遊びも仕事です

 みんなと別れ、僕はひとりで竜廟りゅうびょうに入る。


 竜廟の周りの泉に住む水竜が「招んでくれないの?」と少し悲しそうな濡れた瞳で僕を見ていたのが心苦しい。

 水竜の大半は、水がないと駄目なんだよね。


 ミストラルの村の南半分は、半円形の泉になっている。

 村の人の話だと、泉のずっと深い場所と竜峰のどこかの湖が繋がっているらしい。水竜はそこから来ているんだって。

 どうやって調べたんだろう?

 竜心を持った人が聞いたのかな。

 それはともかくとして。


 たしかに、村の半分の広さとはいえ、泉は水竜から見ると手狭かもしれない。真ん中に竜廟の建つ小島もあるし。

 ミストラルの村の周りだけじゃなくて、竜峰の山々の隙間、渓谷の重なり合うところ、盆地、様々な場所には湖が点在している。そのどこかに、水竜の住処すみかはあるんだろうね。


 そういえば、竜峰は険しい山肌を一気に流れるような急流ばかりで、川にはほとんど水竜は住んでいない。

 ありとあらゆる竜族が集う場所だけど、思い返すとあまり水竜との交流はなかったね。

 なにかの方法で、水竜たちも招べたら良いんだけど。


 もうね。自分たちだけで結婚の儀を成功させる、という縛りから解放されたせいか、芋づる式に参加者が増えても焦らなくなっちゃった。

 よし、苔の広場に行ったら、スレイグスタ老に相談してみよう。


 竜廟に入って少し待つと、僕は黄金色の光に包まれた。

 一年前は毎日のようにここから苔の広場に向かっていたんだけど。なんだか、久々な気がするよ。

 まばゆい光に目を閉じ、光が収まったことをまぶた越しに確認して、目を開ける。

 すると、いつもの緑豊かな苔の広場に僕は立っていた。


「おじいちゃん、アシェルさん、こんにちは」

「ふむ、謹慎から抜け出して来たか」

「いやいや、抜け出してはいないですよ。ちゃんと許可を得て解放されたんですからね?」

「謹慎させられること自体が醜態しゅうたいだというのに。よくもまあ、自分は正しいみたいに言えるもんだね」

「アシェルさん、それを言っちゃお終いですよ」

「ふふんっ。悪役の台詞せりふが板について来たじゃないか」

「僕が悪役でも良いんですかねぇ。ニーミアが不良に育っちゃいますよ?」

「そうなったら、其方に責任を負ってもらう。そうだね、食べてしまおうか」

「いやいやんっ」

「これこれ、我を除け者にして楽しむでない」


 アシェルさんは巨大な顔を巡らせて僕を追いかけ回す。僕はきゃっきゃと苔の広場を逃げ回った。

 するとスレイグスタ老は、僕とアシェルさんをうらやましそうに見ていた。

 寂しかったんですね。構ってほしいんですね。

 しかたないなぁ、とスレイグスタ老に水竜のことを相談してみた。


「水竜どもも招びたいとは、強欲だね」

「そうは言いますけどね、アシェルさん。もうこうなったら、お世話になったみんなに来てほしいじゃないですか」

「とうとう、自重をなくしたわね」

「汝ららしい儀式になりそうでなりよりである」

「僕も最初は抵抗があったんだけど」

「その抵抗とやらは、随分ともろかったようであるな」

「違うんです。みんなの勢いが強すぎたんです」

「言い訳だね」

「言い訳であるな」

「ううう。……そんなことよりも、です。なにか良い方法はないですか?」

「汝の、滅多にない頼みだ。考えておこう」

「爺さんはこの子に本当に甘いこと」

「其方が娘に向ける愛情よりはまともであると思うが」

「そうだそうだ!」


 スレイグスタ老の言葉に調子よく相づちを打ったら、アシェルさんに睨まれちゃった。

 でも、間違いではないと思うんだよね。

 僕にやたらと絡んで来るのは、ニーミアが来ていない寂しさを紛らわすためだ。


 僕はアシェルさんの睨みを華麗にかわわし、次にミストラルの村での出来事を話した。

 簡単なあらましは、今朝に訪れたミストラルの口から聞いていたらしい。だけどスレイグスタ老は、寝そべったいつもの状態で僕の話を楽しそうに聞いてくれた。


「そうか。千手の蜘蛛と尊敬する者の戦い方を合わせたか。汝はしっかりと成長しているようだ」

「でも、まだまだですよ。もっと練習しないと、あの技はまだ実用的じゃない気がします。溜めが大きいし、他の術と併用できないし」

貪欲どんよくだこと」

「力を求めるものは、力におぼれる、とは言いますけどね。僕はみんなを護るためなら、なんでもしますよ」

「ほほう、よく言った。ならば汝の心意気を見せてみよ」

「しまった、口が過ぎちゃった!」

「くくくっ。汝の新技が見てみたい。どれ、久々に我の前で竜剣舞を舞ってみせよ」

「新技に失敗したら、お仕置きだね」

「えええっ、まだ一回しか使ったことのない技なのにっ」


 ザンとの勝負では必死だったので、無我夢中で技を編み出し、繰り出した。だけど、この場でもう一度、あの大気が凝縮したような大鎌の術を成功させられるのかな?

 気合が入らないというか、なんというか……


「緊張感か。良かろう。もしも成功したのなら、我が汝らの結婚に際し、良きものを贈ろう」

「その代わり、失敗したら罰だわね」

「おじいちゃんは優しいね。それにひきかえ、アシェルさんときたら」

「ほら、悪態をついてないで、さっさと見せなさい。本当にお仕置きするわよ」

「ひえっ」


 アシェルさんは、やるときは手加減なくやる竜です。

 僕は仕方なく、竜剣舞を舞うことにする。

 竜宝玉を解放し、アレスちゃんを喚び出す。

 プリシアちゃんたちと一緒に鶏竜の巣へと遊びに行っていると思ったんだけど。どうやら僕の傍にいてくれたらしい。


「ごめんね、付き合わせちゃって。プリシアちゃんたちと遊びたかったんじゃないの?」

「あとであとで」

「なるほど、これから行くんだね」


 それなら、早く終わらせてアレスちゃんを自由にしてあげよう。


 アレスちゃんは光の粒へと姿を変えて、僕と融合する。

 そして、いよいよ竜剣舞を舞おうとしたとき。


「おや、良い塩梅あんばいで来られたかな?」

「ジルドさん、こんにちは」


 苔の広場へとやって来たのは、お師匠のひとりであるジルドさんだった。

 手に酒壺さかつぼを持っている。

 どうやら、お仕事がいち段落して、スレイグスタ老と談笑でもしながらお酒を飲もうと来たみたい。


「よく来た。ついでだ、エルネアの相手をせよ」

「えええっ!?」

「ほほう、それは面白いですな」

「ジルドさんがやる気だっ」


 いやいやいや、絶対に無理ですからね。

 ただでさえまともに技を繰り出せるのか不安なのに、手練てだれのジルドさんと勝負をしながらなんて、絶対に無理ですよっ。


「なあに。エルネア君は儂に一度は勝っているじゃないか。大丈夫、大丈夫」

「全然大丈夫じゃないですっ。今ならわかりますよ。あのときは手加減していたんでしょ? 流水の動きなんて、僕のときには見せなかったじゃないですかっ」

「はっはっはっ。気のせいだよ。歳のせいかな、昔のことは忘れてしまった」

「きぃぃっ。都合よくじいさんのふりをしてっ。知らないよ、あとでどうなっても知らないよ……!」

「あとのことも、酒を飲めば忘れてしまうから問題ないさね」


 言ってジルドさんは、銀色の曲刀を抜き放つ。

 苔の広場に来るときには、僕たちのなかの誰かと腕試しをすることが多いので、愛剣を持参して来るんだよね。

 だけど、今はそれが恨めしい。


「さあ、見せてみよ」

「へなちょこだったら許さないからね」

「なんだい。面白いことをしてくれるのかな?」


 こうなったら、やるだけやってみよう。

 僕は諦めて、白剣と霊樹の木刀を抜きはなった。






「ふむ。風のつちか?」

「重いだけで、大したことはなかったわね」

「エルネア君、本来はどんな技だったのかな?」

「しくしく……」


 そして。

 僕はジルドさんに負けました。


 むりむりむりの無理!


 ザンのときは、僕は自由に舞えた。なにせ、ザンはせんを狙って微動だにしなかったから。

 だけど、ジルドさんは違う。

 水の流れのような緩急自在の動きで僕に迫る。

 僕も竜剣舞で応戦したんだよ。

 普通に戦ったなら、それなりに善戦できる自信はある。

 だけどね。新技に集中しながらだなんて、難易度が高すぎます。


 結局、やっとこさ天空に舞い上げた竜気と嵐の竜術は、鈍い風の塊となってアシェルさんの上に落ちただけだった。


「失敗したから、罰だわね」

「残念であるな。褒美はお預けだ」

「まあまあ、落ち込みなさんな。じっくりと練習しなさい。儂も付き合ってあげよう。竜剣舞は、見事なものだったよ。つい見とれてしまいそうになるほど美しかった」

「ふむ、確かに見事であったな。よくもあそこまで昇華させた。汝に竜剣舞を授けた我は喜びひとしおである。舞だけならば、おそらく剣聖に匹敵するであろうな」

「本当ですか!?」

「どうかしらねぇ。まだ詰めが甘い」

「アシェルさんは男には本当に厳しいですよね」

「気のせいさ」

「いいえ、絶対に気のせいではありません!」

「ふうん、そんなことを言っても良いのかしらね。そうだ、招待状をお寄越し」

「えっ? どれくらいですか……?」

「沢山だよ」

「アシェルさん、なにを企んでいるんです。誰に招待状を配る気ですか?」

「私が本当に、其方に厳しいのかどうか、思い知らせてやろうと思ってね。さあ、招待状を渡しなさい」

「思い知らせて、って言っている時点で、厳しさ満点で良いことなんてなさそうなんですが……」

「つべこべ言わずに渡す。じゃないと、食べてしまうわよっ」

「きゃーっ」


 アシェルさんは、がぶりと僕に覆いかぶさってきた。

 僕は慌ててスレイグスタ老の陰に隠れる。

 すると、アシェルさんはスレイグスタ老に噛みついた。


「あんぎゃぁぁっ」


 スレイグスタ老の悲鳴が苔の広場に響き渡った。


 ほら、やっぱり。

 アシェルさんはおすには容赦ない。


 ここも危険だ。

 僕は慌てて、竜の森の奥へと逃げる。

 霊樹がある最奥へと。

 さすがのアシェルさんも追ってこられずに、苔の広場で舌打ちをしていた。


「こわいこわい」

「冗談だとわかっていても、大迫力だよね」


 腕試しが終わって、アレスちゃんが僕から分離して顕現してきた。


「プリシアちゃんのところには行かなくて良いの?」

「きょうはね」

「じゃあ、一緒に精霊王さんのところに行こうか」


 アレスちゃんを抱っこして、竜の森の奥を進む。


 未だに、霊樹のもとへとスレイグスタ老の許可なしで行けるのは僕だけだ。

 まあ、ミストラルたちも行きたいと言えば、スレイグスタ老は拒否しなくなっているんだけどね。

 というか、みんなは毎回ちゃんと許可をもらう、という決まりごとを厳格に守っているんだよね。

 僕は単純に横着しているだけか。


 歩くことしばし。

 風景の一部を縦に切り取ったかのようにそびえ生える霊樹の根本にたどり着いた。

 遠くに見えていたはずなのに、歩くとたいした時間もかからずに到着する。これも、迷いの術のおかげだね。


 霊樹の根本に着くと休憩がてら、霊樹に寄りかかって空を見上げる。だけど、空の青はほんの少ししか見えない。

 霊樹は遥か上空で太い枝を四方八方に伸ばし、何重にも重なり合った緑の傘で晩夏のぎらついた日差しを遮っていた。


 僕は息を整えると、丁寧に竜剣舞を舞い始めた。

 アレスちゃんは霊樹の根の上に座って、陽気に僕を見ている。

 僕は竜宝玉を解放することもなく、穏やかに舞う。


 竜剣舞には、戦うため、せるため、そしてささげるための用途が混在している。

 僕はそのどれかを極めるのではなく、全部を合わせた舞を目指していた。


 鋭く、優しく、美しく。

 竜剣舞を舞っていると、精霊たちが集まりだす。

 そのなかで、ひと際の存在感を放つ精霊が姿を現わした。

 霊樹の精霊さんだ。

 最近まで知らなかったけど、彼女は霊樹の精霊王らしい。

 つまり、竜の森の精霊たちを統べる最高位の精霊ということだね。


「無駄な力が抜けて、美しさが際立っている。なんぞ、ここに来る前にひと苦労してきたか?」

「そうなんです……。こんにちは、お久しぶりです」

「壮健でなにより。そろそろ、人族の都を蹂躙じゅうりんしようかと思っていたところだ」

「駄目ですよーっ」


 霊樹の精霊さんも、油断をしては駄目な部類でした!


 僕は、精霊たちの騒動以来ようやく会えた霊樹の精霊さんを満足させるべく、日が暮れるまでたくさん遊んだ。


 まさか、プリシアちゃんたちよりも帰るのが遅くなって叱られるとは、このときの僕は知りようもなかった……

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