伝説の黄金芋を求めて

 一晩越すごとに、降り積もる雪が深くなっていく。日に日に気温は下がり、初冬で震えあがっていた自分が本当に情けなかったのだと思い知らされる。

 だけど今の僕は、寒さになんて負けない。


 太陽が昇る前から、村の男性陣に混じって雪かきをする日々を日課にしていた。

 最初は腕が痛くなったり腰が痛くなったりと、全然役に立たなかったけど、力の使い方を覚えたら結構動けるようになった。


 でもまさか、雪がこんなに重いなんて知らなかったよ。

 家々の屋根に積もった雪を落とし、広場の雪を払う。

 全身筋肉痛にさいなまれていたときは、全部竜術で払っちゃえばいいじゃないか。なんてよこしまな考えを持っていた。

 だけど、実際に雪かき作業に参加し始めて、徐々に気づき始めたんだ。

 これも修行。竜気に頼らず、自身の肉体を鍛えるために、男たちは進んで雪かきをする。


 僕もこの一冬を頑張れば、ザンたちのような筋肉もりもりになれるのかな?

 ミストラルたちにそんな話をしたら、なぜか雪かき禁止令が出た。

 なぜだろう?

 意味がわからなかったので、今でも雪かきを続けているけど、女性陣には不評です。


 僕だって村のために頑張りたいんだよ?


「今日はもうこれくらいで良いだろう」


 ザンの指示で、今朝の雪かき作業が終わる。

 これから村の女性陣が出てきて、朝食の準備に入るんだよね。

 朝からひと働きしてお腹が空いているけど、朝ご飯までにはもう少し時間がある。

 なので、もうひとつ最近の日課になっている、ザンとの朝の散歩に出ることにした。


 僕とザンは並んで村の外へと出る。

 小さな森を抜けて、地竜たちがとうとう巣を作って住み始めた場所を通り、山のなかへ。


 ザンは炎も出さないのに、周囲の雪を溶かして歩く。

 なにそれ便利だね。

 僕は、ザンが溶かして作った道を後ろからついていく。


「今日も竜の森の巡回に行くのか?」

「うん。もうほとんど不届き者は居なくなったんだけどね」


 耳長族の戦士や魔獣たちのおかげで、一時期に蔓延まんえんっていた竜の森の不届き者は一掃された。


 悪巧みをくわだてていた人たちは、竜の森の者たちの容赦ない警備に戦々恐々として、森での悪さをすぐに諦めた。

 なにせ、魔獣も耳長族の戦士も容赦をしない。

 魔獣は不届き者を捕まえる際に、生死なんて考えない。僕が一緒のときは体当たりなどで対応するけど、それ以外では牙も爪もき出しだ。

 腕をみ千切られたり、脚に深い傷を負った冒険者が森から逃げ出す様子が、王都で何度も目撃されているらしい。


 耳長族の戦士も、森を護る一員として悪者には容赦しない。一応は警告を入れるけど、それを無視した者の末路は決まっていた。

 人族で結成されている森林警備隊が朝に森へと入ろうとすると、森の入り口に死体が積まれていることがあるらしい。


 耳長族も魔獣も、不届き者が僕と同じ人族だからという理由で手加減なんてしない。そもそも彼らは、人族なんてその他たくさんの種族のひとつとしてしか認識していない。

 唯一の認識は、竜の森で悪さをしようとする者には死を含めて手加減なく対処する、ということだけ。


 僕が魔獣と意思疎通をしたり、竜の森で生活する耳長族と親しくしているということに勘違いをしていた冒険者や悪巧みをする人たちは、竜の森の守護がいかに厳重なのかということを再認識した。

 国からのお達しもあり、今では騒動前のように竜の森で悪さをする人は殆どいなくなった。


「今では日課みたいなものかな。苔の広場で修行はするんだけど、一日中じゃないしね。竜峰はご覧の通りの雪景色で遊べないから、竜の森でみんなと遊びながら巡回をしているんだよ」

「竜峰の冬はなにもできなくなるからな」


 ミストラルの村を訪れる人の数も、最近は激減してきた。人竜化で空を飛べる人や、雪をものともしない属性の人だけが訪れるくらい。このまま、竜峰各地に点在する竜人族の村々は冬を孤立して過ごすらしい。


 空を飛ぶ飛竜の姿もあまり見なくなった。地竜たちも、太陽が昇るまではみんなで固まって寝ている。


 これが竜峰の冬なんだ。厳しいね。と思いながら、散歩を続ける。


「そう言えば、ザンは黄金おうごんいもって知ってる?」

「なんだ、入り用なのか?」


 僕の質問に、足を止めることなく聞き返すザン。


「うん。実は、耳長族の大長老様が倒れたんだって」

「なにっ!?」


 僕の言葉に、ザンが驚いて振り返る。

 まさか、ザンがこんな反応を示すなんて。金色の芋には反応しなかったのに、他種族のおばあちゃんに反応するなんて、なんか変だよね。


「ユーリィ様には、小さい頃にお世話になった。ミストラルと何度も遊びに行ったことがある」

「えへへ、そうなんだね」


 幼いザンがミストラルと手を繋いで竜の森を歩き、耳長族の村へと遊びに行く姿を想像すると、心がほっこりとしてきた。


「気持ち悪い想像をするなよ?」

「ふっふっふ。ミストラルから後でそのときの話を聞こう」

「エルネア、燃やされたいらしいな?」

「ひぃっ、お助けっ!」


 ザンの拳に炎がともり、僕は慌てて雪の中に逃げ込んだ。


「それで、ユーリィ様の容態はどうなんだ?」


 心配を見せるザンに「安心して」と返す。


「この間の騒動で少し疲れちゃったみたいなんだよね。巨人の魔王の相手をさせられていたし……」

「それは、お前のせいじゃないのか?」

「うっ。違うよ。おじいちゃんのせいだよ」

「まあ、その辺の責任はどうでもいい。先を話せ」

「うん。それでね、疲れとここ最近の寒さで寝込んじゃったんだって。だけど元気が出るものを食べたらまたすぐに回復するって言われたんだ」

「だから金色の芋か」

「そう!」


 ユーリィおばあちゃんが倒れたとカーリーさんから聞いたときは、僕たちも驚いて心配してしまった。だけど、おばあちゃんは高齢でも元気いっぱいで、たまに寝込んでもすぐに元気になるらしい。

 僕の寿命の前におばあちゃんの寿命が来ることはない、と耳長族の人たちに笑われた。


 スレイグスタ老もそうだけど、長命な者の寿命感覚がわかりません……


 なにはともあれ、安静にして美味しいものでも食べていれば元気になると聞いて安心したのは、ザンだけではなくて僕たちも一緒だ。


 そしてミストラルから昨夜、話を聞いたんだ。

 竜峰には、黄金色の芋が自生しているらしい。

 とてもとても甘くて、栄養たっぷりなんだとか。

 だけど栽培はとても難しく、自生しているものを探すしかない。そして金色の芋は、なかなか見つからないらしい。


「金色の芋は、確かに今の時季にできるな。だが、ご覧の通り竜峰は雪に埋まる。どこに自生しているかわからないうえに、雪に覆われて探すのは大変だな」

「そうなんだよね。だからザンが自生している場所を知らないかなあと思って」

「そうか。金色の芋か……」


 思案する様子のザン。だけど、色よい返事は返ってこなかった。


「見つけられると、確かにユーリィ様への見舞いの品になるな。だが、よりにもよって金色の芋か。自分で根気よく探すしかあるまい」

「そうか。ザンも知らないんだね。他に知っていそうな人は居ないかな?」

「知っているといえば、部族長や旅好きの数人くらいか」

「戻ったら聞いてみるね。ありがとう」


 金色の芋は、竜峰の特産にもなる。それを狙って、冬の間中ずっと竜峰を歩き回る人もいるらしい。だけど、そう簡単には見つからないのだとか。


 でも、諦めないよ!

 おばあちゃんのために、頑張って探してみせます。

 ザンとの散歩を終えて村に戻りながら、どうやって見つければいいのか思案した。

 だけど、浅い知識の僕なんかには、良い案なんて見つけられなかった。

 そりゃあそうだよね。竜峰の知識さえ足りないのに、そのどこかに自生する伝説の黄金の芋の場所なんて、考えただけで見つけ出せるわけがない。


「ということで、ニーミア。よろしくね」

「がんばるにゃん」

「んんっと、がんばるよ」

「えんそくえんそく」


 こうして、黄金の芋探索隊は結成された!


 朝食を食べ終えた探索隊は、早速ニーミアの背中に飛び乗る。


「気をつけて行ってらっしゃい。無理は禁物よ。それと、夜ご飯までには帰ってくること」


 ミストラルにそう言われて、僕たち探索隊は寒空へと飛び立つ。

 肌を刺す冷たい風が一瞬だけ頬を凍らせた。だけどすぐに、ニーミアの加護で寒さが和らぐ。


 結局、僕の加護の術はまだ完成していなかった。


「どっちに向かえばいいにゃん?」

「あっち」

「こっちこっち」


 プリシアちゃんとアレスちゃんが別々の方角を指して、ニーミアが困った声で鳴く。それを三人で笑う。


「部族長のコーアさんに聞いてきたんだ。金色の芋は、緩やかな斜面に自生することが多いんだって」

「にゃあ。それじゃあ、斜面を見つけるにゃん」

「がんばれ、ニーミア!」

「見つけたら、少しだけ分けてあげるからね?」

「すこしだけすこしだけ」

「ひ、ひどいにゃん……」


 プリシアちゃんの厳しい報酬条件に、ニーミアはまた鳴いた。


「おばあちゃんのお見舞いに持っていった残りは、みんなで仲良く食べようね」

「大おばあちゃん、きっと喜ぶよ」


 と言っているプリシアちゃんが一番喜んでいた。


「いもいも」


 春先にプリシアちゃんと約束をした芋掘りが、こんな形で行われるとは。

 楽しい芋掘りになることを祈りつつ、眼下に流れていく竜峰の景色を見下ろす。


 右を見ても左を見ても、雪。雪。雪。

 真っ白に染まった竜峰は、寒々とした景色を視界に送り込んでくる。

 地表を走る強い風が表面の雪を舞い上げて、白いかすみがかかったような山脈を幾つも通り過ぎていく。


 飛びながら、僕とニーミアは話に聞いたような緩やかな斜面を探した。そして、たまに条件に合致した場所を見つけると、ニーミアに降下してもらう。

 雪の上に降りたニーミアは、犬のように雪を掘って金色の芋を探した。


 だけど、見つからない。

 自生条件がわかっていても見つからないから貴重で、特産になるんだよね。

 根気強く探す。


 だけど、やっぱり見つからない。

 僕とニーミアは一生懸命に探していたけど、プリシアちゃんは途中から飽きてしまったのか、アレスちゃんと抱き合って眠ってしまった。


 君こそ、見つけても少しだけしか分けてあげないよ?

 プリシアちゃんの子どもらしい行動原理に、僕とニーミアは怒るどころか笑ってしまう。


「したした」


 すると、プリシアちゃんと抱き合って寝ていたアレスちゃんがそう呟いた。


「下?」

「いもいも」


 幼女のときは幼い口調で言葉足らず。だけど、アレスちゃんの言っている意味はしっかりとわかる。


「ニーミア、下にお芋があるんだって」

「でも、緩やかな斜面じゃないにゃん?」

「つちのせいれいがおしえてくれてるよ」

「あっ、その手があったのか!」


 目の前で暖かそうに寝ているプリシアちゃんを見る。

 ここに、最初から最終兵器があったじゃないか。

 なんで気づかなかったんだろうね。


 大地のことは、土の精霊がよく知っている。

 上空から、雪越しに金色の芋を探すのは至難の技だ。だけど、地中は土の精霊の得意な場所なんだよね。プリシアちゃんの土の精霊さんにお願いをすれば、簡単に見つけられたんじゃないのかな……


 ニーミアは言われた場所に着地する。そして深い雪を掘ると、有りました!

 雪の下で、黄土色おうどいろをした葉っぱが広がっていた。


 寒い冬。冷たい雪の下で力強く生きている植物に驚く。


「プリシアちゃん、お芋掘りだよ」

「おわおっ。すごいね」


 さっきまで寝ていたプリシアちゃんが、元気よくニーミアから飛び降りた。

 ニーミアは休憩。小さくなって、プリシアちゃんの頭の上で寛ぐ。


「これがお芋さん?」

「うん。つたを引っ張り抜くと、お芋さんが出てくるんだよ」


 ニーミアに変わって、アレスちゃんが寒さから僕たちを守ってくれていた。


 ニーミアはもう十分頑張ってくれたし、アレスちゃんも寒さから僕たちを守ってくれている。

 では、残りは僕とプリシアちゃんが頑張りましょう。


 地面に張った蔦を手に取る。

 冷たい蔦の感触で、手がひりひりとした。


「あのね、プリシアは手袋を持っているよ」

「うわ、それ可愛いね。どうしたの?」

「んんっと、魔王のおばちゃんに貰ったんだよ」


 呪われていないよね?

 一瞬だけ、変な思考が横切ってしまう。

 いや、大丈夫。巨人の魔王もプリシアちゃんを溺愛できあいしている。竜の森の巡回の打ち上げ以降、最近はちょくちょくと苔の広場に来てプリシアちゃんと遊ぶくらいに。

 そんな巨人の魔王が、呪いの手袋なんて渡すわけがないよね。


 プリシアちゃんはぬくぬくとした手袋をはめて、お芋の蔦を握る。


「うんとこしょ。どっこいしょ」


 そして、必死に蔦を引っ張った。


 でも抜けない。

 小さなプリシアちゃんの力では、抜けないよね。芋は蔦で繋がって、地中に一杯なっているんだ。

 僕も蔦を両手で掴み、プリシアちゃんと一緒に引っ張る。


「うおおおー!」


 あれ? 全然抜けません。


 もう一度、力一杯引いてみる。

 でも、抜けない。


「うんとこしょ。どっこいしょ」


 プリシアちゃんの謎の掛け声を一緒に叫びながら引っ張る。

 ……抜けません。


「筋肉もりもりにはなれないにゃん」

「ぐはっ」


 見かねたのか、ニーミアがもう一度巨体になって、蔦を掴んで引っ張り上げた。すると、気持ちが良いくらい簡単に、連続して芋が土から飛び出してきた。


 ニーミアの容赦ない突っ込みは痛かったけど、地中から出てきた黄金の輝きには感動を覚えてしまう。


 きらきらと白い雪の光を反射して、黄金色にきらめめくお芋は、冬の竜峰に刺す幾筋もの輝きだった。

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