明星の御鏡

 僕や魔王の側近が会議をしている間も、大宴会は続いた。

 もう、それはすさまじい盛り上がりだったのだとか。


 普段は表立って騒げない聖職者のマドリーヌ様とルイセイネのお父さんも、この日は思う存分にはねを伸ばせたらしい。


 そして、大宴会は日をまたぎ、朝になっても続いていた。


 僕はというと、父親連合を魔王城に送り届けたあとも何かと忙しい身だったので、会議が終わってからすぐに寝ちゃったんだ。

 それで、ついさっきミストラルたちに大宴会の様子を聞いたというわけです。


 ちなみに。


「うう、気分が悪いわ……」

「うう、吐き気がするわ……」

「ああ、飲みすぎたわ……」


 ユフィーリア、ニーナ、マドリーヌ様の三人は、さっきまで飲んでいたらしくて、二日酔いどころか酔っぱらいの真っ最中で合流してきた。


「三人とも、体調がすぐれないならここに残っていてもいいんだよ? またあとで帰ってくるんだし」

「嫌だわ、私もエルネア君について行くわ」

「嫌だわ、私もエルネア君と一緒にいたいわ」

「嫌よっ、私もエルネア君と禁領という場所に連れていってください!」

「マドリーヌ、貴女は魔王から錫杖しゃくじょうを取り戻さないといけないのでしょう?」

「むきぃ、そうやって私をのけ者にしようとしても無駄ですからね、ミスト!」


 やれやれ、と酔っぱらい三人組に僕たちは苦笑した。

 そんなに無理してついて来なくても、僕たちは逃げたりしないのにね。


 なにはともあれ、僕たちは未だに飲み続けているだろう父親連合を魔王城に残し、禁領へと向かうことにする。


 昨日は、とうとうシャルロットに会うことはできなかった。だけど、会えなかったから見せる準備はしなかった、なんてことはできない。

 それで、飾りまで完成しているはずの御鏡おんかがみとオズを回収しに行くわけです。


 訪問した翌日に禁領へ帰ろうとする僕たちを、魔王は引き止めなかった。

 それで、わずかな魔族に見送られるなか、僕たちは魔王城をあとにする。

 僕たちを乗せたニーミアが中庭を飛び立つと、続いてリリィが飛翔ひしょうした。


「今度はプリシアも連れてくるにゃん?」

「どうだろうね? お母さんの許可が出ればいいんだけど……」


 僕たちを乗せて飛ぶニーミアは、やはりプリシアちゃんと遊びたいらしい。

 だけど、ミストラルが現実的なことを口にして、ニーミアを悲しませた。


「オズと鏡を回収してシャルロットに見せて、それで問題がなければルイセイネとマドリーヌにきよめてもらうのよね? そうしたら九尾廟きゅうびびょうに向かうわけだし、またあちこち連れ回すことになるから、許可は下りないのじゃないかしら?」

「にゃーん……」


 がっかりと、空を飛びながら項垂うなだれるニーミア。

 そこへ、ルイセイネが希望の光をともす。


「ですが、お清めにも日数がかかりますし、その間なら問題ないと思いますよ?」

「んにゃ!」


 ニーミアは、少しでもプリシアちゃんと遊べる可能性が出てきて、元気を取り戻す。

 だけど、そこへまたミストラルが追い打ちをかける。


「だけど、その遊ぶ場所が魔王城となると、やはり難色を示さないかしら?」

「にゃあ……」


 またまたがっかりするニーミアを、今度はライラが励ます。


「きっと大丈夫ですわ。わたくしがお母様を説得してみせますわ」

「にゃん!」


 ニーミアが落ち込んだり元気になるたびに、飛行高度が上がったり下がったり。

 それはそれで僕たちは楽しかったんだけど、約三名には深刻な影響を与えていた。


「うっぷ。ニーミア、吐き気がするわ」

「うっふ。ニーミア、気分が悪いわ」

「ううう、もう駄目です……」

「んにゃーっ!」


 背中で乙女おとめしずくを生産されたら大変です!

 僕たちも、ニーミアも!


 ニーミアは慌てて高度を安定させると、優しく飛び始めた。


「大変ですねー」


 そんな僕たちの様子を他人事のように見つめながら追従するリリィを見て、僕は思いつく。


「そうだ。なんなら、ニーミアは禁領に残っておく? リリィが来てくれてるんだし、帰りはリリィにお願いすれば、ニーミアは残れるよね? というかさ、今さら気づいたよ。ニーミアとリリィという立派な古代種の竜族が並んで飛んでいるのに、なんで全員がニーミアに騎乗しているのかな!?」

「エルネア君、気づくの遅すぎですよねー」

「くっ」


 安全そうなリリィに騎乗すれば良かった、なんて、きそうな三人を見て思ったのは内緒です。






 結局、ユフィーリアとニーナとマドリーヌ様は、粗相そそうをすることなく禁領にたどり着くことができた。

 ただし、途中で酔いが薄れてきても気分が悪いことには変わりなく、せっかくの空の旅だったのに、マドリーヌ様は十分に景色を堪能たんのうできなかったみたい。


 まあ、これから先に何度でも体験できるだろうから、禁領の自然はまた体調の良いときにでも堪能してもらいましょう。


 なにはともあれ、僕たちは禁領のお屋敷へと戻ってきた。


「やあ、おかえり。今回はなんの騒動も引き起こすことなく出かけられたかね?」

「ジルドさん、僕をなんだと思っているのかな!?」

「ジルド様、大丈夫です。エルネアをひとりにしなければ、そんなに問題は起きませんから」

「ミストラル!?」


 お屋敷でお留守番をしてくれていたジルドさんに、禁領でも異変はなかったと報告を受ける。


「ふふんっ。貴様らはつつましさがないのだっ。我のように泰然たいぜんと構えておれば、やすい騒動などに巻き込まれんのだと覚えておけ」

「オズ、ただいま。ちなみに聞くけど、猟師りょうしの罠に掛かるのは易い騒動じゃない?」

「エルネア君、それは命に関わることだから大ごとの問題じゃないかしら?」

「なるほど、猟師の罠は大ごとの問題か。セフィーナさんの言う通りだね!」

「くっ。黙れ、小娘めっ」

「はいはい、ごめんなさいね、偉大なオズ様」


 セフィーナさんは、尻尾を立てて抗議するオズを優しく撫でてあげる。

 気持ちいい部分を撫でられて、オズはすぐに機嫌を良くした。

 伊達だてに、毎日ご飯を届けたりと面倒を見てきただけのことはあるね。

 セフィーナさんはオズの扱い方を心得ているようだ。


「それで、鏡の装飾は完成したのでしょうか」

いにしえの手法で作られた御鏡おんかがみには興味がありますね」


 ルイセイネにうながされて、ジルドさんは工房として利用している部屋から御鏡を持ち出してきた。

 マドリーヌ様や僕たちは、ジルドさんが手にした御鏡を繁々しげしげと見つめる。


「綺麗だわ」

「美しいわ」


 鏡面きょうめんは、青空に星々が散りばめられた神秘的な反射をしている。

 裏返すと、ジルドさんが緻密ちみつに彫り込んだ模様がえがかれていた。


「この翼のある女性は、女神様ですね?」

「王都にいた頃にも、神殿の依頼で何体も女神像を彫ったのでね。どうだね、巫女の目に叶う出来かな?」

「はい、素晴らしいと思います!」


 まず最初に目に付いたのは、やっぱり中心に彫られた創造そうぞうの女神様だよね。

 翼と両手を広げ、空を見上げている構図だ。

 そして、その見上げる空には、僕たちを象徴したようなものが彫り込まれていた。


「天を霊樹の枝葉が覆っているわね」

「その下に、お月様と星と、流れ星だね」

「にゃんも飛んでるにゃん?」


 御鏡の裏側は、美しく風景を反射する表面とは違い、艶消つやけしで装飾されている。そのふちの部分は、霊樹の幹から伸びた枝葉が上部を、下は根と竜脈が絡み合うような構図で囲まれていた。

 また、女神様の上部には昼とも夜ともつかないような天空が表現されていて、ニーミアに似た竜が飛んでいた。


「これを、たった数日で掘り上げたんですか!?」


 緻密な彫刻は、国宝級と言ってもいいような出来栄えだ。

 きっと王様たちに見せたら、宝物庫に納めてくれ、と大金を積むかもしれないね。


 僕たちの驚きに、だけどジルドさんは余裕たっぷりの笑みを見せる。


「なあに、構想を練る時間はあったし、練習するだけの余裕もあったからね。本番に入れば、長年の経験も相まってこの通りだ」

「まさに、石彫いしほりのジルド様ね」

「まさに、元八大竜王のジルド様ね」


 ユフィーリアとニーナも、二日酔いを忘れて見入っていた。

 許すなら、いつまでも手に取って見つめていたい。そう思えるくらい完璧に出来上がった御鏡に、オズも大満足の様子だ。


「それで、すぐに持っていくのかね?」


 ジルドさんも平静なふりをして感動する僕たちを見つめているけど、内心では会心の出来に作品を手放すのがしいのかな?

 それとなく聞いてみたら、笑って否定された。


「いやいや、そうではないのだよ。エルネア君たちがオズを連れてそれを持っていくのであれば、儂はひと息つけると思ってね」

「そうでした。僕たちがいない間のオズのお世話は、ジルドさんに任せっきりでしたもんね」

「いやなに、退屈せずにすんだし、儂は楽しかったよ」

「本当に色々とありがとうございます。オズも、お礼を言ってね?」

「ふんっ。世話をさせてやったのだ、ありがたく思え」


 なんてオズは大口を叩きながら、ぺこぺことジルドさんに頭を下げる。


「それじゃあ、ジルドさんにお休みを与えたいし、僕たちは早めに戻ろうかな?」

「そうね。ユフィやニーナが滞在していては、ジルド様も心労が絶えないでしょうしね」

「ミスト、なんて悲しいことを言うのかしら」

「ミスト、なんて酷いことを言うのかしら」


 ぷんすかと頬を膨らませてミストラルに言い寄るユフィーリアとニーナだけど、朝まで飲んでいた人に抗議されても迫力はありませんからね?


「それでは、儂は竜王の森へ行ってユーリィ様とジャバラヤン様とお茶でもしてくるかね」

「あっ、それなら!」


 僕は、ジルドさんにニーミアを手渡す。

 もちろん、小さくなったニーミアをね。


 ジルドさんは、ニーミアを受け取っただけでこちらの要望を理解してくれたようだ。


「プリシアちゃんが喜ぶだろうね。しっかりと届けよう」

「届けてにゃん」

「はははっ、任せなさい」


 結局、僕の提案が採用されて、ニーミアは禁領に残ることになった。


「それじゃあ、お願いします。ユンユンとリンリンにもよろしくと伝えておいてください」

心得こころえた」


 ユンユンとリンリンは、禁領で自らの務めを果たしている。

 二人はもともと、罪をつぐなうためにここへと来たからね。

 僕たちと飛び回るよりも役目を果たそうとする二人は、真面目で誠実だ。

 そして、そんな二人だから精霊たちは好意を寄せるんだろうね。


「それじゃあ、僕たちは魔王城へ戻ろうかな」

「行ってらっしゃいにゃん」

土産みやげを待っておるよ。いや、儂が望んでいるのではなく、プリシアちゃんたちへの土産だがね?」

「ああ、そうでした!」


 ジルドさんのお土産切望で思い出したよ。


 僕は、アレスちゃんを呼び出す。

 顕現したアレスちゃんは、謎の空間から昨日の残りを取り出した。


「はい、これは竜の森の耳長族からです。みんなで飲んでくださいって。魔王に何本も強奪ごうだつされたので、あまり残っていなくてごめんなさい」


 ジルドさんへ渡したのは、霊樹の雫を醸造じょうぞうしたお酒だ。

 ジルドさんは、思わぬお土産に顔をほころばせる。


「大切に飲ませてもらおう。ありがとう」

「こちらこそ、御鏡の飾り彫りをありがとうございました。奉納したら戻ってきますね」

「ああ、ちびっ子たちと待っているよ。気をつけて行ってきなさい」


 こうして、僕たちは一日の間で魔王城と禁領を往復することになった。






 だけど、このときの僕たちはまだ知らなかった。

 この御鏡こそが、太古の昔に魔族と神族を震撼しんかんさせた九尾の魔族にまつわる重要なかぎだったのだと。

 そして、シャルロットの思惑を。

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