夜営訓練はお一人様
結局、僕は日が暮れるまで竜剣舞の稽古を行い、家に帰宅した。
「あんた、ちゃんと準備できてるの」
母さんの不安はわかる。だって次の日から初めての夜営訓練だというのに、僕は日が暮れるまで竜の森へと行っていたんだからね。
でも大丈夫。必要なものはミストラルさんが揃えてくれていた。食料なども自分が緊急用で常備していたものから出してくれていたので、お金もかからず大いに助かったよ。
僕は、ミストラルさんが纏めてくれた背負い袋を確認して、就寝する。
色々な事が一変に起きて大変な一日だった。
僕は布団に入ると、すぐに寝入ってしまった。
翌朝。陽が昇る前。母さんに起こされ僕は起床する。
食事をしっかり摂って、遺跡へと向かった。
遺跡調査は現地集合なんだよね。
僕は必要なもの一式が入って重い背負い袋をしっかりと背負い、先を急ぐ。
毎日竜の森へと通い、不本意ではあるけど魔獣によく襲われて逃げ回っていたお陰で、僕は随分と体力がついていた。
集合場所に到着すると、すでに何組かの同級生徒たちが居た。
なんと、その内の一組は前日からすでに遺跡前で夜営していたらしい。
気合い入りすぎだよ。
おひとり様の僕が手持ちぶたさで待っていると、続々と他の生徒たちも到着して、遺跡前の集合場所は賑やかになる。
「時間だ、点呼を取る」
頃合いを見て、教師が号令を出す。
出欠を取り、忘れ物がないか確認をする。
点呼が終わって注意事項の説明が終わると、いよいよ遺跡内に出発だ。
夜営の訓練は、もちろん夜に行う。でもそれまでは、遺跡内をそれぞれで作った組みに分かれて探索するんだ。
順番に、間隔をあけて遺跡内に入っていく同級生徒たち。
ちなみに、第一陣はリステアたち勇者組だった。
僕のようなおひとり様は後半に入る。
後半に纏めておひとり様を入れて、あわよくばここで仲間になれよ、という教師たちの思惑が見え見えだ。
待っていると順番が来て、僕のようなおひとり様組の番になる。
冒険をしようと思わず、一年間を近隣の町や村で過ごそうと思っている人は、基本おひとり様。
誰かと組んでも、日雇いの仕事は個人で見つけないといけないしね。
移動先までは、商隊なんかにお金を渡して同行させて貰えばいい。
僕はおひとり様連中を見渡す。
同級生徒の三分の一くらいはおひとり様だった。
ただ、その中に巫女のルイセイネを見つけて驚く。
ルイセイネは、同じく巫女のイネアと一緒に潜るんじゃなかったのかな。
同級生徒の女子の中では、僕はよくルイセイネとは話す方だと思う。
他の女子は僕のことを阿呆の子と完全に思っているのか、当たり障りのない話しかしてくれないんだよね。
その点ルイセイネは、冗談を言ったりできる数少ない異性の友達だった。
ルイセイネとたまたま目があったので、聞いてみる。
「じつは、独りぼっちになってしまったんです」
困った様に微笑むルイセイネ。
ルイセイネは美人さんだった。
翠色のふわりとした髪は、巫女らしく長い。お尻の先まであるんじゃないのかな。
巫女独特の服装のせいで身体の輪郭は分かりづらいけど、おっぱいは無いね。
美人さんは、ミストラルさんもだけどおっぱいが無い人が多いような気がする。
「どこを見ていらっしゃるのですか」
ルイセイネのじと目に、僕は慌てて胸から視線を逸らし、話の続きを促した。
「イネアは最近、リステア君たちとよく行動するようになったんです」
ルイセイネは少し寂しそうだった。
「もも、もしかして、リステアの新しいお嫁さん候補……」
恐るべし勇者様。まさか、二人目の巫女様にまで手を出してくるとは。
確かにイネアはリステア好みの可愛さだったけど、すでに巫女のキーリがお嫁さん候補に居たんだ。
それがまさか、更に手を伸ばしてくるとは。
勇者様、やりすぎです。
苦笑する僕に、ルイセイネも笑っていた。
僕とルイセイネの会話に聞き耳を立てていた他のおひとり様も、みんな驚いていたよ。
そうこうしているうちに順番が巡ってきた僕たちは遺跡に入り、最初の大広間まで来ていた。
ここからは、みんな違う方向へと向かう予定だ。
大広間には沢山の通路があり、そこから先は遺跡内の色々な場所に通じていた。
僕は適当に通路を選び、進む。
こんなところで道選びに迷う人なんて居なく、みんなは思い思いの通路に分かれて進んでいった。
ルイセイネはもしかしたら僕と同じ方の通路に来てくれるかな、と密かに期待したけど、思うようにはいかないもんだ。
ルイセイネは別の通路を選んで行ってしまった。
この遺跡は、深部まで潜ると結構複雑に入り組んでるらしい。
建国前から遺跡は存在していて、遙か昔に栄えた種族のものではないかと云われていた。
地下は十層だけど、奥行きがとにかく広く、階層によっては迷宮化していた。
何十年か前までは地上部分も三階分あったらしいけど、飛竜が襲来して破壊されたらしい。
たまに飛竜が北の飛竜の狩場から離れて、王都に襲来することがあるんだよね。
襲来する度に、王都では大変な騒ぎになり犠牲者もいっぱいでるから怖いんだ。
さて、遺跡内。広いけど僕たちのような素人が探索しても大丈夫なように、安全は確保されている。
遺跡内全体の地図は作られているし、所々に印がしてあって、印と照らし合わせれば地図上で自分が今どこに居るのかもわかるから迷子になることもない。
でも、たまに低級な魔物が出るんだよね。
だから、警戒を怠るわけにはいかなかった。
今回の夜営訓練は、日中は遺跡内をうろうろと彷徨い、たまに出た魔物を自分たちで倒す。夜になったら持ち寄った道具と食料で自炊をし、交代で見張りをたてながら過ごしましょう。といった趣旨の訓練だった。
でもだからと言って、素直に一日中歩き回る必要もないよね。
僕は適当な小部屋を見つけると、そこに荷物を降ろす。
せっかく時間が沢山あるんだから、修行をしようと思う。
僕は早速座り込み、瞑想を始めた。
近頃では、苔の広場の外でも竜脈を感じ取れるようになってきていた。
「エルネアの瞑想は、見ていると不思議な感じがしてきます」
前にクリーシオが僕の瞑想を見てそう言っていた。
クリーシオは、呪力は感じ取れても竜脈は感じられないからね。僕が竜脈を感じている姿に何か違うものを感じたんだと思う。
僕は深い瞑想に入り込むと、何だか意識が体から離れて竜脈のもとへ泳いで行ってる感覚になるんだ。
そして、あたかも目の前に本物の大河があるように見えてくる。
大河は濁流で恐ろしく見えて怖いんだけど、近づいて竜脈を汲み取ろうとすると、実は勢いは強くても暖かく優しい流れなんだと矛盾を感じる。
昨日ミストラルさんに教えてもらったんだけど、魔獣はこの竜脈の中に実体の体ごと潜り移動できるんだとか。
だから、竜脈の流れを見極める力をつければ、僕にも遁甲した魔獣なんかを見つけられるようになるらしい。
極められるのはまだまだ先だろうけどね。
僕は途中途中休憩を挟みながら、瞑想を続けた。
苔の広場の外で瞑想を始めた当初、竜脈をなかなか感じられず、目を閉じているせいでよく眠くなっていたけど、今ではそんなことはなくなっていた。
遺跡は地下なので、太陽の光は届かない。
石壁に囲まれた小部屋は携帯用照明の出す淡い光だけが光源で、小部屋の外は真っ暗だ。
大きな通路なんかには絶えず輝く光属性の魔晶石が設置されていたりするけど、僕の居る場所の周囲には手元の携帯用照明しか光源はなかった。
だから、通路の先で騒ぎが起きた時、僕は慌てて携帯用照明を持って小部屋から飛び出したんだ。
突然、激しい物音が通路の先から響いてきた。
続いて、怒声や悲鳴が遺跡内に響く。
僕は咄嗟に瞑想を切り上げ、携帯用照明を持って、小部屋を飛び出した。
だけど、細い通路に飛び出したものの、照明が照らし出す範囲でしか状況がわからない。
少し離れた通路、僕の居る通路とは別の所で騒ぎが起きているらしい。悲鳴や怒号が石壁を越えて聞こえてきた。
「逃げろ!!」
「奥に逃げろ!」
男子生徒の声と喧騒が聞こえる。
ただ事じゃない。
魔物程度なら、騒ぎになっても、慌てふためいた声で逃げるように叫ばないはず。
なんだろう。
不安で全身が緊張する。
駄目だ、携帯用照明程度じゃ先の様子が伺えない。
僕は躊躇いなく照明の明かりを消す。
そして意識を深くし、竜脈を感じ取る。
竜脈から必要な分を汲み取り竜気となし、瞳に流し込んだ。
真っ暗なはずの遺跡内が、薄っすらと見えてきた。
よし、竜気を扱えている。
僕は急いで荷物をまとめると、怒号が飛び交う場所に向かって駆け出した。
本当なら、僕も大事をとって逃げた方がいいのかもしれない。でも、いつもの勘が僕を何故か騒動の場所へと向かわせていた。
いくつか通路を曲がり、枝分かれした分岐を人の気配のする方へと向かって駆ける。
次第に喧騒は近くなり、角を曲がった先で同級生徒のもつ携帯用照明の揺れる灯りが見えた。
灯りの中へ駆け込む僕。
照明が照らす灯りの外から僕が突然現れて、女子生徒が悲鳴をあげた。
「どうしたの!?」
僕は女子生徒の肩をゆすり、状況確認をしようとする。
「エルネアか。馬鹿、早く逃げろ!」
だけど他の男子生徒が僕を押し、僕が来た方の通路の先へと走っていく。
女子生徒も慌てて逃げ出した。
「逃げろ逃げろ!」
通路には他にも三人の生徒が居たが、一様に恐怖を顔に貼り付け、一目散に逃げていく。
僕も仕方なく、みんなと一緒に逃げ出した。
竜気を使った瞳はすでに効力が切れていて、生徒たちが持つ携帯用照明が照らす先の闇は伺い知ることはできなかった。
魔獣にいつも追われていたせいかな。みんなが恐慌状態で逃げているのに、僕はやけに冷静だった。
それに、逃げろと言う割には何かに追われているような気配がしない。
とにかく僕は他の同級生徒たちと一緒になって、遺跡内を奥へと逃げた。
途中、他の生徒と鉢合わせすると、有無を言わさず一緒に逃げるように促す。
騒ぎは遺跡内に響いていて、何事かと近づいてきた生徒を巻き込み、気づけば十人を超える生徒で逃げていた。
沢山の角を曲がり、幾つかの大広間を抜けて。
扉の付いた部屋へと僕たちは逃げ込んだ。
全員が部屋に逃げ込んだのを確認して、扉を閉める。
部屋に入って気が抜けたのか、女子生徒が泣き出した。
まだ元気な僕を含めた男子生徒は、部屋にあった古びた椅子や机で扉が開かないように固定する。
何が何だかわからない状況だけど、僕は流れでみんなに合わせて動いていた。
そして、少し経って息も落ち着き始めた頃に、逃げろと合唱していた男子生徒に状況を聞く。
男子生徒はキジルムだった。
ははは、騒がしくて誰だか気付かなかったよ。
「いったい何があったの」
キジルムはリステアに剣の稽古をつけてもらっているひとりだ。腕前も同級生徒の中では上位に入る。
その彼が慌てて逃げろと言う状況だったんだ。普通じゃないことはわかった。
「そ、それがよくわからねえんだよ」
ギジルムはまだ興奮状態だったので、水筒から水を汲んで渡す。
一気に飲み干したキジルムは、一度深い呼吸をして、当時の状況を教えてくれた。
「俺たちは適当に遺跡内をふらついていたんだ。そしたら教師に出くわしたんだけどよ。そこからは教師と話しながらやっぱり遺跡内を移動してたんだ」
教師や護衛の王国騎士は、三日間遺跡内を移動しながら散らばった生徒たちに危険がないか監視をしているんだ。
その内のひとりの教師に会ったんだろうね。
「話しながら移動していたら。そうしたら、入り口の方から奴らが現れたんだ」
何かを思い出したのか、キジルムは顔面蒼白になって震えだした。
「あれは魔剣だよ。間違いねえ。見ただけで不気味さがすぐにわかった……」
魔剣だって!?
僕は驚く。
魔剣。
魔族が魔力を練り込み鍛え上げた呪われた武器。魔族が魔族の為に鍛えた武器なので、他の種族が手にすると呪われてしまう。
中でもたちが悪いのは、持った人を魅了して魔剣使いにしてしまう類の呪いだった。
これに呪われると、理性を失って殺戮を行うようになってしまう。
「魔剣だなんて、それじゃあ前みたいに魔族が来たの?」
僕も震えあがる。
いくら竜の森の守護竜のもとで日々鍛錬を行っているとはいっても、実戦経験はない。
昨日ミストラルさんと稽古はしたけど、もしも襲われたとして、いきなり実戦は無理だと思った。
それに、今日腰に下げている剣は、遺跡に入る前に教師に借り受けた中剣で、使い慣れていないしね。
「いや……あれは魔剣使いだ。呪われた人族だよ」
震えた声で、キジルムは言った。
「そ、そんな……」
僕だけでなく、周りで話を聞いていた他の生徒たちも絶句してしまう。
それでは、魔剣に呪われた人が殺戮をしようと遺跡内に入ってきたのか!?
「き、教師とルイセイネが立ち向かっていったけど、あれは無理だよ。二人で五人相手なんて……」
「なっ……!」
なんということだ。只でさえ危険な魔剣使いが五人だなんて!
異常事態じゃないか!
それに、ルイセイネと教師が二人だけで対応しているなんて、絶望的すぎる。
生徒たちが恐慌状態で逃げ出すのがわかったよ。
「そ、それでルイセイネたちはどうなったの」
僕は恐る恐る先を聞いた。
「教師は、囲まれて斬られたのを見たよ。ルイセイネは、通路を塞ぐように結界を張っていたけど、今はもうどうなっているか……」
そこまで言って、もう思い出したくないと頭を抱えてうずくまるキジルム。
きっと魔剣使いの持つ不気味な魔剣と、教師が目の前で斬られた光景を思い出して、恐怖してるんだろうね。
僕も魔獣によく襲われていたので、状況は違うけど恐れる気持ちはわかった。
でも、僕はこうしちゃいられない。
ルイセイネのことが気がかりだった。
彼女は通路を結界で塞ぎ、他の生徒が逃げる時間稼ぎをしたに違いない。
でも、結界も永遠に張り続けることはできない。ルイセイネの法力が切れれば途切れてしまうんだ。
助けに行かなきゃ!
僕は躊躇うことなく決意していた。
五人もいる魔剣使いと戦うことはできないけど、ルイセイネを連れて逃げることはきっとできるはず。
僕は荷物を持ち直し、一度築いた入り口の防壁を崩して、外に出ようとする。
「お前、何してるんだ」
それに気づいた男子生徒が咎めて阻止してくるけど、僕は振り払って防壁を崩し、扉を開けて外に出た。
どうか、まだ無事でいてください。
僕はルイセイネの無事を願い、意識を深くした。
緊急事態で気が張っているせいなのかな。いつもよりも難なく竜脈を感じとる。
竜脈を竜気へ。そして下半身に流し込み、そして僕は駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます