愛の試練

「ええっと、本日はルイセイネさんとの関係でご挨拶をさせていただこうと思いまして……」


 顔を合わせて早々に、ルイセイネの両親から認められるような発言をもらっちゃった。だけど、ユフィーリアとニーナのときのように、こういう場合は僕からきちんと話さなきゃいけないよね。

 ということで。

 改めて、自己紹介からさせてもらう。


 お互いに応接室の椅子に座って向かい合い、挨拶を交わす。


 ルイセイネの両親は、知っていたけど神職の人だ。

 母親の名前はリセーネさん。もともと大神殿の上級戦巫女様で、薙刀なぎなたの扱いはルイセイネ以上らしい。僕が前に助けた巫女様だった。

 父親はルイさん。魔族に襲撃された小神殿に努める神官様で、結婚してからはリセーネさんと小神殿の運営に携わっていたらしい。僕たちが通う学校とは違う区域の小神殿勤めだけど、住まいはこちらだったみたいだね。

 二人は、四十前後の年齢に見える。顔や首に刻まれたしわが良い感じで二人に穏やかな表情を与えていた。


 リセーネさんとルイさんは、僕の話をにこにこ顔で聞いてくれていた。微笑みがルイセイネによく似ている。ルイセイネの髪色は母親譲り、目元や鼻は父親似かな。なんて、挨拶をしながら観察できるくらい余裕がある。

 というのも、僕がなにかを口にするたびに、全肯定ぜんこうていの笑みで頷いてくれるんだ。


 聖職者の両親だから、厳しい人?

 ううん、違うよ。聖職者だから、とても優しくて人に癒しを与えるようなご両親だ。

 ルイセイネの優しさは、この二人に大切に育てられたからなんだね。


 ルイセイネも、最初は緊張で顔を強張らせていたけど、両親の柔和にゅうわな笑顔で表情が緩み始めていた。


「エルネア君のお気持ちと覚悟は十分に伝わりました」

「うちの娘を選んでいただき、本当にありがとうございます」


 リセーネさんとルイさんは僕の手を取って、涙混じりで喜んでくれた。

 ルイセイネも手を乗せてきて、四人で固く握手を交わす。


 思いのほか、結婚申し込みの挨拶はすんなりと進んだ。

 リセーネさんとルイさんの反対は一切なくて、おだやかな雰囲気のなかで談笑に花を咲かせる。

 応接室でお茶を飲みながら、学校のことや竜峰での生活を聞かれて話す。

 二人は、ルイセイネが密かに竜峰で一年間生活していたと、彼女自身から聞いて驚いたらしい。竜人族や竜族、それだけではなくて耳長族や魔獣と仲良くなっていることを僕から聞いて、本当だったんだな、ともう一度驚いていた。


「ルイセイネとエルネア君が竜峰との絆を結んでくれたおかげで、魔族からこの国は守られたんですね」

「全ては女神様のお導きでしょうか」


 僕たちだけの力じゃないし、創造の女神様を信仰していない他種族の協力も大きいですよ。なんて話していると、若いのに立派な考え方だ、とか、信仰だけにかたよった価値観ではないのですね、と余計に感心されてしまったよ。


「でも、ほっとしてます。反対されたらどうしよう、と気が気じゃなかったんですよ」

「うそばっかり。今日もぐっすり寝ていましたよね?」

「違うよ。あれは昨夜、両親と話し込んじゃって」

「プリシアちゃんが不貞腐れていましたよ」

「ええっ、朝はいつも通りだったように思えるけど?」

「どれだけ、わたくしたちが大変な思いをしたと思っているのですか。アレスちゃんも、エルネア君が居ないと顕現してくれないのですよ」

「同じ家に居たんだから、たぶん喚べば出てきたと思うんだけどなぁ?」


 プリシアちゃんは、不貞腐れたふりをして思いっきり遊んだだけじゃないのかな。アレスちゃんを喚べばより一層楽しかっただろうけど、不機嫌なふりが通用しなくなるから、一緒に遊べなかった?

 むむむ。プリシアちゃんもなかなかに策士ですね。


 僕とルイセイネが笑いあっていると、リセーネさんとルイさんもこちらを見て微笑んでいた。


「安心しました。お互いに信頼し合っている様子がよくわかります」

「もしも、ひどい亭主関白ていしゅかんぱくでしたら、一度きちんとしつけをさせていただこうかと思っておりました」

「ええっ。躾って、僕をですか!? 亭主関白どころか、僕はみんなの尻に敷かれて、情けないなあと思っているところなんですよ」

「ははは。尻に敷かれているくらいが良いんですよ。神殿は巫女上位の社会ですが、女性をうやまったりいじられる立場の方が上手く物事が回るんです」

「ルイさんの言葉を、しかと肝に銘じておきます」

「貴方。巫女と仲良くするのは良いですが、新米の子を甘やかしすぎてないかしら?」

「リセーネ、何を言っているんだ。そんなことはないよっ」


 どうも、ルイさんもリセーネさんの尻に敷かれているみたいだね。今度は僕とルイセイネが、リセーネさんとルイさんのやりとりを見て笑う。

 仲睦まじい様子に、お互いに愛し合っているんだな、と感じる。

 ルイさんは、魔族に致命傷を受けたリセーネさんを抱きかかえて悲壮感に囚われていたので知っていたけど、リセーネさんもルイさんをしっかりと想っているみたい。僕も、歳を重ねてもこういう風にいつまでも仲睦まじく、愛し合っていたいものだね。


 和気あいあいと話し込んでいると、応接室の扉を外から誰かが叩いた。

 なんだろう、と視線を向ける僕とルイセイネ。


「どうやら、時間のようです」

「勇者様たちが到着したようですね」


 どういうことだろう?

 先ほどまで人を癒すような笑顔だったリセーネさんとルイさんの表情が、急に引き締まっていた。


「では、わたくし共も行きましょうか」

「ええっと、どこにですか?」

「知っているとは思いますが、神職の者と結婚する場合、複数の伴侶はんりょがいる場合は試練があります。それを乗り越えられなければ、貴方や勇者様、王族や同じ神職の者であっても絶対に認められません」


 そうだった!

 ルイセイネのご両親への挨拶は、なんの問題もなく無事に進めることができた。

 だけど、それとは別に神殿の許可が必要なんだよね。

 早くから結婚の意思を示していたリステアでさえ、未だに認められていない。それだけ神殿側は厳格に規律を守っている。誰だから例外とか、実績を考慮して緩和する、なんて手心は一切ない。神殿は神殿の戒律かいりつのっとって、国や地位や権力に縛られることなく、独自の世界を歩んでいる。

 複数の伴侶のなかに神職の者が含まれるのであれば、こうした厳しい戒律を受け入れなきゃいけないんだね。


 僅かな緊張と楽しい時間は終わりを迎え、おごそかな雰囲気に切り替わる。

 僕とルイセイネも気を引き締め直して、リセーネさんとルイさんの先導で応接室を出る。そして、別の場所へと移動した。


 移動した先は、巫女様や神官様が寝泊まりしている長屋の更に奥。少しだけ立派、でも華美かびな装飾のない建物だった。


巫女頭みこがしら様のお住まいになる建物です」


 ルイセイネが隣で歩きながら教えてくれた。

 どうやら、僕たちに課せられる試練は、この国の聖職者の代表、アームアード王国王都大神殿の巫女頭様から直接授けられるみたい。


 旅立つ前。年越しの神事で巫女頭様を見た。あの時が始めて、というわけじゃなかったけど、慈悲深い老年の女性だった記憶はいまでも鮮明に覚えている。

 巫女頭様と言えば、ヨルテニトス王国のマドリーヌ様を思い出すよね。あの方はユフィーリアとニーナの仲間とあってとても楽しい人だったけど、こちらの巫女頭様はどんな人なんだろう。


 先導されるままに建物へと入り、こちらでも応接室に入る。

 すると、見慣れた顔の三人と、知らない二組の男女がすでに待機していた。


 見知った顔というのは、勇者のリステアと巫女のキーリとイネア。

 もしかすると、二組の男女はキーリとイネアのご両親かな。

 先に部屋に到着していたリステアたちも、緊張した面持ちで待機していた。


「お待たせしました。巫女頭ヤシュラ様です」


 そして、全員で待つことしばし。豊かな髪の巫女様に手を引かれて、年配の女性が入室してきた。

 僕たちはそろって、丁寧なお辞儀で迎える。


「本日は、わざわざこちらまでお越しいただき、ありがとうございます」


 巫女頭ヤシュラ様も深く頭を下げて、挨拶を返す。首をれると、髪が床に触れるくらいに長い。


 神職の人は、髪を伸ばす。上位の人になればなるほど、長い髪をとうとぶ。上級職の条件に、肩以上まで髪を伸ばすことが含まれる、と前にルイセイネから聞いたことがある。女性だけではなく、男性も上級神官だと髪を伸ばしていた。


 促されて、僕たちは準備されていた長椅子ながいすに家族ごとに座った。

 リステアとキーリとイネアが一緒の長椅子に腰掛ける。僕とルイセイネは、隣の長椅子に。キーリ、イネア、ルイセイネの両親は、僕たちの後ろの椅子に腰を下ろした。

 対面には、巫女頭のヤシュラ様を中心に、三人の巫女様とひとりの神官様が着席した。


「ヤシュラ様の両脇のお二人のどちらかが、次期巫女頭様です。男性は神官長様です」


 ルイセイネが耳元で教えてくれた。

 どうやら、神殿宗教のまとめ役の人たちが揃っているみたい。


 僕とリステアは、緊張した視線を交わし合う。

 リステアも試練内容を知らないみたいだね。

 内容を知っているのは、巫女のキーリとイネアとルイセイネ。そして、そのご両親たちだけのようだ。

 僕とリステアの両親はばれていない。これはあくまでも神職の者を伴侶とする試練なので、僕たちの両親は招ばれなかったのかな。


 ヤシュラ様は、ゆっくりとした動きで僕たち全員を見る。そして、優しい声音で恐ろしいことを口にした。


「神殿宗教としては、複数の伴侶をもつことを認めておりません。ですが、わたくしたちは人です。愛する想いや気持ちを無視することなどできるわけもありません。しかし、他者からその覚悟を確認する方法は限られています。ですのであなた達にはこれから、ひとつの試練を受けていただきましょう。それをもって、わたくし共はあなた方の愛の深さと覚悟を見定めさせていただきます」


 けっして、厳しい表情ではない。どちらかというと、全てを許すような慈悲深い雰囲気なのに、口にする言葉は厳しいものでしかなかった。


「試練を出す身から言うのもなんですが。先んじてはっきりと言わせていただきます。あなた方の生命がなによりも大切ですので」


 一拍置き、ヤシュラ様は言った。


「この試練を乗り越えて戻って来た者は誰ひとりとしておりません。王子であろうと、有名な冒険者であろうと。ですので、もう一度しっかりと考えてください。ご家族と、他の伴侶の方と」


 絶対に達成できない試練。まるでセーラ様の試練のようだけど、個人的な試練ではなく神殿宗教としての試練の方が、何倍も厳しいものに聞こえた。


「あなた方は、他の伴侶や仲間と別行動で、北へと行ってもらいます」

「ヤシュラ様。北へとおもむいて、俺たちはなにをすべきなのでしょうか?」


 リステアの質問に、深く頷くヤシュラ様。


「神職の伴侶、そして勇者様と救世主様の五人で行動することだけはお認めします。そして北の地であなた方には、満月まんげつはなんできていただきます」

「満月の花?」


 聞いたことのない花の名前に、僕は首を傾げる。だけど、リステアは目を見開き、絶句していた。


「満月の花とは、女神様がでたとわれる伝説の花です。ですが……。おとぎ話などに出てくるような伝説の花なのですが、実際にその花を見たことのある者は誰ひとりとしていないと言われています」

「えっ……?」


 おとぎ話には出てくるけど、もしかすると実在しない花?

 その花を探すために、北の地へと行かなきゃいけないのだろうか。というか、誰も見たことがないってことは、実際に咲いている姿さえ見つかったことがないってことだよね? そんな花を摘みに、なぜ北の地という指定された場所に行かなきゃいけないのかな?


 北の地とはつまり。アームアード王国の王都北部に広がる、飛竜の狩場。その更に北に広がる未開の地のことだと思う。

 はたして、なぜ試練はその地を指すのか。


 ヤシュラ様の絶望的な試練内容とともに、大きな謎を生む宣告せんこくだった。

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