竜騎士の国
「あまり騒ぎすぎていると、明日起きられないわよ?」
「はい」
母さんのような小言で僕を叱るミストラル。
「貴女たちも。助言を求めるにしてももう少し考えてください」
「ごめんなさい」
「反省してます」
メディア嬢とトルキネア嬢も一緒に怒られる。
二人は寝巻き姿だったのが駄目だったみたい。一日の終わりに寛いだ格好で来たみたいだけど、ミストラルとルイセイネから見れば、双子王女様のように悪巧みを考えているような姿に映ったんだろうね。
三人揃って、部屋で正座をしてミストラルのお叱りを受ける。
そしてプリシアちゃんたちは、ルイセイネの手によって寝かし付けられていた。
「んんっと、もう少し遊びたい」
「にゃんも遊びたいにゃん」
「だめですよ。明日起きられなかったら、置いていきますからね」
「いやいやん」
ルイセイネは寝台に一緒に横になって、眠りを誘う。
プリシアちゃんたちは最初こそ抵抗したけど、ルイセイネの寝付かせる手腕が上なのか次第に大人しくなり、寝息をたてだした。
さすがはルイセイネ。
「こらっ、エルネア。ちゃんと聞いているの?」
「うっ、ごめんなさい」
ついルイセイネたちの方へ意識を向けすぎちゃった。
ミストラルの軽いお叱りはその後も少しだけ続き、メディア嬢とトルキネア嬢は大人しく自室へと戻っていった。
「じゃあ、ちゃんと寝てね」
「うん。おやすみなさい」
騒いだことを素直に反省し、夜の反省会は終了する。
「さあ、ルイセイネ。そこで自分も寝たふりをして部屋に残ろうなんて考えずに、戻るわよ」
「ち、違います。寝たふりではないですよ」
ミストラルに悪巧みをあっさり見破られたルイセイネは、慌てて寝台から離れる。
ふふふ。ルイセイネがこんなことをするなんなて珍しい。遠く異国の地へ来て浮かれているのは、僕だけじゃなかったんだね。
「フィオたちも、あまり遊びすぎていると伯に言いつけるわよ?」
ユグラ様を出されて、きゅううと喉を鳴らすフィオリーナ。リームも一緒になって丸くなり、素直に眠る。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「エルネア君、おやすみなさい」
「二人とも、ありがとうね。おやすみなさい」
最初からプリシアちゃんたちを押さえ込める人が同室になれば良かったんじゃないのかな。と思ったけど、よく考えたらプリシアちゃんたちを制御できないのは僕だけかも。
ミストラルとルイセイネはもう手慣れた感じだし、双子王女様もじつはプリシアちゃんのあやし方がうまい。ライラも優しく包容力もあるので、プリシアちゃんは言うことを聞くんだよね。
だけど、僕だとどうしてもアレスちゃんが追加で入ってくるので、制御なんてとても無理です。なんでこんな部屋割りにしたのさ。と今更愚痴りたくなった。
それはともかく。僕はミストラルとルイセイネを見送ると、部屋の明かりを消して、プリシアちゃんと同じ寝台に入って眠りについた。
翌朝。ミストラルに起こされて準備を整えて、領主さんたちと一緒に朝食を食べ終える。そして、いよいよ王都へと出発する時が来た。
朝食のときにメディア嬢とトルキネア嬢が居ないな、と思ったら。すでに領主の館前の広場で、飛竜のお世話をしていた。
竜騎士は、竜の世話全般を行うらしい。メディア嬢たちのような代々竜騎士の家系には、実家に世話係が居たりするそうだけど、出先でも世話をしないといけないからね。そうすると、すべての世話が自分でできないと駄目だからね。
そして昨夜の僕の助言が効いたのか、二人はよく飛竜に話しかけながら丁寧に身体を拭いてあげていた。
対応が一段と良くなったことに、こっそりと飛竜にお礼を言われたのは、彼らの要望もあり内緒です。
メディア嬢とトルキネア嬢はこのまま王都まで随行するということなので、二人のお世話が終わるのを待って出発となった。
その間に暴君が降りてきたので、同じようにお世話してあげると申し出たのに、気持ち悪い、と拒絶されてしまいました。
「それでは、泊めていただきありがとうございました」
領主さんにお礼を言い、僕たち一行は空へ。
暴君がいきなり二体の飛竜を引き離そうと加速するのを叱り、みんなで南下して王都を目指す。
「いよいよだわ」
「エルネア君、気をつけてね」
双子王女様が不吉なことを言ってくる。
きっと、ライラのことに関して気を引き締めてね、という助言に違いない。そうに違いない。そうだよね?
どうも双子王女様がおとなしいのが気になります。いつもなら昨日のような夜は騒ぎを起こしそうなはずなのに、静かに一夜を過ごすなんて。
もしかして。このヨルテニトス王国訪問は、いくつもの問題を
気のせいだよね……
僕たちは、王様のお見舞いをしたら、一目散に竜峰へと戻ろう。
あ。ちなみにお見舞いは、アームアード王国の代表として双子王女様が訪ね、その付き添いという形でライラが同行するということになっている。
だけど、さすがの双子王女様でも勝手に代表としてお見舞いすることはできないらしく、一旦は大使館なる場所に行って、そこに詰めているアームアード王国のお役人さんから正式な使者として認めてもらうんだとか。
お見舞いをするだけなのになんだか複雑で、平民の僕にはよくわからない。学校では、他国の王様へのお見舞いの仕方なんて教えてくれなかったからね。
緊張気味のライラ。おとなしいのが怪しい双子王女様。そして地竜の暴走を止めたという報告と、多頭竜に関する情報。いろいろなものを抱え込み、僕たちはヨルテニトス王国の王都を目指した。
今日は雲が多めだけど、空の上はそれでも快適。流れる景色と心地よい風を楽しみながら南下し続けると、大草原を越えた先に大きな都の影が見え始めた。
いよいよ、ヨルテニトス王国の王都に到着です。
赤と緑で統一された町並みは遠目からも美しく、アームアード王国王都の堅牢質素で無骨な雰囲気とも、副都の木造建築が並ぶ暖かい温もりのなかにも
空から見ると、赤い屋根をした住宅街は建物の高さと色が統一されていて、密集して建っている。だけど、建物と道路の間には必ず緑があり、それが赤と緑の絨毯のように広がって人工的な絶景を作り出していた。
そのなかでちょっと不思議な光景といえば、それなりの規模の邸宅が王都の中心部と郊外に分かれて広がっていることかな。
アームアード王国だと王城や宮殿の周りが貴族や豪商の住む高級住宅街なんだけど。
不思議に思って質問してみたら、ライラが答えてくれた。
「中央の高級住宅街は、伝統的に内政の貴族、郊外が軍務の貴族ですわ。軍務の貴族の多くは竜騎士団所属だったりしますので、広い土地と万が一竜が暴れる場合も想定して郊外と聞いたことがありますわ」
なるほどね。と納得するみんな。
王城で飼われている竜族はそう多くなく、竜騎士で財のある者は郊外に
ライラの説明を受けながら空を進むと、王都の中心にある王城、宮殿がはっきりと見えてきた。
広大な敷地に、宮殿と王城が合わさったような建築物が広がっている。
大きな建物が幾つも敷地内に点在し、その間を回廊が結んでいる。そして敷地の中央には、高さはそこまでないけど立派で大きなお城が建っていた。
街の雰囲気から造りまで、アームアード王国とは違う。「双子の国」と小さな頃から刷り込まれていたので、国や都の雰囲気も一緒だと勘違いしていたよ。
だけど、少し様子に違和感があることに、まずは暴君が気づいた。
『老いぼれの気配が地上からはしないな』
「それってどういう意味?」
何かを警戒してか、暴君が速度を急激に落とす。後ろを飛んでいたメディア嬢とトルキネア嬢の乗る飛竜が追いつき、怪訝そうにこちらを見た。
「どうしたのでしょうか」
不穏な空気を感じ取ったのか、ルイセイネが不安そうに僕を見る。
「ユグラ様が地上にいないってレヴァリアが警戒しているんだよね」
「それはたんに、フィレル王子とどこかで飛んでいるというわけではなくて?」
『違う』
ルイセイネの言葉に、暴君が反応する。
暴君はとうとう前進を止め、王都がもう目と鼻の先という距離で滞空する。
そして、それと同じくして、王都各地から飛竜が飛び上がってきた。
「多いわね……」
ミストラルの呟き通り、数え切れないほどの飛竜が空に舞い上がっていた。
『百近いな』
ぐるる、と警戒に喉を鳴らす暴君。
前方に展開した飛竜騎士団の様子を伺っていると、僕たちの頭上の雲が割れた。
しまった、油断していた! まさか、雲の上を飛行できる竜がいたのか、と焦って見上げる。
だけど、雲の上から現れたのは、ユグラ様だった。
「竜術で一時的に雲の上にいたにゃん」
「むむむ。レヴァリアもニーミアも、それに気づいていたんだね?」
「にゃん」
『気づかない貴様が悪い』
ぐう。言い返せません。
ユグラ様は、飛竜騎士団がこちらに近づく前に接近してくる。
『フィオとリームを預かっておこう』
言ってユグラ様は、子竜を移すように指示する。そしてその背中には、フィレルの姿はなかった。お付きの三人だけが、困ったように騎乗している。
「どういうことですか?」
理解不能な状況に困惑する僕たち。
『我は汝に色々と期待をしておる。試練と思って、まぁ、頑張れ』
「はい!? どういうことですか」
いったい何が起きようとしているんですか。嫌です。変なことに巻き込まれたくはありません。これから何かが起きるなら、せめて助言くらいください。
僕の心の悲鳴はユグラ様には届かなかったのか、フィオリーナとリームを背中に乗せると、また雲の上へと姿を消してしまった。
「エルネア君、いったい何が起きているんですか」
ルイセイネが不安な表情で言う。
「ううん、僕にもわからないんだ。試練がどうとかって言っていたけど……」
「エルネア」
「なに? ミストラル」
「自重しなさいと昨日言ったばかりでしょう」
「えええっ、これって僕のせい!?」
納得できません。
竜心がなく僕とユグラ様の会話内容を知らないみんなは、いかにも全て僕のせいだとばかりに非難の目を向ける。
納得できません。
ぶうっと頬を膨らませていると、王都上空の飛竜騎士団がこちらへと向かって飛んできた。
「出迎えにしては多すぎるわね」
訝しげに飛竜騎士団を見るミストラル。
「どうしよう……?」
こちらが手をこまねいている間にも、どんどんと飛竜騎士団は近づいて来る。
「アレス」
僕よりも早くなにかを判断したミストラルが、アレスちゃんを呼び寄せる。
「エルネアの白剣と霊樹、それとわたしの片手棍とルイセイネの薙刀を預かっておいてくれるかしら」
「かくすかくす」
ミストラルが指定した物は、特殊な武器ばかりだ。霊樹はそのまま大切な物だし、薙刀も霊樹の葉っぱを使って強化されている。白剣と漆黒の片手棍はスレイグスタ老の角と牙からできている。
でも、大切な武器を隠すということは、戦闘はないと判断したのかな?
僕とルイセイネは、アレスちゃんに素直に指定された物を預ける。そしてミストラルが最後に預けると、アレスちゃんは武器もろとも姿を消した。
「良い判断だわ」
「どうせ王城内に入ったら武器を没収されるから、正しい判断だわ」
双子王女様が頷く。ミストラルがそこを考えて特殊な武器を隠したとは思えないけど。
「万が一のためよ。あれを誰かの手に渡すわけにはいかないから。それにアレスに預けていれば、いつでも取り出せるでしょ」
やはりミストラルは、不本意に武器を没収されるような事態を警戒しているみたい。
アレスちゃんが消えて間もなく。僕たちの前面に展開した飛竜騎士団から、数体の飛竜が分かれて近づいてきた。
先頭は、黒く
「メディア、トルキネア、随行のお務めご苦労」
空でもよく通る太い声。
「ジェスタル将軍、こ、これはいったい……?」
黒い飛竜に乗り、黄金の甲冑を着込む男性はジェスタル将軍というらしい。
将軍は、困惑気味に暴君の側を小さく旋回し続けるメディア嬢とトルキネア嬢をみて、柔和に微笑んだ。
「フィレル殿下のご友人であり、巨大な飛竜を操るお方を出迎えるために皆で空に上がっただけだ」
言って将軍は、優しい瞳で僕たち一行を見た。
「エルネア殿で間違いありませんな?」
将軍の言葉に頷く僕。
おお、警戒なんて必要なかったじゃないですか。優しそうな将軍の笑顔に、ほっと気が抜ける。
「王城へご案内いたします。どうぞこのまま私らの後に従っていただきたい」
空でも
だけど僕には使えないので、大きく頷いて同意を示す。
多数の飛竜を前に、喉を鳴らして警戒心むき出しになる暴君をなんとか宥め、転進したジェスタル将軍が
そして僕たちは導かれるまま、王城の広い中庭へと降り立つ。
中庭には、事前に多くの人が詰め掛けていた。兵士が多いのは、念のための警戒だろうか。
出迎えてくれた人たちの先頭には、見たことのある青い鎧を身につけた男性がひとり。
暴君に乗ったまま挨拶をするのは失礼だと思い、背中から降りる。
青い鎧の男性、グレイヴ殿下が詰め掛けた人たちの輪のなかから一歩前に出る。僕も挨拶しようと、歩み寄る。
「貴様か」
グレイヴ様は、飛竜狩りで暴君を見知っているはず。かなり顔を引きつらせながらも、僕を見据えた。
お目にかかれて光栄です、と挨拶しようと口を開きかけたとき。
「この者をひっ捕らえよ! 飛竜狩りを妨害し、数多の死傷者を出した恐ろしい竜を支配する邪悪なる者だ!!」
「えっ!?」
グレイブ様の号令に合わせたように、控えていた兵士たちが一斉に、僕へ槍や剣の切っ先を向ける。
そして、未だに上空で展開していてた飛竜たちが、威嚇の咆哮をあげた。
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