出発前

「おじいちゃん、満月の花って知らないですか?」

「ほほう、また妙なことに首でも突っ込んだか」

「ひどいっ! 違いますよ。ルイセイネとの結婚条件に、神殿から要求されちゃったんです。満月の花を持ってこないと、認めないって……」

「やれやれ。人はやはり阿呆あほうだね」

「アシェルさんは満月の花を知ってるんですか?」

「知らないね。聞いたこともない」

「ええっ、アシェルさんでも知らないのか……」


 僕とルイセイネは、リステアたちと共闘することになった。

 神殿側の条件は、別の伴侶、つまり僕たちならミストラルたち、リステアたちならセリースちゃんたちとは別行動を要求していたけど、僕とリステアの共同活動は認めてくれていた。

 ということで、試練を受ける前に、お互いに情報収集をすることになったんだ。


 リステアたちは、王城の資料を探ってみるらしい。

 アームアード王国の王都は飛竜の襲来が想定される土地なので、宝物や大切な衣類、そして歴史的な書籍などは地下に保管されていたらしい。なので、地上の街並みが消えたときも、地下に保管されていたものは災厄を逃れることができていた。リステアは、セリースちゃんたちと古い文献や書物を調べてくれている。


 僕はというと、知恵袋おじいちゃんとことスレイグスタ老に聞き込みに来ていた。

 だけど、返事はかんばしくない。

 古代種の竜族であるアシェルさんでさえ知らない、満月の花。スレイグスタ老も、ため息まじりに目を閉じてしまった。


 満月の花とは、いったいどんな花なのかな?

 せめて、姿かたちだけでも知っておかないと、探しようがないよね。

 リステアたちの話によれば、おとぎ話や伝説には度々出てくるような花らしいけど、正確な記述はないらしい。話によって色や形、大きさもまちまちで、どれが正しい情報なのかさえ不明なのだとか。


「なにはともあれ、汝はこれより暫しの間、旅に出るのであろう。ならば、霊樹の精霊にひと言かけておくべきであろうな」

「はい。挨拶をしておかないと、帰ってきたら王都が森になっていただなんて冗談にもならないですし」


 もしかしたら、自然に精通している霊樹の精霊なら知っているかもしれない。一縷いちるの望みを持ち、古木の森の奥へと入る。


 霊樹の精霊といえばアレスちゃんだけど、彼女はにこにこと微笑むだけだった。

 アレスちゃんも若いみたいだし、知らないのかな?

 でも、樹齢何千年かの母なる霊樹にく精霊さんなら、知っている可能性はあるよね。


 アレスちゃんと手を繋ぎながら深い森を進んでいると、いつものように色々な精霊さんたちが集まりだした。


「みんな、今日はごめんね。僕たちはちょっと忙しいんだよ」


 と、構ってあげられないことを伝えると、ならお散歩だけ、と言ってついて来た。まあ、これくらいなら良いか。

 みんなで楽しく森を歩く。

 すると、霊樹の根もとにたどり着いた。


「霊樹の精霊さん、こんにちは」

「はい、こんにちは」

「いやいや、アレスちゃんに挨拶をしたわけじゃないからね?」


 確かに、アレスちゃんも霊樹の精霊ですけどね。


 見上げても天辺が見えない大きさの霊樹の下で、どこともない空間に挨拶を送る。すると、空間が揺らいで美しい女性が顕現した。


「昨日は来なかったわね」

「うっ。色々と忙しかったんです。というか、毎日は無理ですってば」


 年末以降、僕は高頻度でこの場所に通っていた。

 スレイグスタ老に出された試練の続きもあるし、霊樹の精霊の女性との約束もある。

 竜剣舞をはるかな高みへと昇華させる。それともうひとつ。大切な試練の続きを、僕はこの霊樹の広場で女性に手助けをしてもらいながら、今でも続けていた。


「それで、今日は何用か?」

「試練の続きで来たんじゃないって、知っているんですね」

「其方の気配を見ればわかる。面倒ごとを抱えてきたわね」

「うっ……」


 霊樹の精霊の女性は、妖艶ようえんな動きで霊樹の根の上に座る。ユフィーリアとニーナを上回るなまめかしい立ち振る舞いです。


「それで、要件はなんだ?」

「はい、実はですね」


 ということで、女性にも満月の花のことを聞いてみた。


「お馬鹿なことね。くだらな過ぎて教える気にもなれぬ」

「えええっ。教えてくださいよ! その口ぶりだと、絶対に知っていますよね?」

其方そなたは高みを目指す者であろう。ならば、容易く他者から答えを貰うな。自ら見つけ出せ」

「とは言われましても。咲いている場所まで聞こうとは思いませんけど、せめてどんな花かは知っていないと、探しようがないんです」


 足下に咲く花が、実は満月の花だったとして。でも、全く知識がなかったら、それに気づかずに目を逸らしてしまうかもしれない。それとも、世界中のありとあらゆる花を集めろとでも? 無理無理。そんなのは絶対に無理。何百年、何千年あっても達成なんてできないよ。

 スレイグスタ老が呆れていたのは、そういう可能性を危惧きぐしていたからじゃないのかな。


 僕の困惑した思考を読み取った女性は、呆れたように肩をすぼめていた。


「其方はスレイグスタからなにを学んできた。ここでなにを学んだ。其方はこれまでの歩みをもう一度しっかりと見つめ直せ。そうすれば、世界は其方を満月の花に導いてくれよう。私からの助言は、これくらいだ。あとは答えを自ら探し出せ」


 僕の歩んできた道?

 スレイグスタ老と出逢い、ミストラルたちと結ばれて、竜峰やアームアード王国、遠くはヨルテニトス王国や魔族の国でいろんな冒険をしてきた。

 そのなかに、満月の花へとたどり着く答えがあるのかな?


「世界は望む者に導きを与える。自信を持て。其方は霊樹に愛されている」

「はい。答えはすぐに出ないと思いますが、必ず満月の花にたどり着いてみせます。助言をありがとうございました」


 僕は霊樹の精霊の女性に、深く頭を下げた。


 さらさらと、霊樹の枝葉が優しく揺れた。

 霊樹が応援してくれているような気がして、心強く感じる。

 集まっていた精霊さんたちも、小躍りしたり光を乱舞させたりして応援してくれていた。


 いや、違うか。


「遊びたいんだね?」

『わかってるぅ』

『うふふふふっ』

『今日は帰さないわよ?』

「いやいや、日暮れ前には帰るからね!」

「仕方ないね。遊んでやろう」

「ひぃっ、貴女が出てくると、大変なことになっちゃいます!」

「ほうこくほうこく」

「アレスちゃん、こっそりおやつをあげるから、告げ口は駄目だよ」


 僕の聞き込みは、どうやら終了したらしい。

 答えは自分で見つけ出せ、か。霊樹の精霊の女性が言うのだから、花の形や色や大きさ、咲いている場所は、これまでの経験のなかに隠されているのは間違いない。

 そこまでわかれば、あとは僕の努力次第だよね。


 助言をもらったお礼のお返しをしなきゃいけない。ということで、これからの時間は精霊さんと女性が満足するまで恩返しをすることにしよう。


 今日はなぜか遊ぶ気満々の女性を加えて、僕たちは霊樹の根もとで暴れまわった。






「結論から言うと、満月の花に関するまともな情報は皆無だった」

「ごめんなさい。書籍や文献ぶんけんを探ってみたのだけど、手がかりはなかったわ」

「きっと、赤くて黒くて黄色くて、虹色で透明で、大きいような小さいような、人を襲ったり幻覚を見せたり、甘い香りの綺麗で可愛い花を探せば良いんだよっ」


 リステア側と僕たちで別々にさぐりを入れて、情報のすり合わせをするために僕の実家へと集まったみんな。

 リステア側は、国の方に聞き込みや調査を入れてくれていた。


「それにしても、立派な豪邸だよねっ。リステアに贈られた家よりも大きいんじゃないかなっ」


 一緒に調べてくれたネイミーが、目に入るもの全てが興味深い、と部屋を小動物のように動き回っている。その後ろから、幼女がきゃっきゃとついて回り、騒がしさが倍増していた。


「……不思議なお花があるものですわね」

「いやいや、ライラ。ネイミーの話を鵜呑うのみにしちゃいけないよ」

「ごめんなさいね。探る文献や物語ごとに満月の花の姿や形が違うから、なにが本当の手がかりかさっぱりなの」

「ううん、クリーシオもありがとう。スラットンはまだ帰ってきてないんだね」


 王都に戻ってきて以降、東凱旋門ひがしがいせんもんがあった付近で毎日スラットンの帰りを待っていたクリーシオまで手伝ってくれていた。


「竜峰にも、そういった花の情報はないわね」

「それは仕方がないんじゃないかな。竜人族は女神様を信仰していないんだし、そうすると女神様のでた花、なんてものは知らなくて当然だと思うよ」


 勇者様ご一行だけじゃない。僕の家族も集まっていた。試練に出発する前は、まだみんなと会うことは許されているからね。


「神殿の方にも調べを入れてみましたが、駄目でした」

「神殿の試練なのですから、いくら伝説で目撃情報さえないとは言っても、どういう花なのかくらいの手がかりはあると思ったのですが」

「残念だねー。文献もないし、誰も知らなかったよー」


 神殿側でさえ、満月の花を見たこともなければどういった花かさえも知らない。その事実に、全員で首を傾げる。


「じゃあ巫女頭の女性は、どうやって本物の花だと見分けるつもりなのかしら?」


 ミストラルが口にした言葉に、更に首の角度を深めた。


「それで、エルネアはなにか情報を手に入れなかったのか? 正直に言うが、竜の森の伝説の竜様が一番確実な情報を持っていそうだが」

「それなんだけど……」


 全員が僕を見る。


「おじいちゃんはだんまりで、なにも聞き出せなかったよ。もしかすると、おじいちゃんも知らないのかも」

「ということは、手がかりは一切なしか。唯一の道標みちしるべは、北の地へ向かう、それだけだな」

「ううん、ちょっと待って。おじいちゃんからは聞き出せなかったんだけど、別の女性から……」


 話を聞くことができたよ。と、僕の言葉は最後まで続かなかった。


「エルネア君が、私たちの目の届かないところで早速浮気をしていたわ」

「エルネア君が、私たちの知らない女と会っていたようだわ」

「うわっ、違うよ。誤解だよ! あの人は人じゃないしっ」

「エルネア?」

「エルネア君?」

「エルネア様?」


 ずずいっ、とみんなに迫られて、慌てて逃げ出す。でも、やましいことはなにもしてないよっ。鬼ごっことか隠れんぼをしていただけです。


「お前の家族は賑やかだな……」


 リステアたちは、他人事のように笑っていた。


「ほ、ほら。アレスさんと同じような女性がですね……」

「あの子のがあの姿のときは、色気がすごいものねえ」

「ミストラルさん、なにを言っているのかなっ!?」


 皆さん、自重してください。今は僕たちだけじゃないんですよ。そして、大切な話し合いの途中ですよ。


 だけど、いつもこうだよね。

 僕の家族は、どんなときでも和気あいあいとしている。遊び心を忘れず、いつでも楽しんでいる。話し合いが脱線するなんて毎度のことです。そうしてみんなで騒ぎ、満足すると、きちんと元の話に戻ってくれる。


 ……よね?


「まあ、いいわ。その辺はあなた達が帰ってきてから問い詰めさせてもらうから」

「いやいや、問い詰めるもなにも、変なことはしていないからねっ」


 ミストラルやセリースちゃんといった、今回の試練では除外されている女性陣は、僕たちと一緒に北の地へ行くことは許されていない。

 これは、僕とリステアが巫女様を伴侶にすることができきるかという試練で、他のお嫁さんの力は借りられないんだ。

 だから、北の地へ向かう際には、ミストラルたちとまた一時のお別れをしなきゃいけない。


「それで、その秘密の美女からなにを聞き出せたんだ?」

「いやいや、秘密とも美女とも言っていないからねっ」


 まあ、美人なのは間違いないんだけど。

 笑うリステアに突っ込みを入れつつ、僕は霊樹の精霊の女性から聞いた話をみんなに披露した。


「エルネアの、これまでの歩みか」

「あの人はそう言ってはいたけど、なにも僕に限ったことじゃないと思うんだよね。リステアは僕なんかよりもずっと長く冒険をしてきたんだし。経験ならリステアの方が絶対に上だと思う。だから、あの人の言葉はリステアや他のみんなにも当てはまると思うんだ」

「つまり、わたくしたちがこれまで経験したり学んできたことのなかに、満月の花の正体が隠されているのでしょうか」

「その可能性はあると思うよ」

「では、なぜヤシュラ様は北の地を示したんだろうな?」

「そのことについては、もう少し考える必要があるよね」

「ああ、そうだな。満月の花に関する情報はなかったが、実は別の情報なら手に入れてきている」

「冒険者の人たちに聞き込みをしたのです」


 リステアたちは、どうやら短時間で色々なところから情報を手に入れたみたい。この辺は、さすがだなぁ、と思ってしまう。冒険し慣れているので、情報収集も効率が良いんだね。


「北の地。正確には飛竜の狩場の更に北か。あそこは未開の地と言われているが、なにも未知の土地ってわけでもない」

「と言うと?」

「これまでにも、冒険者が北の地を目指して冒険に出ているんだよ」

「そうか。未開の地って、冒険者なら絶対に心が弾む場所だよね!」

「そういうことだ。それで、北の地へと足を踏み入れたことがあるという冒険者に話を聞くことができた。あそこには、獣人族じゅうじんぞくが住み着いているらしい」

「幾つかの部族に別れて、争っていて危険な土地だと言っていましたよ」


 リステアたちがもたらした北の地についての情報に、嫌な予感がひしひしと湧いてきた。

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