消えた竜騎士

 竜人族でさえ容易には出歩くことのできない竜峰で行方不明になる。

 それはある意味、死を覚悟しなくてはいけないことになる。

 たとえそれが、勇者の相棒だったとしても。

 これは、またスラットンがお馬鹿をしでかしたのか、と笑って対処できるような事件じゃない。


 事の深刻さを十分に理解しているのか、僕たちがリステアに会いに行くと、彼らは一様に憔悴しょうすいしきっていた。

 特に、お嫁さんであるクリーシオは酷いようだ。


「スラットンが行方不明になって以降、随分と取り乱していてな。あれは少し落ち着いたというよりも、動けなくなるほど憔悴しきってしまったと言ったほうがいい……」

「大変だったのです。休息どころか食事さえろうともせずに、昼夜を問わず探しにいくと言い張って……」

「あんなクリーシオは見たことないよっ」


 リステアたちは、ある竜人族の村に滞在していた。

 僕がミストラルの村へ向かって旅をした道よりも、もう少し南寄りの行程を選んだみたい。


 急いでミストラルの村に戻った僕たちを待っていてくれたのは、レヴァリアだった。

 どうやら、僕が戻るまでにミストラルが呼び寄せてくれていたらしい。

 そして、僕たちは待機してくれていたレヴァリアに乗り、リステアたちが滞在している村にやってきた。


「スラットンとはぐれたのは、この村に到達する少し前の朝だ」


 心労がたたって倒れたクリーシオは、現在はキーリとイネアに看病されているらしい。

 それで、僕たちを出迎えてくれたリステアとセリースちゃんとネイミーに、詳しい事情を聞く。


 リステアたちは、順調に旅を続けていた。

 いつも問題ばかりを起こすスラットンも、竜峰の自然がいかに厳しく油断のならない土地なのか認識していたようで、真面目に動いていたらしい。

 だけど、事件は起こってしまった。


「いま思えば、あれは凄くくて、不自然な朝靄あさもやだったのです」


 そう首を傾げたのは、セリースちゃんだった。


「手を伸ばすと、自分の指先さえ見えないくらいの濃い霧だったんだよっ」


 言って、ネイミーが手を伸ばす。

 小柄なネイミーの指先さえ確認できないほどの濃霧のうむ

 禁領でも朝靄なんかはよく発生するけど、それほど濃度の濃い霧は起きたことがない。


「視界の問題だけではなかったのです。すぐ側に居るはずのリステアや他のみなさんの気配も感じられなくなってしまって……」

「それで、霧が収まったあとに、スラットンの姿が見えないことに気づいたんだ」


 スラットンだって、伊達だてに勇者の相棒を務めてきたわけじゃない。

 緊急事案や不測の事態には、的確な判断と行動をとる。

 濃霧で視界が悪く、周囲の気配も探れない場合。リステアたちだけじゃなく、スラットンも不要な動きはひかえたはずだ。

 ましてや、無謀に移動するなんて考えられない。

 リステアたちもその部分に違和感があるようで、首をひねって考え込んでいた。


「とにかく、俺たちだけではらちがあかない。それで、この村まで一応は移動してきたんだが……」

「スラットンも、この村の所在は把握していたはずです。濃霧が発生する前の道中ですれ違った竜人族の旅人に、旅程を確認していましたので」


 リステアたちの判断は正しかったと思う。

 人族だけで編成された彼らのみで闇雲に探し回っていたら、他にも遭難者が出ていた可能性がある。


「俺たちはこの村の人たちに協力をあおいで、スラットンを捜索している」

「旅慣れた足の速い旅人が、わたしの村まで知らせに走ってくれたのよ。わたしの村に行けば、エルネアと連絡が取れると思ってくれたみたいなの」


 危険を冒して走ってくれた竜人族の旅人に、感謝しなきゃね。

 その人がいなかったら、僕たちは未だにリステアたちの問題に気づけていなかったかもしれない。


「それで、手がかりは?」

「いや、今のところは……」


 うつむくリステア。

 見れば、リステアたちだって目の下にくまを作って、疲れた様子を見せている。きっと、リステアたちも連日に渡って捜索していたに違いない。


「ええっと、ミストラル」


 僕は、確認のためにミストラルを見返す。


 消息が途絶えたスラットン。

 リステアたち勇者様ご一行だけじゃなく、大勢の竜人族の人たちが捜索に当たっているけど、手がかりさえも掴めていない。

 だけど、僕たちはあるうわさを知っていた。


 そう。竜峰の西に暮らす竜族たちの間で広まっていた、あの噂だ。

 もちろん、僕はそのことを家族のみんなに知らせていた。


「ここから竜峰の西へ移動するとなると、熟練の旅人でも相当な日数がかかると思うわ。ましてや、途中の集落にも寄らず、旅人とも出会わない行程で横断するとなると、わたしや竜王たちでも厳しいのじゃないかと思うわ。それを、竜峰の過酷さに慣れていない者が数日で横断する、とは考えにくいけど。でも、可能性は否定できないから」


 聞くと、耳長族の村から戻ったライラとユフィーリアとニーナが、既に西へ飛んでくれているらしい。

 きっと今頃は、西側に住む竜人族や竜族に協力を頼んで、噂になった者たちを探しているはずだ。

 リステアたちにも、この情報は伝えられていた。

 でも、その程度のことで気が休まるはずはないよね。


 僅かな油断が死に繋がる。それが、竜峰だ。

 人族だと、手練てだれの冒険者であっても、まともに旅ができない。そんな厳酷げんこくの大自然のなかで姿を消した、スラットンと地竜のドゥラネル。

 彼らは無事なのか。

 僕だって、こうして報告を聞いている間も、不安で胸が締め付けられていた。


「俺たちは遠方へ移動する手段を持っていない。だから、これまで通りこの周辺を捜索する」

「それじゃあ、僕たちは西側を重点的に捜索してみるよ。僅かな可能性も捨てられないからね!」

「ああ、よろしく頼む」


 スラットンの無事を信じ、僕とリステアは握手を交わして別れた。

 だけど、前に手を握り合って別れたときに感じた力強さは、今のリステアからは伝わってこなかった。


「レヴァリア、お願い」

『ちっ。仕方ない』


 レヴァリアは僕たちを乗せて、荒々しく翼を羽ばたかせる。

 暴風を撒き散らしながら飛翔したレヴァリアは、一路竜峰の西を目指して飛ぶ。

 去り際、ふと振り返ると、リステアたちはレヴァリアが飛び立った姿を確認すると、いつまでも見送るようなことはせずに、すぐに竜人族の人たちと連なって村から出ようとしていた。

 これから、また捜索に向かうんだね。


「ねえねえ、ミストラル。西での噂がスラットンとドゥラネルという可能性はどれくらいあるのかな?」

「そうねえ……」


 噂を聞いた当初。僕の頭を最初によぎったのは、たしかにスラットンとドゥラネルだった。だけど、先にミストラルが指摘したように、竜峰を短期間で横断するのは余程旅慣れた人じゃないと難しい。それを、勇者の相棒とはいえ、人族が僅か数日で横断できるだろうか。


「セフィーナのように、古い遺跡に巻き込まれて、という可能性なら考えられなくもないけど。でも、この周辺や西側にそんな遺跡はないと思うわ」

「それじゃあ、やっぱり無理?」

「貴方のように、飛竜や翼竜に乗せてもらえれば、可能かしら。だけど、彼の相棒は地竜なのよね?」

「ドゥラネルは地竜だから、飛べないね。でも、闇に潜めば移動できないかな?」

「闇属性の地竜とはいっても、まだ子竜だから。きっと、スラットンの影に潜むことはできても、影から影へ自由に移動することは出来ないのじゃないかしら?」

「そう考えると、スラットンがドゥラネルと一緒に影を移動するなんて、到底無理か……」


 高速で竜峰の空を飛ぶレヴァリア。

 レヴァリアやニーミアであれば竜峰の横断も容易だけど、スラットンとドゥラネルには不可能だと改めて確認する。


「それでは、ミストのように翼を持つ竜人族の手を借りたとしたらどうなのかしら?」

「それは、無理じゃないかしら?」


 セフィーナさんの質問を、ミストラルは否定する。


「竜人族の旅人が、なぜ自由に飛び回って移動しないか考えたことはあるかしら? 危険だからよ」


 竜峰に住む竜族や凶暴な魔獣にとって、竜峰を単独、もしくは少人数で移動する竜人族は、恰好かっこうの獲物でしかない。

 空をのんきに飛んでいたら、襲撃されるのは目に見えているよね。


「でも、前に竜峰で起きた騒動や人族の国に侵攻してきた魔族へ対抗してくれたときには、飛んでいたそうじゃない?」

「あれは、ほら」


 ミストラルは、僕を見る。


「ここに、竜峰同盟りゅうほうどうめい盟主めいしゅがいるからね」

「ああ、なるほどね」


 あのときは、誰もが切羽詰せっぱつまった事態だった。

 だから、竜峰に住む者たちが一丸となって、問題に立ち向かったんだ。

 竜人族や竜族だけじゃなく、魔獣も協力してくれていた。


 もちろん、現在でも竜峰同盟は健在であり、僕が盟主であることに変わりはない。

 だけど、僕と他の竜人族は違う。

 きっと、僕がミストラルと一緒に空を飛んでいても、襲われるようなことはあまりない。

 でも、他の竜人族が僕たちの真似をしたら、大変なことになっちゃうだろうね。


『こやつの知り合いであれば、襲われない。しかし、他者は他者。エルネアではないからな』


 レヴァリアの言葉を、セフィーナさんに通訳する。

 竜峰に住む竜族たちは、僕を面白おかしく扱ってくれている。だから襲われるようなことはない。

 もちろん、竜峰同盟に参加していない竜族はいるし、そういう者から狙われる可能性はあるけど、周りが止めてくれているんじゃないかな?

 だって、僕を襲っちゃうと、あとからもれなく暴君の逆襲があるからね。

 そして、いつも僕と一緒に行動している家族のみんなも、竜峰同盟の間では広く認識されている。


 だけど、他の人たちは違う。

 たとえ僕の知り合いだったとしても、それを竜族が認知しているとは限らないよね。

 だから、無謀に空なんかを飛んでいたりしたら、誰でも襲われちゃう。


「竜王くらいになれば、それでも飛んで移動することくらいはできるけれどね」

「竜王会議が定期的に開かれるのは、実は凄いことなんだよね」


 南北に長く連なる竜峰の各地に住んでいる竜王たちが集まれるということは、それ自体が彼らの実力を示していることにもなる。

 だから、竜王は竜人族たちからたたえられるし、そう簡単には称号を授けられない。


「エルネア君は、凄いのね」

「えへへ、照れるな」


 よしよし、とセフィーナさんに頭を撫でてもらって、照れ笑いを浮かべる僕。

 だけど、気を緩められるのも今のうちだけだ。


 レヴァリアは瞬く間に竜峰の険しい山岳地帯をすり抜け、竜峰の西側へと飛んできた。

 もう少し飛んで平地に入れば、竜王の都が見えてくるかもしれない。でもその前に、レヴァリアは降下を始める。


「あの村が西側の捜索拠点になっているわ」


 渓谷を指差すミストラルを追って、視線を巡らせる。

 すると、比較的緩やかな渓谷に沿って広がる僅かな平地に、小さな集落が見えた。


「ライラたちは既に捜索に出ているはずだから、わたしたちも情報を聞いたらすぐに出発しましょう」

『ライラとあの騒がしい双子には、リームとフィオがついている』

「よし、それじゃあ、僕たちも気合を入れて捜索しようね。はやくクリーシオを元気にさせてあげなきゃ!」


 誰も、最悪の事態を口にはしない。

 全員が熟知しているからこそ、決して口にしてはいけないんだと思う。

 言ってしまうと、言葉が現実を引き寄せてしまうような気がするから。

 だから、僕たちは前向きな言葉を交わす。


「スラットンのお馬鹿っ。みんなに心配をかけるだなんて、絶対に見つけ出してお仕置きしてあげるんだからね!」


 竜峰の何処どこかにいるだろうスラットンへ届くように、僕は空に向かって思いっきり叫んだ。

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