五里霧中
「ちくしょうめ、待ちやがれ!」
「おい、スラットン!」
アレクスさんを追って、霧の奥へと走っていくスラットン。
リステアも、相棒を追って霧のなかへと入っていく。
「エルネア、感謝する。だが、俺たちはドゥラネルを見捨てるわけにはいかないんだ」
濃い霧に消える間際、リステアは振り返って僕に頭を下げた。
「くそうっ。僕がもっとしっかりしていれば!」
だけど、そんなことをしていても事態は解決しない。
僕は心を鎮めるように大きく深呼吸をする。
「セリースちゃんとネイミーは、なにか変化が起きないか外から様子を伺っていて。ドゥラネルは必ず僕たちが助けるから!」
「エルネア君、よろしくお願いします」
「まかせたよーっ!」
事態の急変に出遅れたセリースちゃんとネイミーを残し、僕は意を決して霧のなかへと飛び込んだ。
全てが真っ白で、伸ばした指先さえ確認できない。
不思議な
そもそも、真夜中なはずなのに、視界が真っ白な時点で異常だ。
僕は見えない足もとを慎重に探りながら、霧の奥へと進んでいく。
ううん、向かっている先が奥なのか外なのかさえ確認できない。
それでも、進む。
気配を探る。
あやふやな気配が広範囲に充満しているせいで、みんなの位置を正確に把握することができない。
この周囲に充満している気配こそ、霧の化け物の気配なんだろうね。
霧の化け物の気配を意識しながら、さらに気配を探る。
すると、遠くでなにやら人の気配が。
走る。
すると間もなく、喧騒が耳に届いた。
「ちっ、小賢しい」
「はあっ!」
男たちの
竜人族の戦士の人たちだ。
喧騒に飛び込む。
すると、急に霧が薄くなった。
視界が僅かに拓ける。
そして、見た。
先の見通せない霧が薄れた代わりに、白い靄で形取られた人型と、竜人族の戦士の人たちが戦っている風景を。
「おらおらっ」
鉄製の
鋭く重い一撃を受けた人影は、
だけど、散った霧はまた次第に集まり、人の形を成す。
「霧だけに、きりがねぇな」
くだらない
「みなさん、ドゥラネルは?」
人型の霧を消し飛ばしながら、竜人族の戦士が僕の質問に答える。
「おそらく、あっちだ。ただ、気をつけろ。神族の
「ありがとう!」
この場は、戦士の人たちに任せよう。
僕は、示された方角に向かって駆ける。
すると間も無く濃霧に入り込み、視界が真っ白になった。
やあっ、と霊樹の木刀を振ってみる。
すると、竜気の宿った木刀に触れた霧が消えていく。
だけど、周囲の濃霧が不気味に蠢き、すぐに空白を埋めていく。
たしかに、これはきりがない。
払っても払っても、濃霧は薄くなることもなく世界を満たす。
僕は本当に、こんな得体の知れない化け物とドゥラネルを引き離す答えを持っているのかな?
だけど、あの場面で魔王が嘘を言うとは考えられない。
人を
では、いったい僕はなにを持っているというのか。
目の前の霧を無造作に払いながら、濃霧が支配する世界を進む。
すると、またしても霧が薄まった場所へと躍り出た。
「リステア、スラットン!」
次に人型の霧と戦っていたのは、アレクスさんを追いかけていったはずの二人だった。
「おう、エルネア!」
「エルネア、無事か!?」
「僕は無事だけど……」
はて、リステアの言葉の意味がわからない。
僕は濃霧を突っ切って走ってきただけだ。
もしも途中で人型の霧が襲ってきていたとしても、この程度は簡単に払いのけられる。
竜人族の戦士でなくても、手こずるような相手ではない。
リステアとスラットンも、迫る何体もの人型を右に左に簡単に斬り伏せていた。
と、そこで違和感を覚える。
「スラットン、また裸になって、なにをしているの?」
「馬鹿野郎、好きで裸になっているわけじゃねえよっ」
「えっ?」
だって、上半身なんてなにも身につけていないし、下半身も……
「エルネア、気をつけろ。この妖魔は俺たちを溶かして喰うような化け物だぞ」
「な、なんだってー!」
それじゃあ、スラットンは好き好んで裸になったわけじゃなく、服を溶かされてしまったのか!
竜峰の東を
僕は、慌てて自分を見返す。
「あれ?」
だけど、濃霧のなかを突っ切ってきた僕の服は溶かされていなかった。
いや、僕だけじゃない。見れば、リステアも服をきちんと着ている。
この場で裸に近い姿なのは、スラットンだけだ。
「くそっ、リステア。お前だけ
「仕方ないだろう、先程までアレクス殿を相手にしていて、もうお前に回せるほどの炎の呪力がないんだ」
ああ、そういうことか、と気づく。
リステアは僅かながら全身に炎を纏っている。だから、霧の化け物はリステアに触れられない。
逆に、周囲を埋め尽くす霧を払う手段を持たないスラットンは、徐々に溶かされていっている。
そして、僕や二人の持つ武器が健在な理由。
恐らく霧の化け物は、強い力の宿った武具は溶かしきれないんだ。
裸同然で発見されたスラットンが、なぜ長剣だけを所有していたのかがわかった。
ちなみに、僕の着ている服にはテルルちゃんの糸が少しだけ使われているからね。
そりゃあ、霧の化け物程度では溶かせない。
とはいえ、このまま濃霧のなかに長居していては、露出している肌から溶かされかねない。
スラットンが火傷のような怪我を負っていたのは、溶かされて喰われたからだ。
「お前ら、卑怯だぞ!」
「まあまあ、おちついて、スラットン。そんなことよりも、ドゥラネルだよ!」
早く、ドゥラネルのもとに駆けつけなくては。
そうしないと、アレクスさんは本当にドゥラネルごと霧の化け物を封印しかねない。
「くそっ。邪魔なんだよっ」
スラットンが長剣を振るう。
胴を両断された人型の霧が霧散する。
でも、次から次に人型は生まれてくる。
「道を作る。スラットン、エルネア、走れ!」
リステアの聖剣に
そして、気合いと共に炎を振り下ろすリステア。
紅蓮の炎は一条の帯となり、濃霧を切り裂く。
濃い霧のなかに、ぽっかりと道が出来た。
僕とスラットン、それと最後尾からリステアが走る。
空洞を埋めるように、霧が蠢く。
リステアの炎でも、広範囲に広がった濃霧を消滅させることはできない。
必死に走る三人。
僕たちを足止めして、捕食しようとする霧の化け物。
だけど、僕たちの足の方が速かった。
炎が拓いた空洞を抜けた先に、ドゥラネルはいた。
ただし、自我を失って白目を
霧はドゥラネルの周囲には
そのせいか、僕たちが到着した場所は比較的霧が薄く、奥まで先が見通せた。
「ドゥラネル!」
スラットンの呼び声にも反応を示さないドゥラネル。
「どうすれば……」
ドゥラネルのもとへと駆けつけることはできた。
だけど、未だに僕は答えを見出せてはいない。
「アレクス殿は?」
リステアが慎重に周囲を伺う。
先行したはずのアレクスさんの姿は、まだここにはない。
「あの野郎が来る前に、早くどうにかしねえと……」
スラットンの言う通り、どうにかしないといけない。
だけど、時間の
「貴殿らには申し訳ないが、竜ごと封印させてもらう」
濃霧を割って現れたのは、アレクスさんだった。
「くそっ!」
「させるものかっ」
スラットンとリステアが武器を構える。
相対するアレクスさんは、濃霧から出て来たというのに服の
もちろん、手には神剣と
絶体絶命の危機。
ドゥラネルに取り憑いた霧の化け物も危機を察知したのか、形のない霧でアレクスさんを襲う。
『
アレクスさんが、力ある言葉を発した。
ざわり、とまるで怯えた生き物のように、白い霧がアレクスさんから離れていく。
「抵抗していただいて結構。しかし、この責務から私は背を向けるわけにはいかない」
もしもアレクスさんが最初から本気だったなら、今の神術でドゥラネルと霧の化け物は封印されていたかもしれない。
だけど、アレクスさんは
それは、こちらへのせめてもの慈悲であり、また、どんな障害が立ちはだかろうとも自分は負けないという、絶対の自信の表れだ。
「このまま霧の化け物が捕食を続け、より巨大になれば、帝国の辺境や竜峰にある小さな村だけでなく、貴殿らの都も被害を受けかねない。それくらいは理解しているのだろう?」
「生憎と、そんな曖昧な未来は知らねえぜ。知っているのは、俺たちがドゥラネルを救って、てめえが敗北する未来だけだ!」
スラットンの悪態に「
「竜王殿も、彼と同じ意見なのだろうか?」
「僕は……」
アレクスさんの言い分はわかる。
スラットンの想いも理解できる。
そして、僕の愚かさを痛感していた。
こんなときに、肝心の答えを導き出すことができないなんて。
僕がこれまでに乗り越えてきた試練や経験は、いったい何だったんだろう。
どんなに強力な力を持とうと、禁術が使えようと、目の前の大切なものが守れないようじゃ、意味がない。
答えを持っているはずなのに、正解を導き出せないなんて、無様すぎる。
結局なにもできず、未来が救えないのなら、
魔王は、僕から大切な物を奪った。
でも、白剣はいずれ僕の手元に返ってくる。返してもらえるとわかっている。
だけど、スラットンから今、ドゥラネルを奪うと、もう取り返しはつかない。
奪われた命はそれまでで、代用品なんてないし、そもそもスラットンはそんなものを望んではいない。
なら、僕が取るべき選択肢は……
「アレクスさん、退いてください。僕が必ず解決してみせます」
「残念だが、その
そう、僕は失敗してしまった。
アレクスさんに時間の猶予をもらい、魔王に助言をもらったにも関わらず、答えにたどり着けなかった。
では、もう少し時間をかければ、答えを見つけられるのか。
それは正直、僕にもわからない。
ただ、僕が言えることはこれだけだ。
「僕は、
きっと、アレクスさんに対して出し惜しみはできない。
対立するのなら、僕の全てをもって相対しなきゃ遅れを取ってしまうだろう。
だけど、僕の右手にはなにも握られていなかった。
アレクスさんも、そのことを察しているのか、疑問の瞳を向ける。
「その、木刀のみで私を止めると? たしか、貴殿は最初に別れるまで
「僕の心配は無用です。他に手はありますから。アレスちゃん?」
僕の呼びかけに、アレスちゃんが顕現してきた。
そして、謎の空間から、ひと振りの剣を取り出す。
「それは……!」
息を
僕はアレスちゃんから「
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