お酒はほどほどに

 本日は晴天なり。


 ということで。

 予定通り、苔の広場に行った翌日は、フィオリーナの故郷であるカルネラ様の村へと向かうことになった。

 正確には、カルネラ様の村のそばにある、黄金色の翼竜の巣なんだけどね。


 行きたくない、と駄々だだをこねるレヴァリアを説得し、みんなで行くことになった。

 大きくなったニーミアの背中には、プリシアちゃんとミストラルとルイセイネが。レヴァリアの背中には、僕とライラとユフィーリアとニーナ。

 レヴァリアとニーミアの後ろから可愛くついて来るのは、子竜のフィオリーナとリームだ。


「にゃんも可愛いにゃん」

「そうだね。ニーミアも可愛いよ」


 僕の心を読んだニーミアが抗議してきたので、笑いながら肯定こうていした。


「うう、きそうだわ」

「うう、気分が悪いわ」

「自業自得だよ」

「そうですわ。飲み過ぎは良くありませんわ」

『吐くなよ? もしも我の鱗を汚したら、丸焼きにしてくれる』

「レヴァリア、優しく飛んであげてね?」

『まずは貴様を丸焼きにしてくれようか』

「ライラ、助けて!」

「はいですわ!」


 ユフィーリアとニーナは二日続けての深酒だったせいか、レヴァリアの背中でうなっている。

 まさかニーミアは、自分が汚れるのが嫌だったから、率先してあの三人を乗せて出発したのだろうか


「にゃん」


 せっかくの空の旅だというのに、僕とライラは二日酔いの双子王女様の介抱で忙しい。

 深い渓谷や切り立った崖、高地の短く美しい夏の景色。その奥にカルネラ様の村はあるんだけど、ユフィーリアとニーナが粗相をしたら大変だからね。

 やれやれ、といった感じで背中をさすってあげているうちに、竜峰の景色は瞬く間に流れていった。


「そういえば、盆地に入る前に高い山脈があるんだよね」

「エルネア様、レヴァリア様は成長なさってますわ」

「むむむ、もしや……?」

『ふふんっ、いつまでも我を甘く見るなよ』


 レヴァリアは、大きく翼を羽ばたかせる。

 大小四枚の翼の先にまで竜気が満ちて、大気をしっかりと捉えていた。


「おおおっ。雲の上に!」


 普通の飛竜や翼竜は、雲の上までは飛ぶことができない。場合によっては鳥たちの方が高い場所を飛んでいたりするけど、巨躯の竜族にはそれが限界なんだって。

 だけど、レヴァリアは竜術によって、竜族の限界を超えたようだ。


 思い返せば、ヨルテニトス王国でも雲の上を飛んでいたけど、あれはまだユグラ様の補助があったからね。

 でも今は、自力で高度を上げて、雲の流れを遮る山脈を越えた。


 レヴァリアの背中の上で振り返ると、ニーミアはフィオリーナとリームを両手で包み込み、後を追ってきていた。

 リームが四つの瞳を輝かせてはしゃいでいる。

 親代わりのレヴァリアの勇姿が嬉しいんだね。

 ユグラ様も雲の上を飛べるし、フィオリーナとリームも、これから成長すれば飛べるようになるかもしれない。


 竜族も成長するんだね、と当たり前のようなことに気づく。

 竜族は最初から人には及びもつかないほどの力を持っているので、成長とか努力とかって普段は感じないけど、こうした当たり前のことに触れると、竜族も僕たちと一緒なんだな、と思える。

 まあ、いまさらかな。


 雲を貫く山脈を越えて、盆地へと入る。

 斜面から続く緑は緩やかに平地へと流れ、遠い先までどこまでも広がっていた。

 レヴァリアとニーミアは、カルネラ様の村へと向けて高度を下げて行く。

 広大な森のなか。巨大な樹木の上に築かれた建物が見え始めると、こちらの来訪に気づいた竜人族の人たちが手を振って出迎えてくれる。

 レヴァリアはそのまま、とある断崖手前の広場に着地した。

 ニーミアも着地すると、みんなを下ろしてすぐに小さくなる。


「こんにちは、ご無沙汰しています」

「いらっしゃい。よく来てくれました」

「ごめんなさい。本当はもっと頻繁ひんぱんにフィオを連れて帰ってこなきゃいけないんですけど」

「ふふふ、いいのですよ。はくの子孫ですもの。旅をするのが宿命づけられているのです。それに、お世話をしてくれているのが貴方たちということで安心できます」

「もっぱらの世話は、レヴァリアなんですけどね」

「それはそれは」


 広場で出迎えてくれたのは、蜂蜜色はちみついろの髪が綺麗な壮年の女性、カルネラ様だった。他にも村の竜人族の人たちが大勢、広場に集まっている。誰もが蜂蜜色の髪の毛をしていた。


 ミストラルの村だと、竜廟りゅうびょうを訪ねてくる旅人が絶えず滞在しているせいか、違う髪質の竜人族をよく見かけるんだけど。

 竜峰の奥地にあるカルネラ様の村には、あまり旅人はやって来ないんだね。そのせいか、たまにこうして遊びにくると、大歓迎を受ける。

 村人総出でうたげを開いてくれるのはいつものことで、カルネラ様自らが出迎えてくれるのも見慣れた風景だね。


 だけど、本来はカルネラ様のかたわらに寄り添っているはずの三人のお付きの人は、居なかった。


 ユグラ様とフィレルに付き添い、平地へと降りているんだ。

 フィレルは現在、ヨルテニトス王国の東の国境付近で活躍しているらしい。なんでも、魔物の巣を襲撃したり、開拓のお世話をしているのだとか。

 忙しい一年の旅立ちの期間を送っているようだけど、僕たちの結婚の儀には参加します、と連絡を受けていた。


 カルネラ様たちと近況を話していると、フィオリーナが頭を擦り付けてきた。


『ねえねえっ』

「そうだね。みんなに会いに行かなきゃね」


 普段はリームやプリシアちゃんたちと自由気ままに遊んだり、レヴァリアからいろんなことを教わっているフィオリーナ。

 ちっとも故郷に帰りたいという雰囲気を見せないけど。

 やっぱり、フィオリーナも子供だ。すぐ近くで仲間が待っている状況に、早く行こうと僕を急かす。


「行ってきなさい。私たちは宴の準備をしておきましょう」

「カルネラ様、あそこで顔色を悪くしている二人には、絶対にお酒を与えないでくださいね」

「ふふふ、わかりました」


 それでは、翼竜の巣に向かいましょう。

 フィオリーナが僕から離れないので、僕も一緒に行くとして。あとは……


「プリシアも行きたいよ?」

「にゃんも行くにゃん」

『リームもぉ』


 なるほど、この面子めんつですか。


 ライラも付いてくるかな、と思ったけど。

 甲斐甲斐しくユフィーリアとニーナのお世話をしていた。

 ミストラルとルイセイネも残るということで、僕はちびっ子を連れて断崖の道へと入る。


 前にレヴァリアが歩いて通った時には余裕のない道幅だったけど、ちびっ子たちには十分な広さみたい。

 きゃっきゃと騒ぎながら、道を進む。

 レヴァリアと同じく長距離を歩くのが苦手らしいリームは、途中から飛び始めた。するとフィオリーナも真似して飛び始め、プリシアちゃんとニーミアはそんな子竜の背中に乗せてもらい、楽しそうです。


 ぼ、僕も乗ってみたい……


「エルネアお兄ちゃんもお子様にゃん」

「ぐぬぬ」

「おこさまおこさま」

「アレスちゃんまで!?」


 アレスちゃんが顕現してきて、ひどいことを言う。

 しかも、アレスちゃんまでふわふわと空中に浮いている。

 くううっ、うらやましくなんてないんだ!

 ほ、本当だよっ。


 両脇を高い断崖の壁に挟まれた道を飛び回るちびっ子たち。それを見上げながら進む僕。

 僕も、ミストラルやアレスちゃんのように空を飛べたらなぁ、と思いつつ進んでいると、谷の先がまぶしく光った。


 どうやら、翼竜の巣にたどり着いたみたい。

 離れていても、黄金の輝きが目に眩しい。


『たっだいまっ!』

『こんにちはぁ』


 フィオリーナは仲間のもとへ、ぴゅんっ、と飛んで行く。

 リームも臆することなくついて行く。

 フィオリーナの背中に乗っていたプリシアちゃんも行っちゃった。

 アレスちゃんも遅れて飛んで行く。


 どうやらアレスちゃんは、空中に浮くことはできるけど、竜族のような速度では飛べないみたいだね。


 そして、ひとり残された僕。

 ええっと。僕はついて来なくて良かったんじゃないのかな?

 最初こそフィオリーナに甘えられていたけど、この有様です。

 捨てられた子猫のような心境で、それでも僕は翼竜たちに挨拶をしようと、谷を越えた。


『迷惑王の登場だ』

『気をつけろ、吹き飛ばされるぞ』

『巣が荒らされるぞっ』

「いやいやいや、みなさんはなにを言っているのかな!?」


 久しぶりに帰ってきたフィオリーナや可愛いお友達を優しくもてなしていた、黄金色の鱗をした翼竜たち。

 なのに、僕を見た瞬間にこの言い様です。

 ひどい!


 それなら期待に応えましょう。

 ということで、嵐を呼びながら「みんな、お久しぶりーっ!」と両手を広げて笑顔で駆け寄ったら、大混乱が起きた。


 うむ。楽しいです。






「それで、向こうでなにをしていたのかしら?」

「違うんだ。プリシアちゃんたちがずっと楽しそうで、欲求が溜まっていたというか……。翼竜たちも楽しんでいたんだよ?」

「翼竜の巣であれほどの騒ぎが起きたのはどれくらいぶりでしょう」

「エルネア君、いったいなにをしていたんですか?」

「お、鬼ごっこを少々……」


 楽しい時間でした!

 違う違う。

 僕はただ、久しぶりに帰ってきた竜の盟主に喜ぶ同族の竜たちと、喜び合っていただけですよ。

 翼竜の巣での出来事を、カルネラ様の村のみんなと夕食を囲みながら話す。


 どうやら、僕たちの大騒ぎは谷間を越えて村にまで届いていたらしい。

 竜人族の人たちは僕の話を聞いて笑い転げたり、むむむ、とくやしがる人がいたり。自分もお世話をする翼竜たちともっと仲良くなりたい、と助言を求められたり。

 僕は楽しい夜のひとときを過ごすことができた。


 そうそう。

 ユフィーリアとニーナは結局、今夜もお酒を飲んでいます。

 ただし、僕たちの近くで。ついでに、ルイセイネの監視付きです。


「いいですか、お二人とも。エルネア君に醜態しゅうたいばかり見せていると、嫌われますからね」


 とルイセイネに注意をされたせいか、飲みすぎてはいないみたい。

 ミストラルも珍しくお酒を口にしていたけど、唇を湿らせる程度かな。ユフィーリアとニーナが飲まない分を受け持っているのか、村の人たちに絡まれていた。


「ぐはははっ。エルネアはまだ酒が飲めないのか」

「違いますよ。飲めないんじゃなくて、飲まないんです」


 お酒を覚えちゃうと、怖い未来しか見えないからね。

 ユフィーリアやニーナは可愛い方で。巨人の魔王とか、ルドリアードさんとか、付き合い切れそうにない人がいるからね。


「しかし、今のうちに酒に慣れておかんと、どうなっても知らんぞ?」

「どういうこと? まさか、竜人族はお酒を飲めない奴は一人前じゃない、とか言い出すんじゃないですよね?」

「ふっふっふっ……。知らんのなら、それでいい。ふっふっふっ……。楽しみだ」

「おお、そうかそうか……」

「そりゃあ、後々が楽しみで仕方ないなぁ」

「お願い、やめてっ。そんな意味深なことは言わないでっ」


 なんでしょう、この男どもは。

 気づくと村の男衆に囲まれていた僕は、やんややんやと絡まれる。そんななかで、妙に意味ありげなことを口にする面々がいた。

 なぜか全員が、僕がお酒を飲まないという話を聞くと、にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべていた。


 これは絶対に、悪巧みを考えている顔だ。


「ねえねえ、なにを企んでいるの?」

「はっはっはっ。なんでもないぞ」

「そうだそうだ、なんでもないぞ」

「絶対に嘘だーっ」

「ふぅむ。それなら、今から酒を飲むか?」

「駄目です。いま飲んだら、絶対に酔っちゃいます」

「ああん? 八大竜王ともあろう者が、情けないぞ」

「違うんです。色々と疲れちゃって……」


 そう。実は結構、疲れているんだよね。

 カルネラ様の村まで、ほとんど休憩なしで飛んできた。

 飛んだのはレヴァリアなんだけど、乗っているだけでも疲れるんだよね。それはレヴァリアの飛び方云々という問題じゃないんだけど。でもやっぱり、乗っているだけでも疲れちゃう。

 さらに、連日のように遊んでいた。


 あ、遊びも立派な役目のひとつです!

 飛竜の狩場ではテルルちゃんと遊んだり、竜の森では精霊たちと遊んだり。今日は今日で翼竜たちと全力で遊んだ。

 もうね、疲労困憊ひろうこんぱいです。

 この疲れた状態でお酒なんて飲んだら、僕はレヴァリアの綺麗な鱗を汚す自信がありますよ。


「そうね。わたしたちも疲れたわ」

「毎日、儀式のために奔走ほんそうしていますからね」

「エルネア様成分の補給を要求しますわ」


 疲れているんだよ、と村の人たちに話していたら、なんとミストラルたちも疲れていたみたい。

 そうだよね。僕が謹慎している間、僕の分も頑張っていたんだしね。


「目標のために頑張るのも大事ですが。たまには息抜きもしないといけませんよ」


 すると、カルネラ様がお茶を片手にやってきた。


「わかっているんですが、期限があるので……」

「根を詰めすぎると、逆に効率が悪くなる場合もありますよ。そうですね。竜神りゅうじんいずみに行かれてはどうでしょう?」

「竜神の泉?」


 初めて聞く地名に、ミストラル以外の僕の身内が首を傾げた。


「竜人族、というか竜峰に伝わる伝説のひとつね。遥か昔に、竜神様が水浴びをされたという秘境よ」

「おおお、そんな場所があったとは!」


 こうして僕たちは、ひとときの安らぎを求めて、竜神の泉へとおもむくことになった。

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