天雷の羽衣
僕たちが魔王城へ戻ってきたのは、太陽が沈んで
「リリィ、ありがとうね」
「お安いご用ですよー」
魔王城と禁領を往復してくれたリリィを
「なんだ、もう帰ってきたのか」
「はい。ちょっと用事を済ませに出かけただけですから」
「ほう、一日足らずで済ませられる用事とは、其方らにしては珍しい。それで、どのような用事だったのだ?」
「秘密です!」
言って僕は、魔王の前から逃げるように立ち去る。……ことはできませんでした!
がしり、と魔王に
「いや、其方であれば子猫ではなく小竜という表現の方が正しかろう」
「どちらにしても、離してください」
ニーミアだったら「にゃーん」と鳴いているところですよ。
僕の
「それで、なにをしてきた?」
「ええっと……。シャルロットは今どこに? あの人からあとで聞いてくださいね?」
「なるほど。あれに用事を頼まれたのか」
「はい。
そう言うと、魔王は深く追求してこなかった。
シャルロット
なにはともあれ、自由になった僕は改めてシャルロットの所在を確認する。
「親御の様子よりもシャルロットに
「えっ!? もしかして、なにか問題でも起きました?」
昨夜の大宴会の感じでは、父親連合は魔族と問題なく交流できると思ったんだけど。
まさか、宴会に参加できなかった魔族に誘拐されたとか!?
もしくは、竜人族のアスクレスさんが中心になって、騒動が
「物騒なことしか想像をせぬのだな」
「だって、魔王が心配させるようなことを言うから……」
お昼過ぎになってようやくお酒が抜けたユフィーリアとニーナとマドリーヌ様が、僕の背後で元気に暴れている。
どうやら、飲みすぎたのは貴女のせいよ、と責任を押し付けあっているらしい。
オズは、魔王を前に石像と化していた。
それを見つめながら、僕は魔王と会話をしている。
魔王は、賑やかな僕の家族に笑みを浮かべながら、父親連合の様子を教えてくれた。
「昼前まであれらは盛り上がっていたな。そして夕方からは、また宴会を開いている」
「父たちがお世話になってます……」
「気にする必要はない。ここのところ、家臣たちはシャルロットに尻を叩かれて
「シャルロットは本当に優秀なんですね」
「優秀すぎるのも困りものだがな」
「部下が過労死しちゃいますね」
シャルロットの手腕は疑うべくもないよね。
さすがは、最古の魔王に古くから仕える最側近だ。連合魔族軍の
きっと、望めば魔王にだってなれる資質は持っているんだと思う。それなのに巨人の魔王に忠誠を尽くしているだなんて、あの人は本当に魔族なんだろうか。
「それは、私には忠誠心を向けるだけの
「いいえ、ぜんぜん違います!」
慌てて否定する僕。
背後では、今夜も宴会が開かれていると知った酒飲み三人衆が会場へ向かおうとしていた。そして、ルイセイネとライラとセフィーナさんが、三人衆の動きを阻止しようと頑張っている。
オズは未だに石化中だ。
「……で、シャルロットはどこに?」
ユフィーリアとニーナとマドリーヌ様が
この三人が一緒になることがどれほど大変なのか。僕たちはようやく実感し始めていた。
もうね、プリシアちゃんとアレスちゃんが元気に暴れまわる以上ですよ。
まあ、それでも家族以外を巻き込む騒ぎは起こしていないし、みんなも賑やかになったと許容しているので、騒がしいだけで問題はないんだけどね。
僕も、毎日が刺激的で楽しいと思っている口だ。
「それで良い。長い命で最も
「魔女さんは孤独なの?」
アーダさんという
「あれは孤独の身だ。私を含め友と呼べるものはいるだろうが、
「親友や弟子がいても、家族がいないと孤独なんですか?」
「心を許せる者であるかどうか、の違いだな」
「むむむ。親友になら心を許せると思うんだけどなぁ……」
「だが、其方も親友である勇者に全てを打ち明けているわけではないだろう?」
「……そうですね」
魔女さんにも、愛弟子のアーダさんや巨人の魔王といった親友はいるんだよね。だけど魔王が言いたいのは、長い命を持つ者の人生においては、秘密や
では、魔王とシャルロットは全てをさらけ出せる間柄なのだろうか。
最古と呼ばれる魔族と、その傍に立ち続ける最側近。二人の関係に、僕は興味があります。
魔王は僕の心を読みながら、くつくつと愉快そうに喉を鳴らして笑っていた。
「私とシャルロットの関係か。ならば、自分の目で確かめてくるといい。今ならば、シャルロットは自分の執務室に居るだろう」
「まだお仕事をしているんですね?」
「明日の朝が楽しみだな」
「書類の山が!」
魔王は他人事風ですね。
そりゃあ、そうか。書類の山に立ち向かうのは家臣たちだからね。
シャルロットは宰相として、魔王の手を
「エルネア、それじゃあシャルロットに会いに行きましょうか」
「そうだね」
「あっ、ミストさん。おひとりで抜け駆けするなんて!」
「はわわっ、エルネア様。
「ルイセイネとライラは、セフィーナと一緒に三人のお目付役をお願いするわね?」
おお、さっきから全てを静観していたミストラルが、抜け駆けに成功したようです。
ミストラルは僕の手を取ると、有無を言わさず引っ張る。
「それでは、失礼します」
そして、最後まで固まっていたオズを抱き抱えて魔王に笑顔で挨拶すると、僕を連れて城内に入った。
「あはは、強引だね」
「たまにはね?」
ふふふ、と微笑むミストラルと手を繋いで、城内を歩く。
ちなみに、シャルロットの執務室なんて知らない僕とミストラルは、途中で召使いさんを捕まえて案内してもらうことに成功した。
魔王城は広く大きい。そのなかで、魔王の最側近であるシャルロットの執務室は、
違いました。
「宰相様は多忙でございますので、指示をすぐ出せるように、中層部にお部屋を構えておいでです」
僕たちを案内してくれた召使いさんは、そう教えてくれた。
そして言葉通り、魔王城の中層部に延びる廊下を歩いていると、前方から目的の人物が現れた。
「エルネア君、
シャルロットは、まるで僕たちがやってくることを見越していたかのように仕事を終わらせて現れた。
僕たちの横を、シャルロットのあとに続いて歩いてきた召使いさんたちが通り過ぎていく。全員が山のような書類を抱えていた。
「中庭の方から気配が伝わってきていましたので、そろそろこちらへ来る頃合いだと思いまして」
「さすがです」
夜とはいえ、魔王城には何千人という魔族や奴隷たちがいるはずだ。そのなかから、僕たちの気配を正確に読み取っているなんてね。
「それで、例の物はお持ちいただけたでしょうか?」
「うん、装飾まで完成したから持ってきたよ。きっと、魔王も
僕は魔王と会話をしている間中、御鏡のことは
きっと、みんなが背後で騒いでいたのも、魔王に思考を読まれないための工作だったんだと思う。
ああして騒いでいたら、御鏡のことなんて思い浮かべないからね。
シャルロットは、口もとを
ミストラルは抱えていたオズを床に下ろし、手荷物を探ると、
丁寧に包みを解いていくミストラルを、シャルロットは静かに見つめる。
床に降ろされたオズは、魔王の気配から解放されたからなのか、動きを取り戻していた。
そして、くんくんとシャルロットの匂いを
いやいや、シャルロットも大魔族だからね。
粗相をしたら、どうなっても知らないよ?
僕の心配をよそに、オズはシャルロットの匂いを嗅ぎ続ける。そして、オズはなぜか不思議そうに、シャルロットを見上げた。
ミストラルが絹の風呂敷を丁寧に広げる作業を見守っていたシャルロットは、オズの視線に気づくと細い瞳を足もとに移す。
見つめ合うシャルロットとオズ。
次の瞬間、げしり、とシャルロットに蹴り飛ばされたオズは、長い廊下の先に飛んでいった。
ほらね、言わんこっちゃない。
いや、言っていなかったか。
「小汚い魔獣は早めに捨てた方が良いと進言しますよ?」
「いや、オズが御鏡を磨き上げたんですからね?」
暗闇の先に消えたオズに興味はないようで、シャルロットはまたミストラルの手もとに視線を戻す。
丁度、御鏡が絹の風呂敷の陰から形を表すところだった。
「おやまあ、これはこれは……」
シャルロットが珍しく
緻密な彫刻が施された裏面。鏡面は星の瞬きを散りばめた美しい仕上がりになっている。
あまりの美しさに
だけど、そこで我に返ったのか、はっと手を引っ込める。
「約束通り、まだ巫女の清めは行なっていないのですよね?」
「はははっ。やはりシャルロットの弱点は神聖なものみたいだね。でも、安心して。まだ最後のお清めはしていないよ」
九尾廟で割れた御鏡の破片にさえ触れなかったように、シャルロットは神聖なものがとことん苦手らしい。
大魔族にも、弱点はあるんだね。というか、そんな弱点を僕たちに
「よし、もしもシャルロットが敵になったら、神聖なものを揃えればいいんだね。こちらにはルイセイネやマドリーヌ様がいるしね!」
わざとらしく弱点を突っ込んだんだけど、シャルロットは余裕の笑みで反撃する。
「エルネア君、良いところに気づきましたね。私は巫女や神聖なものは触れるどころか破壊することもできませんから。もしも私に命を狙われたら、一目散にお嫁さんの背後に隠れることを
「はっ! それって、命は助かるけど夫としての威厳は死んじゃうよね!?」
なんてことでしよう。
シャルロットは、ルイセイネとマドリーヌ様には手も足も出せないけど、僕なら簡単に殺せるって言いたいんだよね。
顔を引きつらせる僕を見て、シャルロットは満足そうに糸目をさらに細めて微笑んだ。
そして、改めて御鏡を繁々と見つめる。
「素晴らしい出来栄えです。これなら、申し分ありません」
「魔王に見せても大丈夫ってこと?」
シャルロットのお
だけど、シャルロットは僕の確認に返事をすることはなかった。その代わりに、ある場所へと僕たちを案内する。
ついて来るように促されて、僕たちは魔王城を移動する。
途中、シャルロットに蹴られたオズが廊下の
「いったい、どこに行くの?」
中庭から魔王城の中層まで上がってきたと思ったら、また階段を下っている僕たちは、いったいどこに連れて行かれようとしているのか。
先導するシャルロットは、振り返らずに教えてくれた。
「
「えっ!?」
なんで、いきなり宝物庫へ僕たちを案内しようとしているのかな?
まさか、御鏡を宝物庫に納めるなんて言い出すんじゃないだろうね!?
「いいえ、私の要望に応えてくださったエルネア君に、ご
「本当かなぁ?」
魔族の言葉は、あまり信用ならないからね。
というか、いくら宰相という立場でも、勝手に部外者を宝物庫に案内して、ご褒美をあげるなんてことをしても良いのかな?
とはいえ、ずんずんと進むシャルロットを止められない僕とミストラルは、仕方なくついて行く。
地下にあるという宝物庫を目指すシャルロットは、聞いてもいないのに巨人の魔王のことを話し始めた。
「陛下は、上位のお方に
「シャルロットも連れずに? なんで?」
「はい、陛下おひとりで。その理由は秘宝を安置するためです。ほら、
「九魔将の武具が秘宝なの?」
ヨルテニトス王国で取り逃がした魔剣使いが、九魔将の
たしかに、魔族にとって九魔将の武具は絶大な威力を示す装備だ。だけど、魔王自身がひとりで新しい国へと赴いて安置させなきゃいけないほどの物なのかな?
僕の質問に、シャルロットは頷く。
「陛下の保有する
「秘密?」
いったい、どんな秘密なんだろう。というか、なんで急にそんな話をし出したのかな?
いくつかの疑問を口にする前に、僕たちは地下深くに造られた宝物庫へとたどり着いた。
宝物庫の前では、
シャルロットは警護の魔族たちに命じて、宝物庫の封印を解かせる。
それはもう、金銀財宝の山だった。
魔族らしく、おどろおどろしい装備品の数々が並ぶ。他にも、神族や他の種族から強奪したであろうお宝や、装飾品、美術品といった様々な国宝が、
「どうぞ、お好きなものを好きなだけお持ち帰りください。ここに保管しているだけだなんて、もったいないですし。ほら、あちらの魔剣なんて貴重な品ですよ?」
「いやいや、魔剣とかいらないですからね!」
というか、あまりにも
ミストラルも僕と同じ感想を持っているのか、宝物庫に並ぶお宝に目を奪われるだけで、貰うどころか触れようともしなかった。
シャルロットは、
「……そ、それで、僕たちをここへ案内した本当の目的は?」
「あら、言いましたよ? ご褒美をあげますと」
「いや、それって絶対に嘘だよね?」
そろそろ、シャルロットがなにを考えているのかを聞き出さなきゃいけない。
道中で話した九魔将の武具のことが無関係だとは思えないし。
だけど、シャルロットはまたもやこちらの質問には応えずに、宝物庫の奥へと進んで行く。
そして、たどり着いた。
「ここは……?」
宝物庫の最奥に、それはあった。
豪華な金銀財宝が所狭しと並ぶ宝物庫において、ここだけが異質な空間になっている。
魔族の宝物庫には相応しくない、神殿の奥にあるような
「さあ、それでは鏡を私にお渡しください」
シャルロットはそう言うと、ミストラルから御鏡を受け取る。
いや、正確にはミストラルが反応する前に奪った。
「シャルロット、返しなさい。貴女、それをどうする気なの?」
いきなり御鏡を奪われて、ミストラルは
シャルロットはそんなミストラルを軽くいなすと、祭壇に立った。
「私は、ある呪いによって神聖なものに触れることも壊すこともできないのです。ですので、この時をどれほど待ち望んだことか」
「なにを言ってるの!?」
ふふふ、といつものように微笑むシャルロットが、なぜか今は恐ろしく感じる。
「ですが、ついにこの時が来ました」
言ってシャルロットは、奪った御鏡を
地下に広がる宝物庫が、黄金の輝きで満たされる。
そして、黄金色の魔力は御鏡に反射され、祭壇の奥を
「っ!」
地響きが足もとから伝わってくる。
それと同時に、黄金色の魔力が、祭壇の奥にあったはずの壁を通り抜けた。
どうやら、僕たちが宝物庫の最奥だと思っていた場所のさらに奥には、もうひとつ隠された空間が
「ようやく……。ようやく、身体を取り戻せます。封じられていた魔力を取り戻せます。これも全て、エルネア君たちのおかげですね」
シャルロットは微笑みながら、新たに出現した部屋へと足を踏み入れる。
僕とミストラルは黄金色の魔力に身体の自由を奪われて、
シャルロットが
そこには、まるでシャルロットの髪に似た毛並みの黄金色の羽衣と、黄金色の宝玉が
「エルネア君は知っているでしょうか。その昔、九魔将として活躍されていました陛下は、九尾の魔族との戦いの際に天雷の羽衣を失ったのでございます。ですがその後、陛下は天雷の羽衣を新調なさいました。私の身体の一部を使って」
なにもできない僕とミストラルの前で、シャルロットは黄金色の羽衣を手に取る。そして、
「それと。陛下は私の魔力を宝玉に封じたのです。正確には、私から引き
次いで、シャルロットは黄金の宝玉を掴む。
「つまり、この天雷の羽衣とは私の身体の一部であり、宝玉は私の魂なのです」
シャルロットは宝玉を口に
「ああ、お帰りなさい、私の身体と魂よ」
宝物庫を満たしていた黄金色の魔力が、九本の
「九尾の魔族の正体って……!」
「そう、それは私のことです」
ふふふっと、この上なく上機嫌に微笑んだシャルロットを見て、僕とミストラルは絶望する。
僕たちの目の前で、九尾の魔族は復活したのだった。
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