無双演舞

 絵版画屋さんで買い物をしたあとに、僕たち一行はいよいよ京劇の劇場に足を向けた。


 さすがは王都。大通りを行き交う人々で目が回りそう。アームアード王国は王都と副都で賑わいを二分しているけど、ヨルテニトス王国は王都集中型の繁栄ぶり。

 話によれば、国内の大規模な都市は、運河で僕たちが立ち寄った港の都市と、南部と東部にもあるらしいけど。


 迷子にならないように、プリシアちゃんとアレスちゃんの手を取って歩く。

 満開の花に囲まれて、行き交う人々も心が高揚しているのか、楽しそうな笑い声や賑わう話し声で、都中が華やかな雰囲気に包まれていた。


「それにしても、警備の巡回が多いわ」

「それにしても、衛兵が目立つわ」


 会場に向かう途中。双子王女様が呟く。意識しないとわからないと思うんだけど、この辺はさすがに王女様だね。警備の配置や民間人に紛れて周囲を警戒している人影には敏感らしい。


「大きな騒動のあとだからかな?」

「どうかしら。それにしても厳重だわ」

「どうかしら。まるで要人警護のようだわ」


 まさか、僕たちが出歩いているから、その警護とかじゃないよね。と少しだけ不思議に思いつつ、会場へと向かう。


 僕たちが鑑賞する劇団の劇場は立派な石造建築で、外観の凝った柱や屋根がよく目立つ。自前の劇場ということで、人気の度合いがうかがい知れた。

 そして、なぜか会場周辺が一番厳重に警備されていた。


 嫌な予感がします。


 人気絶頂の劇団とはいえ、衛兵や警ら隊が常時警備しているとは思えない。


 ミストラルたちも少しだけ違和感を覚えている様子で、劇場に足を踏み入れた。


 内部は、大理石の床は美しく輝き、間接照明が淡く建物内を照らし出している。

 入り口付近には受付と物品販売の店があり、奥に会場へと続く両開きの扉と、二階席へ上がる階段があった。


 僕は受付嬢に人数分の鑑賞券を手渡す。

 すると、受付嬢がにこやかに微笑み、直接案内された。


 やっぱりおかしい。


 受付の女性が直接案内してくれるなんて、普通じゃないような?

 アームアードで勇者のリステアと観に行ったときでさえ、案内係は別にいたよ。


 そして、なぜか人の気配が少ない。

 人気絶頂の劇団で、公演間近だというのに、喧騒けんそうが伝わってこない。

 僕たち以外にはお客さんの出入りがなく、劇場内も厳重な警備が敷かれていた。


「エルネア、められたのじゃないかしら?」

「ぐぬぬ」


 劇場内の雰囲気に苦笑をするミストラルに、僕は顔をしかめた。


「どうぞ、こちらでございます」


 受付嬢の微笑みと共に案内された一階席には、すでに複数の人物が腰を下ろしていた。


「飛竜に乗って出発した割には遅かったな」


 会場内で、舞台を最も良く鑑賞できる席の人物が振り返り、僕に笑いかける。


「お、王様。なんでここに居るんですか?」


 引きつった笑みを浮かべる僕。


 なんということでしょう。


 会場には、王様だけではなくて、国のお偉い方々が勢ぞろいしていた。

 王様の側には、王子三人。それと、ここ数日で顔を覚えた各大臣の方々。王族に引けを取らないほど豪華な装飾と衣服を着た貴族然とした人たち。そして終いには、巫女頭みこがしらのマドリーヌ様まで居た。


「お爺さん、僕を騙したんですね?」


 代表して出迎えにやって来たお爺さん宰相様に、頬を膨らまして抗議する。


「かっかっかっ。驚いただろう?」

「驚くというか、これはどういう状況なんですか?」


 会場の錚々そうそうたるお偉い様を見渡しながら、説明を求める。


「いやなに。君と親交を結びたいという者たちが多くてな。しかし君は貴族社会などというかた苦しい世界は好まないだろう。それで、劇でも観ながらと思ってね」


 お爺さん宰相様の言う通り、僕には貴族社会なんて似合わないし、礼儀作法も知らないので、改まった場所での顔合わせなどは苦手かも。

 でも、だからといって、だましてここへ呼び寄せるなんてね。


 頬を膨らませて抗議していると、プリシアちゃんとアレスちゃんが真似をした。


「いやあ、すまんすまん。先に伝えていたら、もしかすると君は嫁全員を連れて来ない可能性もあっただろう?」


 お爺さん宰相様は、ミストラルに視線を向ける。

 ミストラルは竜人族で、人族の身分社会にはあまり馴染みがないことは、王族やお爺さん宰相様のような高官はすでに知っている。

 そして僕も、ミストラルをそういったわずらわしい人族の社会に無理に馴染ませようとは思わない。

 確かに、お爺さん宰相様の言う通り、今回の趣旨しゅしを知っていればミストラルは連れて来なかったかな。ううん、ミストラルだけを連れて来ないなんて絶対ないね。そうするくらいなら、僕自身が辞退している。


 なるほど。僕の考えなどは、老練ろうれんのお爺さん宰相様にはお見通しというわけか。


 そして、今日この場所に国のお偉方が集まるので、外が厳重な警戒だったわけだね。

 劇場は国の貸切で、一般客は入れないみたい。


 ここまで来てしまった以上、帰ることはできないよね。失礼どころか、不敬になっちゃう。

 僕たちは仕方なく、お爺さん宰相様に案内されて席へ移動する。


「エルネアはここだ。ライラはこちらに座りなさい」


 王様が手招きをして、僕とライラを両隣へと導く。王様の嬉しそうな表情に、やれやれと僕たち一行は苦笑混じりのため息を吐いた。

 王様は、なるべく多くの時間を、ライラと共に過ごしたいわけですね。


 全員が王様の心を理解していた。そしてライラも嬉しそうに、王様の隣へと行く。


「エルネアは反対側だぞ。拒否は認めぬ。王命である」

「いやいや、王様。そんなことで王命を簡単に発さないでください」

「他の者たちは周りに好きなように座りなさい」


 僕の言葉なんて聞いていません。そして、ライラと他の女性陣との扱いの差がありすぎます!


 王様はライラの手を取り腰を下ろすと、早くも二人だけの世界に浸り出す。どんな冒険をしたのか。竜峰とはどんな場所なのか。僕とのめなど、瞳を輝かせてライラの話を聞く王様に、僕たちだけではなく周りの家来の人たちまで呆れていた。


 王様、自重してください。


 僕と他の女性陣は、王様の勧めるままに席に着く。

 王子の三人や高官の人たちを差し置いて王様の周辺に腰を下ろすことに抵抗を感じるけど、他の人は大して気にした様子はない。

 もしかすると、王様はこういう人なのかも。

 散歩の時は挨拶や事務的なやりとりが多かったので気づかなかったんだど。


 席に着き、落ち着いて周囲を見渡す。すると、ライラに夢中の王様に変わり、グレイヴ様が周囲への指揮を取っていた。


 グレイヴ様の印象は、騒動の時から少しずつ変わってきていた。最初は嫌味で高圧的で、苦手な人だった。でも、王族としての振る舞いを目の当たりにするようになって、グレイヴ様もやっぱり王子様で、しっかりしているんだな、と思えるようになってきたよ。


「エルネア君、お久しぶりです。あまり会いに行けなくてごめんなさい」

「いえいえ、フィレル殿下はお忙しい身。僕に構う必要はないですよ」


 話しかけてきたのはフィレル。彼とは数日ぶりに顔をあわせた。

 フィレルも王族らしく、騒動以降は慌ただしい毎日を過ごしているみたい。そんななかでも、ユグラ様のお世話は彼とお付きの三人だけでしっかりと行っていた。


 ユグラ様は、気安く人族に接されるのは好まないみたい。だから未だに、心を許したフィレルとお付きの三人以外は近づけさせない雰囲気がある。

 まぁ、それは暴君も同じなんだけど。暴君の場合は、お世話自体を嫌う。フィオリーナとリームを引き連れて、数日に一度は御用牧場に牛狩りに行っていた。


 ちなみに、暴君たちの食事代を僕たちが払う必要はないらしい。全ては今回の褒美の一部として扱われるのだとか。ありがたい話です。


 さて、そうこうしているうちに、開演の時間となった。


 会場内の間接照明が消されて、舞台の幕が上がる。広い舞台には、楽団が緊張した面持ちで配置についていて、胸踊る演奏とともに劇が始まった。


 もぞもぞと、会場が暗くなった後に、プリシアちゃんとアレスちゃんが僕の膝の上に乗ってきた。

 劇は長丁場になる。幼女のお世話は、誰かがしないといけない。今回の面倒見役は、僕が適任かな。


 もちろん、集中して劇を観たいという気持ちはある。でも、僕は二回目だからね。そして、みんなは初めて。この劇の感動をみんなにも味わってもらいたい。なので、プリシアちゃんとアレスちゃんのお世話は僕がみて、みんなには劇に集中してもらおう。


 プリシアちゃんとアレスちゃんを片膝ずつに乗せて、抱き寄せる。


 プリシアちゃんたちが見飽きてぐずりだしたらどうしよう。という僕の心配は杞憂に終わる。


 王様を含めた全員が、劇に魅入った。


 物語は、ヨルテニトスの王子と聖女の悲恋を描いたちょっぴり物悲しくなる内容だった。

 これは、王族と聖職者の人たち両方が鑑賞に来ているからの番組選択だろうか。


 僕個人的には華やいだ物語の方が好きだけど、恋愛の物語、特に悲恋を題材にした劇は女性陣に大絶賛された。


 劇が終わったとき。ミストラルたち女性陣は瞳に涙を溜めて感動していた。


 全員で席を立ち、拍手を送る。そして、一度幕が降ろされる。

 女性陣や貴族の方たちが、口々に興奮した会話を交わすなか、再び幕が上がる。


 僕にとっては、ここからが見どころ。


 舞台では、劇の大道具や小道具が片付けられて、楽団がさらに緊張した面持ちで構えていた。

 そして、舞台中央には、露出の多い煌びやかな衣装をまとった舞姫が誇り高く双剣を掲げていた。


 ごくり、と唾を飲み込む自分の喉の音が耳に響く。


 そして息を呑んで見守るなか、舞姫は優雅に舞い始めた。伴奏ばんそうなしで。


 衣擦きぬずれの音。双剣を振るう際の空気を切り裂く響き。たんっと床を蹴り、羽根のように着地する緩急入り混じった振動。


 今の舞姫にとって、音楽はすでに不要なものとなっていた。動きの全てで人々を魅了し、視線の動きだけで魅惑的に心を先導する。


 僕はこのとき、至高の舞とは何なのかを気付かされた。


 型通りに舞うだけでは駄目。相対する者だけではなく、観る者を意識し、魅了しなければいけない。

 竜剣舞がなぜ舞の型なのか。スレイグスタ老とミストラルからは、実践的な技術を教わった。でも、僕に欠けていたもの。それは、観るものを意識した優雅さや振る舞い。そして、自分の舞こそが至高なのだという自負の心。

 今回、改めて舞姫の舞踊を観て。

 自分でも舞う知識と技術を手に入れたあとに、専門的な視点で見ることによって、今までにない角度で「まい」というものを知ることができたような気がする。


 魂に焼き付けるように、舞姫の演舞を見つめ続ける。そして、ひとつ目の舞が終わり、舞姫が高々と双剣を掲げて静止した。

 直後。静寂を貫いていた楽団が、激しく胸を踊らせる演奏を開始し、それに合わせて舞姫が舞い始めた。


 演舞対決の始まり。


 最初から楽団は本気だ。世を賑わす舞姫に負けるものかという気迫で演奏を奏でる。舞姫も名誉と誇りにかけて、美しい舞を披露する。


 鬼気迫る演舞対決に、物語劇を観て感動していた女性陣も息を呑んで魅入っていた。


 一曲目が終わる前から、演奏の速度が速まっていく。舞姫は遅れることなく、楽曲に合わせて煌びやかに舞う。


 途中、突然曲調が変わり、ゆっくりな演奏になるけど、舞姫の舞踊は乱れることなく曲に合わせて緩急をつけ対応する。


 一年ほど前に観たときから、更に洗練され高度になった演舞対決に、膝の上のプリシアちゃんとアレスちゃんの存在も忘れて魅了された。


 アームアード王国、ヨルテニトス王国、両国で随一?

 ううん、違う。世界で随一の舞だよ、これは!


 何曲目に入っただろうか。変調をかけながら速度を増していく演奏。楽団の巧みな惑わしにも狂いを見せない舞姫の演舞。

 そしてとうとう、楽団の演奏が乱れた。


 今回もまた、舞姫の勝利に終わった。


 誇らしげに、汗を輝かせて双剣を振るい、観客席に深くお辞儀をする舞姫。


 王様やマドリーヌ様、そして僕たち全ての観客は立ち上がり、拍手と歓声で舞姫と劇団を讃えた。

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