お肌つやつや
プリシアちゃんはつるつるのぺったんこ。
うん、プリシアちゃんの全身ずぶ濡れの姿を見ても何も反応しない。僕はいたって健全な男の子です。変態さんなんかではありません。
プリシアちゃんとは対照的に、ルイセイネは女性の身体つきをしていた。
思っていたよりも華奢だ。普段着ている巫女装束が少しゆったりな見た目のせいか、もう少し肉付きがあると思っていたよ。
でも流石は戦巫女。ただ華奢なように見えて実は鍛え上げられているね。無駄な肉がない。腰回りも絞られて美しい女性の輪郭を出していた。
そして、思っていたよりも胸はあった。慌ててプリシアちゃんを探しに出てきたのか、濡れた肌に薄衣を纏っただけの姿からは、はっきりと胸の形が見てとれた。
セリース様のような揺れるたわわなお胸様も素敵だけど、ルイセイネのような手のひらで包み込めるくらいの大きさも素晴らしいんじゃないかな。
……ではなくて!
「ひゃあぁぁっ」
ルイセイネは薄衣の上から大事な部を隠して、顔を真っ赤にして悲鳴をあげ、座り込んでしまう。
そこに、プリシアちゃんが抱きつく。
「きゃっきゃ。ルイセイネはお肌つやつや」
もうルイセイネの艶かしい姿は見えない。見えるのは全身ずぶ濡れのプリシアちゃんの後ろ姿だけだ。
「どうしたの!?」
そしてルイセイネの悲鳴を聞きつけ、ミストラルが慌てたように脱衣所から姿を現した。
おお、なんという日でしょう。
僕は今度は、ミストラルの濡れた肌を見てしまった。ルイセイネよりも、もっと女性身を帯びた身体。腰のくびれ、引き締まりすらりと長く伸びた手脚。
そして、残念ながらルイセイネよりも小さいお胸様。
ふむ、こっちは予想通りの大きさですね。
ちっぱいです。
「ミストはちっぱいにゃん」
「んなななっ!」
ミストラルの足元に現れたニーミアが僕の心を読んだ。
「ルイセイネよりもちっぱいにゃん」
「なっ」
ニーミアの言葉に、わなわなと唇を震わせるミストラル。
ああ、ニーミア、なんて事を言うんだ。胸のことはミストラルには禁句だよ。
「あ、ちっぱいは禁句らしいにゃん」
うわぁぁぁっ。
ニーミアは無邪気に僕の思考を読み取って口に出してるよ。
「エールーネーアーっ」
ルイセイネのように濡れた肌に薄衣を纏っただけの姿を僕に見られたはずなのに、恥ずかしがる素振りも見せず、ミストラルは恐ろしい殺気を出してこちらに迫る。
「うわっ、違うんだ。僕はそんなこと思ってないよ」
慌てて言い訳をするけど、効果なし。
ミストラルは未だに座り込んで小さくなっているルイセイネとプリシアちゃんを追い越し、寝台裾で慌てふためいている僕のもとへやって来た。
あわあわ、どうしよう。
ミストラルの手には鈍器こそないけど、殴られたら昼間の巨漢のように人族なんて簡単に飛ばしちゃうよ。
ルイセイネは真っ赤な顔だけをこっちに向けて。
「ミストラルさん、殺ってしまってくださいませ」
なんかとんでも無いことを口走ってますよ、あの娘さん。
ミストラルは無言で頷き、右手を振り上げる。
僕は今、死に直面しています。どうしよう。
だけど、拳を振り上げたミストラルは、湯上りで慌てて出て来たせいか、濡れた手脚が艶やかで美しかった。
僕は、そんなミストラルに
「っ!??」
息を呑むミストラル。
殴り飛ばされたら死んじゃう。ならば、飛ばされないように抱きついて抵抗しちゃえ、と本能的に思ったんだけど。
それでも殴られる覚悟はあった。
僕はぎゅっと目を閉じて、力一杯ミストラルに抱きついた。
石鹸の香りがする。
濡れているけど、張りのあるつるつるなお肌。
僕の両腕にすっぽりと収まった細い身体。
そして胸元に少しだけ柔らかい感触があった。
僕は殴られると思って体を硬くして、目一杯ミストラルを抱きしめた。
でも、いつまでたっても振り上げられた拳が落ちてこない。
恐る恐る目を開けると、顔だけじゃなくて全身を真っ赤にしたミストラルが硬直していた。
「ミスト、頭まっしろにゃん。珍しく読めるにゃん」
ニーミアが僕たちの足もとで、長い尻尾を振って見上げていた。
「だ、大胆なんですね……」
ルイセイネが絶句していた。
「んんっと。プリシアもするっ」
プリシアちゃんはルイセイネから離れると、今度はミストラルに抱きついた。
ええっと、君は状況とか場の雰囲気とか空気を全く読まないんですね。
「ええっと、ミストラルさん……」
反応なく固まり続けるミストラル。
抱きつき方が、きつかったわけじゃないよね。
「恥ずかしさに固まったままにゃん」
ニーミアが教えてくれた。
ミストラルの予想外の反応に、僕も戸惑ってしまう。
なんで薄衣を纏っただけの姿を見られても平気だったのに、抱きつかれたら恥ずかしさのあまり硬直してしまうのさ。
そう思いつつ、僕はミストラルの抱きごこちの良さに満悦していた。
女性って、抱きつくとこんなに柔らかいんだね。いい匂いも普段の倍だよ。
「エ、エルネア君。そろそろ解放してさしあげた方が……」
いつの間にか脱衣所から上着持ち出して羽織ったルイセイネが、僕を
おおっと。あまりの心地よさに時間が経つのを感じなかったよ。
僕はそっとミストラルを解放したけど、彼女は固まったまま。
そこにルイセイネが上着を掛けてやり。
「ええっと。湯冷めしてしまいましたので、もう一度入り直してきますね。プリシアちゃん、行きますよ」
「んんっと、またお風呂に入ってくるね」
ルイセイネは、ミストラルとプリシアちゃんを引きずってお風呂に戻っていた。
と思ったら、脱衣所から顔だけ出して。
「お風呂から上がったら、覚悟しておいてくださいませ」
ルイセイネの不自然な笑顔が、不気味だった……
「責任とってもらわなきゃにゃん」
僕の足にはには、ニーミアが残っていた。
「責任?」
「にゃん。恥ずかしい姿を見られたから、責任取ってお嫁にしてもらわなきゃにゃん。ルイセイネが思ってるにゃん」
ニーミアよ、なんという思考を読んでしまったんだ。
僕にはミストラルという素敵な人がいるのに、ルイセイネも嫁として迎えることになるのか……
ルイセイネは先祖代々巫女の家系らしく、厳格な家柄なんだ。言動を見ていても、清廉さは伝わってくるよね。
その巫女様のお風呂上がりの姿を、事故とはいえ見てしまった僕は、責任を負わなくちゃいけないのだろうか。
嬉しいような恐ろしいような。
ミストラルのことを考えたら、申し訳なさでいっぱいになるんだけど。
お金持ちの人や王侯貴族、それに勇者のリステアなんかは一夫多妻だけど、平民の僕なんかが多妻だなんて、夢には思い描くけど現実には無いお話だよ。
それに、リステアは恋愛の末に得たものだから良いけど、僕の場合は特殊すぎる。
ミストラルとはお互いの利害関係で、スレイグスタ老の強引な縁組で話は進んでいる。
だけど、ミストラルは利害関係以外で僕に好意を持ってくれているのかな。いつも優しいけど、それは何かお姉さん的なものを感じる時がある。年上が年下を可愛がっているような。
霊樹に向かう時に軽い口づけはしたけど、それっきりしてくれないし。
なによりも、僕は男としてミストラルに魅力を見せてないように思うんだ。
いつも助けられてばかりだし、僕が先導して何かをやったことなんて今までないんじゃないかな。
竜人族って、みんな勇ましい人たちばかりなんだよね。そんな中で育ったミストラルが、ひ弱な僕なんかを利害なしで好きになってくれているのかな。
そしてルイセイネは、親しくなってまだ間もない。
もともと少し話す程度の同級生徒の関係だったのが、魔剣使いが現れた遺跡での夜営訓練以降に少しずつ親しくなって。
ルイセイネは意外と積極的なんだよね。
普段は同じ巫女のキーリとイネアの三人で行動しているけど、二人がリステアの方へ行くと、ルイセイネはよく僕のところに来ていた。
来てお話しをする程度なんだけど、それが僕には嬉しかった。
僕は、学校では阿呆の子で通っていたから、仲の良い男子以外の女子は、僕に無関心なんだよね。それなのに、
きっと、ミストラルという存在がなかったら、完璧に恋に落ちていたと思うよ。
その優しくて意外と積極的なルイセイネが、お風呂上がりの姿を見られただけで僕のもとへお嫁に来るの?
これもやっぱり、ルイセイネが僕への好意の末の結果として、という話じゃないよね。
仕方なく、という言葉が合ってると思う。
僕はどうすればいいんだろうか。
いや、今はそれよりも。
「逃げなきゃ」
お風呂に入り直して解凍されたミストラルとなんて、対峙できる気がしないよ。
本当に情けないね、僕は。
でも命の危機だ、取り敢えずでも、ほとぼりが冷めるまでは部屋から出ていよう。
僕が急いで部屋から抜け出そうとしたら、ニーミアが足もとについて来た。
「ニーミアはお風呂に入り直さないの?」
「にぁあ」
ニーミアはふるふると体を振って水気を飛ばすと、跳ねて僕の肩に乗ってきた。
振っても毛長のニーミアには水気が残っていて、僕の肩は濡れちゃった。まあ、良いか。
「
なるほど、長湯は苦手なのね。
僕はニーミアの衣装をこっそり脱衣所から拝借して、ニーミアを拭きあげた後に着せる。
外に一緒に出るなら、正体が見つからないように変装しなきゃね。
脱衣所で女性陣の下着を見てしまったのは内緒です。
そして、僕とニーミアは部屋から出た。
一応、外から鍵をして、廊下を歩き、そのまま宿の外まで一気に出た。
外はすでに陽が落ちて、空は暗くなっていた。
僕たちがとったお宿の他のにも周囲には大小たくさんの宿屋やお食事処があって、街道は日が暮れたというのに賑わっていた。
徒歩の旅に速度差なんてほとんど出ないから、早朝に王都を出た人たちは同じような場所で宿を取るんだね。
今日一日で見知った顔が何組かあることに、僕は気づいた。
そういえば、宿屋探しを優先させて夕ご飯を食べていないや。
僕たちの宿には食堂がなかったから、後でみんなで外食だね。
女性陣のお怒りが収まっていればだけど……
というか、僕が悪者になってるけど、元凶はプリシアちゃんなんだよね。
プリシアちゃんが空間跳躍でお風呂から飛び出して来なければ、何も起こらなかったはずなんだ。
そうしたら眼福にありつける事もなかっただろうけどね。
良いのやら悪いのやら。
取り敢えず、さっきの事は考えないようにしよう。考えたら頭が痛くなってきちゃう。
僕はみんなで行けそうな食堂を探しながら、少し街道を歩いた。
すると、先から馬に乗った男の人がやって来た。
乗馬していると身体が高い位置に行くから、遠くからでもわかっちゃうんだよね。
馬に乗っている人は、周りの建物から溢れた光で照らされた通行人を見渡しながら、僕の方へとやって来た。
誰か探しているのかな。
と思ったら、嫌な人たちが馬の周りを囲んで歩いていた。
しまった、馬上の男の人に意識が行って下を見てなかったよ。
馬を引いてやって来たのは、巡回兵の人たちだった。
ということは、探しているのは……
「やぁ、見つけたよ」
馬上の男性は僕を見下ろして、そう言った。
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