みんなでお風呂

「あらあらまあまあ。どうしましょう」

「他に空いている宿がないなら仕方がないわ」

「ど、どうしようか」

「んんっと、プリシアは気にしないよ」

「にぁあ」


 僕たちは宿の受付前で相談していた。


 宿を探すのが遅くなってしまって、空いているところが無かったんだ。

 やっと見つけたこの宿屋も、四人部屋がひとつだけしか空いていないらしい。

 そこで何が問題かって、僕だけが男なんだよね。

 ミストラルとプリシアちゃんはまだ良いんだけど、巫女のルイセイネは立場上、男性との相部屋は避けたいみたい。


「そうですねぇ。今回は仕方ないことでしょうか。それにわたくし以外にもミストラルさんとプリシアちゃんが居ますし、女神様も大目に見てくれるでしょうか」

「にぁあ」

「ふふふ。ニーミアちゃんもいましたね」


 自分に折り合いをつけて微笑むルイセイネ。


 良かった、どうやら僕は今から別の宿を探さなくて良くなったみたい。

 僕はほっと胸を撫で下ろす。


「そんじゃあ、子供を含む四人で部屋をとるけど良いかい」


 店番のおじさんがにこやかに手続きをする。今日は満員御礼で上機嫌なんだろうね。


「部屋はこのまま一階の廊下の奥に進んだ一番奥さ。御手洗は逆の通路の先だ。目印があるからわかるだろう」


 おじさんは簡単に説明をしてくれて、部屋の鍵を渡してくれた。


「お代金はこれでお願いします」


 言ってルイセイネは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「これって何?」


 見るからにお金じゃないんだけど。

 僕とミストラルが首を傾げていると、ルイセイネが説明してくれた。


「これは手形みたいなものなのです。この羊皮紙の下の方に利用した神職の者の名前を書いて、受け取った方が代金を記入致します。そしてそれを後日神殿に持っていくと、その金額が支払われるのです」


 羊皮紙の上半分には、この用紙を保証する内容の文と契約の文章が書かれていた。


「お金を直接払ったほうが早くないのかしら。偽造でもされたら大変でしょう」


 僕もそう思ったけど、宿の受付のおじさんに笑われてしまった。


「神殿の書類を偽造するような不届き者は、いないでしょう」

「聖職者はあまり現金は持たないのですよ。持ってしまうと物欲に心を乱される場合がありますので」


 ルイセイネも微笑んで言う。


 そうか。お金を持っているとついつい買い食いとかもしちゃうかもしれないしね。

 この羊皮紙のように大仰なものでやり取りすれば、使うのにも躊躇いが出るだろうし、そう易易とは買い物なんてできないよね。

 そして神殿発行のものだから、おいそれと偽造する不届き者も出ないのか。


「この羊皮紙を現金化するには神殿に行かなくちゃならねえが、それはほれ、礼拝しに行く都合にもなるし問題にもならねえさ」

「神殿の方もそれを理由にでも来ていただいて礼拝していただければ、願ったり叶ったりなのです」

「ふぅん、上手くできてるんだね」


 僕は何となく理解できたけど、人族ではないミストラルには理解できない話だったみたい。未だに小首を傾げて不思議そうに僕たちを見ていた。

 これは、宗教について一度しっかりと話をした方が良いかもしれないね。


「とにかく、これでやっと落ち着けるんだね」


 ルイセイネと宿のおじさんが羊皮紙に記入するのを待って、僕たちは当てがわれた部屋へと移動した。

 部屋は寝台が等間隔に四つ並んだだけの、簡素なものだった。

 ここで今夜は、僕は女性二人とお子様と寝るんだね。

 なぜか変な緊張をしてきたよ。


「おや、お風呂が備え付けられていますよ」

「えっ、そうなの!?」

「珍しいことなのかしら」


 なんと、部屋の奥に脱衣所があり、その先にはゆったりと入れるお風呂があった。


 高級宿屋でもないのに、部屋にお風呂が備え付けられているなんて驚きだよ。

 普通は共同風呂だと、どんな物語の本にも書かれていて、僕もここはそうなんだろうと思っていた。


「ああ、いやぁ、これはなぁ」


 荷物を運んできてくれた宿のおじさんが苦笑いを浮かべる。


「この部屋は家族用なのさ。だから寝台も他の部屋より多いし風呂も有る。ただしその分料金も高いから、あんたらが来るまで空いてたのさ」


 なるほど、そういう事か。お風呂付きの料金が高い部屋なんて、そうそう泊まる人はいないよね。

 僕たちの代金はルイセイネ持ちだったから、この部屋がいくらなのか気にしてなかったよ。


「ルイセイネ、支払いは大丈夫なの?」


 いくら神殿が立て替えるとはいっても、無駄な出費はできないよね。


「ふふふ、心配なさらないでくださいませ。これくらいなら問題ありませんよ」


 おお、ルイセイネは太っ腹だ。お言葉に甘えて、今夜は寛がせてもらおう。


「んんっと、プリシアはお兄ちゃんと寝るの」

「にゃん」

「いやいや、寝台は四つあるんだし、僕と一緒に寝なくてもいいんだよ」

「いやいやん」


 早速部屋に入ってきゃっきゃと騒ぐプリシアちゃんとニーミア。


「こら、貴女たち。他の人も泊まっているのだから静かにしなさい」


 そして怒られるふたり。

 微笑ましい光景に笑顔を零しながら、宿のおじさんは荷物を置いて部屋から出て行った。


「ふう、これでやっと落ち着けるね」


 僕は適当に寝台に腰をかけて、ひと息つく。


「それは、遠回しにわたしを非難しているのかしら」

「ち、違うよ。そんな他意はないよっ」


 ミストラルの冷ややかな言葉を、慌てて否定する僕。


「ふふふ、とても刺激的な午後でした」


 ああ、ルイセイネ。火に油を注いではいけませんよ。


「ルイセイネ、貴女とはじっくりと話をしないといけませんね」

「あわあわ、ミストラル。ルイセイネは巫女様なんだよ、暴力はいけないよ」

「何ですかそれはっ。いかにもわたしが拳で話そうと言っているみたいじゃないの」

「おやおやまあまあ。ミストラルさんはそういう方なのですか」

「ル、ルイセイネ、何を言っているの」


 慌てふためく僕。なんでこんな剣呑な雰囲気になっているの。

 もしかしていつの間にか二人は仲違いをしちゃっていたの。

 午前中はけっこう仲良くやっていたと思ったのに。


 ミストラルとルイセイネの間を右往左往する僕の後をプリシアちゃんとニーミアが付いて回る。

 遊んでいるわけじゃないんだよ……


「ふふふ、冗談よ」

「エルネア君は揶揄からかい甲斐がありますね」


 僕の情けない姿を見て笑う二人。ああっ、騙された。二人して僕を揶揄ったんだな。酷いよ。


 僕は不貞腐れて寝台に突っ伏した。


「んんっと、プリシアはお風呂に入りたいよ」

「にぁあ」


 僕と一緒に寝台に寝そべったプリシアちゃんが僕の顔を覗き込んで言う。


「そうね、せっかく風呂が備え付けられているんだし、みんなで入ろうかしらね」

「えっ」


 僕は飛び起きる。

 一緒にお風呂ですか。

 それはそれは……!


「ふふふ。エルネア君が元気になりました」

「エルネア、貴方は勿論ひとりだけ別よ。なんでわたしたち女性と一緒に入れると思ったのかしら」


 微笑むルイセイネと、冷ややかに僕を見下ろすミストラル。


「ううう、一緒にって言ったのはミストラルじゃないか」


 僕は拗ねて頬を膨らませる。


「さすがに殿方にお肌まで見せるわけには……」

「貴方は共同風呂へと行きなさい。ここで入るのは禁止」

「そ、そんなぁぁぁっ」


 この部屋のお風呂を利用することさえも許されないなんて、悲しいよ。

 がっくりと肩を落とした僕を、プリシアちゃんだけが慰めてくれた。


「プリシアと一緒に入る?」


 無邪気に微笑むプリシアちゃん。

 ああ、癒されるね。僕はプリシアちゃんに微笑み返してあげて、頭を撫でてあげた。


「エルネア君は変態さんなのですか」


 一歩僕から逃げて顔を引きつらせるルイセイネ。


「どうやらそうらしいの」

「ち、違うよ、誤解だよ」


 ミストラル、なんて事を言うんだ。僕は断じで変態さんじゃないよ。

 プリシアちゃんが可愛くて仕方ないだけだよ。


 慌てる僕を見て、ミストラルとルイセイネは笑い出す。ううう、また遊ばれた。


「さあ、冗談はこれまでにして。お風呂は沸いているのかしら」

「わたくしが見てきますね」


 仲が悪いどころか、完全に打ち解けあってるように見えるよ。いつの間にこんなに仲良くなったんだろうね。

 女の人はたくさん喋る分、仲良くなるのが早いのかな。


「お湯加減は良いみたいでした」


 脱衣所の奥からルイセイネが戻ってきて報告する。


「それじゃあ、エルネアを残してみんなで入りますよ」


 言ってミストラルはプリシアちゃんを抱きかかえた。


「あっ」


 そして僕は思い出す。

 プリシアちゃんのこと、まだルイセイネに教えていないんだよ。今被っているふっくらとした帽子を取ったら長い垂れ耳が露わになって、耳長族だって気づかれちゃう。


 僕の心配に気づいたのか、ミストラルは一度微笑んで頷いた。


「ルイセイネとは仲良くできそう。だからわたしから話すわ」


 言ってミストラルは、プリシアちゃんを抱きかかえて脱衣所へと入っていった。


「覗いたら大変なことになりますよ」


 ルイセイネはとんでもないことを言って、同じように脱衣所へ。

 その足もとをニーミアがてとてとと付いて行く。


 やれやれ、取り残されちゃったよ。

 仕方がないから、僕も共同風呂の方へ入りに行こうかな。そう思っていると、ルイセイネの小さな悲鳴と楽しそうな話し声が脱衣所から漏れてきた。


 ルイセイネはプリシアちゃんの正体に気づいたんだね。


 女子風呂と化した備え付けのお風呂からは、賑やかで楽しそうな声が絶えず聞こえてきた。

 うん、この声を聞いているのも悪くないよね。女の人の楽しそうな声は聞いていて心地いいよ。

 僕はお風呂に行くことを中断して、寝台に寝そべって聞き耳を立てた。


 あ、いやらしい気持ちで聞き耳を立てているんじゃないんだからね。と誰に対してなのか言い訳をする僕。


 それにしても、今日の午後は疲れたよ。

 僕は午後のことを思い返す。


 ミストラルが偽竜人族を倒した後、僕たちは食堂に戻ってお昼ご飯を食べたんだ。


 そういえば、なんでミストラルはあの二人が偽物だってわかったんだろうね。


 それはさておき、ご飯を食べていると、騒ぎを聞きつけて巡回兵の人が来たんだ。

 街道には治安維持のために巡回の兵士さんがいるんだよね。


 通行人から聞いていたのか、巡回兵の人たちは僕たちに同行を迫った。

 でもこっちには巫女のルイセイネが居たからね。彼らも及び腰で、それでミストラルにあっさりと断られたんだ。


 だけど向こうもお仕事をしなきゃいけない。

 僕たちが食堂を出たら外で待ち構えられていて、街道は大騒ぎになっていた。

 なにせ馬車まで用意されていたからね。


 ルイセイネも説明をしたほうが、とミストラルに言っていたけど、彼女は聞く耳を持たず。

 まあ、これは仕方ないと僕も思うよ。なにせきちんと説明しようとしたら、ミストラルが竜人族だとかいろんなことを言って証明しないといけなくなるからね。それこそ大事になっちゃうよ。


 そしてそこからは、巡回兵との鬼ごっこだったんだ。

 曖昧あいまいにはぐらかして立ち去ろうとする僕たちを訝しんだんだろうね。巫女のルイセイネが居るにも関わらず連行されそうになって、仕方なく逃げ出した僕たち。


 まあ、逃げ足勝負なら、鎧を着込んだ巡回兵なんて僕たちの敵じゃないからね。

 脱兎の如く逃げ出した僕たちを必死に追いかけてくる巡回兵を引き離すのは容易かったよ。でもしつこくて、完全に向こうが諦めたのか夕方過ぎだったんだ。

 だから宿屋を探すのにも手こずっちゃったんだよね。


 そして、何も追求せず僕たちと一緒に逃げてくれたルイセイネには感謝だよ。


 きっと今頃、お風呂の中でミストラルがきちんと説明してくれているんだろうね。

 もしかして、長風呂になるのかな。それなら僕もこうしていないで、お風呂に入ってこよう。

 そう思って立ち上がった時。


 突然水しぶきを弾ませて、全身ずぶ濡れのプリシアちゃんが僕の前に現れた。


「なっ」


 目を丸くして驚く僕。


「プ、プリシアちゃん!」


 ルイセイネの悲鳴がお風呂場から聞こえてきて。


 ばたばたと騒がしい音の後に、ルイセイネが脱衣所から飛び出してきた。


 そして見てしまった。ルイセイネの下着姿を……

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