答えはどこに?

 雨のように降り注ぐ雷撃から、必死に逃げる。


「ぎゃーっ」

『ぐあっ』


 だけど、指向性しこうせいを持った光の帯は空中で目まぐるしく角度を変えると、僕とレヴァリアに直撃する。


『なぜ、我まで……』


 びりびりとしびれる、僕とレヴァリア。

 くつくつと愉快ゆかいそうに笑う魔王。


 もう、はとっくに暮れてしまい、魔王が生む雷光だけが苔の広場を照らしていた。


「くうう。早く帰らなきゃいけないのに……」


 今こうしている間にも、事態は急変しているかもしれない。

 だというのに、僕はこうして無様に倒れている。


 魔王は、本気で僕を行かせないつもりだ。

 僕が間に合わないことで、事態が悪い方向へ転がっていくことを楽しんでいる。

 まさに魔族であり、魔王だ。


 スレイグスタ老も、加勢には入ってくれない。

 この程度の問題は自力で解決すべきだという立場で、僕とレヴァリアの苦戦を黙って見下ろしていた。


「はぁ、はぁ……。いい加減に、してくださいっ」


 空間跳躍で逃げる。

 レヴァリアの背中に移動する。

 レヴァリアは大小四枚の翼を素早く羽ばたかせ、飛翔する。

 だけど、そこへ雷撃が降り注ぐ。


「ぎゃーっ」

『ぐあぁっ』


 もう何十度目、何百度目になるのかわからない。

 僕とレヴァリアはまたしても、苔の広場に倒れ込んだ。


「其方らは、本気で逃げようと努力しているのか。私には無策に逃げ回っているようにしか見えないが? つまらぬ。では、こうしよう。逃げ去る行為を阻止するだけでは面白くない。私に捕まったら、其方の大切なものを順番に奪っていくとしよう」

「えっ?」


 にやり、と悪い笑みを浮かべる魔王。


 魔王は、僕やレヴァリアを殺そうとしているわけじゃない。

 現に、何度も雷撃を受けているけど、外傷はない。ただ痺れて、苔の広場から逃げ出せないだけだ。

 それと同じように、僕の大切なものを奪うと言うけれど、妻たちや家族の命を奪う、という意味ではない。それだけはわかる。

 だけど、僕の大切なものを奪うと宣言した以上は、なにかしらを本当に奪う気だ。


 痺れる身体を必死に奮い立たせて、立ち上がろうとする僕。

 でも、痺れが取れない。

 魔王は、そんな僕に微笑みながら、ゆっくりと近づいてくる。


 逃げなきゃ!


 どうにかして、魔王の遊びから抜け出さなきゃいけない。

 僕は、遊びに来たわけじゃないんだ。

 早く、リステアやスラットンのもとへ帰らなきゃいけない!


 痙攣けいれんするひざを両手で押さえ、ゆっくりと立ち上がる。

 魔王は、もう目の前だ。

 伸ばされる魔王の手。


「くっ」


 自由が効かない身体に鞭打むちうち、逃げようとする。

 だけど、魔王はそんな僕をあざ笑うかのように、大切なものを奪う。


「あっ……」


 僕の左腰から、魔王は白剣を奪った。

 魔王は愉快そうに笑いながら、呆然ぼうぜんとする僕から離れていく。


「返してほしくば、逃げずに向かってくることだ」


 なんてことだろう。

 早く逃げ出さなきゃいけないという状況から、白剣を奪い返さなきゃいけないという事態に変わってしまった。

 絶望する僕。

 だけど、そんな暇さえ残されていない。


「レヴァリア」

『ちっ、仕方ない』


 僕に巻き込まれたとはいえ、レヴァリアも売られた喧嘩から逃げるような飛竜じゃない。

 凶暴な牙の隙間から炎をちらつかせ、四つの瞳を光らせる。

 僕はレヴァリアに騎乗する。

 レヴァリアは麻痺から回復すると、荒々しく翼を羽ばたかせて地上を離れた。


「白剣を返してもらいます!」


 この飛翔は、逃げるためじゃない。

 魔王に対抗するためだ!


「くくくっ。さて、次はどうしてくれよう?」


 僕とレヴァリアのやる気を前に、楽しそうに笑う魔王。


 レヴァリアは、苔の広場の上空を旋回する。

 こちらに逃げる気がないと察したのか、魔王は飛翔したレヴァリアに雷撃を放ってはこない。


 凶暴な咆哮をあげたレヴァリアは、竜気を膨らませる。

 地上では、魔王が僕たちの動きを待ち構えていた。


「いくよ、レヴァリア!」


 魔王を睨む、僕とレヴァリア。

 そして……


「にげろーっ!」

『言われずとも!』


 レヴァリアは竜術を発動させると、尻尾を巻いて全力で逃げ出した。

 驚いて反応が遅れた魔王とスレイグスタ老を苔の広場に残して。


「かかかっ。出し抜かれたな、老婆ろうばよ」


 一瞬で遠くなった苔の広場からは、心底愉快そうなスレイグスタ老の笑い声が響いていた。





『貴様が竜殺しの剣を手放す決断をするとはな』

「……今は、仕方がないよ」


 僕とレヴァリアは、阿吽あうんの呼吸で窮地きゅうちだっした。

 最初から、魔王に向かうと見せかけて逃げる算段だった僕。レヴァリアも、僕の意図を最初から理解してくれていた。


 だけど、犠牲は大きかった。


 あの場から逃げ出すためとはいえ、大切な白剣を魔王に奪われてしまったのだから。


「でも、僕は急いで帰らなきゃいけないんだ。白剣は大切だけど、リステアやスラットンや、彼らの仲間であるドゥラネルも大切なんだよ」


 白剣は、いずれ必ず取り戻す!

 軽くなった左腰の頼りなさは、僕の心にぽっかりと穴を開けていた。


 もしもアレクスさんやルーヴェントと対峙する場面が訪れたとき。この左腰の軽さがあだになるかもしれない。

 だけど、僕はスラットンたちの仲間を想う心を優先させた。

 必ず、救ってみせる!


 レヴァリアは僕の気持ちに応え、全力で飛んでくれた。


 だけど、今回の騒動はどこまでいっても波乱続きなようだ。

 竜峰の村へと戻ってきた僕たちを待ち受けていたのは、最悪の展開だった。






「エルネア……」


 星と月が静かに空を彩る真夜中。

 村の広場に降り立った僕とレヴァリアを出迎えてくれたのは、リステアたちではなく、ましてやアレクスさんでもなく、竜人族の人たちだった。


「ま、まさか……!?」

「その、まさかの事態だ。夕方過ぎに、霧の化け物が動き出したと、天族から一報が入ってな」


 はっと顔を強張こわばらせ、村の気配を探る。

 リステアやスラットンといった馴染み深い気配がない。

 それだけでなく、アレクスさんや竜人族の戦士たちの気配も感じられなかった。


「ごめんなさい、僕が頼りなかったばかりに……」


 魔王に足止めされていなかったら、と思ってしまう。

 でも、そうじゃない。

 魔王があの場にいた。その時点で、僕たちが被害をこうむることになることくらいは予想しておかなきゃいけなかったんだ。


 これは、僕の甘さが招いた事態だ。


 でも、この場で情けなく反省している場合ではない。そんな暇があるのなら、刹那せつなでも早く現場へ向かわなきゃ。


「レヴァリア、お願い」

『仕方ない』


 深夜だというのに僕たちを出迎えてくれた竜人族の人たちにお礼を言う。そして、僕たちはすぐに空へと戻る。


「レヴァリア、追える?」

『天族の臭いくらい、問題なく追える』


 言ってレヴァリアは、翼を荒々しく羽ばたかせた。





「邪魔だ。仲間に手をかけたくないと言うのであれば、貴殿らは退け」

「邪魔なのはお前らの方だ。この問題は俺たちに任せて、さっさと田舎へ帰りな!」


 肉厚の直剣を構えたアレクスさんと、長剣を構えたスラットンが対峙をしていた。

 スラットンの傍では、リステアも聖剣に炎を宿らせて気を張っている。

 もちろん、セリースちゃんとネイミーも一緒だ。


 とはいえ、それはとても奇妙な光景だった。

 リステアたちの背後には、生き物のように不気味にうごめく霧が広がっている。

 四人は、その霧をアレクスさんから護るように立ちはだかっていた。


「アレクス様!」


 空を飛んでいた天族のルーヴェントが警告を発する。


『邪魔だ、食われたくなければ、この空から立ち去れ!』

「ぬわわっ」


 レヴァリアの強襲を受けたルーヴェントが悲鳴をあげて逃げる。


「みんな!」


 僕はレヴァリアの背中から空間跳躍で地上に降りると、右腰に残った霊樹の木刀を抜き放つ。


「ごめんなさい、遅くなって……」


 上空では、魔王から受けた屈辱くつじょくけ口として、レヴァリアがルーヴェントを追いかけ回している。

 殺したり傷つけたりしちゃ駄目だよ。だけど、ルーヴェントがこっちに介入してこないように、相手をしていてね。と竜心りゅうしんを飛ばしながら、僕はリステアやアレクスさんを見た。


 リステアとスラットンは、少なからず負傷していた。

 僕が到着するまでに、何度もアレクスさんとぶつかったんだろうね。

 対するアレクスさんには、かすり傷ひとつない。

 これが、人族と神族の実力差なのかな。


 僕の到着に、対峙していた全員の視線が集まる。


「竜王殿、帰りを待てずに申し訳ない。しかし、霧の化け物を逃すわけにはいかないのだ」

「やい、エルネア。遅かったじゃねえか。おかげで、俺たちはとんだ目にあっちまったぜ」

「エルネア、来てくれて助かった。それで、成果は?」


 三様さんようの言葉に頷く僕。

 だけど、みんなに希望のある言葉をかけられないのが現実だ。

 魔王は、既に僕は答えを持っていると言っていた。だけど、僕自身がその答えを導き出せていない。

 それで、時間稼ぎというわけじゃないけど、現場を確認する。


「いったい、どうなっているの? 竜人族の戦士の人たちは?」


 村には、竜人族の戦士の気配もなかった。

 だけど、ここに彼らの姿はない。


 僕の疑問には、セリースちゃんが答えてくれた。


「竜人族の方々は、霧のなかに入っていきました。宿主であるドゥラネルの足を止めれば、霧の化け物の動きも止まるということでしたので」


 逃げようと動き出した霧の化け物が、こうして勇者様ご一行の背後にとどまっているのは、それが理由なんだね。


 竜人族の戦士の人たちは、中立の立場なようだ。

 霧の化け物を逃さず退治しようとするアレクスさんと、霧の化け物は退治したいけど、仲間のドゥラネルを見捨てないリステアやスラットン。

 対立する両者に時間を与えるために、戦士の人たちは危険な霧のなかに入り込んで、ドゥラネルを足止めしてくれているらしい。


「竜王殿、理解してほしい。このままでは、更なる犠牲が出てしまう。それこそ、竜峰に影響が出るだろう」


 僕が竜峰を大切に思っていることを知っているアレクスさんは、理解を求めるような瞳で見つめてくる。

 とても思慮深い、落ち着いた瞳だ。


 きっと、リステアやスラットンの妨害に苦慮くりょしていたに違いない。

 本気になれば、たとえ勇者とその仲間たちだとしても、人族ではこの神族にはかなわない。それでも、こうしてリステアたちが立っていられるのは、手心を加えられたからだ。

 リステアとスラットンもそのことを深く理解しているようで、僕の到着に希望の瞳を向けていた。


「エルネア、ドゥラネルと化け物を切り離す方法を教えてくれ」


 リステアにうながされる。

 だけど、僕はなにも言えない。


「その様子では、解決策は見出みいだせなかったようだな。では、私はそろそろ本気で対処させてもらう」

「ちょっと待って!」


 僕は慌てて、アレクスさんを制止する。

 だけど、やっぱり言葉が出ない。


 僕が持つ解決の糸口とはなんだろう?

 必死に思い浮かべても、それらしい答えが浮かんでこない。


「エルネア……」

「くそっ!」


 リステアの悲痛な呟きと、スラットンのたまねた嘆息たんそくが心に痛い。


「竜王殿が奔走ほんそうしてくれたことには、心より礼を言わせていただく。だが、これ以上は待てない。許してほしい」


 本来であれば、僕が希望を持ち帰るはずだった。

 だけど、届けられたのは行き詰まりだけ。


 でも、でも……!


「僕が必ず解決策を見出してみせます。だから、むざむざとドゥラネルを犠牲になんてさせません」


 探せ。

 僕が答えを持っているんだ。

 必死になって探し出せ!

 そして、答えにたどり着くまで、どうにかして時間を稼ぐんだ。


 きりっとアレクスさんを見返す僕。

 だけど、僕の視線を、アレクスさんは対決する意志と捉えたようだ。


「ならば、押し通らせていただく」


 言って、アレクスさんは地面を蹴る。


「貴殿らに、私を止めることはできない」

「しゃらくせぇ、止めてみせらぁっ!」

「行かせはしない!」


 アレクスさんの跳躍を、真正面から受けて立つリステアとスラットン。

 僕も、霊樹の木刀を構える。


 だけど、アレクスさんは予期せぬ動きを見せた。


「なっ!?」

「しまった!」

「あっ」


 実力をもって、リステアやスラットンの妨害を振り払う。

 そう思い込んでいたのが失敗だった。


 そうだ。アレクスさんの目的は、こちらと対決することじゃなくて、霧の化け物を退治することだ。


 僕たちを翻弄ほんろうしたアレクスさんは、目にも留まらぬ速さで、夜でも白い霧の奥へと消えていった。

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