隣の芝生は青く見えるよね

「エルネア様、ヨルテニトス王国の王都が見えますわ」

「本当だね。冬の王都も風情ふぜいがあって良いね」


 レヴァリアの背中で、ライラがはしゃぐ。

 僕はライラの腰に後ろから腕を回して抱きとめながら、眼下に広がる王都を見下ろした。

 王都を縦横に走る大通りには必ず並木が植えられ、区画ごとに草花が豊かな公園も整備されている。そんな自然と調和したヨルテニトス王国の王都にも、冬は訪れていた。

 街路樹は葉を落とし、公園にも華やかさはない。

 だけど、色鮮やかな季節とは違い、落ち葉や枯れ草で茶色く染まった、落ち着きのある色合いの王都も素敵だね。


 僕たちは、アームアード王国の副都アンビスにある王家御用達の素敵な旅館でのんびりと数日を過ごしたのちに、ヨルテニトス王国へと旅立った。

 目的は、王様や見知った人たちへ新年の挨拶をするためだ。

 まあ、ヨルテニトス王国の王様の直筆じきしつで、新年の挨拶に来なさい、と親書を貰ったら、行くしかないよね!


 ライラの要望を受けて、王都の上空を我が物顔で飛ぶレヴァリア。

 その後ろからは、ニーミアに並んでフィオリーナとリームも元気に付いてきている。

 そして、迫力のあるレヴァリアやニーミアから少し距離を開けて追従してくるのは、アームアード王国から一緒に飛んできた飛竜騎士団だ。


 昨年末。

 邪族討伐の援軍として、ヨルテニトス王国から竜騎士団が参戦してくれた。正確には、先行した飛竜騎士団が到着する前に、勇者リステアの活躍で事態は収拾したんだけど。

 そんな彼らは、とんぼ返りせずにそのままアームアード王国で年を越し、新年の祝賀行事に参列した後に帰国のいた。

 僕たちは、アームアード王国に滞在していた飛竜騎士団と一緒に、ヨルテニトス王国へと飛んできたわけです。


「んんっと、お花見がしたいよ?」

「かれきにはなを、さかせましょう?」

「だ、駄目だよ、アレスちゃん。平時に奇跡なんて起こしちゃったら、大騒ぎになるからね。プリシアちゃんも、お花見はもう少し暖かくなってからね?」

『春が待ち遠しいってみんな言ってるよ』


 レヴァリアには、僕とライラ以外にも、プリシアちゃんとアレスちゃんが騎乗している。

 幼女の二人はレヴァリアの首もとに陣取り、身を乗り出して地上を眺めていた。

 そして、霊樹の木刀はいつものように、僕の右腰だ。


 あれから。つまり、謎の昏倒事件を経て。

 ミストラルたちも、現実味を帯びて実感してくれたようだ。

 家族の一員でもある霊樹ちゃんを植樹したら、もうこれまでのようにみんなで一緒に飛びまわる、ということはできなくなる。

 だから、霊樹ちゃんを植樹するまでは、出来る限りわがままを聞いてあげよう、と昏倒事件を怒ることもなく、納得してくれた。


 それで、霊樹ちゃんが最初に要求してきたわがままはというと。


「んんっとね。プリシアはアレスちゃんと霊樹ちゃんと、お花に囲まれてお団子だんごが食べたいの」

「たべたいたべたい」

「それって、お花に囲まれていなくても、おやつが食べたいだけじゃない!?」

『食べたーい』

「いやいや、霊樹ちゃんは固形物なんて食べられないからね!」


 もう、すっかり「霊樹ちゃん」という名前が定着してしまった感があるね。

 そんな霊樹ちゃんは、ヨルテニトス王国へ遊びに行く際に、プリシアちゃんの同行をお願いしてきたわけです。

 それで、こうして幼女が合流できたわけだね。


 本当なら、プリシアちゃんにはもう少し耳長族の村に滞在してもらって、アリシアちゃんが帰るまではおとなしくしてもらう予定だったんだけどなぁ。


「それは無理にゃん」

「そうそう、むりむりー! って、なんのこと? ニーミアちゃん」


 僕たち以外の家族は、いつものようにニーミアの背中に乗っている。

 そして、そこに珍客ちんきゃくがひとり。

 お姉ちゃん大好きっ子のプリシアちゃんが迷うことなく僕たちに同行している理由は、その人物にあった。


「アリシア、じっとしていなさい!」

「アリシアさん、空の上では大人しくしていてくださいっ」


 ニーミアの背中の上でミストラルとルイセイネに叱られているのは、もちろんアリシアちゃんだ!


「んんっとさぁ、空の上から飛び降りたら気持ち良いかしら? ニーミアちゃん、アリシアがこれから飛び降りるから、途中で受け止めてくれる?」

「うにゃっ。失敗したら大変だにゃん」


 本気で飛び降りそうな勢いのアリシアちゃんを、ユフィーリアとニーナが慌てて押さえ込んでいます。

 まさか、あの双子王女様の上をいく問題児がいるなんでね。


 ニーミアの背中の上で繰り広げられる騒ぎに、レヴァリア側に騎乗していた僕とライラは苦笑する。

 見れば、後方から追従してきている飛竜騎士団のみんなも、驚いたような面白おかしそうな、微妙な顔つきだ。

 でもまさか、僕の家族はこの騒がしい風景が日常茶飯事で、平常なのだとは、飛竜騎士団のみんなは思うまい。


 ともあれ、僕たちはヨルテニトス王国の王都に到着した。

 近くのとりでから飛翔してきた出迎えの飛竜騎士に案内されて、僕たちは郊外こうがいの離宮へ向かって降下する。


『我の前を飛ぶとは、死にたいらしいな』

『ひぃっ』

「こらこら、レヴァリア。頑張って働いている飛竜を脅しちゃ駄目だよ」


 なんてやりとりをしている間に、レヴァリアは騒ぎを起こすこともなく離宮の中庭に着地した。

 そして、レヴァリアに睨まれた案内役の飛竜は、竜騎士の制止も聞かずに脱兎だっとのごとく飛び去って行きました。


「エルネア君、ヨルテニトス王国では、私との時間を作ってもらいますからね?」

「セフィーナさん、ニーミアから飛び降りてきたの!?」


 すると、僕たちがレヴァリアの背中から降りるよりも前に、セフィーナさんが中庭で待ち構えていた。

 セフィーナさんは、ニーミアに騎乗していたはずだ。

 だけど、まだニーミアは屋根よりも高い位置にいる。

 セフィーナさんは高度が下がった時点でニーミアの背中から飛び降りて、僕たちの先に回り込んだようだ。


 これまで、年末年始を通して公務などで忙しかったセフィーナさんは、僕たちとあまり行動できていなかった。それで、とうとうごうやしたセフィーナさんが、問答無用で付いてきたわけです。

 そして、家族のみんなとそれぞれに水入らずの時間を作ったように、セフィーナさんも僕を独占する時間が欲しいと主張してきた。

 そういうわけで、霊樹ちゃんとの思い出づくりを優先しつつも、僕はヨルテニトス王国でセフィーナさんの相手をしなきゃいけない。

 それと、ヨルテニトス王国といえば……


「エルネア君、お待ちしておりました」

「マドリーヌ様、こんにちは」


 そうそう。忘れていませんよ?

 ちょうど王宮に用事でもあったのか、マドリーヌ様が中庭に現れて、こちらへ駆け寄ってくる。

 巫女頭みこがしら様らしからぬ所作しょさで走ってきたものだから、後ろから追ってきていた付き添いの巫女様と神官様は顔を青くしていますよ!


 ニーミアも地上に降り、みんなは荷物を降ろしたりと忙しそうに動き出す。僕も率先して動きながら、出迎えに来てくれたマドリーヌ様や王宮の人たちに挨拶をする。

 だけど、王様や高官の人たちの顔ぶれが見当たらない。

 もしかして、新年のお休みで王宮にはいないのかな?


「ところで、マドリーヌ様はなんで王宮に?」

「あら、それは私の台詞せりふですよ。ああ、もしかして。とうとう、私を迎えにきてくださったのですね?」

「いいえ、違います!」

「むきぃぃっ。なんで即答で否定するのですかっ」

「いやいや、否定したわけじゃないですよ。ただ、まだマドリーヌ様には責務が残っているだろうなぁ、とですね」

「ご心配には及びません。ルビアはとても優秀ですよ。これなら、数日以内に彼女を巫女頭にえることも……」

「いやいやいや、それは早急で強引すぎますからねっ。それで、なぜ王宮へ?」

「そうでした。私は、陛下に召還されてこちらを訪れたのですが」

「僕たちは、新年の挨拶に」


 なんて、久々に再会したマドリーヌ様とやり取りをしていると、近衛服を着た男性が中庭に現れた。


「ようこそ、おいでくださいました。さあ、どうぞこちらへ。陛下や皆様がお待ちです」


 そして、紳士的な笑顔で僕たちを屋内へと招く。

 それで、僕は忙しそうなみんなを尻目に、屋内へと進む。

 身内のなかで僕に同行してきたのは、ライラとマドリーヌ様だけだった。

 ちらり、と振り返ったら、到着早々に中庭を走り回るニーミアとプリシアちゃんとアレスちゃんとオズを、ミストラルとルイセイネが追いかけていた。それと、セフィーナさんにユフィーリアとニーナが絡んでいた。

 レヴァリアは背中の荷物がなくなると、フィオリーナとリームを引き連れてどこかに飛んでいっちゃったみたい。

 ともかく、僕は近衛騎士さんの案内で、離宮内を進んだ。






「エルネアよ、儂は不満だ」


 そして、応接間に通された僕たちを待ち構えていた王様に、いきなりとんでもないことを言われちゃった!


「えええっ。なぜです? あまりライラと一緒に訪れないから? それとも、男旅にまだ満足してない!?」


 男旅、という部分に王様は少しだけ顔を引きつらせたけど、それでも口をへの字にして僕を見る。

 はて、本当にどうしたんだろうね?

 ライラを前にして、王様が頬を緩めないだなんて、とても珍しい。

 それと、王様が不満を持つようなことに、見覚えがないのも困ったものだ。


「はわわっ。陛下がお怒りですわっ」


 王様の様子に、右往左往するライラ。

 マドリーヌ様も、王様の珍しい感情に少しだけ驚いているみたい。

 とはいえ、このままではらちがあかない。それで、僕はちょっぴりどきどきしながら、王様の不満を聞き出すことにした。


 すると、王様は言う。


「アームアード王国には、二本目の聖剣がもたらされたと聞く。しかし、我がヨルテニトス王国には、それに類する秘宝が足りぬと思わぬか、エルネアよ?」

「ああ、なるほど!」


 王様の不満に、合点がいきました。

 建国以来、双子のように繁栄してきたアームアード王国とヨルテニトス王国。

 両国は同じように苦楽を繰り返し、同じように発展してきた。

 それは、建国王であるアームアードとヨルテニトスが双子であったからなのか。国の運命までもが結びついて、共に歴史を重ねてきたんだよね。

 だけど、最近になって明確な差異が出てきた、と王様は思ったようだ。


 それは、勇者リステアが苦難の旅ののちに祖国へと持ち帰った、二本目の聖剣に起因きいんする。

 アームアード王国の象徴は、勇者と聖剣。

 それと同じように、ヨルテニトス王国にも、国を象徴する竜騎士が存在する。


 僕なんかに言わせると、数に限りのある聖剣よりも、育成次第では何十、何百と増やすことのできる竜騎士の方が素敵だと思うんだけど。

 でも、王様は違うんだね。

 アームアード王国に新たな象徴が増えたのに、ヨルテニトス王国には恩寵おんちょうがない、と不満に思ってしまったみたい。

 国を纏める支配者らしい、国威こくいに関わる不満だ。


 僕はようやく、王様の不満、というかヨルテニトス王国の不満を理解した。

 だけど、それはお門違かどちがいですよ。と僕は王様をなだめる。


「王様、お忘れですか。ヨルテニトス王国にも、新たな至宝がもたらされたじゃないですか」


 言って、僕はマドリーヌ様の持つ錫杖しゃくじょうを示す。

 マドリーヌ様は、王様と謁見えっけんするとあってか、最上位の法衣ほうえを身に纏い、地位に相応しい装飾品を所持している。

 そのマドリーヌ様が大切そうに持つ錫杖には、黄金色に輝く一際大きな宝玉が嵌め込まれていた。


「王様。この宝玉は、マドリーヌ様が苦難の末にようやく手に入れた、素晴らしい宝玉なんです」

「知っておるぞ。儂らが魔族の国を旅行している間に、其方らが苦労して手に入れたのであろう?」

「はい。詳しい経緯は言えないんですけど……。でも、信じてください。この宝玉は、それこそ大聖剣など比べるべくもないほどの力を秘めているんです。それは、大切にしていれば亡国の危機を救ってくれるかもしれませんし、粗末に扱ったら、逆に国を滅ぼしちゃうかもしれないほどの」

「ほうほう」


 なにせ、黄金色に輝く宝玉の正体は、金色こんじきの君である大魔族シャルロットの力の結晶だからね。

 東の魔術師であるモモちゃんが作り上げた大聖剣も素晴らしい威力だけど、残念ながらシャルロットの宝玉には遠く及ばない。

 だから、両者を比べたら、圧倒的に金色の宝玉の方が貴重で、国の象徴として讃えてもいい至宝なんだ。


 とはいえ、全てを正直に話すことはできない。

 だって、宝玉の正体を口に出しちゃったら、王様たちは全力で怯えちゃうだろうからね。

 なので、僕は真相をはぐらかしながら、宝玉がいかに素晴らしい物なのかと力説する。

 そんな僕の横でマドリーヌ様が真剣な表情で相槌あいづちを打っていたものだから、神殿宗教の敬虔けいけんな信徒である王様や高官の人たちは素直に受け入れてくれた。


 ふむふむと、感慨深かんがいぶかく頷く王様。

 同じように、応接間に居並んでいた高官の人たちも「それほどの品物だったとは」なんて小声で話しながら驚いていた。


「というわけでですね。なにも悲観したり負い目を感じることはないと思うんです」


 話を締めくくる僕。

 これで、王様は不満を解消することはできたかな?


 王様の機嫌を伺う僕とライラ。

 今の話で納得してくれないのなら、仕方がありません。

 シャルロットにちょっとお願いをして、宝玉の力の片鱗を披露してもらわなきゃね。

 でも、その際にどんな騒動が起きても知りませんからね?


 すると、王様は高官の人たちとなにやら話し込み始めた。


「やはり、儂の見込んだ男なだけはある、と思わぬか。皆の者よ」

「陛下の仰られる通りでございます」

「儂の不満を、瞬く間に解決してみせたことに、異論はなかろう?」

「まさか、すでに答えをお持ちだったとは、私どもも驚きました」


 はて、なんの話をしているのだろう。と、僕とライラとマドリーヌ様は顔を見合わせる。


「では、今後の方針にも異論はないな?」

「はい。エルネア様であれば、恐らくは……」

「マドリーヌ様もいらっしゃってくださいました。これならば……」


 気のせいかな?

 嫌な予感がします。


 王様の不満なんて軽い前座で、もっと困難な本命が待ち構えているような……


 だけど、僕の予感はよく当たる。

 今回もまた、悪い方向で的中してしまったようだ。


「エルネアよ」

「お断りします!」

「東へおもむくのだ。そして、で起きた問題の解決に尽力じんりょくしてもらいたい」

「僕の拒絶を聞き流しちゃった!」


 こうして、新年の挨拶をしに来ただけだったはずなの僕たちは、ヨルテニトス王国の問題へと巻き込まれるのだった。

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