冬の試練
寒さが増していくと同時に、
あと何日か寝ると、年越しだ。
雪かきをするために朝の暗いうちから寝台を抜け出して、身支度を整える。
こんな時間でも、すでにミストラルとルイセイネは僕よりも先に起きている。
他のみんなを起こさないように朝の挨拶を交わし、僕だけが外へ。そして一日の始まり、男たちの雪かき作業が始まる。
日に日に降り積もる雪は、もう肉体労働じゃあどうにもならないくらいになってきていた。
ザンたちも、これ以上は修行の域を超えると判断したのか、広場に積もった雪は炎系の竜術が得意な戦士の人たちが溶かすようになっていた。
雪かきが終わると、女性陣が朝の準備に取り掛かる。こうして、年末近くになっても変わらない日常が続いていく。
僕たちは朝食を済ませると、
「今日はライラが当番なの?」
「そうよ。だからあの子はお留守番」
そうそう。少しだけ変化はあったね。というか、これは騒動が終わった頃からなんだけど。
僕たちは毎日のように苔の広場へと行くんだけど、ミストラルたちは交代で誰かが村に残り出していた。
何をしているの? と聞いてもはぐらかされるので、お留守番をして何をしているのかは知らない。
全員で毎回出かけるのは、お世話になっている村の人たちに負担ばかりを押し付けるような感じになるので、残って村のために作業をしているのかな?
僕もお世話になっているばかりではない。本格的に雪が降り積もり始める前の、戦士たちの
ということで、今日はライラを残して苔の広場へ。
「きゃあ、失敗してしまいましたわっ」
というライラの悲鳴が聞こえてきたけど、ルイセイネに背中を押されて移動した。
黄金色の光に包まれて、気づけば苔の広場。
なんて便利なんだろうね。
「ふむ。感謝をせよ。汝らのために我は竜力を消費しておるのだ」
「毎日ありがとうございます。それと、おはようございます」
スレイグスタ老と、なぜか長期間居座り続けているアシェルさんに挨拶をする。
「居座り続けるとは失礼ね」
「うっ、しまった」
ぎろり、とアシェルさんに睨まれた。
「でも、帰らなくて良いんですか?」
「きっと、お父さんが心配してるにゃん」
「ふんっ。あんなへっぽこは放っておきなさい。春先まではここに居ようかしらね」
「夫婦喧嘩に巻き込まれて、迷惑なことだ」
スレイグスタ老の呟きに、アシェルさんが歯をむき出しにする。だけどスレイグスタ老も僕たちも、アシェルさんの威嚇には動じない。
プリシアちゃんなんて、アシェルさんの長く美しい毛を三つ編みにしながら、にこやかに今日の予定を相談している。
「んんっとね。今日は鬼ごっこがしたいよ」
「それは昨日したにゃん。かくれんぼがしたいにゃん」
「鬼ごっこはフィオとリームが来てからでもいいんじゃないかな?」
最近は、レヴァリアも苔の広場によく来るようになった。寒い竜峰を連れ回したり、
そういえば、金色の芋を鶏竜に届けたらすごく喜ばれた。
「もう芋の少年とは言えんな。これからは芋の竜王と呼んでやろう」
なんて言われたので、丁重にお断りを入れました。
アシェルさんは自分の威嚇が通用しないと知ると、ふんっとふて寝を決め込んで丸くなってしまった。
「プリシアはエルネアたちの邪魔をしないこと。さあ、あなた達は瞑想からよ」
と、ミストラルから指示が出て、僕とルイセイネと双子王女様は冬でもふかふかの苔の上であぐらをかく。
午前中は、みんなで修行。まずは精神統一を
竜術や法術の基本は冷静な心、澄んで研ぎ澄まされた精神、術の負荷に耐えられる忍耐と集中力だからね。
基本は
ということで、いつものように深い瞑想へと入ろうとしたら、スレイグスタ老に止められた。
「エルネアよ。今日から汝には新たな試練を課す」
「えええっ、突然!?」
予告なしの試練に、僕だけじゃなくてみんなが驚いた。
「汝はこれから、ひとりで霊樹のもとを訪れよ」
「霊樹がある場所で何をすればいいんですか?」
「それは、汝が見つけ出せ」
「ええええっ!」
なんて
自分で課題を見つけて、自分で克服をする?
よく考えてみると、それって物凄く高い難易度の試練じゃないのかな。
「左様。汝はこれまで、多くの試練と経験を越えてきたであろう。次は、自ら課題を見つけ出し克服するのだ」
むむむ。年越しの迫ったこの時期に、いきなり難易度の高い試練がくるなんて。
「覚悟せよ。この試練を乗り越えられねば、汝はここへと戻ってはこれぬ」
「そ、それって、日が暮れてもミストラルの村に戻っちゃ駄目ってこと?」
「左様。何日かかろうとも、自ら試練を見つけ、克服するまでは戻ってくることを禁ずる」
「そ、そんなっ……」
突然の試練というだけでも大変なのに、それを乗り越えるまで戻ってきちゃ駄目だなんて、なんて課題を出すんですか。
しかも、あと数日で年越しですよ。下手をすると、試練を受けた状態で年越しになっちゃう。つまり、みんなと一緒に楽しい年越しはできないということです。
「よう気づいた。まさにその通り。年越しという時間制限があったほうが良かろう。皆と年を越したければ、努力することだな」
なんということでしよう。
計画的犯行です。
僕があえて困るような時期に、突然の試練だなんて……
「言い忘れておった。白剣と霊樹の木刀は置いて行け。それと、霊樹の神聖な場所を血で
「えええええっっ! それじゃあ、ご飯とかはどうするの!?」
血で穢すな。つまり、小動物などを狩って
そして、これまで肌身離さず携帯していた白剣と霊樹の木刀を置いていくことに、すごい
「エルネア君、大丈夫ですか?」
「
見かねたミストラルとルイセイネが、抗議をしてくれた。だけど、スレイグスタ老は条件を緩和することはなかった。
「エルネア君。これをあげるわ」
「エルネア君。こっそりあげるわ」
双子王女様が心配して僕に抱きついた振りをしながら、手持ちのお菓子を分けてくれた。
本当はプリシアちゃんたちのお菓子なんだけど、有難い。
でも、スレイグスタ老には見つかっているよね。と思ってちらりと見たら、視線が合った。だけど言及されることはなかった。
どうやら、お菓子くらいは許されるらしい。
たぶん、このお菓子を消費する前に自分でどうにかしろ、という
「お兄ちゃんはお散歩に行くの?」
「修行にゃん」
「うん。これからひとりで修行になるみたい」
「んんっと、夜ご飯までには帰ってくるんですよ」
いつぞやのミストラルの口調を真似たプリシアちゃんに、ほっこりと癒された。
「うん。なるべく早く帰ってくるからね」
心配してくれるプリシアちゃんの頭を撫でてあげる。そして、腰から白剣と霊樹の木刀を取る。
寝る前やお風呂といった普段の生活で肌身から離すことはある。だけどこうして、非日常が待ち構えている状態で手放すのは久々なような気がするよ。軽くなった腰に違和感を覚えつつ、ミストラルに白剣と霊樹の木刀を渡した。
「霊樹の生える場所には魔獣や魔物は出ないから身の危険はないと思うけど、油断はしないでね」
「エルネア君、無理だけは禁物ですよ」
「無理だと思ったら、帰って来れば良いわ」
「無理だと思ったら、諦めも肝心だわ」
みんなの励ましに「大丈夫だよ」と頷く。
「突然のことで戸惑っているけど、僕はこの試練も乗り越えてみせるよ。だから、みんなは安心して待っていてね。あっ、年越しの準備をよろしく!」
今年は、ミストラルの村でみんなと年越しをすると決めていた。だから、それまでにはなにがなんでも戻らなくちゃね。
気合を入れて、スレイグスタ老に頑張る決意を伝える。そしてみんなに手を振って、古木の森の奥へと足を踏み入れた。
アシェルさんは口を挟むことなく、狸寝入りのまま丸まって様子を見ていた。
冬でも緑濃い古木の森を、孤独に歩く。
さて、困りました。
みんなには大丈夫だと笑顔で答えたけど、全然大丈夫じゃないです。
手持ちを確認してみよう。半日分くらいの水と、お菓子が少し。普通に過ごすと、僕はお昼すぎには干上がっちゃう。
水だけはなんとかなる。古木の森にも小川や沢はあるので、そこで水を飲めば良い。だけど、食料をどうするかが問題です。
一日二日程度の試練であれば、空腹でも耐えられる。
だけど……
スレイグスタ老があえてこの時期に試練を課してきた理由。それを読み間違えてはいけない。
年越しを楽しく過ごそうと、冬に入ってみんなと話していた。スレイグスタ老はそれを知っている。そして、年越しはあと数日後。
一見すると、年越しをみんなで過ごしたければ頑張れ、という期限のように思える。
でも、違う。
これは、そんな
裏を読み取ると、スレイグスタ老は最初から、この試練は数日かかると予想している。数日かかるような試練なんて、難易度が高い証拠だよね。
僕は、この部分を見誤っちゃいけないんだ。
自分で試練の内容を設定できる。だけど、目先の楽しみ、つまり年越しの行事などに目がくらんで適当な試練をつくり、それを乗り越えても駄目だということだよね。
むむむ。
では、僕はどんな試練を設定しよう。
そういえば、まだ風の加護の竜術が完成していない。それを完成させる?
待て待て。それは、あえて霊樹の側に行ってまで行うことじゃないよね。
古木の森を、足もとの根や起伏で転ばないように慎重に進みながら、ああでもないこうでもないと思案しながら歩く。
「むむむ。困った」
『こまったねえ』
『むうむう』
『うふふふふ』
「……うわっ」
うんうんと
光の粒がふわふわと空中を漂い、小さな子供が僕の後ろを歩く。小さな獣や昆虫や鳥といった姿の精霊さんたちが、いつのまにか集まってきていた。
「みんな、こんにちは」
挨拶をすると、精霊さんたちは嬉しそうに笑顔で返してくれた。
『あそぼう?』
『おさんぽー』
『かくれんぼ』
『探検したいな』
しまった! こんなところにも、遊びに飢えた子たちが居ました!
前途多難な試練に頭を抱えて、僕は
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