勇者の行方
いけない!
思考を変えなくては!
じゃないと、結婚が怖いものに思えてきちゃう。
「お、王様。そういえば……」
こんなときは、話題を変えちゃうのが一番です。
ライラとの結婚宣言も無事に済み、王様も好意的に受け止めてくれた。このお話は、今日はここまで。結婚式の段取りなんかは、無事に旅立ちの一年間が終わってからです。今は期間真っ最中。物事は先走りすぎても良いことはないんですよ。と自分自身に言い聞かせて、強引に話題を変える。
僕の急な話題転換、ではなくて切羽詰まった様子が面白かったのか、ライラは笑っていた。王様も微笑ましい瞳を僕に向けている。
二人の笑みはちょっと不本意だけど、ここはその評価に甘んじていましょう。とにかく、話題変更です。
「王様、僕を高く評価していただいているのは嬉しいのですが」
「ふむ?」
「そのう。僕のせいでお城が無くなってしまったんですが、どうすれば良いのでしょうか?」
「どうすればとは?」
「ええっと、弁償とか?」
「はっはっはっ」
強引な話題変更だったせいか、墓穴を掘ってしまったことに気づいたのは、王様にそう言ってしまった後だった。
よく考えたら、この話題は僕たちにとっては触れてはいけない話題だったんじゃないのかな?
しまった。自分で話題を振っておいて、顔を引きつらせる。だけど、王様はなぜか愉快そうにグスフェルスの背中の上で大笑いをあげだした。
「はっはっはっ。実に面白い少年だ」
王様がお腹を抱えて笑う様子を、僕とライラは見守ることしかできない。
王様は十分に笑い転げたあと、涙目で僕を見た。
「弁償しろ、と言われても弁償できるような額ではあるまい?」
「は、はい……」
正直に言うと、王様の言う通りです。自分で話題を振っておいて、弁償を本当に要求されたら無理ですとしか言えないことが情けない。
「ふはは。気にするでない、エルネアよ。魔族と竜族が暴れて、あの程度の被害で済んだのだ。むしろこちらの方が其方に褒美で金銀財宝を送りたいくらいだ」
王様は、アームアード王国の王様のように、若い頃は国中を回り活躍していた。
双子の建国王の子孫なだけはあります。血気盛んで、玉座に座ることよりも自ら進んで動くことの方が好きらしい。
それはともかくとして、多くの冒険や戦いを経験した王様は、正確に魔族と竜族の脅威を把握していた。
魔族とは本来、下級でも人族は手に負えない恐ろしい存在なんだ。アームアード王国の王国騎士でさえ、遺跡調査の際に現れた小鬼に苦戦していた。
次に竜族。ヨルテニトス王国では竜族を使役しているからこそ、彼らがどれほどに生命力が強く、恐ろしい攻撃力を持っているのかを知っている。
そして今回は、その魔族のなかでも魔将軍という
王様自身は上級魔族とも多頭竜とも戦ったことはなかったけど、恐ろしさは十分に理解していた。
王様は当初から、国を救ってくれたのだ、と僕たちを評価してくれていた。つまり、僕たちがいなければ、国が滅んでいた可能性を王様は
「これ以上、なにを望む必要がある? 国と民と家臣と家族が守られた。それ以上のことを要求すれば、儂は今度こそ女神様に見放されてしまうだろうよ」
王様は笑みを浮かべたまま、僕を見る。
「王城の件は気にするでない。これはヨルテニトス王国の問題。其方に、身に負えぬ借金を背負わせて、この国に縛るようなことはせぬ。エルネアはこれまで通り、竜と嫁と共に空を自由に
「はい。ありがとうございます」
王様の気遣いと優しさに、僕とライラは深く感謝した。
言われて気づいたけど、国のお偉いさんが
「いやあ、妻は目が覚めたとき。城が無くなって発狂していたがなぁ。はっはっはっ」
王妃様は、バリアテルの死亡と王城消失で心を
それにしても、つい数日まで邪悪な竜術の呪いによって危篤状態だったとは思えないような豪快な笑い。これがヨルテニトス王国の王様なんだね。
豪気で
王様が事故にあうことなく、オルティナ王女が存命であれば、きっと素敵な家族を築き直すことができたのかもしれない。
幸いにも、王様はライラのことをとても気に入り、親しくなろうとしているので、オルティナ王女の代役はライラにやってもらおう。
「城のことは、儂らに任せてもらおう。ただ、少しエルネアたちにも協力してもらわねばならぬことがある」
「お金以外のことであれば……」
「ふはは。言ったであろう、束縛を強いるようなことはせぬ。ただ、今回の件で口裏を合わせてもらいたいだけだ。アームアードの双子姉妹から聞いてはおらぬか?」
「はい。その件でしたら、聞き及んでいます。僕たちとしても、王国側の話に合わせることに不満はありません」
双子王女様を通してお願い、というか口裏を合わせるように指示が来たこと。
詳細は、今回の事件は王城地下にあった古代の迷宮が
「それなのだがな……」
今まで微笑んでいた王様が、少し困ったように僕を見た。なぜかライラまで、王様の横で苦笑していた。
嫌な予感がします?
「王都ではすでに、変な
「噂?」
「はいですわ。今回の王城消失の事件は、王都中から確認できたほどの規模ですわ。それで、飛竜でも越えられない雲の、さらに高い場所からアシェル様が降ってきましたので。一部では、アシェル様は女神様が遣わした使者。そして、その背で半日舞い続けたエルネア様は
「ははははは……」
乾いた笑いしか出ません。
たしかに、僕はアシェルさんの背中で舞い続けた。その際に、僕の視界の先には王都の街並みが見えた。でもそれは、逆に言うと王都中からも僕が見えたということで。
アシェルさんへの誤解や、目撃されたことについては納得できるんだけど……
なんで僕が天女なんですか!
美化するにしても、せめて性別は男のままでいさせてください!!
とほほ、と肩を落として悲しむ僕。それを王様とライラが
同年代の平均的な男子よりも背が低く、見た目も童顔で、ひ弱だと自分でもわかっています。でも、性別は男でいさせてください……
「其方が寝込んでいたのでな。こちらの都合の良い口裏にエルネアが合わせてくれるかもわからなかったゆえ、今回の騒動の正式な発表をまだ出しておらぬ。それで、
式典で、正式に僕たちへの
それで、アシェルさんの背中で舞い続けたのは僕で、北の地竜暴走から続く一連の騒動で功績をあげた者として賞されるらしい。
ちなみに、騒動の真相とはいっても、さっきの口裏合わせの話を、国のお偉い様方がまとめあげたものだ。
「そうであった。今回の件での褒美を其方に送らねばならぬな」
「ご褒美だなんて、必要ないですよ?」
「そう言うでない。勲功のあった者に褒美を出さぬようでは、国の権威にかかわる」
「とは言われましても、本当に欲しい物なんてありません。お城の弁償をしなくて良いってだけで、お腹いっぱいです。ああ、ライラと僕への祝福さえしてもらえれば!」
「はい。陛下に祝福をいただければ、私たちはそれだけで他にはなにも要りませんわ」
ライラと二人で頷く。
僕は一年と少し前に、スレイグスタ老に願った。スレイグスタ老の興味を
その時に想い願ったことは、もう十分に叶っている。スレイグスタ老からは竜人族の秘伝の剣技である竜剣舞を学び、多くの美しいお嫁さんと縁を結ぶことができた。
そして、ジルドさんからは大切な竜宝玉と竜王という称号を受け継ぎ、多くの竜人族の人や竜族と絆を結べた。
王様の言葉ではないけど、僕もこれ以上のものは望んではいけないんじゃないかな。
僕の望みは叶い、それ以上のものも、もう手にした。
「本当に謙虚だな。だがまぁ、其方が要らぬと言うても何かを渡さねばならぬ。困るような物は控えておこう。式典を楽しみに待っておれ。おお、それと。もちろん二人を祝福するぞ」
「ありがとうございます!」
わがままを言い過ぎるのも良くないのかな。素直に式典を待とう。僕とライラは王様の祝福に、深く頭を下げた。
「アームアードの国民は、皆謙虚なのだろうか」
「と言いますと?」
「儂は既に寝込んでいて、後日報告を受けただけなのだが。どうも勇者がこの地を訪れていたようだ」
「リステアが?」
「なんだ、知り合いか?」
「はい。同じ学校に通っていました」
「そうか。勇者の世代の者であったか。あれらもこの地で活躍したあと、国に帰ったそうだ」
「何をしていたのか聞いても良いですか?」
「なんでも、東の地で最近見つかった古代遺跡を調べたあとに、慌てたようにこの地を去ったと報告を受けておる」
東の、魔物が
今回の王城消失騒動の原因が古代遺跡の迷宮として処理されるのも、東の遺跡の事件が話題になっていたので、便乗したらしい。
「神殿側からは口止めされておるが。少し前から、巫女の失踪事件が相次いでいてな。その事件を解決したのが勇者だ。神殿と国から褒美を出すという話になったのだが、あれらはそれを辞退したらしい。急ぎ国に帰る用事ができたと言ってな。たしか、キャスターが個人的にスラットンという者に褒美を渡しただけだと聞いておる」
スラットン君。君はリステアが辞退した褒美を、なにを個人的に受け取ってるんですか!
彼らしいといえば彼らしいんだけど、本当に遠慮がないなぁ。
それと、褒美とはなにを貰ったんだろうね?
少し気になったけど、王様もまだキャスター様から聞いていないらしい。個人的な贈り物だというから、とんでもない物ではないでしょう……たぶん……
気になっていたリステアたちの足取りが少しだけわかった。
急いでアームアード王国へと引き返す何かがあったようだけど、その辺の詳細は竜峰に帰って、ミリーさんから聞けばいいのかな。
リステアたちも、魔族と偽聖剣絡みの問題を追っていたから、もしかすると竜峰の方でも近々に動きがあるのかもしれない。
リステアたちのことをみんなと相談して、今後の動きを決めておかなきゃね。
僕とライラと王様は、その後もグスフェルスの背中に乗って散歩を楽しみながら、談笑を続けた。
グスフェルスが選んだ道に任せて、満開の花が咲き乱れる道をのんびりと進む。
上空では暴君たちが相変わらず飛び回っていたけど、こちらに干渉してくるようなことはなかった。
飛竜騎士団は最後まで空の彼方に居たけど、結局こちらに近づくことはできずに、情けない、と王様がため息を吐いていた。
こうして、のどかな散歩は無事に終わり、この国に来た目的の最重要案件が解決した。
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