夜の始まり

 ようし、それじゃあ王都に出発だ。と気合を入れたら、最後にもう一度ミストラルに小突かれた。


「もう。お馬鹿さん。今から向かったら、夜中になってしまうでしょ」


 と言われて応接間の窓の外を見れば、もう随分と暗くなり始めていた。


「そうか。今日は色々とあり過ぎて、時間の経過を忘れちゃっていたよ」


 普通に飛ぶと、竜の森の南にある湖からヨルテニトス王国の王都までは夕方までかかるんだったよね。

 カッド砦や北部山岳で色々とあったんだから、もう今日の日中に間に合うはずはない。


「じゃあ、どうしようか……」


 今日はどこかに夜営かな。と相談していると、館の外から飛竜の鳴き声がした。


「あ。メディアさんとトルキネアさんだね」

「……エルネア君。その『あ』は、あのお二人を忘れていた『あ』ですね?」

「うっ。ルイセイネ、それは言っちゃいけないんだよ?」


 急いでいたので、仕方なく置き去りになってしまったんです。本当です。


 お詫びも兼ねて、出迎えることにする。

 みんなを連れ立って館を出ると、館前の広場では丁度良く竜騎士の二人が飛竜を労っているところだった。

 飛竜の首を優しく撫でて、お疲れ様と声をかけている姿だけを見ると、絶対の主従関係で使役しているようには見えない。まるで、頑張った家族を癒しているようにも見える。


「おかえりなさい」

「あっ、エルネア様っ」

「ああっ、エルネア様」


 声をかけると、疲れた表情のメディア嬢とトルキネア嬢が振り向いた。


「振り回してごめんなさい」

「いいえ。エルネア様に付き従うように隊長から言われていますので」

「そうです。どうぞ私たちのことはお気になさらずに」


 と言われても、そんなに疲れた表情を見せられたら気を使ってしまいます。


 そういえば、二人は僕たちが地竜の暴走場所に到着する前から、ずっと空で防衛網を敷いていたんだよね。そのあとにあんなに飛び回っていたら、そりゃあ疲れる。


 竜騎士も飛竜もね。


 二人と二体を労おうと近づこうとしたら、飛竜が喉を鳴らした。


『くっ。貴様は我らを過労死させる気か』

『もう飛びたくない。もう飛びたくない』


 ぐるぐると喉を鳴らし始めた飛竜にメディア嬢とトルキネア嬢は慌てて僕を止める。


「エルネア様、不用意に飛竜へ近づいてはいけません」

「飛竜は気性が荒いんです。慣れない人が近づくと襲われてしまいます」

「ええっと、大丈夫ですよ」


 飛竜が喉を鳴らして威嚇していると思ったんだね。


「この飛竜は僕を襲おうとしているんじゃないですよ。僕に愚痴ぐちっているだけです」


 言って二人の制止をやんわりと断り、飛竜に近づく。そして、よしよしと飛竜の頭を撫でて労うと、気持ちよさそうに目を閉じた。


『うわんっ、わたしも撫でてっ』

『リームもぉ』


 館の前で様子を伺っていたみんなの中からフィオリーナとリームが飛んできて、僕にじゃれつく。


 瞬く間に竜にもみくちゃにされた僕を見て、竜騎士の二人は目を見開いて驚いていた。。






「たしかに、竜族があの姿で喉を鳴らしたら怖いよね。でも彼らも怒ってるわけじゃないし、誤解なんだよね」


 領主が気を利かせてくれて、本日は館に滞在させてもらうことになった。

 豪華な食事を準備してもらい、みんなで美味しくいただきました。

 その後、領主の人と軽く雑談を交わす。とはいっても、もっぱら僕と竜峰のことへの質問攻めだったけど。


 僕と領主が雑談を交わしている間、女性陣はなにやら別室できゃっきゃと楽しんでいたみたい。僕と領主がいる部屋にまで楽しそうな騒ぎが漏れてきていて、領主に賑やかな家族ですね、といわれて照れてしまったよ。


 そして、領主との雑談が終わり部屋から出ると、プリシアちゃんとその頭に乗ったニーミアが待ちかねたように、僕に抱きついてきた。


「んんっと、お部屋はこっち」


 領主の館といえども、僕たち全員がまとめて泊まれるような大部屋はない。ということで、部屋割りを僕がいない間に決めていたみたい。


 プリシアちゃんに手を引かれて、充てがわれた部屋へと向かう。


 そして二階の一室へと入り、僕は苦笑した。


「おおう、どうぶつの森!」

『うわんっ、ひどいよっ』

『頑張って勝ち取ったんだよぉ』

「いっしょいっしょ」

「んにゃん。やっと自由にゃん」


 部屋ではすでに、フィオリーナとリームが寛いでいた。そこへ僕と手を繋いでいるプリシアちゃんと、頭の上のニーミア。そして僕に憑いているアレスちゃん。


 おお、なんという部屋割りですか。

 どんな経緯でこうなったのか、すごく興味があります。


「今日はずっとおとなしくしてたから、ご褒美に遊んでにゃん」


 まずは真っ先にニーミアがじゃれついてきた。


 今日のニーミアは一日中子猫のふりをして、大人しくしていたからね。明日以降ももう少し頑張ってもらわないといけないし、甘えられるときに甘えてもらおう。

 わしゃしゃとニーミアを撫でていると、そこにプリシアちゃんとアレスちゃんが加わった。抱きかかえて頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を閉じる。


 やんちゃを始めると、この二人は手がつけられなくなるけど、こうして甘えてきているときはすごく愛らしい。

 変な趣味はけっして持ち合わせていないけど、ぎゅっと抱きしめたくなるね。


『ずるいっ』

『人だけずるいぃ』


 予想はしてました。僕がプリシアちゃんたちを撫でていると、そこへフィオリーナとリームも入ってくる。

 仕方なくみんなを撫でていると、いつの間にかきゃっきゃと賑やかになっていく。


 プリシアちゃんとアレスちゃんがふかふかの寝台を飛び回る。ニーミアもここぞとばかりに部屋中を飛び回り、二人をあおる。

 フィオリーナとリームは部屋の調度品、というか人の工芸品を目の当たりにするのが珍しいのか、手に持ったり口にくわえたりして遊んでいる。


 ああああ、色々と壊しちゃ駄目だよ。


 プリシアちゃんとアレスちゃんを捕まえようとすれば逃げるし、フィオリーナとリームから高価そうな調度品を取り上げてもまたすぐに別の物を取る。

 部屋で、右に左に人の姿をした悪魔と竜の姿をした鬼を追い掛け回していると、気づけば鬼ごっこになっていた。


 ええい、君たちはなんでそんなに元気なんですか! とよく考えてみると、みんな一日中暴君かユグラ様の背中の上で、遊び足りなかったんだね。


 だけど、ここは領主の館。そしてもう夜。あんまり騒いでいると迷惑になるからね。と必死で捕まえようとする僕。そして逃げる幼女たち。


 ぐぬぬ。ミストラルたちはこうなることを予想して、僕をこの部屋に割り当てたのかな。そんなことはないよね? だよね??


 若干ばかり疑心暗鬼になっていると、躊躇いがちに部屋の扉を叩く音がした。


 あっ、騒ぎすぎて注意がきたのかな。と恐る恐る扉を開く。すると部屋の前には、寝間着姿になったメディア嬢とトルキネア嬢が居た。


「こ、こんばんは?」


 どうしたんだろう。と首を傾げながら挨拶をする僕。だけど二人は、開けた扉の隙間から見える部屋の惨状を見て、固まっていた。


 しまった。ぴょんぴょんと空間跳躍をして逃げ回るプリシアちゃん。はたから見れば似たように消えたり現れたりを繰り返すアレスちゃん。そして部屋を文字通り飛び回るニーミア。見られると丸ごと問題になりそうなものを全部見られちゃった!


「ええっと、これはですね……」


 扉を開けたまま説明していて館の使用人さんにさらに目撃されたり聞かれたりするのは困るから、とりあえず二人を部屋へと引っ張り込む。

 お客さんが来ても御構いなしに遊ぶ幼女たちをそのままに、僕は二人に真実を話した。


「ひ、秘密でお願いします」


 これが広まっちゃうと面倒だからね。真実を話し、その上で黙っていてもらうようにお願いする。

 メディア嬢もトルキネア嬢も誠実な人で、その辺は素直に了承してくれた。


 この二人が飛竜を労っている姿を見たときから、きっとい人なんだろうなとは思っていたから、打ち明けたんだよね。


「竜と会話をしたり不思議な少年だと思っていましたが、ここまでとは……」


 未だに遊びまわるプリシアちゃんたちを目で追いながら、メディア嬢が言う。


「フィレル王子殿下は、こんなに凄い人たちとお知り合いになっていたんですね」


 トルキネア嬢が恐る恐るリームに手を伸ばしながら言う。


『撫でてくれるの?』


 リームも物怖じせずにトルキネア嬢に近づき、頭を向ける。


 フィオリーナは見たまんま綺麗な翼竜だけど、リームは小型版暴君だからね。瞳が四つあるし、翼も大小四枚ある。見た目が少し怖いけど、目を細めてじゃれついてきたリームを興味津々にトルキネア嬢は撫でた。


「つるつるですね」

「トルキネア、羨ましいわ」


 メディア嬢がそれを羨ましがると、フィオリーナが今度はすり寄ってきた。


『仕方ないなっ、撫でさせてあげる』


 くううと甘えた声で鳴くフィオリーナを、メディア嬢が撫でてあげる。


 こちらが敵対心を持たずに好奇心を持って接すれば、こうして竜の方も歩み寄ってくれる。

 フィオリーナとリームと戯れる竜騎士の二人を見て、やっぱり調教して使役することは間違いなんだと思えた。


 とはいっても、それをこの場で二人に語り、いきなり変革を求めるようなことはしない。

 これはヨルテニトス王国に深く根付く問題なんだ。だから、地均じならしもしっかり時間をかけなきゃ理解されないと思う。そしてそれは、フィレルにお願いしよう。


「ところで、僕に何か用事でもあったんじゃないんですか」


 この二人が騒ぎを注意に来たなんて思えないからね。きっと用事があるんだよね?


「ああ、そうでした」


 リームを撫でながら、トルキネア嬢が思い出したように僕を見た。


「そうでした。お聞きしたいことがあって、こんな夜に訪ねてしまいました。お許しください」


 メディア嬢もフィオリーナに抱きついたまま言う。


 抱きついたままってどういうことさ。


「じつは、エルネア様に教えていただきたいことがありまして」

「ぜひご指導をたまわりたくて」


 真面目な話へと切り替わったのか、二人が姿勢を正す。


『いやんっ、もっと撫でて』

『こんな機会、滅多にないんだからねっ』


 だけど、フィオリーナとリームが相変わらずじゃれつくので、真面目な雰囲気には程遠い。


「プリシアも撫でて欲しいな」

「わたしもわたしも」


 しまいにはプリシアちゃんとアレスちゃんが僕に抱きついてきて、甘え始める。


「ずるいにゃん。にゃんも甘えるにゃん」


 そして人の言葉を話したニーミアがとどめをさした。


 ただでさえ子猫と思っていたニーミアが竜族で驚いていたのに、人の言葉を喋ったからね。

 あわあわと唇を震わせ、ニーミアを指差して驚愕する竜騎士の二人。


「ああ、ニーミアだけは人の言葉が喋れるんですよ」


 今更だけど追加して説明する僕。


「秘密にゃん。じゃないとにゃんが怒られるにゃん」

「そうだね。子猫のふりをしていないといけなかったんだからね」

「あれはお日様の出ているときだけで勘弁して欲しいにゃん」

「明日からは夜も注意だよ?」

「ひどいにゃん」

「帰ったらなんかご褒美あげるから、がんばれ」

「んにゃん。がんばるにゃん」


 僕の頭に落ち着いたニーミアが元気よく長い尻尾を振る。


「す、すごいですね……」

「飛竜もこのように喋れるようになるのでしょうか?」


 興味津々にニーミアを見る二人。


「ええっと、それは厳しいでしょうか。ニーミアは本当に特別なんです」

『うわっ、わたしも特別だよっ』

『リームも特別なんだよぉ』


 ニーミアを特別扱いしたのがご不満だったのか、フィオリーナとリームが僕にまとわりついて抗議する。


「うんうん、君たちも特別だね」


 そしてちびっ子全員に揉みくちゃにされる僕。


 ええっと、今は君たちと遊んでいる場面じゃないからね?


「僕のこの状況は置いておいて。聞きたいこととはなんでしょう?」


 ちびっ子たちをなだめつつ聞く。


「ああ、そうでした」

「忘れていました」


 苦笑する二人。そしてまた姿勢を正す。


「本日、エルネア様に同行させていただきまして、私たちはとても感銘を受けました」

「どのようにすれば、竜族と親しくなれるのでしょうか」


 竜騎士二人の質問に、ちびっ子と僕はみんなで首を傾げた。それに釣られ、メディア嬢とトルキネア嬢も首を傾げる。


「何か変なことを言ったでしょうか?」

「質問がおかしかったですか?」


 全員で同じ方向に首を傾げたまま見つめ合う。


「親しくしてたにゃん」


 そしてニーミアが不思議そうに呟いた。


「はい。僕もお二人は飛竜ととても親しくしていたように見えましたけど?」

「えっ!?」

「はい?」


 飛竜はよく二人の意思を汲んで動いていた。二人も一日の終わりに飛竜を労ってやさしく撫でてあげていたし、飛竜はそれを嬉しそうに受け入れていた。

 調教された主従関係には見えなかったよ。十分すぎるほど親しい関係に見えたんだけど。


 そのことを話すと、二人はきょとんとした瞳で僕を見た。


「そうなのですか?」

「自覚がなかったのですが……」


 自覚がなくてあれなら、十分すぎます。


「でも、あえて言わせてもらうなら」


 メディア嬢とトルキネア嬢なら、飛竜ともっと素敵な関係を築けると思えた。だから言わせてもらう。


「飛竜も意思を持った生き物なんです。そして僕たち人の言葉を理解しています。だから、もっと彼らに心を傾けて、意思疎通をしてほしいです」


 竜心がない以上、どうしても完璧に意思疎通をすることは難しい。だけど少なくとも、飛竜はこちらの言葉を理解している。だから、たくさん語りかけてほしい。そして飛竜の仕草や表情で、感情を読み取ってほしいと助言した。


「なるほど。私たちは飛竜を言葉の通じない難しい生き物と誤って認識してました」

「でもそうですよね。竜族は人よりも遥かに優れた種族なんですから。話せば分かり合えるんですよね」


 聞けば、二人の家系は代々竜騎士で、物心ついたときから飛竜とともに生活してきたらしい。だから他の竜騎士よりも飛竜を家族のように扱うようだった。

 他にも代々竜騎士の家系出身の者には、こうして竜族を家族のように扱う人はけっこういるのだとか。

 そういう人たちなら、フィレルの目指す竜騎士と竜族のあり方に心を動かされるんじゃないのかな。

 前途多難ではあると思うけど、絶望的な目標でもないんだ。頑張れフィレル、と心で応援しながらメディア嬢とトルキネア嬢と雑談していると、部屋の扉がもう一度叩かれた。


「あなた達、騒ぎすぎよ」


 部屋に入ってきたのは、ミストラルとルイセイネだった。


 そして仲良く会話をする僕たちを見て、顔を引きつらせた。

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