信じる者は救われる

「ねえねえ、どうしよう! 僕は魔女さんにお仕置しおきされちゃう?」

「知らん」

「そんなぁ……」


 途方とほうれる僕を置いて、さっさと帰ろうとする魔王にすがりつく。

 だって、このままじゃあ、知らずにとはいえ禁術を使った僕は、魔女さんに狙われちゃうもん!

 いくら魂霊の座を持っていたとしても、絶対に安心だとは言い切れない。


 魔王の豪奢ごうしゃな衣装のすそを掴み、絶対に離さない僕。

 魔王は僕という装飾をぶら下げたまま、気にせず歩き出す。

 僕なんて、荷物にさえ感じていないような足取りだ。きっと、膨大な魔力が魔王の身体能力を常に向上させているんだろうね。と、そんな分析はさて置き。


 ぶんっ、と魔王は服の裾を払う。


「ああぁぁぁれえぇぇぇ……」


 それだけで、僕は簡単に吹き飛ばされた。

 そして、ずでんっ、とレヴァリアの尻尾の上に落ちる。


『邪魔だ』

「ぎゃーっ」


 レヴァリアが尻尾を振るう。すると、僕はまたもや空中を旅し、極彩色に大きく波打つ地面にお尻から落ちる。


「痛たたたっ。お尻が割れちゃうじゃないか!」

『望みなら、我が微塵に割ってやる』

「お断りしますっ」


 僕は、痛むお尻をさすりながら、なんとか立ち上がる。


「そういえば……」


 さっきから僕は、自分自身のことに頭をなやませているけど、まだ他に考えなきゃいけないことがありました。


「この変異した土地って、どうなっちゃうのかな?」


 多重に存在していた世界が、僕の禁術によって結ばれて、ひとつになった。

 その影響か、空は絶えず虹色に揺らめき、極彩色に彩られた大地も大波のように波打っている。

 それだけじゃない。

 いろんなことが落ち着き始めて、ここが特異な土地になってしまったのだと、改めて思い知らされた。


 どうやら、大気にも色があるみたい。

 僕や誰かが動くたびに、そこから色が溢れ出す。

 まるで、クリーシオが話してくれた呪術の世界のように、この地に存在する全てのものが個性的な色をかもし出す。そして、周囲の色の付いた空気と混じり合ったり、そばの存在が出す色と影響しあったりしていた。


 不謹慎ふきんしんだけど、それはとても幻想的であり、いつまでも見飽きない風景だ。

 だけど、やっぱりこの土地が異常なのだということくらいは、僕にだってわかる。

 だからこそ、思わずにはいられない。


「ここをそのまま残して立ち去っても良いのかな?」


 ここで起きた騒乱を知らない何者かが訪れたとき。

 きっと、幻想的で不思議な世界に酔いしれることだろうね。

 でも、悪影響とかはないのかな?


 僕の疑問に、魔王は今更かと言わんばかりにため息を吐いた。


「どうもこうも、放置するしかなかろう? それとも、其方がもう一度禁術を発動させ、ひとつに結びついた世界のひもくか?」

「ごめんなさい、無理です!」


 無意識に結んだ世界の糸を、今度は意図的に解くなんて器用な真似は、今の僕には出来ません。

 ましてや、解く方法がこれまた禁術だなんてね。


「……でも、放置してたら、新たな問題とか発生しないのかな?」

「発生するだろうな。これだけ特異な土地だ。欲深い者どもが手に入れようと、こぞって奪い合うのは目に見えている」

「うわぁ、そういう問題か」


 魔王の口ぶりからすると、人体的な悪影響とかはないみたい。

 だけど、魔族同士の奪い合いが起きたら、また不要な血が流れちゃうのか。

 それじゃあ、どうしよう。と僕が困っていると、魔王がぐるりと周囲の風景を見渡した。


「ここは、元はクシャリラの離宮があった場所だ。そして、現在は私の支配する国だ」

「そうですね」

「ならば、私が新たに離宮を築くとしよう。それで其方は安心できるだろう?」

「はい、ありがとうございます!」


 巨人の魔王が占有せんゆうするのなら、誰も手出しできなくなるね。そうしたら、魔族同士の奪い合いも起きることはない。


 どうやら、この変異した世界は随分と広い範囲に影響を及ぼしているらしい。

 それで、離宮として押さえる土地から溢れた部分は、観光地にでもしよう、なんて魔王は歩みを再開させながら楽しそうに話す。

 僕も、魔王のえがく未来図にわくわくしてきちゃった。


「離宮が完成したら、絶対に遊びにきます!」

「建立中に、働きに来い」

「いやいやんっ」


 魔王は、今回の騒動で支配者を喜ばせることができたり、欲しいものを手に入れることができたのか、随分ずいぶんと上機嫌だ。

 軽い足取りで、魔王は歩く。


 ……どこに?


 帰るんなら、空間転移で帰りそうなものだけど。

 僕は、魔王のつま先が向いている方角を確認した。


『先に帰っているぞ』


 みんなを乗せたレヴァリアが、大小四枚の翼を羽ばたかせる。疲れているはずなのに、急上昇しそうな勢いだ。

 それを見た魔王が、にやりと笑みを浮かべた。


「乗せていけ。リリィを貸している代わりだ。断れば、殺す」

『くっ……』


 なぜか、僕を睨むレヴァリア。


 そう。さっきから魔王が向かっていた先には、レヴァリアの存在があったんだ。

 どうやら、空間転移ではなくレヴァリアに乗って帰るつもりみたい。


 魔王の脅しに、レヴァリアは僕を憎々しげに睨みつつも、飛翔を中断させる。

 魔王は当たり前のように、レヴァリアの背中に騎乗した。


 今度は、家族のみんなが恨めしそうに僕を見ていた。


 しくしく、これって僕のせいなの?


『早く乗れ。置いていくぞっ』

「あっ、ちょっと待って!」


 置いていくぞ、と言いながら、既に地上を離れていませんか!?

 僕は、空の彼方かなたへ飛んでいきそうなレヴァリアを呼び止める。そして、ある場所へと足を向けた。


 僕が向かった場所。

 そこには、黒ずくめの男、バルトノワールの亡骸なきがらが横たわっていた。


『どうするつもりだ?』


 レヴァリアの質問を背中で受けながら、僕はそっと上着をバルトノワールにかけてあげる。


「バルトノワールをここに置いていくなんて、僕にはできないよ」

『では、どうする?』

「禁領の、きちんとした場所に埋葬まいそうしてあげたいんだ」


 僕たちの先輩。

 人生という道を一緒に歩くことはできず、一瞬だけまじわった人だったけど、僕の心には深くあとを残していた。


 孤独に生きた、バルトノワール。

 たとえ、不老の命を授かったとしても、僕たちは普通に道をみ外すし、あっけなく死んでしまう。

 バルトノワールを通して、僕たちは改めて自分の立場を思い知った。


 死者はなにも語らない、とは言うけれど。彼は、死によって僕たちへ多弁たべんにいろんなことを教えてくれたんだ。

 だから、そんな彼をこのまま、この地に残しておくことなんてできない。


「好きにするといい。魔女も、死者にまで鞭打つようなことはしない」

「僕は、鞭打ちされちゃうんですね!?」


 死者と向き合うことで場が沈まないように、そんな軽口を言いながら、僕はバルトノワールの大きな身体を抱きかかえた。

 レヴァリアが低空飛行で僕に近づいてくる。


 さあ、帰ろう。

 レヴァリアを見上げる僕。


「エルネア君は、本当に酷いよね?」

「はっ!」


 そこで、僕はなにかを思い出した。……いや、なんだったっけ?

 と、冗談はさておき。


「僕も、今回は随分と加勢したはずなんだけどなぁ」

「ご、ごめんよ。忘れてなんていないよっ」


 振り返ると、いつもの貴公子然とした姿に戻ったルイララが、全裸ぜんらで立っていた。

 そうでした。巨大な人魚にんぎょの姿になると、服は破れちゃうんだよね。


淑女しゅくじょに汚ならしいものを見せてはなりませんよ!」


 マドリーヌ様が、レヴァリアの背中の上で叫ぶ。

 騎乗していた全員が頷いた。

 レヴァリアは、背中のみんな、特に嫌々乗せた魔王の意図いとむ。


 そして、バルトノワールの遺骸いがいを抱きかかえた僕とルイララを、両の手で掴むと、大空へと舞い上がった。


「そんなあぁぁっっ!」


 具現化した精霊さんたちが、楽しそうに僕たちを見送っていた。


 また遊びに来るからね!


 遠ざかる極彩色の風景とそこに生きる精霊さんたちに、僕はしばしの別れを告げた。






「た、ただいま?」

「おかえりなさいませ」

「なんで、シャルロットが魔王城にいるのかな!?」


 あれから、もう五日が経っていた。


 僕たちは先ず、バルトノワールをとむらうためにに禁領へと帰った。

 そして、お屋敷の近くにバルトノワールを埋葬すると、少しだけ休んだ。


 禁領では、新たな騒動が巻き起こっていたけど……。まあ、こちらはまた後日に改めて、向かい合うことにしましょう。

 プリシアちゃんよ、君は将来、僕よりも大物になるよ……


 ちなみに、ウォルとルイララは、禁領の管理者のひとりである魔王から直接許しをもらえたことにより、禁領に入れるようになった。

 もしかしたら、目に見えた褒美がなかった二人に対する、巨人の魔王からの報酬だったのかもね。


 なにはともあれ、禁領での用事と少しの休息を挟んだあとに、僕たちは魔王を送り届けるべく、半壊した魔王城へと戻ってきたんだ。

 そうしたら、西の地で他の魔王たちを牽制けんせいしているはずのシャルロットが、当たり前のように魔王や僕たちを出迎えたんです!


 僕たちの驚きに、シャルロットはふふふ、と微笑む。


「大丈夫ですよ。きちんと魔王たちを脅してきましたので」

「うわっ、聞きたくない報告でした!」


 魔族の真の支配者も絶望的な怖さだったけど、シャルロットも十分に怖いです!

 さすがは大元帥だいげんすい、大魔族、伝説の九尾きゅうび金色こんじききみ!!


 魔王城は再建途中ということで、僕たちは利用できる区画へと案内される。

 すると、遠くから全力疾走でこちらへ走ってくるけものが!


「ええいっ、貴様らはわしを置いて長々と、どこへ行っていた!」

「ごめんごめん、ちょっと魔王のお手伝いでね」

「ふんっ、土産みやげはあるのだろうな?」


 どこかのプリシアちゃんのような台詞せりふを吐いて僕に飛びかかってきたのは、魔獣のオズだ。


 そういえば、シャルロットのことはまだ教えない方が良いのかな?

 ちらり、とシャルロットを盗み見たら、微笑まれた。

 これは多分、言うなということだね。


 僕たちは、お土産がない代わりに、オズを思いっきりでてあげる。

 オズはどこぞの大魔族のように瞳を細くし、満足そうに、くぅんくぅん、と嬉しそうに鳴いていた。


 ちょろい!


「騒動後のうたげ、とはいかぬが、暫くはゆっくりしていけ。そうすれば、其方らの父親たちも帰ってくるだろう」

「そういえば、父さんたちは!?」


 聞けば、魔王軍と一緒に遠征しているらしい。

 今頃は、最終目的地である竜王の都方面へ向けて進軍中なのかな?

 絶対に忘れられない経験を、という題目だいもく男旅おとこたびだけど、どうやら本当に忘れられない思い出になっているみたいだ。

 父さん、精神状態が無事だと良いけど……


 そうそう、あとから聞いて、やっぱり魔王とシャルロットは最初から敵対していなかったんだ、と改めて認識したことがある。

 だいたいさ、この魔王軍を事前に編成していたのが、シャルロットなんだよね。

 自分を討伐しにくるかもしれない大軍を、補給物資を含めて入念に準備するお人好しの魔族なんて、絶対にいないよね。


 だけど、僕たち以外で魔王とシャルロットの猿芝居に気づいていた者はいなかったらしい。

 魔族たちは本気で、シャルロットが裏切ったと思っていたんだって。


 どうやら、魔王城を半壊させたり、魔王の腕に本物の怪我を負わせたことで、魔族たちはシャルロットの謀反むほんを信じ込んだらしい。

 最初から疑っていた僕たちから見れば、これは過剰気味の演出だったと気づけるんだけどね。


 だから、また普通に家臣として戻ってきたシャルロットに、魔王軍や魔王城でもひと騒動あったのだとか。

 騙されていた魔族たちの心情を思うと、可哀想になっちゃう。


 僕たちは働く魔族たちを尻目に、魔王城のなかで損害のない部屋に案内してもらい、ゆっくりと寛がせてもらう。


「貴方、勇者たちのことも忘れているのじゃない?」

「ミストラル、それは大丈夫だよ。忘れてないよ。リステアたちも、そろそろ竜人族の村にたどり着けたかな?」


 バルトノワールが絡む騒乱は終幕を迎えたけど、僕たちの夏はまだまだこれからだ。

 今後のことを、やんややんやと騒ぎながら、みんなで話し合う。

 賑やかな家族会議は、深夜まで続く。


「ちょっと、寝る前にお手洗いに行ってくるね」


 僕は、みんなが集う部屋から抜け出すと、夜更よふけの魔王城をひとりで歩く。


「ええっと、お手洗いはどこかな?」


 そして、迷いました!


 半壊している魔王城だけど、そもそも魔王の威光を示す場所が小さいなんてことはありえない。

 シャルロットが破壊しなかった区画は広範囲で健在であり、だから僕たち客人もこうして滞在できているわけです。

 でも、広すぎるというのは問題だよね。

 迷ってしまうと、もう自分がどこにいるのかさえわからない。


 ふらふらと彷徨さまよう僕。


 尿意にょういが……!


 僕が困っていると、回廊かいろうの先から救世主が現れた。

 いや、悪魔だった。大魔族でした。


「あら、エルネア君。こんな夜更けにどちらへ?」

「シャルロット、いいところに! お手洗いの場所を教えてほしいんだ」


 困った僕を見て、糸目を細めて微笑むシャルロット。


「では、こちらです」


 そして、親切にも僕を案内してくれる。

 ああ、悪魔だなんて思ってごめんなさい。善い魔族様でした!


 シャルロットに導かれて、魔王城の回廊を右へ左へ。

 そして、たどり着いた。


 僕たちが団欒だんらんしていた部屋に!


 おお、なんということでしょう。


 シャルロットは抗議する僕を無視して、部屋の中へと入っていく。


「あら、シャルロット?」

「エルネア君、おかえりなさい」

「いや、僕はまだお手洗いには……」


 なぜ、お手洗いにも行かずにシャルロットを案内してきたの? と、みんなは疑問そうに僕を見つめる。

 僕は、お手洗いに案内してくれているとばかり思っていたシャルロットが、どうしてこの部屋にやってきたのか疑問です。


 疑問だらけの僕たちをよそに、シャルロットは部屋の奥へと進む。

 部屋の奥には、みんなで寝られそうなくらい大きな寝台がそなえ付けられていた。


 だけど、僕たちはまだ起きている。

 寝ているのは、魔獣のくせに夜が早いオズくらいだ。


 なんだろう、と見ていると。

 シャルロットは、オズが熟睡じゅくすいしていることを確認すると、そっと耳もとに口を近づけた。

 そして、おごそかな声音こわねを発した。


「我が下僕げぼく、オズよ、聞きなさい。汝は立派に役目をやりげました。ですが、旅はこれからです。竜王に付き従い、かの者の動向を監視するのです」


 竜王って、僕のことだよね?

 僕にもちゃんと聞こえていたから、それは意味がないんじゃ……?


 と、そのときだ。


 がばりっ、と熟睡していたオズが目を覚まし、飛び起きる。

 オズが飛び起きる直前に、シャルロットは空間転移で部屋から消えていた。


「エルネアよ!」

「な、なにかな?」


 眠気も忘れて目を見開き、僕たちを神妙しんみょうな顔つきで見つめるオズ。


「今、夢に我が君が降臨なされた! そして、儂の労をねぎらってくださり、新たな神託しんたくを授けてくださった!」

「へ、へぇ……。それで、その神託とは?」

「それは、言えん。だが、儂は決めたぞ。これからも貴様らに同行し、与えられたお告げを遂行する!」


 単純なきつねちゃんだ!


 ずっと疑問だったお告げだけど、まさかシャルロットが寝耳に言葉をかけていただけだったなんて!


 僕たちは、笑いをこらえるのが必死だった。

 そして、尿意に耐えるのも必死だった。

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