魔族会議

「なに、貴殿きでんは若い頃に冒険をしていたと?」

「相棒の地竜にまたがって、いろんな場所へと行ったものだ」

「それが、今では不自由な身とは。難儀なんぎなものですね」

「いやいや、これはこれで良かったと思っておる。甲斐甲斐しく面倒を見てくれる可愛い者もおるしな」


 貴公子然きこうしぜんとした上級魔族と楽しそうに会話をしていたヨルテニトス王国の王様は、傍らのライラを見つめた。


「ほおう、国を荒らしまわっていた魔獣を? しかし、所詮しょせんは人族程度が討伐できる魔獣だろう?」

「なにを言う。わしや妃たちとで力を合わせたからこそ、あの魔獣の首を取ることができたのだ」


 アームアード王国の王様も、頑強がんきょうな魔族たちに囲まれて武勇伝を自慢しあっている。


 人族にも、聖人君子せいじんくんしのような素晴らしい人から極悪人まで、様々さまざま様相ようそうの人がいる。それと同じように、魔族のなかにも陽気ようきな人がいたり、真面目な者がいたりする。そのことを理解すると、人族であれ魔族であれ同じ世界に生きる者なんだな、とわかるようになってきて、先入観なんかもなくなっていくよね。


 父親連合のみんなも、和気藹々わきあいあいと飲んだり食べたりしているうちに、魔族も恐ろしいばかりではないと理解し始めたようだ。


 まあ、人族の国で起きた先の騒乱の際や、僕たちの結婚の儀でも交流があったし、そのときに親交を深めた魔族もいるからね。

 こうして、種族を超えて仲良くなれる下地は以前からあったというわけです。


 お酒も入り、大広間につどった者たちは大賑わいを見せていた。


 そんななか、僕の父さんとお酒を酌み交わしていた魔王が席を立つ。

 気のせいかな。わずかな目の合図で「ついて来い」と言われたような気がして、僕も立ち上がった。

 すると、ルイララや他にも数人の側近らしい魔族が、静かに宴席の場を退き始めた。


 僕は魔王と一緒に、大広間をあとにする。

 ミストラルたちは楽しそうに宴会の輪に入っていたので、家族のなかで退席したのは僕だけだ。


 魔王やルイララたちは大広間を抜け出すと、長い廊下を進む。

 廊下の片側一面に並ぶ透明度の高い硝子窓がらすまどからは、夜の風景が見えた。


 僕たちは一直線に延びた長い廊下を抜けると、今度は回廊かいろうを右へ左へ。

 どうやら、魔王城の奥まった場所へと向かっているみたい。


 僕は魔王について行きながら、改めて宴会の場を抜け出してきた魔族たちを見た。

 誰もが、上級な魔族ばかり。

 武人ぽい魔族、文官系っぽい魔族。見た目や雰囲気ふんいきはばらばらだけど、全員が魔王の側近らしい風貌ふうぼうと存在感をしていた。


 すると、やはりここでも気になっちゃう。


「ねえねえ、ルイララ。シャルロットは?」


 どうしても気になって、ルイララに所在を確認してみた。

 これだけ側近がそろっているというのに、宰相さしょうであるシャルロットの姿が訪問の当初から見えないというのも変な話だよね。

 それに、もしもまた不在であるようなら、完成した御鏡おんかがみを持ってきても見せられないからね。


 僕の質問に、ルイララは歩みを緩めることなく答えた。


「あの方は、お忙しいからね。魔王城のどこかにはいると思うけど、きっと多忙を極めているんじゃないかな?」

「へええ、忙しいのか」

「そりゃあ、忙しいさ。北部国境付近が騒がしいからね」


 なるほど。四本腕の魔将軍がこの場にいないのも、そのせいか。

 どうやら、巨人の魔王が治める国は、軍事的な忙しさに見舞われているみたいだ。


「もしかして、男旅は遠慮した方が良かったのかな?」


 目の前を行く魔王に問いかけると、こちらへ振り返ることなく否定された。


「いや、気にする必要はない。この程度の騒ぎで来賓らいひんを迎えられないほど私の国は脆弱ぜいじゃくではない」


 むしろ、遠くにある人族の国から客人を招くくらい余裕があるのだと示すいい機会だ、と側近のひとりが笑った。


「それにしても、国境が騒がしいって、バルトノワールの件でだよね?」


 巨人の魔王の国の北側には、クシャリラが過去に支配していた領土がある。

 だけど、クシャリラは西に国替くにがえをさせられて、現在では無政府地帯になっていた。

 そして、その無政府地帯で暗躍あんやくしているのが、バルトノワールの一派だ。


「国境を破って深く侵入してくるような気配はないんだけどさ。それでも警戒していないと足もとをすくわれちゃうからね」

「ルイララの領地には盗賊が出たよね?」

「そうそう、ああいう騒ぎが各地で起こっているのさ」

「具体的に聞いても?」


 バルトノワールたちが起こしている騒動は、僕も気になる。

 それで、魔族の掴んでいる情報を知りたくて、ルイララというよりも魔王に伺いを立てた。

 魔王は長い回廊を進みきると、執務室らしき部屋へと入る。

 拒絶される雰囲気もなかったので、僕も同行して部屋へと入った。


 側近たちも、執務室へ入ってくる。

 そして、大きく立派な台に山のように乗せられた書類を目にし、誰ともなくため息を吐く。


「まったく。宰相様の有能さも、これほどになると嫌になるな」

「日中に処理し終わったと思った矢先にこれだ」

「だれか、宰相様を止めてこい!」


 どうやら、シャルロットが優秀すぎて、下で働く者たちまで仕事に追われているらしい。

 ちらりと山になった書類に目を向ける。

 すると、北の地で起きている騒動に対する自国の対応などを促すものばかり。

 国境付近で騒ぎはき止められているようだけど、影響は確実に国内へと及んでいるみたいだね。


「其方にも関わる騒ぎだ。出来る限り詳しく教えてやろう。先ずは盗賊とうぞくどもからだな」


 魔王の話によれば、赤い布を身につけた盗賊たちが、広い範囲で暴れまわっているらしい。

 赤布盗せきふとうと呼ばれる賊は、ライゼンと呼ばれる魔族が頭領とうりょうなのだとか。


 聞いたことのある名前だ。

 たしか、竜王の都でセフィーナさんたちを襲撃した、格闘主体で戦う上級魔族だね。


 赤布盗は、傍若無人ぼうじゃくぶじんに各地を荒らしている。

 村や集落を襲えば住民を皆殺しにし、金品を根こそぎ奪い去る。商人や冒険者、賞金首狩りなども手当たり次第に襲われているせいか、北の地では流通に深刻な支障が出はじめているのだとか。


「ただ、盗賊団がひとつであれば、それでも深刻にはならん。赤布盗が出没している場所へと戦力を集中させればいいのだからな」

「でも、そうじゃないと?」

「そうだ。どうも北では、赤い布が同士である目印になっているようだな。赤い布を身につけていれば、誰もが赤布盗と名乗れる。そして、赤布盗は互いに連携しあい、討伐隊に立ち向かいはじめた。北に住む者は赤布盗の報復などを恐れて、手が出せなくなっている」

「ライゼンは、自分が組織した盗賊団以外の者が真似て活動していても、それを黙認しているんですね?」

「そうだ。むしろ、あおっているようにも見えるな。これ見よがしに赤い布をちらつかせ、大っぴらに暴れまわっている」


 手がつけられないとはこのことだ。

 無政府地帯になった北の地でも、領地を守ろうとする魔族やに生きる者は存在する。

 だけど、こうも各地で赤布盗が増殖し、暴れまわられ、しかも手を出すと他の盗賊団からも報復されるとなると、善意の動きが萎縮いしゅくしていくよね。


 思ったことを口にしたら、魔族たちに苦笑されてしまった。


「エルネア君の言うような魔族が北に残っていれば、それでも良かったんだけどねぇ……」

「えっ!?」


 ルイララのため息に、僕は嫌な予感で顔を引きつらせた。


「東の地で、神殺かみごろしの魔剣を手にした者がいたことを覚えているか?」


 魔王に聞かれて、ヨルテニトス王国での事件を思い出す。

 全身甲冑ぜんしんかっちゅうの魔剣使いが、王妃様を人質にした事件だよね。


「同じように赤い布を身につけた者でも、盗賊どもとは違う動きをする者がいる。先ごろ確認された話によれば、手練てだればかりを襲う魔剣使いがいるのだとか」

「それが、神殺しの魔剣を手にした者?」

「そうだ。其奴そやつくだんの布を身につけているらしい。そして、各地の領主や上級魔族だけでなく、魔王位を狙って動く者を片っ端から襲っている」

「それって、迷惑極まりないですね!」


 魔王位を狙っている魔族を襲うということは、自身も魔王の座を狙っているのかな? それはわからないけど、魔王位争奪戦とは無関係な上級魔族や領主まで襲撃されているのが問題だよね。


 こんな状況でも北の地に残っている領主や上級魔族は、いわば最後のくさびのようなものだ。

 いくら北の地が荒れているとはいっても、領主が頑張っていればある程度は治安を維持することができる。同じように、上級魔族が住む周辺で暴れようものなら、その上級魔族の怒りを買って倒される。


 でも、その魔族までもが襲われて地域の楔を失えば、あとは全てが瓦解がかいしていくだけだ。

 赤布盗が各地で傍若無人に振る舞えているのも、こうして各地の楔が無くなっているからなのかもしれない。


「でも、魔剣使いにとどめを刺さなくて転移させたのって、たしか魔王ですよねぇ……?」

「なんだ?」

「いえ、なんでもありません!」


 突っ込みをいれたら、ぎろりと魔王に睨まれました!

 だけど、そこで違和感を覚える。

 なぜか魔王の瞳からは、北の現状をさほど深刻には受け取っていないような気配を感じた。

 具体的な理由はわからないんだけどね。

 もしかすると、魔王には秘策でもあるのかな?


「素直にふところの深さだと思っておけ」

「はい!」


 僕の思考を読み取った魔王に、有無を言わさない物言いでめられちゃった。

 だけど、僕の思考を否定しなかったってことは、やはり深刻ではない?

 でも、話を聞いた感じでは北の地は荒れ果てているように思えるし、その影響がこちらの国にも及び始めているんだよね?


「やはり、軍を大規模に派遣すべきでは?」


 ただ、謎の安心感を持っている魔王とは違い、側近たちのなかには北の現状を不安視する者もいたようだ。

 側近のひとりが焦燥感しょうそうかんを持ったように提言する。


「いや、待たれよ。軍を動かすのはいかがなものか。先の騒乱でも一度出兵している。これ以上出しゃばった真似をすれば、中央がどう出てくるか……」

「北の魔王が去ったあと、次いで我が軍が撤退したあとの北の土地がどれほど荒れるのか、中央はそれを知った上で前回も介入してきたのだ。そこへまた露骨な干渉を見せれば、こちらにも中央の介入が飛び火してくるぞ」

「しかし、あの頃と今とでは状況が全く違うではないか!」

「いや、違わない。魔王位を狙う者が力を示す土地がどうなるのか、中央が見誤るわけがない」


 中央とは、魔王の上に存在する者のことだよね。

 側近たちは、北へ干渉することによって上位の者が自分たちにまで目を向けるのでは、と危惧きぐしているみたいだ。

 魔王もそれが気がかりなのか、それとも別の思惑があるのか、魔族軍の出兵は認めなかった。


「では、やはり冒険者を雇うべきか?」

国府こくふからの依頼であれば、それなりの者が集うだろう?」

「そうなると、冒険者組合との話し合いが必要になるな」


 魔族の国でも、冒険者を支援する組織があるみたいだね。

 まあ、魔族の国の冒険者は魔族なんだろうけどさ。


「冒険者どもに依頼を下すのであれば、隣国との調整も必要だ。報酬が釣り合うようにせねば、冒険者の足並みも揃わぬ」


 魔王の指示に、数人の側近が慌ただしく退室していった。


「こちらとしては、北の騒動を鎮めた者にそれなりの報酬を出す用意があるのだがな?」


 そして、ちらりと僕を見る魔王。


「魔王の依頼はお断り! だって、報酬が怖いもん。でも、バルトノワールのことは僕も気がかりですし、加勢する気持ちはありますよ?」

「ほう、それで、加勢する条件とは?」


 さすがは魔王さま、話が早い。


 魔王に言われずとも、僕はバルトノワールと対峙すると決めている。

 同じ不老の命を授かった者として、絶対に向き合わなきゃいけないんだ。


 魔王は、僕たちの立場を十分に承知している。その上で、僕へ報酬を出すから手伝えと言ってきた。

 そして、僕が大仰おおぎょうな報酬を拒絶することも知っている。

 だって、褒美ほうびでまた魔王位を、なんて言い出しそうだもんね。


 それで、僕から見返りを要求するように仕向けたのが今の流れだ。

 僕は魔王の意図いとんで、いま必要な支援をお願いすることにした。


「魔族軍を正式に出兵させられないことはわかりました。それを踏まえて、お願いしたいことがあります。死霊都市しりょうとしの防衛に手練てだれの魔族を派遣してください」


 さっきの話に戻るけど。

 各地の領主が襲われているというのなら、竜王の都の領主代行であるメドゥリアさんや、都市そのものにも危険が迫っている可能性があるよね。

 僕たちが駐在できれば一番良いけど、こちらもなにかと忙しい。

 それで、また黒翼こくよくの魔族などの精鋭部隊が非公式にでも護衛についてくれればと、お願いする。すると、難なく了承をもられた。


 まるで、僕からの提案を待っていたかのように、さらに数人の側近が退席する。

 もしかして、この話の流れは僕にこの発言を誘導させるための前振りだったのかな?


 いや、きっとそうだ。

 そもそも、今頃になって軍をどうするかなんて、話し合わないと思う。

 魔王と側近たちは優秀な魔族だ。後手に回るような対応なんてしないよね。

 あくまでも僕の口から、手練れの魔族の派遣を提案させる。


 派遣部隊は国軍としてではなく、竜王の都を護る守備隊として活動する。

 竜王の都に襲撃があれば、魔剣使いや赤布盗を討伐しても仕方がない。

 ついでに、都市の周囲の治安も大切だから、干渉するのも仕方ないよね。というのが魔王たちの筋書きかな?


 なにはともあれ、北の地の詳しい動向や魔王たちの対応を知ることができた僕は、改めてバルトノワールたちの暗躍を実感し始めていた。

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