牢獄生活

「ごめんね、ミストラル」

「ふふふ、なにを謝っているの?」

「だって、僕のせいでこんなことになっちゃって……」

「お馬鹿さん。これは貴方のせいではないでしょう。誰も被害を受けていないのだし、貴方が謝る必要はないのよ」

「でもさ」

「あのね。荒事で問題を解決するのはとても簡単よ。力を持つ貴方やわたしならね。だけど、エルネアはそれを望まない。それは貴方の魅力でもあり、わたしたちも共感できることなの。だから、いまのままで良いのよ」

「うん。ミストラルにそう言ってもらえると助かるよ」

「ふふふ。他の誰かが言ったら助からないのかしら?」

「ううっ。そんなことはないよ」


 ミストラルと呑気に会話をしているけど、ここは王城地下の牢獄ろうごく。中庭で捕まった僕たち一行は、それぞれの身分で分断されていた。そのなかで、平民の僕と正体不明のミストラルだけは王城地下へと連行されてきた。


 僕はともかく、ミストラルまで牢屋に連れてこられたのは申し訳なく思ってしまう。


 ミストラル自身は竜人族だと名乗ったけど、それを人族が看破できるわけない。証明する品もないので、なにを戯言ざれごとを、という扱いで牢獄に連行されてしまったんだ。


 地下牢といえば、じめじめとして汚物と埃に塗れた薄暗く汚い場所、という先入観があった。だけど、さすがは王城地下の牢獄。石畳の床は綺麗だし、鋼鉄製の鉄格子てつごうしにはさびもない。牢獄のひとつひとつには狭いながらも寝台があるし、御手洗も付いている。仕切りがないから丸見えだけど。牢獄の広さは、正直に言うと実家の僕の部屋よりも大きかったりする。

 これで食事も美味しかったら、ここで生活するのは苦じゃないかな、とも思えてしまうよ。


 ……いやいや、みんなに会えないのは嫌だ。だから早くここを出たい。


 僕の居る牢屋とミストラルの囚われている牢屋とは、廊下を挟んで対面に位置する。地下にはずらりと牢屋が並んでいるけど、使われているのは僕とミストラルの入っている牢屋だけみたいだね。


 そして牢屋のなかの僕たちは、手足の自由を奪われることもなく、荷物を取られただけの格好で囚われていた。


 牢屋のなかには光源がないんだけど、廊下は光の魔晶石で絶えず照らされている。それが、壁のない鉄格子だけの仕切りから十分な明かりとして牢屋のなかに入ってきていて、不自由はない。


 ちょっと拍子抜け。


 もっと物々しい牢獄に囚われて、覆面をしたいかつい男の人が「ぐへへ拷問だ」なんて舌なめずりをする場面を想像していたんだけど。

 ……望んでいるわけではありません。あくまでも想像です。そして、そんなことになったら、問答無用で実力行使をしてますからね!


 誰にともなく心のなかで言い訳をしたら、にゃあと子猫の鳴き声が聞こえてきた。


 ひたひたと、地下牢が並ぶ廊下を子猫が歩いてくる。


 愛くるしい丸い瞳。頭にはふっくらとした帽子をかぶり、飛竜の仮装をした毛先が薄桃色の可愛い子猫。身体の倍くらい長い尻尾を可愛く振って、僕たち目指して歩いてくる。


「やあ、ニーミア。早かったね」

「にゃん」


 子猫、もといニーミアは、鉄格子の隙間を簡単にくぐり抜け、僕の胸に飛び跳ねてきた。


「ぺったんこにゃん」

「いやいやいや。僕は双子王女やライラとは違うからね」

「エルネア?」

「ミ、ミストラルさん。なんでそんなに険しい顔になるんですか!?」

「ミストラルはきっとこれからにゃん。諦めるにゃん」

「ニーミア、あとで覚えておきなさいね」

「んにゃん。牢屋から出たくないにゃん」

「いや、君は囚われていないでしょう……」


 ニーミアはふるふると怯えたように頭を振ったあと、僕の肩をよじ登って定位置についた。


「それで、外の様子はどうなっているの?」


 僕の頭の上で寛ぐニーミアに質問する。


「頑張って偵察してきたにゃん」


 王城地下の牢獄。

 さっきからミストラルと呑気に話したり、子猫のふりをしたニーミアが簡単に侵入できて、あまつさえ人の言葉を話している状況。


 おいおいおい、看守はどうした! 見張りの兵士や取り調べをする怖い人は居ないのか。なんて思っちゃいけない。

 牢屋に入れられて早々。ミストラルが竜術で周囲の人たちをことごとく昏倒こんとうさせていったのは内緒です。


「恐ろしいにゃん」


 ニーミアがもう一度、僕の頭の上でふるふると頭を振った。


「それで、状況は?」


 反対側の牢屋から、ミストラルが聞いてくる。


「ルイセイネお姉ちゃんとプリシアは同じ部屋に居るにゃん。同じ服の人が保護してるにゃん」


 王城に詰めている巫女様か、ヨルテニトス王国王都の大神殿から派遣された巫女様がルイセイネを保護しているのかな。プリシアちゃんも子供ということで害はないと判断し、ルイセイネに預けられているに違いない。


 プリシアちゃんの正体は絶対に露見させないように、みんなで注意している。ルイセイネのことだ。きっと大丈夫だね。


「ユフィとニーナお姉ちゃんは、豪華な部屋にいるにゃん」


 双子王女様は、王女としての待遇をされているんだろうね。まぁ、それは当たり前か。なにせ、あの二人は僕が拉致誘拐をしたことになっていて、被害者扱いなんだから。


 それにしても、とまた思う。


 あの双子王女様とグレイヴ様の間に縁談話があったなんてね。


 双子王女様の態度や雰囲気からして、二人にはその気が全くないらしく見えるけど、グレイヴ様は明らかに二人を意識していたと思う。


 そういえば、離宮で初めて双子王女様に会ったとき。というか初めて天国のような地獄を味わったとき。グレイヴ様が恐ろしい形相で僕を睨んでいたね。あれはまさか、意中の二人が僕へと関心を示していたことに嫉妬でもしていたのだろうか。

 ふふふ。それなら、思いもしないところで僕はグレイヴ様をやり込めていたことになるんだ。なんだか気分が良いですね。


「エルネアお兄ちゃんが暗黒面に堕ちるにゃん」

「こら。なんてことを言うんだい」

「ふたりとも。わたしのわからない会話をしないでちょうだい」

「はい。ごめんなさい」

「にゃん」


 いつものように思考と言葉を混ぜた会話をすると、いつものようにミストラルに怒られた。


「それで、ライラの様子はどうだった?」

「にゃあ」


 ニーミアはなにも心配事はないという様子で鳴いた。


「ライラお姉ちゃんは、汚い部屋に監禁されてるにゃん」


 むむむ。汚い部屋ですと?


「寝るところが壊れているにゃん。お部屋は掃除されてるけど、家具が何もないにゃん。埃はないけど、空気が淀んだ汚い部屋にゃん。でも元気にしてるにゃん。」

「それってもしかして。王女様が使っていた部屋なのかな……?」


 ライラはそこに閉じ込められたのか。

 胸が急に苦しくなる。


「大丈夫にゃん。お姉ちゃんは元気にゃん。エルネアお兄ちゃんが来るのを楽しみに待っていたにゃん」

「うん。僕たちも早く状況を把握して、ライラを救出しよう」

「んにゃん。がんばるにゃん」


 ニーミアが珍しくやる気です。


「それじやあ、フィレルがどうなっているかは調べてきてくれた?」


 中庭での騒動のとき。


 実力行使で場を制圧するのは、実は簡単だった。でも、それではなにも解決しない。そもそも暴君を連れてくる時点で、多少の揉め事は覚悟していた。それでも連れてきたかったんだ。そして万が一に揉めても、切羽詰まった状況になるまでは穏便に、とみんなで申し合わせていた。


 武器を突きつけられた状況? そんなのは空間跳躍を使えば脅威でも何でもありません。


 そして、荒事禁止、今は穏便に、という方針でとりあえず捕まったときに、ニーミアに心のなかで色々とお願いをしていた。その手始めがライラの守護とみんなの状況確認。万が一ライラが何らかの危機に陥った場合は、大きくなって強引にでも救出してもらう手筈になっていた。そのときは僕も悠長に構えずに、実力行使に移る覚悟もある。


 そして、みんなの状況確認のなかに、フィレルも含まれていた。


 中庭に姿を現さなかったフィレル。ユグラ様の背中にも居なかった。だけどグレイヴ様とは少なくとも接触し、僕たちのことを何かしら伝えたはずだ。だからこそあの中庭での待ち伏せがあったんだから。


「王子様は、豪華な部屋に監禁されているにゃん」


 むむむ。それは自室で囚われているということかな。


「たぶんそうにゃん。入り口に怖い人がたくさん立っていて、王子様は外に出られないにゃん」


 フィレルが監禁されている。それはつまり、彼が僕たちの捕縛に関与していないことを意味すると思う。

 きっと、王様のお見舞いに戻り、僕たちのことをグレイヴ様に伝えたんだ。その際にグレイヴ様は僕を捕まえる算段をし、邪魔をされないようにフィレルを監禁したんじゃないのかな。


「そんな感じにゃん。王子様が言っていたにゃん」

「ああ、お話しもしてきたんだね」

「にゃん。王子様は謝っていたにゃん。きっと助けに行くから待っていてと言っていたにゃん」


 その心遣いだけで十分です。


「他にはなにか見てきた?」


 僕の質問に、ニーミアは尻尾を振って考え込む。


「よくわからないにゃん。ただ、嫌な気配がするにゃん」

「嫌な気配?」


 なんだろう、と思ったらミストラルがこほんと咳をした。


「エルネア、自重しなさい」

「うっ……」

「ニーミアも変なことを教えないの」

「その言い方だと、ミストラルもなにか気づいたことがあるんだね?」

「エルネア?」

「ううう。だって気になるじゃないか」

「気になるからといって、なんにでも首を突っ込まないの」

「それはそうなんだけど……」


 ミストラルの言い分はよくわかります。だけど僕、気になります!


「エルネア、わたしたちがここに来た目的はなに?」

「王様のお見舞い!」

「そう。それじゃあ、それ以外のことには首を突っ込まないこと」


 僕たちが中庭で暴れずにこうして大人しく捕まっているのは、どうにかして王様のお見舞いをしたいから。あとはついでに、地竜の騒動の報告と助言を国の人に伝えられたらと思っていたんだけど。


「でもそれはきっと無理にゃん」

「むむむ。どういうこと?」

「エルネアお兄ちゃんを牢屋から出したら絶対に駄目と青い王子様が言ってたにゃん」

「ぐぬぬ」

「考えてもみなさい」


 ミストラルが言う。


「貴方を解放すれば、あの王子がわたしたちを捕まえるためについた嘘が露見するでしょう。それにあの王子は、ユフィとニーナと結婚したいのよね。それなら、貴方を解放してしまっては二人に逃げられるじゃない」

「じゃあ、僕はこのままずっと牢獄生活で、双子王女は無理やり縁談話を進められちゃうとかかな?」

「普通に考えればね」

「それは困った……」


 ライラのことも心配だけど、双子王女様のことも気がかりになってきたよ。


「そうすると、このままここにいても弁明の機会なんてなくて、ずっと囚われたままになるのかな?」

「その可能性が高いわね」

「……なら、素直に囚われた意味はないんだね」


 僕の判断と行動は間違っていたのかな。

 しゅんと項垂うなだれる僕。

 ニーミアがよしよしと頭を撫でてくれる。


「ふふふ、そんなことはないわよ」


 ミストラルは励ますように微笑んでくれた。


「あの中庭の状況で、ゆっくり相談はできなかったでしょう。ここに連れてこられたから、じっくり状況確認をして今後の方針を決められるんじゃない」

「そうかな?」


 僕がもっとしっかりしていれば、そもそも罠にかからなかったような?


「お母さんでも失敗するときはあるにゃん。完璧なんて無理にゃん」

「そうか。アシェルさんでもそうなんだね」

「そうよ。おきなでさえも間違えるときはあるから。なんでも完璧は無理。それなら、どう挽回するかが大切なのよ」

「うん。そうだね」


 ちょっと元気が出てきました。


「それで。これからどうするか決断したかしら?」

「ええっとね……」

「この国の問題に首を突っ込むのは禁止ね」

「うっ」


 なにかを言う前に、釘を刺されました。


「そうだなぁ。ここにいても弁明できなくて埒があかないのなら、出ちゃおうか?」

「出てどうするの?」

「みんなと合流して、お見舞いをして帰る?」

「疑問系じゃなくて断定させなさい」

「はい……」

「でも、お城にはいっぱい人がいたにゃん」

「そうだね」


 王城には警備兵や近衛兵、その他大勢のお偉い様がいる。抜け出して見つかれば、結局は揉め事になるか、また囚われの身になってしまう。


 でもね。


「ニーミア。君はどうやってみんなの様子を見てきたり、厳重な警備で監禁されているフィレルに会ってきたのかな?」

「んにゃん。竜術で気配と姿を消して移動してきたにゃん」

「はい。それ決定!」


 みんなでニーミアの竜術で隠れて行動しましょう。そして、さくっとお見舞いをして、ちょっと用事を済ませて竜峰へ帰ります。


「ちょっと用事が怪しいにゃん」

「ち、ちがうよ。変なことに首を突っ込むとかそういうのじゃないよ」

「エルネア?」

「ミストラル、誤解だよ。断片的な会話内容で勘違いしているだけだよ」

「本当かしら」

「本当です」

「嘘にゃん」

「こらっ、ニーミア」

「エルネア、自重しなさい」

「ぐう。はい」


 なにはともあれ、方針が決まり、手段も決まった。それなら、もうこの牢屋に用はないんです。


「それじゃあ、これからのことも決めたことだし、出ちゃおうか」

「そうね」


 僕とミストラルは頷きあい。

 僕は空間跳躍で鉄格子を素通りして廊下へ。ミストラルは鉄格子をねじり曲げて、難なく廊下へと出てきた。


 ……そこは乙女らしく、僕の救出を待ってほしかったなぁ。


「さあ、行きましょうか」


 にっこりと微笑んだミストラルは、僕の手を取って歩き出した。

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