寒い冬を吹き飛ばそう

「んんっとね。あのね」


 プリシアちゃんはユーリィおばあちゃんの前で、身振り手振りを交えて黄金の芋を見つけた時のお話をしている。


 黄金の芋を掘り当てた僕たちは、急いで耳長族の村へと向かった。そして、大長老ユーリィおばあちゃんのお見舞いに家を訪れた。


 おばあちゃんの家は、耳長族特有の壁のない造り。木造の住宅なんだけど、壁の代わりに布が柱と柱の間に張られて、垂れ下がっている。

 冬は寒いんじゃないの? と思ったら、寒い時季は夏場の薄く涼やかな布から厚手の暖かそうな布に張り替えられていた。

 それでも欄間らんまの部分から布が垂れ下がっているだけなので、冷たい風が吹けば隙間風で寒いし、暖かい空気がこもらない。

 寒くて風邪かぜをひいたりしないのかな。という僕の浅はかな疑問は、何千年とそうやって生活してきた耳長族にとっては解決済みの問題だった。


 世話役の女の人に最奥の部屋へと案内されると、掘り炬燵こたつに足を入れてぬくぬくとしたおばあちゃんが迎えてくれた。

 部屋の四方には暖かそうな厚手の布が垂れ下がり、部屋自体が暖かい。

 家の外側から何重にも布が垂れ下がっていて、部屋は火の精霊によって温められていた。


 それでも、火の精霊を使役できなかったり、小さな家だとやっぱり寒いんじゃあないのかな? という疑問を、去年初めて冬場に訪れた際に口にしたことがある。すると、おばあちゃんが答えてくれた。


「寒いときには寒がりなさい。耐えきれないときには、暖をとれる家を訪れなさい」


 冬が寒いのはあたりまえのこと。自然と共に生活をする耳長族は、寒ささえも享受きょうじゅする。だけど、体調を崩したり、凍えてしまうようなときには、火の精霊を使役できる者の家へとみんなで集まるらしい。

 集まれば、宴会が始まる。

 娯楽施設なんてない耳長族の村では、そうやってなにかしらの理由で人が集まり、みんなで騒ぐことが文化になっていた。


「それでね。プリシアがえいって芋を掘ったんだよ」


 いやいや、芋を抜いたのは結局、ニーミアなんだけどね。と笑いながら、暖かい部屋でプリシアちゃんの小さな冒険話に耳を傾ける。


 プリシアちゃんが一生懸命にお話をしている間にも、耳長族の老人たちが次々とおばあちゃんの家を訪れて、気づけば老人会のような集まりになっていた。


「おお、プリシア。頑張ったな」

「大長老様、それでは美味しくいただかなければいけませんね」

「プリシアは姉に似て冒険好きか。はっはっはっ」


 おじいちゃんやおばあちゃんがおだてるので、プリシアちゃんは気分を良くして色々なお話を披露していた。

 そこへ、若い女性が籠いっぱいの焼いた金色の芋を持ってきた。


「お母さぁぁん。プリシアはね、いっぱい冒険したんだよ」

「冒険したんじゃなくて、勝手について回っているだけでしょう。エルネア、ごめんなさいねえ」

「いえいえ。いつも助けられてますよ」


 お芋を持ってきたのは、プリシアちゃんのお母さん。僕やプリシアちゃんと同じ栗色の髪をした美しい人。プリシアちゃんも大きくなったら、こんな美人さんになるのかな?

 見た目の年齢は、双子王女様くらいにしか見えない。こんなに若く見える人でも、五百歳なんだとか。

 千年近い寿命を持つ耳長族は、八百歳を超えると徐々に老化が始まるらしい。だけどそれまでは、みんな若々しい容姿をしている。

 つまり、この部屋に集まったおじいちゃんやおばあちゃんは、みんな八百歳以上の超高齢ってことなんだね。


「さあさ、熱いうちにどうぞ。エルネア、こんな貴重な芋をみんなの分もありがとうねえ」

「プリシアちゃんのおかげでいっぱい採れたんです。いつもお世話になっているお礼も兼ねてますから」


 ここはプリシアちゃんを立てておこう。

 色々と助けてもらったり癒してもらっているのは真実だしね。


 まずは、この場の主役でもある大長老のユーリィおばあちゃんに手に取ってもらう。


 湯気をあげる焼きたてのお芋を手に取り、ぱりっと黄金色の皮をく。皮はまるで金箔きんぱくのよう。そして中身は、甘いみつがたっぷり含まれていそうな蜂蜜色はちみついろをしていた。

 ふうふうと息を吹きかけて少しだけ冷まし、はふふと頬張る。


「とても甘くて美味しいねえ」


 おばあちゃんは優しく笑って、膝の上に飛び乗ってきたプリシアちゃんを優しく撫でた。


「そ、それじゃあ儂らも……」

「いただきますね」


 そこのおじいさん。よだれが垂れていますよ。


 お見舞いの主役であるおばあちゃんがお芋を口にしたことで、みんなは手に手にかごのなかのお芋を取って食べだした。

 僕も、プリシアちゃんのお母さんからお芋を受け取る。


 かまを使わずに、庭で枯葉かれはなどを焼いて昔ながらの製法で作った焼き芋。

 表面の皮はかりかりになっていて熱い。右手左手と転がしながら、湯気を出す熱々の皮を剥く。ぱりっと剥がれた皮の内側にも、ほくほくの芋の身が付いていた。

 皮の内側に口をつけて、お芋をひと口。

 舌と歯が熱さに驚く。でもその後に、口いっぱいに広がった優しい甘さにほっこりと顔が緩む。

 見れば、おじいちゃんもおばあちゃんも顔をとろんと崩し、幸せそうに黄金の芋を頬張っていた。


 皮を剥き、中身をほぐしてニーミアにあげる。


「熱いから気をつけてね」


 と言ってる側からかぶりついたニーミアが、熱さに舌をべーっと出していた。

 だけど美味しいようで、夢中で食べる。

 プリシアちゃんも口の周りを汚しながら、口いっぱいに頬張っていた。


 それは、おばあちゃんの芋じゃないかい?

 おばあちゃんは笑顔でお芋を剥いて、ふうふうと冷ましてプリシアちゃんにあげていた。


「プリシア、少しは自重しなさい!」


 お母さんに怒られていたけど、気にした様子はない。


「本当にいっぱいありますから、みなさん遠慮せずに」

「こらっ、エルネア。焼く方の身にもなりなさい」

「あ、そうでした!」


 プリシアちゃんのお母さんは、僕や女性陣を家族のように扱ってくれる。だから怒られるときは、本当にお母さんが怒るように遠慮がない。


「ちっ。遅れたか」


 おばあちゃんを囲んで美味しくお芋を食べていると、この場には相応しくない人の声がした。


「あれ。なんでザンがこんなところに?」


 振り返ると、大きな籠を背負ったザンが立っていた。

 むむむ。その籠の中身はもしや……

 立ち上がり、籠の中身を見ようとする僕。だけど、ザンは背中を僕に取られまいと身をひねって避ける。


「おや、何年かぶりに来たと思ったら。ザンも金色の芋を持ってきてくれたのかい」


 しかし、僕以外のおじいちゃんが籠の中身を覗き込んだ。


「あああ。さては、ザンは抜け駆けをしようとしたんだね!」

「なんのことだ。俺はユーリィ様が寝込んでいると聞いて……」

「それを教えたのは僕だよ。しかも、金色の芋のことを話したのも僕じゃないか」

「はっはっはっ。ザンは昔から金色の芋が自生する場所を知っていたっけな」

「お前がよく遊びに来ていた頃は、冬はこの芋を食べていたものだ」


 おじいちゃん達の暴露ばくろに、顔を赤らめて僕から視線を逸らすザン。


「ほら、やっぱりだましていたんだね。ザンは自生の場所を知っていたんだ」

「はははは。ザンは昔から大長老様に懐いていたからなぁ」

「確か、竜気の炎を扱うようになったのもユーリィ様の影響だったか」

「炎の精霊にれたんだよなぁ」

「そうだった、そうだった」


 わはは、とザンの昔話に花が咲き、笑いが起きる。


「ええい、あんたら。俺の過去なんてどうでもいいだろう。エルネアに先を越されたのなら、これはもう持って帰る」

「まてまて。良いじゃないか。酒も飲めるようになったのだろう。今夜は泊まっていけ」

「離せっ。俺は忙しいんだっ」


 ザンが顔を真っ赤にして逃げようとする。だけど、八百年以上生きてきたおじいちゃん達にとってはザンも赤子のようなもの。

 老人に捕まり、もてあそばれるザン。

 こんなザン、初めて見たよ!


 いいぞ、もっとやれ!


 僕たちを騙して、自分だけ功を取ろうとした罰です。

 にやにやと見つめる僕をザンが睨む。だけど怖くありませんよ。


「小さい時のザンはどんな感じだったんですか?」


 進んで火に油を注いでみる。


「芋が増えたし、いろんな料理にしてみようかしらねえ。蒸かし芋。揚げ物。色々できるわねえ」


 プリシアちゃんのお母さんはザンの背中から籠を剥ぎ取り、台所へと持って行った。


「そういやあ、アリシアが久々に帰ってきたときに泣かされていたっけなぁ」

「もう立派に竜峰は歩けるようになったかい? ここへ来るのにも何度か迷子になったっけなぁ」

「そうだ。ミストラルちゃんの方がお姉さんぽかったね」

「あの子は小さい時からしっかりしていたからね」

「や、止めろ。止めてくれ……」


 おじいちゃんやおばあちゃんにもみくちゃにされるザンには、普段見せているような勇ましく格好良い雰囲気は全くなかった。


 ユーリィおばあちゃんの家での騒ぎは村全体に広がっていき、お年寄りだけではなくて若い人たちまで集まりだした。

 手に手に食べ物やお酒を持ち寄り、いろんな話に賑やかさが増す。

 部屋を囲っていた厚手の布は天井付近に丸め上げられて、空間が拡張されていく。だけど、火の精霊を使役できる人が次々に部屋を暖めていき、更には集まった人の熱気で寒さなんて感じない。

 たまに吹き抜ける冷たい風が気持ち良いくらい。


 ああ、こうやって耳長族は楽しく冬を過ごすんだね。と見ていて実感できる。


 大賑わいになりだした建物の中心で、おばあちゃんは楽しそうに微笑んでいた。


 みんな、体調を崩していたおばあちゃんの家で宴会だなんて、少しは自重してください……


「エルネア君がお見舞いに来てくれたおかげで、楽しくなりましたねえ」

「いえ、逆にこんな騒ぎになっちゃって……」

「ふふふ。良いのよ。私はもう元気だしねえ」

「そうだそうだ。快気祝かいきいわいだ。わっはっはっ」


 すでに酔っ払い出したおじいちゃんが、近くの若い耳長族の青年に絡む。


「貴重なお芋も頂いたし、楽しんで帰ってねえ」

「あのね。プリシアは今日は、お兄ちゃんとお泊まりするの」

「いやいやいや、夜ご飯前に僕は帰らないと怒られちゃうよ」


 プリシアちゃんは、最近はミストラルの村と耳長族の村を交互に泊まっている。そしてどうやら、今夜は僕と耳長族の村に宿泊したいらしい。

 だけど出かける前に、きちんと帰ってくるように注意されたんだよね……


「なんだ、少年。すでに嫁の尻に敷かれているのか? いかん。それはいかんぞ」

「おっさん。あんたは思いっきり敷かれているだろうが。ミリネアさんのでっかい尻によう」

「うるせえ。だからこそ、前途希望にあふれる若者に警告をしてやっているんだ」

「あんたの警告は役に立たねえよ。息子も尻に敷かれているだろう」


 わははっ、と男たちに笑いが起きる。それを耳にした台所のふくよかな女性が、おっさんを引っ張っていった。


 なるほど。勉強になります……


「スレイグスタ様を通して、ミストラルちゃんには伝えておきましょうかねえ」


 おばあちゃんはそう言って、瞳を閉じる。

 おばあちゃんとスレイグスタ老の間は、以心伝心いしんでんしんの術で繋がっているのかな。

 竜の森で何かが起きたときに、スレイグスタ老がユーリィおばあちゃんに伝心術で伝えているのかもしれない。


「ザン、お前も泊まっていくよな?」

「嫌だというなら、エルネアにお前の弱みを漏らすぞ」

「あっ。それ聞きたいです。教えてください!」

「エルネア、貴様っ」


 話に飛びついた僕を睨むザン。

 でも怖くはありませんよ。

 僕はおじいちゃんたちに混じって、滅多に見られないザンの赤面を楽しむ。


「あのね。プリシアとアレスちゃんがこうやって手を繋いでね……」

「めいきゅうめいきゅう」

「にゃあ。ここを迷宮にしたら大変なことになるにゃん」


 プリシアちゃんたちはおばあちゃんに抱きかかえられて、お芋を頬張りながら楽しそうに冒険譚の続き。

 ぽろぽろと芋をおばあちゃんの膝の上に落としているけど、おばあちゃんは気にすることなく、にこにこと話を聞いていた。


「エルネア。体調を崩された大長老様の家で宴会だなんて、なにをしているの!」

「エルネア君、自重してください」

「お酒を持ってきたわ」

「料理を持ってきたわ」

「エルネア様、私だけはお味方……。はわわっ。ルイセイネ様、ご勘弁をっ」


 騒いでいると、女性陣達がやって来た。

 スレイグスタ老から連絡を受けたんだろうね。お酒や料理を持参してきている。

 みんなもここで騒ぐ気満々じゃないですか!


 そして、やって来たのは女性陣だけではなかった。


「いやあ、お邪魔します」

「おら、初めて苔の広場に入ったよ」

「いや、ほとんどの者がそうだろう」

「もう一生体験できないんだろうな」

「お、お邪魔します」


 なんと、ミストラルの村の住民たちが大挙してやってきた。


「ユーリィ様のご招待、感謝します」

「コーア。お久しぶりねえ。楽しんでいってね」


 部族長のコーアさんが、おばあちゃんに挨拶をする。


「エルネアには感謝をしなきゃな。こうして竜人族と耳長族の仲が深まったのも、君のおかげだよ」

「ええっ。そうなんですか? でも、ザンやミストラルたちのように昔から往来はあったんですよね?」

「それでも、こうして村全体での交流ができるようになったのは、種族の壁を超えて友好関係を築いた君のおかげだよ」


 全然実感はないんだけど、僕を通じて輪が広がっているなら嬉しいね。


 こうして、突然始まった第一回の種族間交流はとても賑やかなものになった。


 後日。

 スレイグスタ老に怒られた。

 大勢の人たちを転移させるのは疲れる。そして、なぜ我は参加できなかったのかと。

 仕方ないので、スレイグスタ老にも金色の芋をおすそ分けしたら、あっさりと許してくれた。

 そして、スレイグスタ老を村には呼べないので、竜の森でどこかの場所を提供してもらえるようにお願いをした。

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