宴会にお酒はつきものです

 場所は変わり、僕たちは魔王城の客間でくつろいでいた。


 ……いや、寛いでいるのは僕と妻たちだけで、父親連合の面々やセフィーナさん、マドリーヌ様といった新たな家族は未だに顔が強張こわばっています。


 父親連合のみんなは、魔王やルイララという見知った顔があったにも関わらず、出迎えの際は完全に硬直していた。

 まあ、大勢の屈強くっきょうな魔族に周囲を固められたら、さすがのアスクレスさんだって緊張しちゃうよね。


 それで、歓迎も兼ねた夕方からの宴会までに少しでも緊張をやわらげておけ、という魔族らしからぬ配慮はいりょをいただき、こうして移動してきたわけです。


「それではみなさん。緊張を和らげるために、先ずは深呼吸をしましょうね。はい、ひっひっふー! ひっひっふー!」

「エルネア、それはお産のときの呼吸法よ?」

「そうなの!?」

「エルネア君、そろそろ赤ちゃんが産まれそうだわ」

「エルネア君、そろそろ子供が産まれそうだわ」

「いやいや、ユフィとニーナは嘘を言わないように!」


 我が家のように寛ぎ、いつものようにお馬鹿なことを口にするユフィーリアとニーナはさておき。

 やはり父親連合のみんなは緊張が解けないのか、身動きさえほとんどしない。

 そこへ、ルイセイネとライラがお水を配って回る。


「お父さん、お水を飲んで落ち着いてくださいね」

「陛下、お水ですわ」

「あ、ああ……。すまない」


 父親連合のみんなは何度か水を口に含んでいるうちに、徐々に顔色を取り戻し始めた。

 だけどそこで、正気を回復した王様に僕は詰め寄られる。


「エルネアよ、わしらをめおったな!」

「エルネアよ、よくも儂らをはばかったな!」

「ぎゃーっ」


 豪胆ごうたんな精神を持つ二人の王様は一度心を落ち着かせたら、あとは柔軟じゅうなんに環境へ適応したらしい。

 それで、どこかの双子王女様のように息を合わせて、僕へと襲いかかる。

 壮年そうねんな歳とはいえ、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの太い腕に締め上げられて、僕は悲鳴をあげた。


「いやね、予感はしていたんだよ? 竜峰を越えたあたりから、なんとなくだけどね?」


 あはははは、とかわいた笑いを浮かべながら、アスクレスさんは羽交い締めされた僕を見つめる。

 ただし、助けてくれる気配はない。


「お前は面白半分で企画きかくしたんだろうがな、普通の人族ならば気を失うどころか恐怖で死んでいたかもしれんのだぞ? 反省しなさい。陛下、いいですぞ、もっとやってください!」


 やれやれ、とため息を吐くのは僕の父さん。

 愛する息子が酷い目にあっているというのに、容認するどころかあおるなんて!

 酷い父親だよ。


 だけど、僕の父さんよりも怖い人がいた。


「ああ、女神様よ。どうかエルネア君に天罰を」


 やめてっ。女神様の天罰とか、今の僕たちには本当に落ちてきそうだから怖いですよっ!


 どこから取り出したのか、小さな女神像を前にお祈りをささげるルイセイネのお父さんは、洒落しゃれになっていません。

 ルイセイネ、自分のお父さんを止めてーっ!


 僕は、むさ苦しいおっさんたちに揉みくちゃにされて、悲鳴をあげる。

 だけど、やはりというかなんというか、僕を助けてくれる人は現れなかった。


 そして。

 遅れて平常心を取り戻したセフィーナさんとマドリーヌ様に、このあと更に絡まれたのは言うまでもない。






「ま、魔王さま。これは我々からのお土産です」

「ほう、霊樹れいじゅしずく醸造じょうぞうした酒か。さすがは竜王の父だ。よくわかっている」


 父親連合のみんなは、夕方までの短い時間で僕に十分すぎるほど鬱憤うっぷんを晴らしたおかげか、歓迎の席では幾分いくぶんか緊張を和らげていた。

 とはいえ、居並ぶ高位の魔族たちを前に、またもや動きが硬くなっている。


 宴席の場に使われるという大広間に集った魔族は、ざっと百人程度。

 その魔族や僕たちは、これから食事をしながらの宴会だというのに、なぜか絨毯じゅうたんの上にじかに座らされていた。


 というか、食卓どころか椅子いすもない。

 本当にここで宴会を始めるの? 前座でもあるのかな? と疑問を浮かべているのは僕だけじゃない。

 王様たちも困惑気味に、魔王の近くに誘導されて腰を下ろしていた。


 そして、僕の父さんが代表して、最初に魔王へお土産みやげを手渡す。


 その霊樹のお酒を準備したのは、僕たちなんだからね!

 魔王の機嫌取りには最適な品なんだよ?

 感謝してほしいものです。


 ちなみに、なんで僕の父さんが父親連合を代表して魔王に挨拶をしているかというと……


 父さんが一番、魔王に免疫めんえきがあるからです!


 酒飲み友達だからね。


 大広間の魔族たちは目を合わせるだけでも怖いけど、魔王なら平気かな、という父さんの変な精神感覚に、父親連合の全員が甘えたわけだね。

 二人の王様だけじゃなく、竜人族のアスクレスさんも緊張するなか、若干引きつった笑みではあるけど魔王にお土産を手渡した父さんって、実は大物なんじゃないだろうか。と息子は思うのです。


 霊樹のお酒がお土産ということで機嫌を良くした魔王は、父さんを隣に座らせる。


 そこって、最側近のシャルロットが座るような場所だよね!


 父さんも、普通に座るんじゃありません!


 さすがは庶民派代表の父さんだ。

 席の序列じょれつとか、完全に無視です。というか、身分や力関係で席が決まるとか、そういう上流階級の決まりごとなんて全く知らないんだろうね。

 僕も、そういう決まりがあると聞いたことがあるだけで、詳しいことは知らないし。


其方そなたらは客人だ。もっと私の側へ寄れ」


 魔王に促されて、王様たちもかしこまりながら移動する。

 魔王の側に元から陣取っていた魔族たちが無言で場所を譲ってくれていた。


 うむむ。見ているだけで緊張するね!

 ちょっとでも魔族の機嫌を損ねちゃうと、なにが起きるかわからない。それが怖くもあり、楽しくもあります。


「この場で緊張せずに親御おやごを面白おかしく観察しているのは、其方くらいだ。其方は本当に人族か、怪しくなってくるな」

「いえいえ、僕は立派な人族ですよ!」


 にっこりと微笑んで返事をしたら、大広間に集った魔族たちからどよめきが起きた。


「陛下にああも易々と軽口を言えるとは」

「なるほど、お気に入りということか」

主上しゅじょうも相変わらず変わってらっしゃる」


 懐の深い魔王の周りには、狭量きょうりょうの側近なんていないようだね。

 誰もが、僕じゃなく妻たちや父親連合のみんなを見て「面白い人族どもだ」と好意的な感想を口にしていた。


 とそこで、なんだか父親連合のみんなだけじゃなくて、僕たちまで珍しがられているな、とようやくそこで気づく。


「あれ? そういえば、シャルロットや四本腕の魔将軍の姿とかが見えないよね?」

「なんだ、エルネア君。今更かい?」


 なにやら席の奪い合いを水面下で繰り広げている妻たちを尻目に、当たり前のように僕の横に座ってきたルイララが笑う。


「うん。いま気づいたよ。だってさ、魔族の顔なんてなかなか区別がつかないし?」

「やっぱり、エルネア君は魔族に対して酷いよね。まるで犬や猫のような見分け方だね」


 まあ、さすがに大げさな言い方だったかもしれない。だけど、ぱっと見で区別できる魔族もいれば、個体差を認識しづらい魔族がいることも確かなんだよね。


 とはいえ、大広間に腰を下ろした魔族たちを改めて見てみると、意外と個性豊かだった。

 そして、その個性こそが、机や椅子が配置されていない大広間の絨毯にみんなで座っていることに繋がるのだと知る。


 魔族にも、僕たちと同じように普通の「人」がいる。

 だけど、普通じゃない者も大勢いるんだ。

 なかには両腕が鳥の翼になっている魔族がいたり、下半身が蜘蛛くも昆虫こんちゅうの姿をしていたり、獣のそれだったり。

 ただ、この辺はまだ身体のどこかが人らしいんだけど。


 もうね。魑魅魍魎ちみもうりょうとはこのことです。

 不気味な姿をした者や、形容しがたい容姿の魔族がいたり。

 しまいには、実体を持っていないお化けのような魔族まで見て取れる。


 そして、そんな異形の魔族のなかには、椅子に座ることのできない者、食器を使って食事が摂れない者、人の規格で作られた家具では大きすぎたり小さすぎたり、難儀なんぎする者がいた。


 なるほど。

 どんな容姿の者でも気兼きがねなく集まって食事をしたり騒いだりするために食卓や椅子をはいして、広い空間に直座じかすわりをするんだね。


 僕の考えは正しかったようで、魔王の周りに誰が座るのかが決まると、給仕の人族が食べ物や飲み物を持ってきて、当たり前のように床に置き始めた。

 床に座った魔族たちも、床に置かれた皿やさかずきに対して不満を口にする者はいない。


「それでは、珍しい客人らよ。遠路はるばる訪れた其方らを、魔族が誠意を持ってもてなそう」

「魔族の誠意とかって、なんか怖い!」


 魔王の挨拶に僕が突っ込みを入れたところで、宴会は始まった。


「さあさあ、どうぞ」


 父さんが、魔王の盃に霊樹のお酒を注ぐ。

 すると、どどどどどっ、と大広間が突然揺れ始めた!

 何事か、と思ったら。

 強面こわおもてから美男美女、そもそも顔のないような魔族までもが父さんの前に列を成す。

 しかも、我先にと順番を奪い合う。


 宴会の初っぱなから、魔族らしい騒ぎが起きた。

 殴り、蹴り飛ばし、ひとつでも列の前に行こうと、魔族たちが暴れる。

 度肝を抜かれた父親連合は、魔王の周りで白目を剥いて驚いていた。


「霊樹の酒が飲みたいのだろう。並んだ順に注いでやれ。なくなったら終わりだ」


 きっと、霊樹そのものや、雫のことなんて知らないはずだけど。それでも、父さんが魔王に注いだお酒がどれほど高価で貴重なものか、魔族も知っているんだよね。

 それで、父さんの前に並べば注いでもらえるとなって、なにがなんでも勝ち取ろうと魔族が騒ぐ。


 魔王は、宴会の出だしから暴れる家臣を見て笑う。

 だけど、父さんたちは魔族の迫力に失神してしまいそうだ。


「おさけおさけ」


 ここで、アレスちゃんが顕現してきた。


 夏の男旅に、プリシアちゃんは同行していない。

 禁領の森で、お母さんたちと頑張っているんだ。……いや、本人は来たがっていたけど、お母さんに止められたんだよね。


 アレスちゃんは謎の空間から霊樹のお酒の追加を取り出すと、僕に渡してきた。


「おお、こっちにもあるぞ!」


 殺気のこもった瞳で僕とアレスちゃんを睨む魔族たち。

 いやいや、懇願こんがんとかならわかるけど、殺気ってなにさ!?


「はい、王さま。あっ、アスクレスさんたちもいります?」


 僕は、命を狙われているんじゃないかと思うような魔族の突進を空間跳躍で回避する。そして、父親連合の前に出現すると、みんなに霊樹のお酒が入った酒壺さかつぼを手渡した。


 今度は、父親連合が魔族に狙われる。


「おい、そこのお前。それを俺に注げっ!」

「うおおおっっっっ」

「貴様、それを我に寄越よこすのだ」

「ぐぬわっ」

「陛下!? 陛下はお身体が不自由ですわ。ですので、手荒なことはしないでくださいませっ」

「ぎゃーっ」


 酒壺を持たされた二人の王様に、魔族が押し寄せる。

 アームアード王国の王様は、自分よりも屈強な魔族に無残にも押し倒された。

 ヨルテニトス王国の王様にも、魔族が迫る。ただし、こちらはライラによって阻止されて、なんとか無事を保つ。


「陛下が大変だわ」

「陛下が困っているわ」

「ユフィ、ニーナ。そう思うのなら、助けてあげたらどうなのかしら?」


 健気なライラとは真逆に、ユフィーリアとニーナは父王を見殺しにしてお酒を飲む。もちろん、傍らにはマドリーヌ様の姿も。

 はい。貴女たちが飲んでいるそのお酒も、霊樹の雫ですね?


 ちなみに、神職に身を置く人もこの大宴会に参加しているけど。確認したところ、自分たちを歓迎してくれている宴席えんせきだし、公式な祝宴しゅくえんや行事でもないから、参加しても大丈夫なのだとか。

 ルイセイネのお父さんも、巫女頭みこがしらのマドリーヌ様からお墨付すみつきをもらって、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 ところで、ユフィーリアとニーナに苦言を呈したミストラルだけど、その父親は大丈夫なのだろうか?

 見ると、魔族がまるでのように右へ左へと飛ばされていた。


「くっ、竜人族めっ」


 この辺は、さすがなのかな。

 僕はアスクレスさんの手にも酒瓶を握らせたんだけど。迫る魔族たちを苦もなく蹴散らしています。


 まあ、騒いでいるとはいっても、武器は禁止、魔法なしでやっているからね。お互い、手加減しているんだろうね。

 それでも魔族をものともしないアスクレスさんに、魔族たちは舌を巻いていた。


 うむ。実に賑やかな宴会だね。

 これまでに体験したことのない乱痴気騒らんちきさわぎに、僕も最初から気分が高揚する。

 だけど、騒がしい大広間のなかで唯一、整然と列が作られた場所があった。


「はい、みなさん。きちんと並んでくださいね。和を乱す方は、順番が来てもお酒を注ぎませんからね?」


 列に並んだ魔族は、まるで借りてきた猫のような大人しさで、騒ぐこともなく自分の順番を待つ。

 見ると、魔族のなかでも無闇に騒ぐことを良しとしないような気品のある者たちが並んでいるみたいだね。

 そして、そんな礼儀正しい魔族へお酒を注いでいるのは、ルイセイネのお父さんだった。


 驚きです!

 魔族の国でも神殿宗教に身を置く聖職者は庇護ひごされているというけどさ。まさか、他国の神官にまで丁寧に接するなんて。


「あれらの奴隷が魔王城内で働いていたりする。給仕きゅうしのなかにも紛れているだろう。その者らの目がある前で、神官に粗相そそうはできんだろうよ」


 魔王の言葉に納得です。


 というか、そこの魔王さま!

 アレスちゃんを膝の上に乗せて、霊樹のお酒を独り占めしないでくださいね?


 さすがに、魔王からお酒を奪おうとするような無謀な魔族はいないようだ。

 魔王は、隣に座る父さんにもお酒を注いだりしながら、上機嫌に家臣の騒ぎを眺めていた。

 父さんも、自分が受け持っていた酒壺が空になると、魔王と楽しく晩酌ばんしゃくをし始める。


「僕は食べ物を食べようかな?」

「エルネア君、食べさせてあげましょうか?」

「セフィーナさん、いい位置を確保したね?」

「ふふふ」


 いつの間にか僕の横を占拠したセフィーナさんと、仲良く食事に手を伸ばす。

 見渡すと、せっかく給仕さんが並べた食べ物は魔族たちの騒ぎでひっちゃかめっちゃかになっていた。

 高級そうな絨毯が汚れちゃってるよ。

 でも、これが魔族の無礼講ぶれいこうなのかな、と強引に納得することにします。


 だって、人のような器用に動く手がない者や獣じみた魔族のなかには、絨毯の上に落ちた食べ物にも躊躇ためらいなく口をつける者だっているんだもん。

 それに、お酒よりも食事だという魔族は、自分の食べ物が荒らされないように、最初から避難しているようだしね。


 父親連合のみんなは、大迫力の宴会に度肝どぎもを抜かされつつも、魔族なりの歓迎を受けて楽しそうだ。……と勝手に解釈をします。


「さて、明日まで正気を保っていられる者は果たしてどれくらいいるだろうな」

「父さんたちのことは、魔王やルイララにお任せしました!」

「まあ、任せておけ。十分に楽しませてやろう」


 くつくつと喉を鳴らして笑う魔王に、二人の王様が肝を冷やす。

 だけど、お酒が入った父さんは魔王につられて愉快そうに笑っていた。


 なにはともあれ、これからが男旅の本番だ!


 僕は、父親連合のこれからを想いながら、宴会を楽しんだ。


 ……ところで、結局のところシャルロットや四本腕の魔将軍はどうしたのかな?

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