もうひとつの禁術

「なんだ、気づいていたのか」


 巨人の魔王は幻想的げんそうてきな景色をながめながら、さして驚きもしない感じで呟く。


 波打つ極彩色の大地に沿って、具現化した精霊さんたちがただよっている。

 竜剣舞に合わせて踊り疲れたのか、精霊さんたちはふわりふわりと空気の流れに身を任せていた。

 だけど、巨人の魔王に接近しすぎた精霊さんが、慌てて逃げていく。


 なるほど。精霊さんたちも、魔王は怖いんだね。

 僕も怖いです!


「それで、いつ気がついた?」

「魔王とシャルロットの芝居しばいに?」

「そういう問いが出るということは、最初からか」

「はい!」


 僕たちは、だまさされませんでしたからね! と自信満々に胸を張る。


「そもそも、最初から違和感があったんですよね。シャルロットは、自分の力が封印されている場所や、封印を解く方法を詳細に知っていたのに、呑気のんきに何千年も魔王の下で働いていたなんて。それって、絶対に魔族らしくないもん!」


 九尾廟きゅうびびょうの所在を教えてくれたのはシャルロット自身で、そこに封印のかぎとなるかがみが奉納されていることも知っていた。

 魔王城の地下深くに天雷てんらい羽衣はごろもが封印されているということもわかっていながら、なぜ今まで力を取り戻そうとしなかったのか。


「僕の動きが切っ掛けなんて言ってたけど、ちょっと無理があったよね。シャルロットがその気になれば、僕じゃなくて他の魔族でも簡単に手玉に取れたはずなのにさ」

「ふふふ、エルネア君は悪知恵に敏感びんかんになりましたね」


 シャルロットが九尾を引っ込めたことで、空気が軽くなる。

 とはいえ、魔王と大魔族というとんでもない存在のせいで、慣れない人だと卒倒そっとうしちゃうかもしれないけどね。


「極めつけは、シャルロットの口調かな?」

「と、おっしゃいますと?」


 シャルロットは興味深そうに、細い瞳を僕に向ける。

 僕はシャルロットの失態しったいを、ここぞとばかりに自慢げに指摘してあげた。


「だってさ。魔王を裏切ったのに、いつまでっても『陛下』って言ってたんだもん。魔族って、名前を呼ばれるのを嫌ったりするんだよね? なら、謀反むほんの最初の一撃目として、魔王を呼び捨てにしてもいいはずなんだ。それなのに『陛下』だなんて、本心が隠せてなかったね!」

「なんだ、私もシャルロットも、初歩的な失敗を犯していたのか」

「ふふふ。何千年も『陛下』とお呼びしてきましたので、口癖くちぐせが抜けきれていなかったようです」

「私も、普通すぎて気づかなかった。やれやれ、ひよっこ竜王に見抜かれるとはな」


 魔族を代表する二人の猿芝居さるしばい看破かんぱした僕に対し、騙していたつもりが逆に踊らされていたか、と愉快そうに笑う魔王とシャルロット。

 僕も、いつもは手のひらの上でもてあそばれるだけのところに一矢報いることができて、これまでの溜飲りゅういんが下がる。


「ですが、気づいていらっしゃった割には、ミストさんを本気でわたくしにけしかけていたようですが?」


 シャルロットの次の疑問に、僕は答える。


「だって、あのままシャルロットをひまにしていたら、絶対に邪魔してきたでしょ?」

「……はい、そうでございますね」

「やっぱりか!」


 僕が二人の芝居に気づいていたように、身内のみんなも知っていた。というか、僕がみんなに言ったんだけどね。

 それで、いざバルトノワールたちの拠点に殴り込みに行こうかとしていたとき。


「シャルロットのことは、わたしに任せなさい。だから、あなた達は全員で協力して、バルトノワールたちを倒すのよ?」


 そう言って、貧乏びんぼうくじを自ら引いてくれたのは、ミストラルだった。

 僕たちの最大戦力でもあるミストラル。彼女が抜けるということは、大きな痛手になる。

 だけど、シャルロットに介入されるよりはましだという判断で、僕たちはミストラルに全てをたくした。


「ふふふ。わたくしは最初から最後まで、エルネア君に弄ばれていたのですね?」

「普段のお返しです!」


 さっき、シャルロットの相手なんてしたくない、と逃げ出したみんなが、レヴァリアの翼の陰からうんうんと僕に同意して頷いていた。


「こちらとしては、シャルロットを相手に右往左往する其方らが見たかったのだが。まあ、これはこれで面白かった、ということにしておこう」

「やっぱり、どこかから見ていたんですね?」


 まあ、知っていたけどね。

 そうそう、もうひとつ。

 白剣のつばめられた宝玉の魔力をいくら使っても、魔王は飛んでこなかったよね。その辺からも、二人の関係性がわかっていました。


 シャルロットは、僕たちを弄ぼうとしていただけで、本気の殺意は持っていなかった。……とはいえ、ミストラルが手抜きしたり、僕たちがシャルロットや魔王に安易に甘えていたら、容赦なかっただろうけどね。

 なにはともあれ、こちらが本気を見せていれば、シャルロットが僕たちを殺すということはない、と確信していた。


 そして、この場にシャルロットがいるのなら、魔王が直に手を下さなくても、その気になればいつでもバルトノワールの野望を阻止できる、と二人は戦況を読んでいたんだよね。


「もしかしたら、僕たちが危機に陥ったときの保険でもあったのかな?」

「いや、それはない。この程度で死んでしまうのなら、その程度だ」

「……と、魔王は言ってますよ、シャルロット?」

「ふふ、ふふふ」


 ユフィーリアとニーナとセフィーナさんの絶体絶命の危機を救ってくれたのは、シャルロットなんだよね。

 あれは偶然そこに移動したんじゃない、と確信しています。


「僕たちは全力で戦って、バルトノワールの禁術に立ち向かったけどさ。いつものように、誰かに見守られていたんだね?」


 これも、僕たちとバルトノワールとで、違っていた部分かもしれない。

 僕たちが強敵に挑むとき。必ずと言っていいほど、僕たちは誰かの庇護下に置かれていた。

 スレイグスタ老であったり、アシェルさんであったり。魔王であったり、魔女さんであったり。

 だけど、バルトノワールはどこまでいってもひとりだった。


 ううん、きっと本当は違うのかもしれない。

 バルトノワールを気にかけてくれていた者はいたのかもしれない。

 でも、バルトノワールは気づけなかった。気づこうとしなかった。自分は独りなのだとふさぎ込み、周りから差し伸べられていた手を取ることができなかったんじゃないかな?


 そう考えると、僕たちは幸せ者なんだね。

 多くの者たちに守護され、導いてもらっている。


 あざやかな地面に横たわる、黒ばかりが目立つバルトノワールの亡骸なきがらを見つめた。

 彼は先達の者として、若輩じゃくはいの僕たちにほとんど何も、教えをほどこしてはくれなかった。

 だけど、最も大切なものを、命をして教えてくれたのかもしれない。


「ねえ、ちょっと質問です。魔王とシャルロットがひと芝居打ったのは最初から気づいていたんだけど。そもそも、なんでそんなことを?」


 僕の疑問に、魔王は無言で視線を動かす。釣られて、僕やレヴァリアの陰に隠れているみんなの視線も動く。


「っ!」


 そこに。いつの間にか、赤い影が二つ、落ちていた。


 ぱちぱちぱち、と愛らしく手を叩く幼女。

 真っ赤な髪、色鮮やかな赤の衣装が印象的な幼女が、こちらに向かって微笑んでいた。


 魔王クシャリラが、アームアード王国へと侵攻したときに、初めて見た。

 クシャリラと巨人の魔王だけじゃなく、本気のスレイグスタ老やアシェルさんの動きを一瞬で封じた、あの幼女。


 魔王の更に上位に存在する、魔族の真の支配者の最側近。


 だけど、僕たちの視線は、真っ赤な幼女ではなくて、その背後に浮かぶ存在に釘付けにされていた。


 幼女よりも濃い、深紅しんくの髪。豪奢な衣装も赤。

 美しさだけで見る者を殺しかねないほどの、絶世の美貌びぼう

 あの、魔族の真の支配者の側近である幼女を差し置いて、全ての視線を独り占めにする美女が、まるで長椅子に横になって寛いでいるかのように、ゆったりと浮いていた。


 ぱちぱちぱち、と幼女が拍手をしている。


「素晴らしい見世物みせものでございましたわ。主様あるじさまも、大変喜んでおいでです」


 幼女にくさりで縛られていないはずなんだけど、身動きひとつ取れない。


「まさか、あのときのぼうやがこれほどまで成長しているとは、驚きでございます。とても美しい風景と幻想的な剣舞を堪能たんのうさせていただきましたわ」


 反応できない僕たちをよそに、幼女は勝手に話を進めていく。


「ところで、坊や。これが禁術と知っていての所業しょぎょうでしょうか?」


 えっ!?


 禁術?


 バルトノワールのそれじゃなくて、僕が……?


 意味がわからない。

 僕はただ、竜剣舞を舞っただけなのに……


 幼女からの不意の問いに、僕の頭は混乱でかき乱される。

 そこへ助け舟を出してくれたのは、あかい二人の存在に身動きの取れなかった僕とは違い、いつの間にか叩頭こうとうしたシャルロットだった。


「恐れながら。エルネア君は、知らずに禁術を発動させただけでございます」

「おやまあ、これだけの禁術を気づかずに?」


 な、なんのこと!?

 僕が禁術を?

 いったい、どういうのこと!?


「霊樹を持つ者が、世界の真理しんり片鱗へんりんに触れたのでございます。そんなエルネア君が切羽詰せっぱつまったなか、気づかずに禁術に手を出してしまっても仕方がないことでございます」

「貴女やローザのお気に入りは、どうやら素敵な坊やなのでございますね」

「ふふふ、はい」

「ですが、禁術に手を出してしまわれたということは……?」


 はっ!


 嫌な予感しかしません。

 僕はどうやら、知らず知らずのうちに禁術を使ってしまっていたらしい。


 見渡す限りの極彩色の世界。目に見えていた世界と、精霊の世界の融合。ううん、それだけじゃない。他にも、呪術的な世界やいろんな世界が現実化してしまっている。

 この大天変地異は、僕の竜剣舞が原因だ。

 僕の意識が世界に溶け込み、より深くへと潜ってしまった結果にほかならない。


 でもまさか、これが禁術だったなんて!


 僕は全身から嫌な汗を流す。


 禁術には絶対に手を出すな。スレイグスタ老に口をっぱくして言われた忠告だ。

 もしもこの禁忌きんきを犯してしまうと、怖い魔女さんに……


「まあ、そのことは置いておきますわね」


 えええっ!

 置いておくの?

 僕のことは放置ですか!?


「それでは、報告を聞かせてもらいますわ」


 動揺を隠せない僕を見て、少しだけ笑う幼女。

 立ったままの巨人の魔王や、叩頭するシャルロットだけでなく、幼女の背後に浮かぶ絶世の美女も笑みを浮かべていた。

 それなのに、僕を無視して別の話題に入る魔族たち。


 ひどいっ!


「やはり、バルトノワールなる人族は新たな禁術を開発していたようでございます」


 おやまあ、と幼い外見には似つかわしくない、芝居がかった驚きを見せる幼女。


「素晴らしいですわ。それで、しかと見定めましたでしょうか?」

「はい、とどこおりなく」

「では、魔女を出し抜いて、こちらが禁術を手にすることになりますわね」


 魔女さんの気配は、今のところどこにもない。

 世界のどこで、いつ禁術が発動するかなんて、魔女さんでも知り得ない。

 だから、発動したからすぐに飛んでくる、なんてことはないんだ。

 ましてや、バルトノワールのように秘匿ひとくしていたら、誰が禁術の知識を得ているかさえもわからないもんね。


 そこでようやく、シャルロットが見せたこれまでの動きの、本当の目的を知る。


 巨人の魔王とシャルロットが芝居で魔王城を半壊させてまで手にしようとしていたのは、バルトノワールの持っていた禁術だった。


 でも、なんで禁術なんかを?


「それは、楽しむためでございますわ」


 僕の思考を読んだのか、ふふふ、と愛らしい微笑みを浮かべる幼女。

 だけど、僕には悪魔の微笑みにしか見えなかった。


 つまり……


 この人たちは、魔女さんのあずかり知らぬところで手に入れた禁術を、悪用する気なんだ!

 魔王もシャルロットも幼女も背後の美女も、魔族のなかの魔族。

 そして、魔族に与えられた真理は、破壊と自由。


 力を求めている者に禁術を教え、世界を破壊に導く。でも、魔族にとってその行為は肯定こうていされるもの。だって、何をしようと自由なんだから。


「だ、駄目だよ。バルトノワールの禁術を悪用するだなんて……!」


 自分の置かれた状況を忘れ、僕は魔族たちにうったえかける。

 本能が全力で拒絶反応を示すのを必死にこらえてしぼり出した声は、情けないくらいに震えていた。


 だけど、魔王とシャルロットは、僕がそう言うであろうと予想していたのかな。様子を伺うように、こちらを見つめる。

 幼女は考え込むように、人差し指をあごに当てて首を傾げた。


「とてもとても、困りました。多大な犠牲を払って入手した禁術を、人族の坊やが阻止しようとしていますわ」


 どういたしましょう、と背後を振り返る幼女。

 問われた深紅しんくの美女は、そのまま視線を魔王に投げ返した。


「……やれやれ、仕方ない。では、私からひとつ」


 魔王はため息をらしながらも、僕に助け舟を出してくれた。


「こちらの竜王エルネアは、魔族を混沌こんとんおとしめた者を、魔族に代わって打ち倒した。それについて、褒美ほうびを出さねばならないでしょう。功績のある者に対し対価を示さねば、お二人の威光に関わるかと?」

「ふふふ、ローザらしい配慮はいりょですわ。ですが、この地の騒動を鎮めた者へ、こちらが直接褒美を出す必要性はどこにあるか、示してほしいですわね?」

「この地からクシャリラを移したのはそちらだ。言うなれば、ここはそちらの直轄地ちょっかつち。つまり、禁領きんりょうだ。禁領で起きた問題を鎮めた者への褒美は、支配者が下すのが当然かと?」


 言われてみると、確かにそうだよね。僕だけじゃなくて、幼女も納得したように頷く。


「では……」


 幼女は魔王の発言をみ、背後に浮かぶ絶世の美女へと歩み寄る。

 絶世の美女はゆったりと寛いだ姿勢のまま、手もとになにやら黒い長物ながものを召喚する。

 幼女はそれを受け取ると、つたつたと歩いて僕の前までやってきた。


「い、いりません!」


 幼女が手に持つ漆黒の物体を見て、断固拒否の意思を見せる僕。


 はい、知ってます。

 これは、魂霊こんれいという魔剣ですよね!

 そして、この魔剣を受け取るということは……


「ふふふ、そう邪険じゃけんになさらないでほしいですわ。こちらは、主様からの感謝のしるしでございますわ」

「で、ですが……」

「大丈夫でございます。これを受け取っても呪われませんし、魔王にもなる必要はありませんわ」


 そんなことを言われても、絶対に欲しくありません!


 僕の意思を読んだ魔族たちが笑う。

 特に、魔王が愉快そうに笑っていた。


「くくくっ。このお二方を前に、そうも気丈に拒絶するとは、其方らしい。だが、今回は素直に受け取っておけ」

「でも……」

「なにも、いつも帯剣しておけという話じゃない。褒美として譲ると言っているのだ。あとは家に飾るのもよし、霊樹の精霊に収納してもらっておくのもよし。好きに保管しておけばいいのだ。それに、これから先において、魔族の国で活動するのならば、それは役に立つ」

「陛下の言う通りでございますよ、エルネア君。それを見せびらかせば、魔族は恐れおののいて逃げていくことでしょう」

「き、気のせいかな、逆にわざわいを呼び込みそうな気がするんだけど……?」

「気のせいでございます」


 それともうひとつ、と重要そうなことをさらりと口にしたの魔王だ。


「魂霊の座を持っていれば、魔女への牽制けんせいになる」

「でもそれって、僕が魔族の庇護下に入ることを意味していますよね?」


 魔王にならなくても、支配者の庇護下に入っちゃったら意味がないと思うんだよね。どうなんだろう?

 僕の不安を読んで、魔王が呆れたように肩を落とす。


「やれやれ、どこまでもわがままな奴だ。其方はすでに、スレイグスタの庇護下にいるだろう。それをこちらが取ってしまえば、奴がねかねん。よって、其方はこれまで通り奴の庇護下で構わない」


 魔王は、支配者に確認を取ることなく断言する。でも、否定の発言が入らないということは、魔王の言葉をそのまま受け取っていいんだよね?

 それに、これはたぶん、断れないんだ。


 前回のように、魂霊の座を魔王経由で渡されているわけじゃない。支配者から直接、譲られている状況なんだ。

 そして、前回と合わせて二回も断ることになる不敬ふけいさを考えると、そちらの方が恐ろしいことになりそうだと結論づける。


 僕は渋々しぶしぶながら、魂霊の座を受け取った。


「褒美は確かにさずけましたわ。では、ひとつだけ望みを聞き届けましょう」

「えっ!?」


 幼女の思わぬ申し出に、僕は目を点にする。

 なんて太っ腹なんだろう。でも、もらえるものはもらっておきましょう!

 僕は、ならばと即座に思いついた事を、躊躇ためらいなく口にした。

 声は緊張と恐怖で震えていたけどね!


「そ、それじゃあ……。バルトノワールの禁術を悪用しないでください!」


 今度は、幼女が目を見開く番だった。

 とはいえ、たぶんそれくらいは予想していたのかな?

 今回は背後の美女に確認を取ることなく、僕に頷いてくれた。


「願いを聞くとこちらから言ってしまいましたので、叶えないわけにはいきませんわね」


 僕は、幼女が快諾かいだくしてくれたことに、ほっと胸を撫で下ろす。

 バルトノワールは、魔族の支配者に対して牙を向いた。その奥の手が禁術だったわけだけど、それを奪われだ挙句あげくに悪用なんかされたら、きっと女神様のお膝もとで悲しんでいたと思うんだ。

 だから、口約束とはいえ、支配者が悪用しないと誓ってくれたことに安堵あんどする。


 僕への褒美とお願い事を済ませた幼女は、今度は魔王とシャルロットに向き直る。


「それでは、お二人にも褒美を授けないといけませんわね。楽しい見世物を準備してくださいましたことと、魔女を出し抜けたことに対しての褒美でございますわ」


 それでは、とここでようやく魔王の瞳が光る。

 もしかして、魔王はこれを狙っていたんじゃないかな?


「この地の支配権をいただく」


 待ち構えていたように発した魔王の言葉に、幼女は微笑みから苦笑に切り替わった。


「支配する領土が増えるのは面倒だと、昔に仰っていませんでしたでしょうか?」

「前とは事情が変わった。国境を接する土地が荒れ果てていては、おちおちシャルロットに政務を任せて遊びに行けん」

「ふふふ、これから更に忙しくなりそうです」


 シャルロットは、仕える主人の容赦ない発言に糸目の目尻を下げて笑う。


「では、支配権をローザに。ですが、他の魔王からの干渉まで面倒はみませんわ」

「構わない」


 要求が通り、魔王は満足げだ。

 そして、傍に控えるシャルロットに対し、早速命令を下す。


「近くにまで、軍が来ている。右軍、中軍に指示を出し、このまま最終地点を竜王の都に定めて東進させろ。左軍は本国へ戻し、不測の事態に備えさせる。軍へ指示を与えたのち、其方は西へ迎え。他の魔王どもを押さえ込め」

「職務復帰早々に、多忙でございます」


 なんてシャルロットはぼやきながらも、雷光に乗って瞬時に去っていった。


 魔王軍が進軍してきているんだね。

 見てみたいなぁ。

 それと、シャルロットに睨まれたら、他の魔王も安易に干渉なんてできないよね。


 僕は、シャルロットが余韻よいんとして残した金色に輝く空を見上げる。

 魔王は満足そうな表情で、手元に戻った腹心を見送っていた。


 今回僕は、魔王とシャルロットの猿芝居を見抜いたりと、魔族の陰謀いんぼうにも対抗できていると思ったんだけど。

 でも本当は、全ては魔王の手のひらの上だったのかな?


 だって、シャルロットはバルトノワールの懐深くで暗躍していた。僕たちは必死に戦った。

 それなのに、魔王は僕たちを見世物にして、シャルロットが手に入れた禁術の情報を差し出すことによって、自分は労せずして目的のものを手に入れたんだからね。


 結局、僕たちは魔王に弄ばれる存在のようです。と、疲れて肩を落とす。


 ……って、そういえば!

 僕が使った禁術の件はどうなるのかな!?

 自分の窮地きゅうちを思い出したのは、真っ赤な幼女と深紅の美女がいつの間にか消えた後だった。

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