行きたい人は手を挙げましょう

 思い返せば、それは三年ほど前にさかのぼる。

 ヨルテニトス王国の東部国境は、大森林と接している。その大森林にのこされた古代遺跡の施設を利用し、魔将軍ゴルドバが率いる死霊しりょうの軍勢が侵略してきた。

 僕たちは、魔族にあらがおうと集った勇猛果敢ゆうもうかかんな人々や、しみない助力を提供してくれたいろんな種族の者たちと力を合わせ、死霊の大軍勢を撃退した。

 その際に、スレイグスタ老は圧倒的な竜術によって、大地ごと多くの死霊を消滅させた。

 今では、スレイグスタ老が吹き飛ばした窪地くぼちには清らかな水が溜まって泉となり、周囲には豊かな自然が広がっている。


 まあ、窪地に水を呼び込んだり、周囲の荒野を木々や花々が咲き乱れる楽園へと変えたのは、僕とリステアの力を受けて活性化した精霊さんたちの仕業しわざなんだけどね。

 それはともかくとして。


 東部国境付近の荒れた大地に忽然こつぜんと現れた楽園には、人族だけじゃなくて竜族や他の生き物たちも注目していた。


 なにせ、東部を旅する人々にとっては、またとない安息の地だ。他にも、泉の水は聖職者も驚くほど清らかだし、周囲の森をスレイグスタ老やアシェルさんといった古代種の竜族がいこいの場とした経緯もあって、竜族からも人気が高い。

 さらに、そもそもの環境を整えた精霊さんたちにも、住み良い場所になっていた。


 こうして多くの種族から注目を集める楽園だけど。

 なにも問題がないわけではない。

 人と竜と精霊。

 文化も生活も、それどころか存在の仕方さえ違う者たちが共存利用する、というのは、実はなかなかに難しいみたい。


其方そなたが見せたように、種族の壁を易々やすやすと越えて交流を深める、とはなかなか上手くいかぬものなのだな」


 溜め息混じりにそう感想を漏らしたのは、王様だった。


「儂ら人族にとっては、東部辺境を開発していく際の拠点として相応しい場所だ。また、聖職者の方々の話によれば、泉の水に聖水として価値を見出みいだしておる。だが、泉の周囲に広がる森には竜族が住み着き始め、人族が容易に踏み込めないような土地になりつつある。しかもな。噂によれば、なにやら奇怪きかいな現象も続出しているのだとか」


 ヨルテニトス王国は、竜騎士団を要する人族の国家だ。

 過去には竜族を強引に捕らえ、竜殺しの武器でおどしながら使役していたこともある。

 だけど、現在は違う。

 一部の有志が率先して竜族と交流を持つようになり、今では脅しではなく、相互利益の協力関係を元に、竜騎士団を編成しているんだよね。


 でも、世の中はそんなに甘くない。

 竜峰の竜族のなかにもいるけど、人とは相容あいいれない、という価値観を持った者たちもいる。そして、ヨルテニトス王国の北部山岳地帯に生息している竜族のなかにも、そうした考えを持つ者は少なからず存在していて、こちらの好意を跳ね除けて暮らしている者もいた。

 そんな竜族の一部が、どうやら泉とその周辺に広がる森に住み着いちゃったみたい。


「フィレルを派遣しているのだがな。ユグラはくのご威光をもってしても、なかなか上手く事態は好転せぬ」


 聞けば、年始早々からフィレルは東に向かったみたい。

 そこで、ユグラ様やお付きの竜人族の人たちと頑張っているんだって。

 ただし、彼らの力をもってしても、改善のきざしがなかなか表れないのだとか。


「先ほども言ったがな。どうもフィレルたちは、奇々怪界ききかいかいな現象に見舞われておるようだ」

「いったい、何が起きているんですか?」


 フィレルだけならまだしも、ユグラ様や竜人族の人たちがいて、手をこまねくような怪奇現象とは、一体なんだろう。

 僕の質問に、だけど王様も難しい顔になる。


「いや、フィレルたちを疑っておるわけではないのだが……。突然、夜になったり昼になったり。または、火の雨が降ってきたかと思えば、足もとが底なし沼になったり。他にも自分らの周りにだけ突風が吹いたり、目と鼻の先にたどり着くのに半日かかってしまったりと、聞いているだけでは首を傾げるような現象ばかり続いているようなのだ」

「ああ、なるほど!」


 王様たちにとっては、それはもう奇想天外きそうてんがいな現象だろうね。

 だけど、僕は話を聞いただけで、理解できた。


「どうやら、精霊さんたちにも邪魔をされているみたいですね。さすがのユグラ様でも、精霊たちの動きまでは把握できないでしょうから、そりゃあ困りますよね」


 やはり、泉と周囲の森には精霊さんたちが住み着いていて、フィレルたちにちょっかいを出しているみたいだね。

 それが悪意のこもったものなのか、単なる悪戯いたずらなのかは、話を聞いただけでは判然としないけど。

 少なくとも、フィレルたちの活動を阻害する要因にはなっているみたい。


「そうか、精霊たちの仕業であったのだな。ではやはり、エルネアにこの件は任せるとしよう」


 というわけで、僕は拒否権もなく問題に介入することになってしまったのでした。






「と、エルネア君はおっしゃっています。もちろん、エルネア君は絶対参加ということで、決定ですね。ですが、他の方々は……」

「はいはい、はいっ! 今回は、私が同行いたします」

「今回は、姉様たちに譲る気はないわ。私も同行しますからね?」


 ルイセイネの言葉をさえぎって手を挙げたのは、マドリーヌ様とセフィーナさんだった。


 だけど、二人は知るよしもない。

 王様からの依頼を聞いて、素早くミストラルが僕から視線を逸らしたことを。そして、いつもなら抜け駆けしてでもついてきたがるライラが困ったように目をせ、ユフィーリアとニーナが、マドリーヌ様とセフィーナさんに気取られないように笑っていたことを。


「それでは、マドリーヌ様とセフィーナさんは決定ということで。他には、いらっしゃいませんか?」


 ルイセイネも、心なしか笑いをこらえているように見えるのは、僕の気のせいかな?

 すると、ミストラルたちが名乗り出なかったことに対して、マドリーヌ様がふんふんと鼻を鳴らして頷いた。


「あら、意外ですね。皆さま、殊勝しゅしょうな心がけです。まあ、私だけ遠く離れた場所で頑張っていたのですから、今回の同行を譲ってくださるのは、当然といえば当然なのですけれどね」


 きっとマドリーヌ様は、どんな妨害があったとしても、僕に同行したに違いない。それだけ、やる気十分だということだ。

 だけど、一連の妻たちの反応に疑問を持たなかったのは失敗だね。

 その点でいえば、まだセフィーナさんの方が警戒心が強かった。


「ユフィ姉様とニーナ姉様が反応しないだけじゃなく、ミストさんたちまで遠慮するなんて、何か変ね?」

「あら、気のせいだわ。年末年始に頑張っていたセフィーナにゆずってあげただけだわ。……ぷふふっ」

「あら、気のせいだわ。普段はエルネア君に会えないマドリーヌにゆずってあげただけだわ。……ぷふふっ」

「姉様たち、なぜそこで笑いが漏れるのかしら!?」


 双子の姉たちに詰め寄るセフィーナさん。

 ユフィーリアとニーナは、セフィーナさんから逃げながら笑い転げる。

 それで、マドリーヌ様もようやく違和感に気づいたようだ。


「ルイセイネ、白状しなさい。なにを隠しているのですか? 正直に話さないと、巫女頭として承知しませんよ?」

「あらあらまあまあ、困りました。わたくしはなにも、隠し事などしていませんよ?」

「嘘を仰い」

「マドリーヌ様、わたくしは巫女として、嘘は言えない立場なのをお忘れでしょうか」


 マドリーヌ様の追求を、華麗に回避するルイセイネ。だけど、やはりルイセイネのほほゆるんでいた。


「むきぃっ。いったい、なにを企んでいるのですか!」


 すると、早くも堪忍袋かんにんぶくろが切れたマドリーヌ様が、ぷんすかと怒りだす。

 そんなマドリーヌ様に、可愛い幼女が心配顔で近づいてきた。


「んんっと、お腹が空いたの? はい、お菓子かしをあげますからね」


 お腹が減って癇癪かんしゃくを起こすのは、小さな子供だけですよ。と突っ込みたい僕たち。

 さすがのマドリーヌ様も、幼女に心配されてしまっては立つがない。

 困惑顔でプリシアちゃんからお菓子を受け取ると、勧められるままにお菓子を口に含んだ。


「これで、マドリーヌに拒否権はなくなったわ」

「これで、マドリーヌは後戻りできなくなったわ」

「ユフィ、ニーナ。それってどういうことでしょうか?」


 セフィーナさんを床にねじり伏せたユフィーリアとニーナが、マドリーヌ様を見てにやりと笑みを浮かべる。


「くううっ。今回、お姉様たちが同行したがらない理由が絶対にあるはずなのに……」

「セフィーナ、それは違うわ。私たちは、やる気十分な貴女たちに譲ってあげただけだわ」

「セフィーナ、それは誤解だわ。私たちは好奇心旺盛な貴女たちに気を使っただけだわ」

「ぜっっったいに、嘘よ!」


 妹から全く信用されていない姉って……

 それはともかくとして。


 ルイセイネは巫女という立場から、嘘が言えないのは事実だ。

 ユフィーリアとニーナが、セフィーナさんとマドリーヌ様に気を使って、同行を譲ったのも嘘ではない。

 ただし、そこにはひとつ、最も重要な情報が欠けていた。


「んんっとぉ。それじゃあ、今回の冒険に参加するのは、エルネア君とプリシアとアレスちゃんとニーミアちゃん。それと、アリシアね?」


 あっ、と目を見開いて顔を青ざめさせたのは、セフィーナさんだった。

 残念ながら、マドリーヌ様はここに至っても気づけなかったらしい。

 まあ、仕方がないよね。だって、マドリーヌ様はヨルテニトス王国で忙しい毎日を送っていたせいで、こちらの情報にはうとかっただろうからさ。


「しまった、そういうことね……」

「セフィーナ、どういうことかしら? 説明をしてください」


 苦虫にがむしを噛み潰したような表情のセフィーナさんに、マドリーヌ様が質問する。

 だけど、返答したのはユフィーリアとニーナだった。

 もちろん、笑いながら。


「プリシアちゃんとアレスちゃんだけでも手に余るのに、それ以上に天真爛漫てんしんらんまんなアリシアが付いてきたら、小さな問題でも絶対に天災級になるわ」

「エルネア君と霊樹ちゃんがいても、南の賢者とは思えないほど好奇心旺盛なアリシアが付いてきたら、簡単な問題でも絶対に歴史的大問題になるわ」

「んんっと、そんなことないよー?」


 この耳長族は問題児なんです、と名指しで指摘されているのに、当の本人は楽しそうな笑顔で僕たちを見ている。

 だけど、僕だって断言しちゃいます。

 ただでさえ天然幼女二人の引率は大変なのに、その二人にさらに輪をかけたようなアリシアちゃんが追加されちゃったら、まず間違いなく苦労するよね!


「わたくしは、隠し事はしていませんでしたよ? ただし、マドリーヌ様が私の話を遮って立候補しただけですからね?」

「うっ……それは……」

「はわわっ。わたくしは、その……。陛下のお側に居たくて、辞退しただけですわ」

「マドリーヌ、プリシアちゃんとアレスちゃんの子守りは任せたわ」

「セフィーナ、アリシアの面倒は任せたわ」


 無事に難を逃れた妻たちは、この上なく満足そうな笑顔だ。

 そんな妻たちとは真逆に、セフィーナさんとマドリーヌ様は出発前から疲れた表情を見せる。

 そして、問題の中心点である悪い子たちは、部屋中を元気に飛び回りながら、出発はまだかとせかかす。


「んんっと、お姉ちゃん頑張っちゃうぞ!」

「おわおっ。お姉ちゃんはすごいんだよ!」

「たのしみたのしみ」

「にゃーん」

『すっごい思い出になりそうだね!』


 霊樹ちゃんよ、君もこれから大騒動が起きることを確信しているんだね!

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