいいのか……


 暫しの間、考える。

 考えながら、家族のみんなを確認した。

 すると、みんなは意外なほど明るい表情をしていた。


 あれれ?

 もしかして、みんなは既に答えを見つけているのかな?


 なら、僕も決断しなきゃね。


「おじいちゃん」

「答えを聞かせよ」


 はい、と頷き、僕は迷う事なく自分の考えを口にした。


「武器は、りません!」


 そう。僕たちは、武器を取り戻さない。


「理由を聞かせよ」


 問うスレイグスタ老に、僕は言う。


「だって、ですよ? 僕たち家族の中で唯一、愛用の武器を手放さなかったミストラルさえも、痕跡を残さずに消息を絶ってしまったんです。だとしたら、武器を持っていっても、焼け石に水な気がします」


 それに、と思うんだ。


「今、武器を取り戻すということは、良く言えば臨機応変な対応という事になるんだと思うんですけど。でも、そうやって安易に過去の決意を踏みにじっていると、いつか取り返しのつかない大きな失敗をする気がします。だから、僕たちは武器を返してもらおうとは思いません。あくまでも、武器なしで挑みます!」


 まあ、相手が超越者だった場合は、僕たちが武器を振りかざしても無駄な抵抗でしかない、という部分もあるんだけど。

 なによりも、今回の問題は「力」よりも「心」が大切なような気がしてならない。


 ミストラルとセフィーナさんは、きっと今も無事なはず。

 そう「心」で強く信じて進んだ先に、答えがあるような気がした。

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