熊!

 プリシアちゃんとアリシアちゃんが召喚した土の精霊さんが、巨大な岩を吹き飛ばした!

 だけど、大岩がなくなっても、そこには岩肌むき出しの斜面が見えるばかりで、どこにも洞窟の入り口はない。


「んんっとぉ、そうきたか」


 かたくなな意志で僕たちの侵入をこばむモモちゃんに、だけどアリシアちゃんは楽しそうに微笑む。


「プリシア、準備はいい?」

「んんっと、お任せだよっ」


 耳長族の姉妹は、土の精霊さんに次なる指示を出す。

 うおおっ、と唸る土の精霊さん。

 そして、いわおのようなこぶしを、斜面に叩きつけ始めた。


 どかんっ、どかんっ、と重鈍じゅうどんな衝撃が山脈の奥地に響く。

 土の精霊さんの重い連撃が斜面にめり込むにつれ、徐々に岩肌が削られていく。


「そおれっ」

「よいしょっ」


 プリシアちゃんとアリシアちゃんの掛け声に合わせて、土の精霊さんは勢いづく。

 そしてついに、モモちゃんの防壁は破られた。


 土砂崩どしゃくずれを起こすような勢いで、岩肌が崩れ落ちる。すると、斜面にぽっかりと穴が空く。


「小さいですね?」


 ルイセイネが屈み込む。

 とうとう姿を現した洞窟の入り口は、屈んで入らなきゃいけないくらいの大きさしかなかった。


「入り口が大きいと、目立っちゃうからね」


 そもそも、事前に知られているような場所には、新たな住処すみかは作れなかったんだ。

 なにせ、どれだけ入り口を隠しても「ここに洞窟があったよね?」なんて勘付かれちゃったら、意味がないからね。

 それで、僕たちは昨年、山脈を色々と調べて、ようやくここを見つけたんだ。

 元々は、巨石の陰にひっそりと口を開けた洞窟だった。

 ただし、ついさっき、というか直前にプリシアちゃんとアリシアちゃんが暴走したせいで、こうして目立つ穴になっちゃいました!


「精霊さん、入り口が目立たないように、加工しておいてくださいね?」


 僕がお願いすると、土の精霊さんは無言で頷き、吹き飛ばした大岩を運んでくる。


「よし、それじゃあ、探検へ出発だよ!」

「おーっ」


 いいえ、探検ではありません。

 明らかに、モモちゃんの住処への不法侵入案件です!


 可愛い気合とともに、小さな入り口を通って洞窟内へと侵入するプリシアちゃんとアリシアちゃん。

 僕とルイセイネはお互いに苦笑しあいながらも、後に続いた。


 洞窟内は、真っ暗。

 すると、プリシアちゃんが光の精霊さんを召喚した。


「わおっ。プリシア、優秀だね?」

「えっへん!」


 大好きなお姉ちゃんにめられて、プリシアちゃんは嬉しそうに胸を張る。

 僕たちは、光の精霊さんが照らす洞窟を、屈みながら進む。

 そうしたら、急に天井が高くなった。


「狭いのは、入り口だけなのですね?」


 ルイセイネの質問に、うん、と頷く僕。


 屈まなきゃいけない入り口付近とは違い、少し進むと、思いっきり飛び跳ねても大丈夫なくらいに天井が高くなった。しかも、横幅もうんと広くなる。


「すごいっ。こんなところに鍾乳洞しょうにゅうどうがあるだなんて」


 周囲を見渡しながら、アリシアちゃんが驚く。


 光に照らされた天井からは、氷柱つららのようなつるりと尖った岩が、何本も垂れ下がっていた。

 石の氷柱の先から、透明なしずくが落ちてくる。


「おわおっ、冷たいっ」


 落ちてきた水滴を小さな手で受け止めたプリシアちゃんが、きゃっきゃと喜ぶ。


「幻想的な風景ですね。それに、全然寒くありません」


 はあっ、と白い息は出るものの、吹雪く洞窟の外よりかは格段に暖かい。


「外がどれだけ吹雪いていてもそこまで寒くならないし、地面を流れる水は綺麗だし、意外と快適だよね」


 足下は、したたり落ちる水滴すいてきで濡れていた。

 これから更に奥へ進むと、岩肌の裂け目に細い小川ができ、場所によっては底が見えないほど深い泉になっている。

 僕の説明を受けながら、みんなで慎重に進む。


 なにせ、濡れた床は滑りやすい。

 広い鍾乳洞内を駆け回りたそうなプリシアちゃんを思いとどまらせるのは、大変です。


「この奥に、モモちゃんがいるんだね?」

「あのね、プリシアは早く会いたいよ?」


 モモちゃんが魔術で創り出した大鷲おおわしなら、みんなも見たことがある。でも、モモちゃん本人を見たことがあるのは、一行の中では僕とニーミアだけだ。

 どんな人なんだろうね、といろんな想像を膨らませながら、プリシアちゃんとアリシアちゃんは二人仲良く手を繋いで歩く。


「ふふふ」


 すると、ルイセイネも僕の手を取って歩き始めた。


「ミストお姉ちゃんに報告にゃん」

「あらあらまあまあ、ニーミアちゃん。後で美味しいおやつをあげますので、秘密にしておいてくださいね?」

「わかったにゃん」

「買収されちゃった!」


 さすがはルイセイネです。ニーミアの扱いを心得ていますね。

 僕だったら、絶対に買収できていません。


 神秘的なうねりを見せる天井を見上げたり、深い泉を覗き込んだり。ちろちろと流れる滝に手を当てて、きゃっきゃと騒いだり。

 二回ほど、足を滑らせたプリシアちゃんが尻餅をついたけど、それ以外は順調な足取りで、僕たちは洞窟内を進んでいた。


「エルネア君。モモちゃんが住んでいる場所は、もっと奥でしょうか?」


 ルイセイネの質問に、うーん、と首をひねる僕。


「あっ」


 それを見ていたアリシアちゃんが、しゅばばばばっと、僕のそばに駆け寄ってきた。


「もしかして、アリシアたちはまた、モモちゃんの罠にかかってる!?」


 おや、かんが良いですね。

 実は、このまま何事もなく鍾乳洞を進んでいると、反対側の出口に出ちゃうのです。

 何も言わずに、みんなを驚かせようと思っていたんだけどなぁ。


「にゃん」


 ニーミアも、これまで何も指摘しなかった。ということは、僕と一緒で、みんなを驚かせようとしていたんだよね。


「むうむうっ。きっと、どこかに枝道が隠されていたんだね。よぉし、プリシア、頑張って見つけるよ」

「んんっと、モモちゃんを探せ!」


 ここまで進んできた道中に、モモちゃんの住処へと続く枝道があったはずだ、とプリシアちゃんとアリシアちゃんは来た道を戻り始める。

 そして今度は、壁に手を当てたり、怪しそうな場所を入念に調べながら、慎重に歩みを進めていく。


「ふふふ、楽しそうですね」

「ルイセイネも参加する?」

「そうですね。せっかくなので、わたくしも楽しもうと思います」


 好奇心旺盛なルイセイネも加わり、モモちゃんの住処探しが始まった。

 さてはて、三人は無事に、隠された枝道を探し出せるだろうか。

 なにせ、相手は大魔術師のモモちゃんだ。

 洞窟への入り口もそうだったけど、一見しただけでは目隠しの罠を見破る事はできない。


 うんじょう、最初は楽しそうに探し回っていた三人だったけど、次第に困り果てたような表情になってきた。


「ううう。お兄ちゃん、手がかりを教えて?」


 うるうると瞳をうるませるプリシアちゃんが、僕の足にしがみついてきた。


「プリシアちゃん、降参する?」

「あのね、プリシアはモモちゃんといっぱい遊びたいの。でも、モモちゃんはプリシアのことが嫌い?」


 どうやら、モモちゃんが自分たちのことを嫌っているから会ってくれないのだと思ったみたい。


「ううん、そんなことないよ。ただ、モモちゃんは人見知りなんだよ」


 そもそも、侵入者に自分の居所を悟らせないようにするための罠だ。相手が魔王であれ、絶対に見つからないように目隠しをほどこしてある。

 それを手掛かりもなく見つけるのは、賢者のアリシアちゃんでも容易ではない。というか、無理なんじゃないかな?


 とはいえ、プリシアちゃんにこれ以上悲しい顔はさせられないし、さすがにこのまま黙って秘密にしておくわけにもいかない。それで、今度はニーミアの案内で、鍾乳洞を進むことになった。


 疲れた、とわがままを言うプリシアちゃんを抱っこしながら、滑らないように歩く。

 先頭をはたはたと飛ぶニーミアが、唐突に旋回せんかいし始めた。


「ここから枝道が出ているにゃん」


 と、示す先には、だけど壁しかない。


「また、魔術で壁を作って隠しているんだね」


 それなら、と土の精霊さんを召喚するアリシアちゃん。

 だけど、ふんがっ、と土の精霊さんが気合を入れた瞬間、鍾乳洞の壁が消えて、新たな穴がぽっかりと現れた。


「どうやら、モモちゃんも観念したみたいだね」

「鍾乳洞内で暴れ回られるよりかは、素直に案内した方が良いと思ったのでしょうね」


 モモちゃんも、プリシアちゃんとアリシアちゃんの情熱に根負けしたようです。


「モモちゃん、待っててねーっ」


 案内してくれたニーミアを頭の上に乗せて、アリシアちゃんは枝道の奥へと進んでいく。

 僕たちも、アリシアちゃんに続く。


 すると、空気の質が変わった。

 というか、においが変わった。


「すこし、不衛生な臭いがしますね?」

「うん、そうだね」


 つんとした、汗のような臭い。それと、かびっぽいというか、ほこりっぽい臭いもする。

 いわゆる、不衛生な生活臭ってやつだ。


 それでも、僕たちは枝道を進んでいく。

 枝道の奥も、もちろん鍾乳洞になっている。天井は高いし、横幅もそれなりにある。


 アリシアちゃんと一緒に進みながら周囲を照らしてくれている光の精霊さんが、唐突に足を止めた。


「奥に、何者かが……」


 光が届くか届かないか、くらいの先。

 地面から天井へ向かって伸びた大きな氷柱の陰に、なにやらもぞもぞと動く何かが。


「おわおっ。モモちゃんだ!」

「モモちゃんはっけーん!」


 僕の腕の中から、プリシアちゃんが飛び出す。

 アリシアちゃんも、嬉しそうに両手を上げて、うごめく影に突撃する。


「二人とも!」


 魔物かもしれない、とは微塵も思っていないんですね!

 だけど、その考えは間違いではありません。


 突撃してくる二人の耳長族に驚いたのか、隠れていた影が逃げようと動く。

 だけど、姿をさらしてしまったら、もうお終いだ。


 空間跳躍を発動させたプリシアちゃんとアリシアちゃんが、一瞬で影に迫る。

 そして、思いっきり抱きついた。


「グギャッ」

「モモちゃーん……? くま?」

「んんっと、くさい?」


 モモちゃんだと確信して、飛びついた二人。

 でも、氷柱の奥から姿を出したことにより、光の精霊さんに照らし出された正体に、アリシアちゃんとプリシアちゃんだけでなく、ルイセイネも首を傾げた。


 見るからに、熊!


 茶色の体毛に覆われ、鋭い爪が並ぶ大きな手と足が目につく。

 ただし、熊の頭の部分が不自然に前へ垂れ下がっていた。


 それもそのはず……


「グギギ……」


 プリシアちゃんとアリシアちゃんの問答無用の抱擁ほうようから逃げ出そうと、熊が身じろぎをする。

 すると、不自然に垂れ下がっていた頭部がずるりと動いた。


 一瞬、二人の抱擁で熊の頭がもげちゃった! という風に見えたけど。

 ずれた頭部の奥から、新たな頭が姿を現わす。

 熊よりもずっと小さく、華奢きゃしゃな女の人の頭が。


「苦……シイ。助、ケテ」

「おわおっ。熊さんのぬいぐるみを着ているんだねっ」

「プリシア、違うよ。これは毛皮だよ」

「んんっと、可愛いね。でも、臭い?」


 じたばたと暴れるモモちゃん。だけど、プリシアちゃんとアリシアちゃんの抱擁からは逃れられない。

 そして耳長族の姉妹は抱きついたまま、モモちゃんを観察する。


 落ち着いて観察してみると、よくわかる。

 熊の毛皮に比べて、モモちゃんが華奢で小さすぎるんだ。

 だから、熊の頭部は垂れ下がるし、鋭い爪が並ぶ手足も、だらしなくぶらりと揺れている。


「ふふふ。どうやらあの女性が、モモちゃん本人のようですね。ですが、この臭いは……」


 ルイセイネも、熊の正体がモモちゃんだと気づいたみたいだ。


「僕たちが最初に出会った時もそうだったけど、モモちゃんは普段から獣の皮を着ているんだよね」


 一応、毛皮の下には襤褸ぼろの布をまとっている。

 だけど、そもそも山脈の奥地に隠れんでいるモモちゃんが、人が織った布製品を手に入れる機会なんて、皆無に等しい。

 そうすると、冬は必然的に、防寒で獣の皮を被ることになっちゃうようだ。


 そして、野生児に近いモモちゃんには、身嗜みだしなみを整えるだとか、清潔を維持する、という概念がいねんはほとんどない。

 ずっと着古しているだろう熊の毛皮は洗ったことがないだろうし、モモちゃん自身の髪もぼさぼさで、顔も汚れていた。


 枝道の奥が不衛生な臭いだったり、モモちゃんが臭うのは、普段から衛生面に気を配っていないからだね。


「あらあらまあまあ、妙齢みょうれいの女性がそれではいけませんね。そうです! これから、お風呂に入りましょう!」


 良いことを思いついた、と手を叩いて、ルイセイネはふふふと微笑んだ。

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