三位一体の僕たち

 悪い子には、お仕置きが必要です。

 アレスちゃんを逃さないようにぎゅっと抱きしめると、僕は問いただす。


「さあ、アレスちゃん。怒らないから、百文字以内で理由を言いなさい」

「たのしかった」

「この子、全く反省してない!」


 なんということでしょう。

 アレスちゃんは反省するどころか、満足そうな笑顔を僕に向ける。


「アレスちゃん、なんでみんなを昏倒させたりしたの?」


 とはいえ、このまま理由も聞かずに事態を収拾することなんてできないよね。

 それで、僕は辛抱強くアレスちゃんに問う。

 すると、アレスちゃんはもぞもぞと謎の空間から霊樹の木刀を取り出して、大切そうに抱きかかえた。


「れいじゅちゃんとね、あそんでいたの」

「霊樹ちゃんと?」


 僕が聞き返すと、うん、とアレスちゃんは頷く。それと同時に、霊樹の木刀からも同じような意思が伝わってきた。


 むむむ。

 どういうことだろう?

 なぜアレスちゃんと霊樹は共謀きょうぼうして、みんなを眠らせたのかな?

 プリシアちゃんの影響で、悪戯好きなアレスちゃんだけど。意味もなく周りを巻き込むような悪さなんてしない。ましてや、身内を問答無用で昏倒させておいて、楽しかっただなんて、満面の笑みは浮かべないはずだ。

 では、この一連の騒ぎには、やはりアレスちゃんなりの理由がありはずだ。


「かんがえてかんがえて」

「いつの間にか、僕の方が詰問きつもんされちゃってる!?」


 悪い子をしかるつもりが、運命共同体といっても良いような関係のアレスちゃんから「もちろん理由はわかるよね?」と言わんばかりに問い詰められる状況になっちゃった。


 多分だけど、手がかりは、この状況で何故なぜか取り出した霊樹の木刀だろうね。

 それと、身内ごと旅館を制圧するという大ごとをしでかしたのに、大人の姿であるアレスさんではなく、いつもの幼女体型であるアレスちゃんだという部分も気にかかる。


 旅館の従業員さんたちだけならまだしも、身内でも屈指の実力者であるミストラルを無力化しようと思ったら、普通は全力が出せる大人の姿に変身するはずだよね。なのに、アレスちゃんは幼女のまま僕以外のみんなを眠りに落とした。


「おふろおふろ」


 思案する僕をよそに、アレスちゃんは思うがままに要求を口にする。


「僕はさっき、のぼせちゃったばかりだよ?」

「はいりたいの」

「仕方ないなぁ」


 アレスちゃんもお風呂に入りたかったのなら、遠慮せずにみんなと入ればよかったのに。

 とはいえ、僕はアレスちゃんの要求を拒むことはできない。

 なぜなら、まだアレスちゃんと霊樹の真意を探り当てられていないから。それに、悪い子の要求とはいえ、実害のないわがままは聞いてあげたいからね。

 それで、僕は本日二度目となるお風呂へ入ることになった。

 ただし、浴場は妻たちと入った混浴場ではない。

 どうやら、この旅館には露天風呂ろてんぶろもあるみたいだ。


 外界と空間を隔離していた結界を張っていたのは、アレスちゃんだ。そのアレスちゃんが結界を解けば、僕は簡単に屋外へ出られる。


 そういえば、と脱衣所に到着した僕は、アレスちゃんの旅館制圧作戦の全容に気づく。


 旅館の敷地内に精霊たちがいなかったのは、上位の存在である霊樹の精霊のアレスちゃんが、精霊払いをしていたからなんだね。

 僕たちはあの時点で、精霊やアレスちゃんも悪い影響を受けていて、犯人は別に存在している、と思い込んでいたけど。それが、そもそもの間違いでした。

 むしろ、黒幕がアレスちゃんだから、悪戯中は僕の声にも応えてくれなかったわけか。


 さらにいえば、警戒心もなく背後を取られて気を失ったルイセイネは、相手がアレスちゃんだったから油断していたんだ。

 ユフィーリアとニーナは、アレスちゃんの悪巧みに気づいて怯えたところを眠らされた。ライラは普通に驚いて悲鳴をあげて、ミストラルは犯人に気づいたけど、抵抗する間もなく倒されたわけだね。


 ふむふむ。みんながアレスちゃんの魔手に落ちた状況が見えてきましたよ。


 僕の推理に、アレスちゃんが「せいかいせいかい」と嬉しそうに小躍りする。

 僕は脱衣所ですぱぱぱっ、と裸になり、霊樹の木刀を持って小躍りするアレスちゃんを捕まえると、服を脱がせて露天風呂へ駆け込む。


「ところで、アレスちゃん。霊樹ちゃんも一緒に入るの?」

「いっしょいっしょ」


 なぜか、アレスちゃんは霊樹の木刀を手放そうとはしない。

 もちろん、服を脱ぐときなどは手から離したけど、それ以外、つまり湯船に入るときも謎の空間に戻したり傍に置こうとはしなかった。


 ふむむ。この辺にも、真相の手がかりが隠されているのかもしれないね。

 アレスちゃんは、霊樹をとても大切にしている。

 まあ、霊樹の精霊だからね。

 とはいえ、これまでお風呂も一緒じゃなきゃいや、なんてことを言ったことはない。

 それなのに、今日に限ってアレスちゃんは霊樹の木刀を手放そうとしないなんて。


「……そうか。そうだったんだね」


 旅館の外は、まだ真冬だ。

 裸だと、一瞬で身体のしんから冷える。

 それで、僕はアレスちゃんをともなって、すぐに湯船の中へ。

 もちろん、霊樹の木刀も一緒だ。


「おふろ、あったかい」

『お湯だー。暖かいね』


 外気の冷たさと、お湯の暖かさが見事に調和した露天風呂は、最高に気持ちが良かった。

 アレスちゃんは僕の腕の中できゃっきゃと喜び、霊樹の木刀はアレスちゃんの腕の中で幸せそうに共鳴する。


 そこで僕はようやく、アレスちゃんが起こした今回の一連の悪戯の真相に思い至った。


「僕とアレスちゃんと霊樹ちゃんで、水入らずの時間を過ごしたかったんだね?」

「せいかいせいかい」


 アレスちゃんは満足そうに笑顔を見せると、嬉しそうに僕に抱きつく。

 霊樹ちゃんも嬉しそうにつばの枝葉を揺らしている。


 僕とアレスちゃんは、一心同体と言って良いような関係だ。言い換えれば、妻たちとは違う深いきずなで結ばれている。

 それと同じように、僕と霊樹の木刀も、切っても切れない関係なんだ。

 だから、僕と妻たちが水入らずの時間を過ごしたように、アレスちゃんと霊樹ちゃんとも、水入らずの時間が必要だったんだね。


 とはいえ、旅館にいたみんなを眠らせちゃうだなんて。

 まあ、これは幼女アレスちゃんならではの、僕の独占方法なんだろうね。

 趣向しゅこうらした方法で、妻たちから僕を奪う。

 アレスちゃんは「楽しかった」と言っていた。つまり、僕を独占することだけが目的ではなく、その過程も楽しみたかったんだ。

 そう、霊樹ちゃんと一緒にね。


 それと、大人の姿にならない理由は、こうして僕に甘えたいからかな?

 アレスちゃんは、霊樹の木刀を片時も手放さないのと同じように、僕からも離れようとしない。

 湯船の中で僕の膝の上に座り、頭をゆらりゆらりと揺らしながら、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。


 大人の姿になったアレスさんは、妖艶ようえんで美しい。

 でも、そうなると僕に甘えるような性格ではなくなっちゃう。むしろ、僕の方が甘える立場になりそうだ。

 今のアレスちゃんは「甘えられたい」というよりも「甘えたい」気分なんだね。

 だから今日は、アレスさんではなくて、アレスちゃんなんだ。


 暖かいお風呂でぽかぽかになるまで温まると、身体を洗うために湯船から出る。

 ミストラルやルイセイネがこの場にいたら「お湯に浸かる前に身体を洗いなさい」と怒られそうだけど。残念なことに、みんなはアレスちゃんによって眠らされちゃっています。

 それに、混浴のお風呂に入った時に身体は洗ったから、問題ないよね。


 アレスちゃんの髪や身体を洗ってあげる。すると、霊樹ちゃんにもせがまれたので、丁寧に洗ってあげた。

 霊樹の木刀を石鹸せっけんで洗っても良いものなのか、と心配した僕だけど、当の霊樹ちゃんは気持ち良さそうに身を任せてくれていた。


 僕は、アレスちゃんや霊樹の木刀を綺麗にしてあげながら、今回の騒動へとさらなる想いをせる。


「アレスちゃんは、今後のことを考えていたんだね?」

「そうだよ?」

「僕は、こんな形で指摘されるまで、深くは意識していなかったよ。ごめんね」

『許してあげるよ』


 霊樹の木刀に絡まっているつたがきゅるると伸びて、僕の指に巻きつく。

 それだけで、なぜか霊樹に包み込まれているような不思議な感覚になった。


「霊樹ちゃんを植えちゃうと、これまでのように一緒にいろんな場所を冒険するってことができなくなっちゃうんだよね」


 僕は、霊樹を植える場所を既に決めている。

 あとは、吉日きちじつを待ってその場所に植えるだけだ。

 本来であれば去年のうちに、とも思っていたんだけどね。残念ながら、去年の後半はとても忙しくて、そんな暇はありませんでした。


 とはいえ、霊樹を植樹すること自体は決定している。

 スレイグスタ老との最初の約束もあるし、なによりも、大きく成長した霊樹ちゃんをいつまでも木刀の形にとどめておくのは可哀想だからね。


 だけど、霊樹ちゃんを植樹したら、もう地面から引き抜くなんてことはできなくなる。

 なにせ、結婚の儀のときでさえ大木くらいにまで成長していたんだ。今だと、もっと立派に成長しているに違いない。

 そうすると、スレイグスタ老や巨人の魔王でさえも霊樹ちゃんを掘り起こせなくなる。

 そして、そうなれば、今後は霊樹の木刀を右腰に帯びて各地を飛び回る、ということはできなくなっちゃうわけだ。


「アレスちゃんは、思い出を作りたかったんだね?」

「たいせつなおもいでだよ?」

『忘れられない思い出だね』

「うん。趣向を巡らせて邪魔者を眠らせて、お宝を手に入れた。最高の冒険で、心に残る思い出だね」


 もちろん、邪魔者とは旅館の従業員さんたちや妻たちであり、お宝とは僕のことだ。

 アレスちゃんと霊樹ちゃんは共謀して、困難を乗り切った。

 だから、ご褒美ほうびに僕というお宝で心置きなく、この幸せな時間を満喫まんきつする権利がある。


 よし、それなら。

 僕も、アレスちゃんと霊樹ちゃんの一生の思い出になるように、全力でおもてなしをしよう。

 昏倒したみんなには悪いけど、今日だけは許してね。


 露天風呂を満喫すると、今度は屋内で遊ぶ。

 お部屋を彩る生け花を、僕とアレスちゃんと霊樹ちゃんで協力して豪華にしてみたり。

 中庭で弱っていたかえでの木を元気にしたり。

 楽しく歌ったり、優美ゆうびに踊ったり。

 ちょっとだけ、寝ているミストラルたちに悪戯をしたりもしたけれど、それは僕たちだけの秘密だ。


「おなかがすいたね」


 と言ってるそばから、アレスちゃんは謎の空間からいろんな料理を取り出す。


「ああっ。さては、僕から逃げている途中に、厨房ちゅうぼうで取ってきたんだね?」

「えんかいえんかい」


 僕とアレスちゃんは、美味しい料理に舌鼓したつづみを打つ。

 さらに「べつばら」なんて言いながら、僕から竜気を吸い取るアレスちゃん。

 もちろん、霊樹ちゃんへのご飯も忘れない。

 丁寧に錬成した竜脈の力を、霊樹の木刀へと送る。

 霊樹ちゃんは嬉しそうに力を受け取ると、もりもりと吸収していった。


「ねえ、そういえばさ」


 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。

 気づけば夜も更けて、空にはまばゆい星々がきらめいていた。

 本日三度目となるお風呂に浸かりながら、僕はアレスちゃんに問いかけた。


「もしかして、アレスちゃんも僕から離れちゃう?」


 そもそも、アレスちゃんは霊樹に憑く精霊さんなんだよね?

 それなら、アレスちゃんは植樹をした霊樹ちゃんの傍に居続けることになって、僕と一緒には行動しなくなるのかな?

 ふとした不安に、僕の心は急激にさいなまれ始めた。


 僕とアレスちゃんと霊樹ちゃんは、いつでもどこでも一緒。

 それがこれまでは当たり前だったけど、今後は違ってくるんだよね。

 もちろん、霊樹ちゃんを植樹したら、そこへ足繁あししげく通うのは間違いないんだけど。でも、片時も離れず一緒にいる、ということなくなるんだ。

 そして、霊樹の精霊であるアレスちゃんが霊樹ちゃんの傍に寄り添うことになるのなら、アレスちゃんともいつでもどこでも一緒、とはいかなくなる。


 これまで、幾多いくたの困難や難題を共にくぐり抜けてきた僕たち。

 それが、離れ離れになるのでは、という不安が僕の心を苛む。


 すると、アレスちゃんは僕の不安を払拭するように、きゅっと抱きついてきた。


「これからも、いっょにいるよ。いっぱいぼうけんして、れいじゅちゃんにほうこくするの」

「あっ! 霊樹ちゃんに冒険の話をするのは、僕の役目だよ?」

「ごうよくごうよく」

『みんなの話をいっぱい聴きたいよ』

「それじゃあ、遠出をしたら、そのあとは必ずみんなで報告会だね!」

『すごく楽しみ!』


 この世界に生きる者にとっての幸せとは、それぞれ違うんだよね。

 霊樹ちゃんにとっては、僕との冒険も幸せだけど、やっぱり大地に根付いて霊樹としての役目を担うことも幸せなんだ。

 だから僕は、ずっと前から霊樹ちゃんを植樹すると決めていた。

 だけど、それは少しも悲しむことではないんだね。


 離れていても、心は強く繋がっている。

 きっと、霊樹ちゃんを根付かせたあとも、僕はすぐ傍にその存在を感じ続けるに違いない。

 そう。それは、旅館内を駆け回って鬼ごっこをしていた時に感じたように、気配という曖昧あいまいなものではなくて、たしかな感覚として。


 この日、というか、結局のところ次の日も丸々使って、僕とアレスちゃんと霊樹ちゃんはたくさんの思い出を作った。


 ただし、その後に目覚めたミストラルたちにあきれられたのは言うまでもない。

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