買い食いは禁止です
「ねぇ、みんな。見て見て!」
そう言って、僕は縦長の
「それはなにかしら?」
「エルネア君、それはもしかして……」
「ルイセイネ様、あれが何なのかお分かりになるのですか?」
「まぁ、素敵だわ」
「まぁ、どこで手に入れたのかしら」
「んんっと、なに?」
プリシアちゃんは、わからなくて当然。人族の世間に疎いミストラルとライラにもわからないのは仕方がない。だけど、ルイセイネと双子王女様は、僕が掲げた羊皮紙の券が何か、すぐにわかったみたい。
「これは、
前宰相様は、先の騒動の際にバリアテルの手にかかり亡くなってしまった。そこで、副宰相だったお爺さんが宰相へと昇格したのはつい先日のこと。正式な任命は式典の時らしいけど、既にお爺さん宰相様のもとでヨルテニトス王国は動き出している。
そして、お爺さん宰相様が「式典の開催日までの間は、子どもは子どもらしく遊びなさい」と、僕に劇の券をくれたんだ。
気性が荒い、としか印象に残っていない前宰相様とは違い、新しい宰相様は温厚そうなお爺さんで、国の最前線で
「京劇?」
「おしばい?」
ミストラルが首を傾げ、プリシアちゃんもそれを真似て小首を傾げた。
「うん。音楽に合わせて役者が踊るように劇を演じる舞台だよ。すごく華やかで素敵なんだ」
「もしかして、昨年エルネア君とリステア君が観に行った劇団ですか?」
「そう。そうなんだ!」
券をもらった時は、感激のあまり飛び跳ねてしまったよ。ヨルテニトス王国に来ているとはいっても、まさかもう一度、あの劇団の舞台が観れるなんてね。
ヨルテニトス王国随一と言われる劇団は、遠征公演以外では王都で三日おきに公演している。
聞けば、現在は人気の絶頂にあるらしく、王都の住民でもなかなか鑑賞券が手に入らないらしい。それを、お爺ちゃん宰相様が融通して手に入れてくれたらしい。
ヨルテニトス王国だけでなく、アームアード王国にも京劇の劇団は数多くある。そのなかでも最も人気のある劇団と言っても過言ではない。それをみんなで観に行けるなんて、感動です!
僕の熱い語りに、ミストラルも「面白そうね」と興味を示してくれた。
「おしばいおしばい」
プリシアちゃんは残念ながらあまり理解できなかったようで、顕現したアレスちゃんと部屋でくるくる回って踊っていた。
まぁ、プリシアちゃんには少し難しいかも。
なにはともあれ、翌日はみんなで久々に、息抜きをすることになった。
そして、あっという間に翌日。
僕は興奮しすぎて、前日に券を貰ってからの記憶が飛んでいた。
「エルネア、少し落ち着きなさい」
「エルネア君がこんなに興奮するなんて、珍しいですね」
ミストラルとルイセイネが苦笑交じりに僕を落ち着かせようと撫でるけど、その程度では治まりません。
本当にすごいんだよ!
僕のこの興奮を、みんなにも早く味わってもらいたい。
離宮から王都までは、久々に暴君の背中に乗って移動することになった。
『我は運び屋ではないぞ』
「レヴァリア様、よろしくお願いしますわ」
『ふん。竜心を得たからといって、我が気安い存在になったと思うなよ?』
「こらっ。ライラになんてこと言うのさ。ちゃんと仲良くしてね」
「レヴァリア様、仲良くしてくださいませ」
うるうると瞳を
『ふふんっ。今日は特別だ』
「ありがとうですわ!」
「ライラさんが
「ライラだけずるいわ」
「ライラに先を越されたわ」
ルイセイネと双子王女様が羨ましそうにしている様子に、僕はちらりとミストラルを見て苦笑した。
ミストラルは知らん振り。
どうやら、竜心については知らぬ存ぜぬをもう少し貫き通すらしい。いずれみんなには打ち明けると、疲労から目覚めた夜にこっそりと教えてくれた。それまでは、僕も黙っていよう。
『さぁ、早く乗れ。我は忙しいのだっ』
暴君は、フィオリーナとリームのお世話で毎日忙しいみたい。子竜の好奇心に振り回されている暴君があまりにも珍しくて、僕たちは空を飛び回る姿を地上から見て、いつもにやにやしていたのは内緒です。
離宮に詰めている人たちに見送られて、僕たちは暴君の背中に乗って、一路王都へ。着地場所は、王城跡地。
跡地では、今でも兵士の人たちが忙しそうに働いていた。
式典は迷宮探索が一通り終わってからということで、正式な日にちは決まっていない。だけど、僕たちもここにいつまでも長居するわけはいかないので、近日中に執り行われることだけは決定している。そして、離宮に詰めている人たちは、もっぱら式典の準備に追われて忙しそうにしていた。
そんななかで僕たちだけ遊んでいても良いのかと思うけど、現在は客人扱いだし、手伝おうにもなにをして良いのかわからなくて足手まといにしかならないので、邪魔にならないようにみんなで毎日を過ごしている。
でも、そんな日々を送っていたおかげで、お爺さん宰相様に外で遊んできなさい、と京劇の券を貰えたのだから、
「さぁ、出発!」
送ってくれた暴君にみんなでお礼を言ったあとに、僕の先導で王城跡地を出る。
王都は、まだまだ花の都状態で、色鮮やかに染まった道を、僕たちは京劇の会場を目指して進む。
王城の敷地を囲む城壁の門から出た当初は、行き交う人に「何者だ?」という視線を向けられた。
無理もないよね。王城が消えて、その敷地は現在軍によって出入りを完全に封鎖されている。そこから少年少女が出てくれば、
だけど、だからといって声を掛けてくるような人はいなくて、程なく歩くと、僕たちは王都の人々に紛れて目立たなくなった。
僕たち、というか少なくとも僕は、素性が露見しているかも、という心配はいらなかった。
アシェルさんの背中の上で舞っているところを目撃されていたなら、僕の顔や背格好も見られていそうなんだけどなぁ。と思いながら、王都の大通りをみんなで楽しく雑談しながら歩く。
プリシアちゃんが出店の甘い匂いやお肉の匂いに釣られてふらふらと歩くのが可愛くて、笑みが絶えない。
「見て見て。有名人の版画絵が売っているわ」
「見て見て。エルネア君の姿絵の版画が売っているわ」
あるお店に差し掛かったとき。双子王女様が店の前に山積みになっているものを見て、きゃっきゃと騒ぎ出した。
版画絵は、一般人の
架空の人物や、歴史的な人物の姿絵。または風景画などを
人気版画家の絵は飛ぶように売れて、初版刷りは破格の値段で取引されたりするらしい。
そんな版画絵のなかに、僕の絵姿のものがあるんですか!?
すごく興味があります!
みんなで、双子王女様が見入っている版画絵屋さんを
絵版画専門店らしく、
そのなかで、店の前に売れ筋として山積みになっている絵版画があった。
「おお、リステアの絵版画だ!」
最初に目に入ったのは、なんとリステアの絵版画だった。炎の聖剣を掲げた
「これが、エルネアがいつも言っていた勇者のリステアなのね」
ミストラルはしげしげとリステアの姿絵の版画を見つめていた。
一瞬。ミストラルがリステアに惹かれたらどうしよう、という嫉妬心が僕の心に湧き上がる。
まさか、こんなところでこんな感情に芽生えるなんて、と自分自身で動揺してしまう僕。
だけどミストラルは、ふうんと漏らしただけで特には興味を示さずに、他の絵版画に視線を移す。
「ふふふ。エルネア君、大丈夫よ」
「ふふふ。エルネア君、心配いらないわ」
「そうですわ。エルネア様はもっと自信を持ってくださいませ」
「ぐうっ」
どうやら僕の嫉妬心は、女性陣には見透かされていたみたい。
双子王女様とライラが僕の頭を交互に撫でる。
そして、ルイセイネどころかミストラルにさえも視線を向けられて、困った人ね、と笑われていた。
僕は照れ隠しで視線をみんなから逸らし、動揺を悟られないように、店先に並べられた絵版画に視線を固定する。
「ああ、これって
僕が視線を向けた先。そこには、リステアの人気に引けを取らないくらい多くの構図で描かれた、舞姫の絵版画があった。
僕たちがこれから観に行こうとしている劇団の、看板舞姫。今では、ヨルテニトスとアームアードの両国の舞手の頂点に立つと誉れ高い、美しい女性。
昨年、僕を魅了した人。ある意味、彼女のおかげで僕はスレイグスタ老の興味を引くことができて、人生を一変させることができた。
「ふぅん、これがエルネアの初恋の人なのね」
「美人さんですね」
「はいっ!?」
墓穴を掘ってしまいました。女性陣を引き連れているというのに、別の女性の姿絵に喜びの声をあげるなんて……
「ち、違うんだ。これはですね……」
慌てて言い訳をする僕を、ミストラルが冷たい視線で見つめる。
あああ。せっかく、ミストラルはリステアに興味ありませんよ、という振る舞いを見せてもらったばかりなのに。
僕はなんて愚かなんだろう。
しゅん、と項垂れて反省していると、ふふふと周りから笑みが溢れた。
「ごめんなさい。冗談よ。そんなに落ち込まないで」
「からかい過ぎてしまいました。ごめんなさい」
「安心してくださいませ。私だけはエルネア様の味方ですわ!」
「ちょっとライラさん、今の発言の意味を聞かせていただけますか?」
「そうね、ライラ。きっちりと説明してもらいましょうか?」
「はわわっ。エルネア様、お助けくださいませ」
墓穴を掘りやすいのは、どうやらライラも同じなようです。
ミストラルとルイセイネに詰め寄られて、ライラが
「みんな、そんなことをしていたら、エルネア君の絵版画が売り切れるわ」
「みんな、そんなことをしていたら、エルネア君の絵版画が見れなくなるわ」
「そうだった!」
うっかりしてました。
そういえば、僕の姿絵があるということで絵版画屋さんに立ち寄ったんでした。
僕たちが騒いでいる間にもお客さんはひっきりなしに来店していて、店先の版画は飛ぶように売れていた。
そのなかでも、多くの種類が刷られているリステアや舞姫を差し置き、飛ぶように売れている絵版画があった。
「これが噂の御人ね」
「勇者様や舞姫の版画も良いけど、今はこれが熱いわね」
「早く買って帰って、職場のみんなに自慢しましょうよ」
男女問わず、多くの人が買い求めて、瞬く間に山積みの絵版画が消えていく。
おおお、こんなに人気があるなんて嬉しいです。
どれどれ。どんな姿絵なんだろう。と、双子王女様が指差す一枚の絵版画を興味津々で覗き込む。
「……っ!」
そして絶句する僕と、笑うみんな。
ええ、期待した僕が愚かでした。
そう言えば、王様と散歩したときに言われてたよね……
みんなで見つめた先にある絵版画には、神々しいアシェルさんを背景に舞う天女が描かれていた。
せ、せめて男として認識してほしいよっ!
がっくりと項垂れる僕とは逆に、女性陣は「ぜひ記念に買って帰りましょう!」と楽しそうに騒いでいた。
断固抗議しよう。
京劇から帰ったら、お爺さん宰相様に抗議して、天女じゃなくて男なんだと正式発表してもらおう!
自分の活躍を誇示したいわけじゃないけど、性別間違えは勘弁です。
京劇を観る前に精神的な疲れを感じつつ、記念だと言って十枚ほど絵版画を購入した女性陣を連れて、僕は舞台会場へと向かった。
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