対峙する者たち

 どういうこと!?


 混乱しそうになる頭を必死に抑え込む。

 駄目駄目。ここで頭真っ白になっちゃったら、みんなにも被害が及んでしまう。


 冷静になれ。


 自分に言い聞かせる。


 まず確認しなければいけないのは、飛竜騎士団の将軍様。彼の柔和な笑みは罠だったんだ。僕たちを油断させて、ここへと導くための偽りの微笑み。

 現に、一緒に着地したはずのジェスタル将軍は、僕の背後で厳しい顔つきになり、長剣を抜いて構えている。

 ひどい人です。あの笑顔が偽物だなんて、詐欺師だよ。


 メディア嬢とトルキネア嬢は、潔白なのかな。僕たちと一緒に降り立った二人は、困惑した表情で僕とジェスタル将軍とグレイヴ殿下を順番に見ている。

 あれが演技なら、僕は女の人を信用できなくなるよ。


 次に、自分たちのことについて少し考えてみる。

 暴君に乗ってヨルテニトス王国に行けば、少なからず問題になることは最初からわかっていた。飛竜狩りには飛竜騎士団も参加していて、少なからず暴君の被害を受けているはずだから。

 でもそこは、ユグラ様とフィレルが居れば乗り切れるはず。


 フィレルがこの場にいないか視線を回して確認したけど、見つからない。


 暴君のことをフィレル任せにするのはどうかと自分でも思うけど、これはさしたる問題じゃない。

 僕が暴君をここへ連れて来たかった理由は別にある。そっちが本命だから、暴君がらみの問題は許容範囲内だ。


「何かの誤解です。僕たちはフィレル王子の随伴ずいはんで……」

「黙れっ!」


 まずは誤解を解かなきゃと思ったんだけど、グレイヴ様はこちらの弁明を聞き入れる様子はないみたい。

 鋭い視線をこちらに向けて、僕の喉元に自ら剣先を当てる。


「誤解だわ」

「間違いだわ」


 現状を見かねたのか、双子王女様が暴君の背中から降りてきた。


 ああ、できればみんなには、安全な暴君の背中にいてほしかったな。

 剣や槍で、僕だけじゃなく暴君も威嚇されているけど、暴君にとってはそんな物は脅威じゃない。

 いざとなれば、僕を置いてでもこの場を離れてほしかったんだけど。


 喉元に剣の切っ先を突きつけられて、言葉を発せられない。


「グレイヴ王子殿下、お久しぶりです」

「アームアード王国王女のユフィーリアとニーナです」


 さすがは王城に詰める兵士の人たち。双子王女様の顔を知っているのか、二人には武器を向けない。


「これはこれは。フィレルからお二人のことは聞き及んでいます」


 降り立った双子王女様に優雅にお辞儀をするグレイヴ様。だけど僕の喉元に突きつけている剣先は微動だにしなかった。


「フィレルから聞いていました。この者がお二人を拉致誘拐したと」


 えっ!?


 なんですか、それは。言いがかりにも程がある!


 先に王城へと向かったはずのフィレルは、いったいどうしたんだろう?


 まさか裏切り?

 一瞬だけ黒い感情が芽生えたけど、すぐに拭い去る。そんなはずはない。フィレルが僕たちを裏切るようなことは、彼の性格と将来の夢からしてないと断言できる。そしてこの場にフィレルがいないことをかんがみれば、彼も僕たちと同じように何かしらの思惑に巻き込まれて、身動きが取れない可能性も考えられた。


 それと、グレイヴ様とフィレルは少なくとも接触はしているのがわかる。


 グレイヴ様は、ことさら暴君を見ないようにしていた。怖いんだろうね。暴君が降り立ったときも顔を引きつらせていたし。

 だから、暴君の背中に誰が乗っているかなんて見ていない。


 双子王女様はもちろん、ライラや巫女服を着ているルイセイネさえも認識をしていなかったはず。

 なのに、双子王女様が降りてきてようやくグレイヴ様の視界に入ったときに、彼は驚きも動揺もみせなかった。つまり知っていたんだ。双子王女様が僕と共に居ることを。

 そしてそれを知っていて、伝えたのはフィレルしかいない。


 フィレルがどう伝えて、それがどうなって僕が「誘拐犯」になったのかは不明だけど。


「すでにアームアード王国の大使より、この不届き者の手配書を作らせました」

「ユフィーリア王女殿下、ニーナ王女殿下、ご無事で何よりでございます」


 グレイヴ様に促されて、ひとりの男性が野次馬の輪の中から出てくる。

 野次馬といっても、ここは王城内の中庭。集まっているのは、きっと貴族や国政のお偉い人ばかりなんだろうね。その中でアームアード王国の紋章を胸元に大きくつけた男性は目立つ。


「大使ね」

「これはどういうことかしら?」


 双子王女様は「説明を」と大使に迫る。


 普段の破天荒な雰囲気はなく、王女然とした気品に満ちた姿を見て、ああ、やっぱりこの二人は王女様なんだな、と今の状況を忘れて思ってしまった。


「王女殿下、ここはどうかグレイヴ様に従ってください。あの少年は恐ろしい殺戮竜さつりくりゅうを使役し、多くの勇敢な戦士の命を奪った黒幕なのです。騙されてはなりません」


 大使が双子王女の手を取り、こちらから引き離そうとする。それを、二人は振り払う。


「間違いだわ。レヴァちゃんはいい子よ」

「間違いだわ。エルネア君は私たちの婚約者よ」

「は?」


 野次馬や兵士、大使とそれにグレイヴ様が固まった。


 ああ、フィレルはこのことは伝えてなかったんだね。

 あれ? そもそも、僕と双子王女様のいまの関係をフィレルに話したことがあったっけ。


 とにかく、双子王女様の爆弾発言に場が凍ったのは事実だ。


 ぎぎぎ、と双子王女様の方から僕へ、軋む音が聞こえそうなぎこちない動きで振り返るグレイヴ様。


「き、貴様……」


 グレイヴ様の顔が青くなったり白くなったり、赤くなったり。


「だから、はっきり言うわ。エルネア君もレヴァちゃんも悪い子じゃないわ」

「だから、はっきり言うわ。殿下との縁談話はお断り。私たちはエルネア君と結婚するわ」


 は?


 今度は僕が固まった。


 縁談話? もしかして双子王女様とグレイヴ様の間には、そういった話があったのだろうか。


 そういえば、僕に急接近してきたときに、この双子王女様にもなにか思惑があるんだろうな、とは気づいていた。だけど、僕へ向けてくれる好意は本物で、だからミストラルたちも二人を受け入れた。

 そのときの思惑とは、グレイヴ様との間の縁談話を崩すというものだったのかな。


「き、貴様っ。平民の分際で、国にあだなすような暗躍あんやくだけではなく、王女をたぶらかしたか!」


 グレイヴ様は最後に顔を真っ赤にし、握る剣の手に力を込めた。


「おやめくださいですわっ!」


 剣の切っ先が喉に食い込みそうになったとき。今度はライラが暴君の背中から飛び降りてきて、僕とグレイヴ様の間に割り込んだ。


「なっ!?」


 ライラを認識し、動きが止まるグレイヴ様。


「エルネア様を傷つけるようなことをすれば、ただではすみませんわ!」


 強い意志でグレイヴ様を睨むライラ。


「な、なぜ貴様が……」


 グレイヴ様は言葉を詰まらせて、一歩下退がってしまう。

それで、僕の喉に食い込みそうになっていた剣のきっさきも、喉から離れた。


「殿下、彼女はライラと申します。僕の大切な家族のひとりです。突然前に出た非礼をお許しください」


 何を動揺しているんですか。彼女は僕たちの大切な家族のライラ。けっしてヨルテニトス王国の王女様なんかじゃありません。やましいことに心当たりがないのなら、堂々と対面すればいいじゃないですか。と言ってやりたい気持ちをぐっとこらえる。


 だけど、僕は視線でグレイヴ様に訴えかけた。


 こちらは色々と知っていますよ?


 僕の強い視線の意味を理解したのか、グレイヴ王子の真っ赤だった顔から血の気が見る間に引いていく。

 そして、グレイヴ様が退がったことで剣先が喉を離れ、ようやく身動きがとれるだけの余裕ができた僕は、ライラの手を取って傍に寄せた。


 グレイヴ様は今やっとライラを認識し、さらに僕の視線の意味を理解して戸惑っているけど、野次馬の一部や暴君に武器を向けていた兵士たちは、とっくにライラのことは気づいていて、顔を引きつらせていましたよ。


「え、ええいっ。これは全てなにかの間違いだっ! 皆の者、こいつらをひっ捕らえよ!!」


 グレイヴ様が錯乱さくらんして叫ぶ。


「お、お待ちください。王女殿下は関係ないはずでございます」


 アームアード王国の大使が慌ててグレイヴ様に詰め寄る。


「私を捕らえるの?」

「王女を捕らえるの?」


 双子王女様がずずいっと前に出る。


「わたくしはアームアード王国大神殿の戦巫女いくさみこ、ルイセイネと申します。神職の者として断言させていただきます。エルネア君はなにも企てていませんし、全てが誤解です」


 ルイセイネが暴君の背中から降りてきた。


「竜峰に住む竜人族の代表として言わせてもらうわ。エルネアと飛竜のレヴァリアはなにも悪いことはしていない」


 ミストラルがプリシアちゃんを抱きかかえて降りてくる。抱きかかえているというか、興味津々で周りを見回しているプリシアちゃんが暴れないように押さえているんじゃないかな。


 ニーミアはプリシアちゃんの頭の上で、呑気に欠伸をしていた。

 こらこら、いざとなったらニーミアにも協力してもらうんだからね。


「にゃあ」


 場に相応しくない可愛い鳴き声が憎らしいね、まったくもう。


「みんなには安全なレヴァリアの背中に乗っていて欲しかったんだけどなぁ」

「なにを言っているの。貴方が危険な目にあっているときに傍観しているような者は、このなかには居ないわよ」


 武器を向ける兵士なんて全く脅威に感じていないように微笑むミストラル。


「全ては誤解です。話し合いの場をいただけないでしょうか」


 ルイセイネも場の雰囲気に物怖じせずに微笑み、グレイヴ様に提案する。


 巫女装束の者は間違いなく巫女。偽者などという不届き者は人族にはいない。そして、巫女様や聖職者は嘘を言ったりしない。それくらい人族には信頼される存在なんだ。その巫女であるルイセイネが僕の身の潔白を訴えて、中庭の人たちに動揺が広がる。


「どういうことだ?」

「フィレル殿下をたぶらかした極悪人を罠に嵌めて捕らえると聞いて見に来たというのに……」

「竜人族だと?」

「ユフィーリア様とニーナ様はいったいどうされたのだ」


 困惑した声が四方から漏れ聞こえてくる。

 兵士の人たちも、どうして良いものか困った雰囲気。


 しまいにはグレイヴ様まで。


「は、話が違う……」


 顔面蒼白になり、及び腰で後退あとじさった。


 話が違う? どういう意味だろう。

 深く考える前に、取り囲む兵士たちを割って、また新たな人物が現れた。


「ええい、何をしているのだ! この者は残虐な竜の支配者で間違いない。さっさと飛竜から引き離し、捕まえよ!!」


 貧相で、顔色の悪い痩躯そうくな老人。だけど身につけている衣服は鎧を身にまとっているグレイヴ様を除く者たちのなかで最も豪奢ごうしゃで、手には立派な杖を手にしている。


「さ、宰相。しかしだな……」


 何かを言おうとしたグレイヴ様を押しのけ、老人は僕に杖の先を向けた。


「フィレル殿下を騙し、王女をたぶらかし、さらには巫女や竜人族などという偽物まで準備するような極悪人だ。騙されるでない!!」


 宰相と呼ばれた老人は、見た目からは想像もつかないような覇気のこもった声で叫び、兵士たちに僕らを捕縛するように命令する。


「お、王女と巫女と子供は丁重に」


 宰相の覇気に当てられつつも、なんとかグレイヴ様はそれだけを言い渡す。


 双子王女様への対応は野次馬の前ではおろそかにできないし、ルイセイネが本物か偽物かなんて、宰相に怒鳴られたからといってこの場では安易に判断はできない。

 神職の者は、国のお偉いさんでも裁くことのできない身分で、勝手にちょっかいを出せば神殿との揉め事になる可能性もあるんだ。


「こ、この方はどうすれば……」


 命令されても、ライラを見て動揺の隠せない兵士たち。


「亡霊も例外なく捕えよ!!」


 亡霊、という言葉に僕たちは一瞬だけ怒りを覚える。だけどここは穏便に。少なくともこちらが騒ぎ立てなければ、向こうも手荒な態度に出る様子はない。


 捕縛されるのは不本意だけど、荒事にはしたくない。今は話しあえる雰囲気ではないので、落ち着いた時間がほしかった。逃げるという選択しもあるけど、逃げると罪を認めたと捉えられるかも。なら、ここは身の安全を確保しつつ、わざと捕まるのも手なのかな。


 捕まった際の全員の安全を一度想定してみて、大丈夫と確信を持つ。そしてこの場は素直に従っておいた方が良いという判断をして、みんなに目配せをして抑えてもらった。


 僕たちに抵抗がないと判断した兵士の人たちが動き出す。


 だけど、そこで問題が起きた。


 暴君に鎖をかけて捕縛しようとした瞬間。

 暴君が恐ろしい咆哮をあげて荒々しく飛び立った。

 兵士の人たちは恐れおののき、尻餅をついたり逃げ出したり。なかには失神をしてしまった人もいる。


『老ぼれと合流しておく』


 暴君は一気に空へと上昇する。


 だけど上空には飛竜騎士団が!


 なんて心配はいらない。暴君が威嚇のこもった咆哮をもう一度あげると、飛竜たちも恐怖で逃げ惑い、暴君は容易くこの場から逃げ去ることに成功した。


 暴君恐るべし。

 竜峰のすべての者が恐れ、現れれば逃げるしかないと言わしめた存在なだけはある。


「何をしている。あの竜を呼び戻し、大人しく捕縛されるように命じろ!」


 青筋を立てて叫ぶ宰相に僕は言う。


「フィレル殿下より伝わっていないでしょうか。殿下の乗る翼竜も僕たちが乗ってきた飛竜も、使役しているわけじゃありません。竜族の好意で背中に乗せてもらっているだけなので、命令なんてできませんし、聞いてくれませんよ」


 僕の言葉に恐ろしい形相で睨み返す宰相様。だけど、それ以上は何も言わず、僕たちも抵抗することなく兵士の人にされるがまま捕まった。

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