妄想に耽る夜

 魔族の争乱の際、ヨルテニトス王国では竜の森の精霊たちに助けられた。そして次はいつ霊樹の近くに来られるかわからないので、現れた精霊さんたちと遊ぶことを決める。


 けっして現実逃避ではありません。

 これは立派な恩返しなんです!


 それじゃあ遊びましょう、ということになって。


「ま、まてー!」


 過酷な一日になるとは予想もしていませんでした……


 鬼ごっことかくれんぼとお散歩が融合した、これまでにない遊びに巻き込まれた僕は、目的地の霊樹からどんどんと遠ざかっていく。


 最初は僕が鬼で、隠れている精霊さんたちを探す。だけど、見つけるだけじゃ駄目。発見したら、鬼ごっこの要領で逃げる精霊さんを捕まえなきゃいけない。精霊さんたちは逃げながらどんどんと古木の森の奥へと入っていく。

 滅多に入れない霊樹側の古木の森なんてそもそも地理を把握をしてないんだけど、背後に遠ざかっていく霊樹くらいはわかるよ。


『にげてにげて』

『エルエルがくるぞー』

『きゃー、たべられるぅー』


 エルエルってなにさ。そして精霊さんを食べたりはしません!


 僕は果たして、今日中に霊樹へとたどり着けるのだろうか。という一抹の不安を抱えながら、精霊さんたちと深い古木の森で逃げたり隠れたり、追いかけたりしながら遊ぶ。


 途中、小川を発見して喉をうるおす。

 周囲の緑豊かな木々で間違えそうになるけど、冬なんだよね。きんっと冷えた水が喉に強い刺激をもたらして、運動をして火照ほてった身体を引き締めてくれた。


 その後は、また精霊さんたちと遊ぶ。

 遊ぶ。

 そして遊ぶ。


 ええい、君たちは飽きるとか疲れるって言葉を知らないのかい!


 くたくた、ふらふらになって、古木の根もとに座り込んだ僕を精霊さんたちが心配そうに覗き見に来た頃には、すでに空は薄暗くなり始めていた。


『おわり?』

『かえる?』

『寝ちゃう?』

「つかれたつかれた」


 アレスちゃんのようなつたなしゃべり方なのは、小さな子供の姿をした精霊さんたち共通なんだろうか。

 大人の精霊になるためには、耳長族から精霊力を分けてもらわないといけないんだよね。

 光の粒や動物や昆虫。人型の子供以外の姿をした精霊さんたちが逃げていた先から戻ってきて、僕の周りに集まりだす。


「僕は霊樹の場所へ行かなきゃいけないんだよ。だから、今日はもう終わりだね」

「おわりおわり」

「そうそう。だから、僕を霊樹の場所へ連れて行ってくれないかな?」

「こっちこっち」


 道案内を買って出た金髪幼女の手に引かれて立ち上がる。

 愛らしい丸い金色の瞳が可愛い。

 まるで、アレスちゃんみたい。


 ……


「というか、アレスちゃん!」


 なんでアレスちゃんがこんなところにいるんだろう!?

 僕は驚いて、アレスちゃんを抱きかかえた。

 アレスちゃんは嬉しそうに僕に抱きつく。


 予想外です!

 アレスちゃんは、霊樹の幼木にいている精霊なんだよね?

 霊樹の木刀を手放している僕の方に現れるなんて、予想もしていなかった。


「幼木の方に憑いていなくて大丈夫なの?」


 胸元に抱きついて微笑んでいるアレスちゃんは、僕の質問に力強く頷いた。


「プリシアがいるからだいじょうぶ」

「な、なるほど」


 そこは、スレイグスタ老やミストラルの名前が出てくるところじゃないんですか。

 君たちの信頼関係ってどういう基準なんだろう。


「でも、どうして僕の方に来たの?」

「ぬけがけぬけがけ」

「いやいや、それはライラだよ」

「つっこみつっこみ」


 僕とアレスちゃんのやり取りに、周りの精霊たちが笑う。


「それで、本当のところは?」


 僕の再度の質問に、アレスちゃんは不思議そうに小首を傾げた。


「エルネアにもついているよ?」


 ああ、そういえば。

 ずっと前に、耳長族の大長老であるユーリィおばあちゃんに言われたっけ。霊樹の精霊は、僕と霊樹の幼木に憑いているって。

 今回は、霊樹の幼木の側ではなくて、僕の方を選んでくれたみたい。アレスちゃんにお礼を言うと、嬉しそうにまた抱きついてきた。


「かえろうかえろう」


 アレスちゃんの号令のもと、精霊さんたちと古木の森を引き返す。

 とはいっても、苔の広場に帰るわけじゃない。精霊さんたちは、僕を霊樹のもとへと案内してくれた。

 そして、ようやく目的地である霊樹の根もとへとたどり着いた頃には、辺りはすでに真っ暗になっていた。


 光源になってくれていた光の粒の精霊さんたちにお礼を言う。案内をしてくれた他の精霊さんたちにもお礼を言って、みんなと別れた。


 精霊さんたちは「また明日」と不穏な台詞せりふを残し、ふわりと消えていく。

 光源がなくなり、真っ暗になる。

 瞳に竜気を宿して視界を確保すると、アレスちゃんと二人で霊樹の根もと側まで進む。


「今日は疲れたよ」


 霊樹の太い根を背もたれに、座り込む。

 一日中遊んで疲れ果てているせいか、今日はこのまま眠ってしまいたい。でも、貴重な一日を潰してしまったとは思っていない。

 精霊さんたちにお礼が返せたのなら、今日の成果はそれで十分じゃないかな。残りの日数が減ったわけだけど、目的のために大切なことを犠牲にするのは間違えだと思うしね。


 小川の水を飲むことで温存していた水筒の水を口に含み、乾いた喉を潤す。ぐうう、とお腹が鳴ったので、双子王女様に持たされたお菓子をふところから出した。

 アレスちゃんが食べたそうにこちらを見ていたので、半分こをして仲良く食べる。

 さて、食料はこれで尽きました。明日は食べ物調達から始めなきゃいけないかな?

 でも今日は、もう疲れて眠い。


 うとうとし始めた僕のほほに、警告してくれたかのような冷たい風が触れた。


 はっ。いけない。

 このまま寝ちゃ駄目だ。

 竜峰よりかは寒くないけど、竜の森にも冬は訪れている。今は動いた後で温かい体も、徐々に冷めていく。そんななかで寝ちゃったら、風邪を引くどころか凍死してしまう可能性もあるよね。


 まどろみを飛ばし、明日の食料よりも今晩のことを先に考えることにしよう。


 さて、どうやって夜を過ごそうか。

 安価に思いつくのは、火をくこと。でも、この森で火を焚くことは禁止されている。

 食料もそうだけど、寝るときの防寒対策も考えなきゃいけないことだったんだよね。

 突然の着の身着のまま試練に、対処しなきゃいけないことが多すぎて大変だよ。


 とほほ、と肩を落として、そして気づかされる。

 僕はこれまで、恵まれた環境のなかにいたんだね。

 信頼できる多くの家族。寝床にも食べ物にも困らず、寒さや暑さも深く考える前に誰かが解決してくれていた。

 だけど普通の冒険者は、こういった普段の生活にも思案を巡らせながら日々を過ごしているんだ。

 どうすれば食料を確保できるか。夜の寒さ対策をどうするか。なにかひとつでも見落としがあると、命に関わる。

 僕は突然ひとりにさせられて、ようやく日々の入念な準備の大切さに気づいたのかもしれない。


 ううむ、甘えがあったのかな。

 スレイグスタ老は、そういった部分を気づかせるためにこの試練を課したのかな?


 なにはともあれ、まずはこの夜を越えなきゃいけない。

 アレスちゃんは僕に抱きついたまま、すうすうと寝息を立て出していた。


 寒さ対策。

 やっぱり、風の加護の術が完成していればなぁ、と思っちゃう。そして、欠点にも気づかされる。

 竜術で加護を付けるわけだけど、僕が寝ちゃったら、集中が切れて術も途切れちゃう。無意識、集中の継続なしでも術の効果が持続しなきゃ駄目なんだよね。


 困った!

 どうやって寒い夜を乗り切ろう。


 霊樹の根もとに身を隠せば、冷たい風からは逃れられる。だけど、冷える気温からは逃げ切れないよ。


 やっぱり、風の加護を完成させた後にそこから更に手を加えて、寝ている間も持続するような術に昇華しょうかさせる案が有効かな。いやいや、今まで試行錯誤をして完成しなかった術が、一晩で完成するわけがない。

 落ち葉を集めて寝床にしちゃおうか。そういえば、冬でも古木の森は緑豊かだったよね。落ち葉なんてなさそう。寝床にできるほどの量なんて集まるのかな。しかも、もう暗いしなあ。


 あれこれと考えても、いい案が浮かんでこない。こういうときは、一度瞑想をして心をしずめてみよう。

 考えても無駄な時ってあるからね。そういうときには気分転換をすると、ぽっと素敵な考えが浮かぶものです。


 ということで、アレスちゃんを起こさないようにあぐらをかき、瞑想をする。


 深く沈んだ精神が、竜脈の本流と霊樹の気配を感じ取る。昼も夜も関係なく、霊樹は力強く竜脈を汲み取って命のかてにしていた。


 そもそも、霊樹とはなんなんだろう。

 世界各地に、この霊樹と同じ巨木が生えているらしい。そしてその全ては、古代種の竜族が厳重に護っているのだとか。

 スレイグスタ老と出逢った当初、霊樹がどういったものなのかはいずれわかる、と言っていた。スレイグスタ老自らが教えてくれる気配はないので、自分で答えを見つけ出せということなんだろうけど、僕は未だに霊樹がどういったものなのかを知らない。


 背もたれにしている霊樹の根は地中深くにまで先を伸ばし、血の流れのように竜脈を吸い上げている。

 霊樹と竜脈の本流。この二つを分けて考えなければ、霊樹が吸い上げる竜脈も流れのひとつとして認識できるくらい。

 いってみれば、地中に流れる竜脈を霊樹が地上に引っ張り上げているということになるのかな。

 吸い上げられた竜脈は、雲を突き破るほど高い霊樹の天辺、ひとつの森をまるまる覆うほど広げられた枝葉の隅々まで行き渡り、命を振り撒く。霊樹から溢れた生命力は周囲に恩恵をもたらし、緑豊かな自然が育つ。


 今更かもしれないんだけど、そう考えると、霊樹のこぼす力に育てられた竜の森も、霊樹と同じくらい大切なものなんだよね。

 ああ、そうか。だからスレイグスタ老は霊樹だけではなくて竜の森全体を守護しているんだね。


 思案がまとまらないから瞑想しようとして、気づけば背後の霊樹のことを考え込んでいた。


 霊樹の存在がどういった役目を担っているのか。今の僕にはまだ考えつかない。だけど、世界にとって霊樹は大切なものなんだよね。そして、それを守護する古代種の竜族たち、スレイグスタ老は世界と繋がっている。

 僕は、世界と繋がっているのかな?

 口を酸っぱくして言われることは、僕が世界の中心ではない、僕を中心として世界は回っていない、といういましめ。だけど、世界の隅っこでもいいから、世界と繋がって、世界のためになにかができれば良いな。

 竜術を極め、竜脈の流れに精通して、スレイグスタ老のお手伝いなどをしていれば、いずれは繋がることができるのかな?


 人族の僕なんかには大それた考えかもしれない。だけど、そう思って頑張ってもいいよね?

 竜剣舞を納めるとか、みんなを絶対に幸せにするんだ、という身近な目標も大切だけど、壮大な夢を持つことも悪くはないと思う。

 勇者のリステアは、アームアード王国やヨルテニトス王国の平和を願って活動をしている。僕も同じように、世界のために活動できるように頑張ろう。

 ……大きく夢を見過ぎ?

 いいじゃないか。夢はどこまでも大きく、壮大な方が楽しいもんね。


 ニーミアやレヴァリアの背中に乗り、世界各地を飛び回って、えいやあっ、といろんな問題を解決する。

 なんて素敵な冒険譚。

 僕の活躍が伝説になっちゃったりして。


「じちょうじちょう」


 はっ。

 アレスちゃんが僕の思考を読んで突っ込んできた。

 そうそう。今しがた戒めを思い浮かべたばかりじゃないか。

 僕が世界を回しているわけじゃない。そこだけは間違わないようにね。


 というか、アレスちゃんが起きちゃった。

 そう思って目を開けると、薄っすらと空が明るくなっていた。


 なんということでしょう。

 世界を飛び回って活躍する妄想をしていたら、朝がきました!


 夜の妄想はほどほどに。という教訓を残し、僕は試練二日目を迎えることになった。

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