ヨルテニトスの暗雲

「ねぇ、多頭竜ってなに?」


 ミストラルたちが待つ街に戻る途中。空の上で暴君に質問してみる。


『地竜が言っていたことか』


 暴君も近くにいたので、地竜との会話は把握しているみたい。


「頭がいっぱいあるってことだよね?」

『ふん。その認識で間違いはない』


 説明役を押し付けられたのがちょっと不満なのか、暴君は鼻を鳴らす。


『身体は地竜のようなずんぐりな体型だな。そこに頭が三から八つ。尾が二から四本生えている。頭も尾も数が多いほど強い。なにせ頭のひとつひとつが独立した竜そのものである上に、胴が繋がっているから連携をする』

「つまり、頭が八つあれば巧みな連携をする八頭の竜と一度に相対しているってこと?」

『そういうことになる』

「なるほど。それは厄介だね!」

『さらに言えば、多頭竜は邪悪であると決まっている』

「地竜が温厚、飛竜が攻撃的みたいな感じで、多頭竜は邪悪?」

『あれは竜族であるが、魔獣に近い。知能は高いが、本能で動く。そして特定の場所に生息せず、魔獣のように竜脈に乗り神出鬼没に現れる。今回、山岳の奥地に現れたのも、それだろう』

「なるほど。山岳の奥地にもともと生息していたわけじゃなくて、猩猩しょうじょうのように突然現れて周囲に迷惑をかけているわけだね。そりゃあ、逃げ出すよね」

『ふふん、愚か者め。迷惑程度であれば、むれで追い出しているわ。どれほど頭が多く連携しようとも、所詮は数体分の竜。地竜だろうと群でかかれば追い払うのは造作もなかろう』

「そうか。言われてみるとそうだね。でも、じゃあなんで、地竜たちは逃げ出しているの?」


 こればかりは、暴君じゃなくて地元の地竜に聞くべきだったのかな。と思ったけど、暴君が鼻で笑って教えてくれた。


『地竜が、多頭竜は飼われていると言っていただろう』

「うん。言っていたね。あれってどういう意味だろう?」


 素直に、犬や猫のように飼われていると思っていいのかな?


『多頭竜は古来より、魔族との繋がりがある。邪悪繋がりだな。よって地竜どもは、背後に魔族の気配を感じて逃げているのだろう。所詮は魔族と言いたいところだが、多頭竜を飼い慣らせるほどの力がある魔族であれば厄介だ』

「うっ……」


 思いもしなかった種族が出てきて、僕は息を呑む。

 まさか、ヨルテニトス王国に来て魔族絡みの厄介ごとを知るなんて。

 地竜さん。なんて助言をしてくれたんですか!


 多頭竜が山奥に突然現れて、その背後に魔族の気配がある。竜族にちょっかいを出すのか人族への悪さを企んでいるのかは今の段階ではわからないけど、地竜のかしらの言う通り、これは今後に大きな問題となりそう。

 だって、人族への悪巧わるだくみなら直接的な被害が予想されるし、竜族への干渉でも余波を浴びてヨルテニトス王国の北部に何かしらの被害は出るだろうからね。

 だから、事前に対策を練っておかなきゃいけない。


 たしかに報酬に見合う助言だね。


 そしてこれは、戻ってミストラルたちと相談するよりも、国のお偉いさんやフィレルと相談した方が良いかもしれない。


「よし、急いで戻ろう」


 と言うまでもなく、暴君は高速で空を飛ぶ。


「エルネア様の馬鹿っ」


 突然、僕の傍に立つライラが頬を膨らませてねめつけてきた。


 ……なんでいつも立っているんだろう? という疑問は置いておいて。


「なんで!?」


 ライラのふて腐れた表情に、僕は驚く。


「竜心を使ってご自分だけレヴァリア様と楽しく会話なんて、ずるいですわ」

「ああ、ごめんなさい……」


 ライラは蚊帳かやの外に置かれたのが不満だったみたい。


「仲間はずれは嫌ですわ」

「ごめんね」


 僕はライラの手を取って、暴君との会話の経緯を話した。






「いいえ、仲間はずれなのはわたしたちよ。わかっているのかしら、エルネア?」

「うっ……」


 ほどなくして空の旅は終わり、僕とライラは領主の館へと戻ってきた。館の使用人さんに案内された先。応接間に通された僕とライラには、正座の刑が待っていた。


 応接間で待ち構えていたのは、腕組みをして仁王立つミストラルと、腰に手を当てて頬を膨らませるルイセイネとプリシアちゃん。ぷいっとそっぽを向く双子王女様。それと、ふて寝をしているフィオリーナとリームだった。


 ちなみに、暴君は僕を下ろすとさっさと空へ戻った。そしてニーミアだけが何事もなかったかのように僕の頭の上へ移動して寛いでいる。


 これはあれですね。今から始まるであろうお説教の間、僕を独り占めしちゃおうと。そして頭の上に乗ることでミストラルの拳骨を防いでくれる代わりに、ご褒美を後でねだるわけですね。


「にゃあ」


 まぁ、なんてずる賢い! なんて思っちゃ駄目だよね。僕の頭の上でへたりと寛ぐニーミアが愛らしすぎて、ミストラルたちの怒気も抜けている感じだから。


 館の応接間で正座をさせられている僕とライラの正面に立つみんなは、やれやれといった感じで肩を落としていた。


「……それで、卵は無事に届けたのね?」

「はい。間違いなく」

「そう。それならまぁ、逃げ出したことは不問にします。卵を奪還したのもあなた達なのだしね」


 腕組みを解き、ため息を吐くミストラル。


「こちらも、大男への尋問は終わったわ」

「と言うと?」


 正座をしたままミストラルを見上げる僕とライラ。


「大男は、一応は冒険者。ヨルテニトス王国ではそれなりに名前の売れた者らしいわ」

「有名冒険者が卵泥棒?」

「ちょっとそこに誤解があるみたいね」

「誤解?」

「そう。じつは、竜族の卵を盗むこと自体はなんの罪にもならないらしいわ。むしろ、腕の立つ冒険者たちの難易度の高い標的らしいの」

「な、なんですとー!?」


 卵泥棒が合法? そんなことがあり得るのかな。

 地竜の大切な卵を盗む。下手をすると今回のように暴走を招いたりもする。それが許されるの?


「エルネアは少し、竜族寄りの思考ね」


 ミストラルは一拍置き、僕とは違う視点からの解説をしてくれた。


「人と竜とは社会が違う。特にこの国では、竜を狩り使役する。それ程のことをやっておきながら、卵は盗んだら駄目、なんて今更言えるかしら?」

「それは……でもほら。国と個人とは違うんじゃない?」

「それも勘違い。別に竜を狩るのは個人でも良いのよ。竜が強敵だから国を挙げて狩りを行っているだけ」

「そうなんだ……」

「竜族の卵は高値で取引をされるらしいわ。不治の病に効くと云われているみたい。ひとつでも手に入れることができれば、末代まで遊んで暮らせると言っていたわね。だから一攫千金を狙う冒険者は居るみたいよ」

「でもさ。だからといって盗んだとして、今回のように地竜の暴走を招いたりしたら大変なことになるんじゃないの?」

「そう。だから、失敗して人の村や町、生活に被害が出る場合だけが罪になるみたい」

「むむむ。上手く盗めば無罪。失敗すれば有罪ってこと?」

「そう。その辺はわたしに文句を言わないでね? この国の仕組みがそうなっている、と認識してちょうだい」

「うん。ミストラルに言いがかりをつける気はないよ」


 でもそれって、なんていびつな法律なんだろうね、と思う。


「ともかく、竜族に何かしらのちょっかいを出して人の社会に被害が出るようならば、手配書を出してすぐさま犯人を捕まえる。それまでの間、竜族を押さえるのも竜騎士団の仕事らしいわ」


 ああ、と山岳の麓での状景を思い出す。

 竜騎士団は防御こそすれ、攻撃は全く行っていなかった。

 つまり、あれは時間稼ぎそのものだったんだね。


「でも、手配書を出すにしても犯人なんてわからないよね? 僕たちはたまたま竜心があったから地竜に人相なんかを聞けたけど、普通は手がかりを見つけるのも大変なんじゃない?」

「それが、意外と簡単に見つかるみたいよ。竜族にちょっかいを出した者を生死を問わず竜騎士団に引き渡せば、それでも莫大な報奨金が出るらしいから」

「つまり、みんなこぞって犯人探しになるわけなんだ!」

「そう。犯人が引き渡されれば、それを竜族へとさらに引き渡す。盗みの場合にはもちろん、返品をする。犯人をどうするかは竜族次第ね。でも、それで大概の騒動は治るみたいね。竜族も報復に走るようなことは滅多にないそうよ」


 なんと現金な、と思うけど、一刻も早く問題解決を図るひとつの方法なんだろうね。


「それで、大男は失敗したわけだから、有罪なんだよね?」

「ええ、すでに憲兵に引き渡してあるわ」

「ということは、もしかして報酬が!?」


 犯人を捕まえたら、莫大な報奨金が出るんですよね!?


 おおお、一時は借金生活を覚悟していたというのに、天地逆転。一気に大富豪ですか!


 瞳を輝かせる僕。そのおでこを、ミストラルが小突く。


「お馬鹿さん、街で大暴れしたのは誰と誰かしら。あと、レヴァリアたちの食事代は?」

「うっ……」

「残念だけど、貰える予定の報奨金から補償のお金は出ることになります」

「そ、そんなぁ……」


 がっくりと肩を落とす僕。


「まったくもう。お金のことより、もっと他のことを気にしなさい」

「と、言うと?」


 軽く聞き返したら、またおでこを小突かれた。


「なぜ大男が地竜の卵を狙ったか考えた?」

「それは、大金に目が眩んでなんじゃないの?」

「そうね。それじゃあ、もう少し今までの会話を思い出してみて。竜族の卵を無事に盗んで来られたら、末代まで遊んで暮らせる大金が手に入るわ」

「うん、言ってたね」

「では、その大金を払うのは誰?」

「えっ!?」

「買い手がいなきゃ、売れないでしょう? しかも、莫大な金額になるのよ」


 不治の病に効くという竜族の卵。でもそれを普通の薬師くすしや料理人が買い取れるわけがない。


「普通の商人でも、きっと無理だよね。そうすると豪商、貴族、もしくは……」

「ひとつ補足しておくけど、買い手はとくに罪にはならないらしいわ。有るものを買う、という立場らしいから。だけどね」


 ここで初めて、ミストラルは真剣な表情で僕を見た。


「領主が、誰に売るつもりだったのかを大男に尋問したの。そのときに、大男はとんでもないことを言ったのよ」


 ごくり、と唾を飲み込む僕。


「大男には依頼者が居たの。そして依頼者は、わざと見つかり追われながら、王都へと卵を運ぶように言っていたそうよ。それができれば、報酬は倍だったみたい」

「ええっ!! なにそれ!?」


 わざと見つかる。つまり、意図的に賞金首になった状態で卵を王都まで運ぶ?

 意味がわかりません。


「それって、大男にはお金以外の得がないんじゃないの?」

「そう思うでしょう? だけど、そこで大男が言ったのよ。自分の依頼者は国の大物だから、依頼を達成すれば無罪放免。大金も手に入るし、失敗しても依頼者が助けてくれるから、自分はここでは裁かれない、と豪語していたわ」

「その依頼者って……?」


 事件の核心に迫る一歩手前。だけどそこで、お手上げの仕草をするミストラル。


「聞き出せなかったの?」

「違うわ、大男自身も依頼者の正体を知らなかったのよ」

「なんでそれがわかったの?」


 僕の質問に、ミストラルは無言でニーミアを指差した。


「ああ、尋問のときにニーミアを使ったんだね」


 ニーミアなら、人の心を読むことができる。それで大男の言葉の虚実を測ったらしい。


「依頼者は不明。大男も直接は依頼者に会ってはいなかったわ。王都で信頼できる筋から依頼があって、それならと受けたらしいの。……嫌な予感がするわ」

「うん、僕の勘もそう言ってるよ」


 そしてここでようやく、僕は地竜の助言をミストラルたちに伝えた。


「飼われている多頭竜……」


 ミストラルの表情が険しくなる。


「正直に言わせてもらうと、この国の一件には関わらず、ここは早々に竜峰へと帰るべきだわ」


 応接室にいる全員の視線が、自然とライラに集まる。


「あの……その……」


 ライラは不安な表情で、僕を見た。


「うん。ミストラルの考えはよくわかるよ」


 竜峰でも問題が発生している現在、よその問題に首を突っ込んでいる場合ではない。


「だけど。すぐに帰っちゃうのは嫌だ。僕は王様のお見舞いがしたいよ」


 ライラに微笑むと、彼女は瞳に涙をためて嬉しそうに頷いた。

 みんなも、やっぱりね、といった様子で苦笑していた。


「やっぱりエルネア君だわ」

「その優しさに免じて、今回は許してあげるわ」


 そっぽを向いていた双子王女様が許してくれた。


「しかたないですね。エルネア君はそういう人ですもんね」


 ルイセイネが微笑むと、真似をしていたプリシアちゃんもにっこりと笑う。


『んもうっ。エルネアはお人好しすぎなのっ』

『リームは本当は怒ってないよぉ』


 幼竜がふて寝から起き上がった。


「それじゃあ、心してお見舞いに行きます。ただし、変なことには首を突っ込まない。色々と自重すること」


 ミストラルの言葉に、全員で「はぁい!」と返事をした。

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