馬子にも衣装

 京劇鑑賞をした翌日。ヨルテニトス王国は今回の騒動を正式に発表した。それはもちろん、事前に僕たちが口裏を合わせた、少しゆがめられた事実ではあったけど、国からこれが真実だと布告ふこくされれば、国民は疑うすべなく信じるしかない。

 そうして、王城消失という前代未聞の大事件は、瞬く間にヨルテニトス全土へと広がった。


 きっと、アームアード王国内にまで話が広がるのも、そう遅くないだろうね。


 ちなみに、神秘的な竜の背中で舞ったのは天女ではなく、竜峰からの使者。つまり僕であり、男性だときちんと発表してもらっている。


「なぜアームアード出身と発表しないの?」


 ミストラルはその際、不思議そうに小首を傾げて質問した。


「なぜって、アームアード出身と言ってしまうと、アームアードに借りを作ることになるもの」

「なぜって、勇者にも借りを作っている状態なのに、これ以上は他国の者が活躍して事件が解決したとは言えないもの」


 双子王女の言う通り。この辺は国と国との問題になるらしい。僕にもよくわからない。ただし、これ以上は国の体裁をおとしめたくないヨルテニトス側としては、僕がアームアード王国出身ということは伏せておきたかったみたいだね。


 僕としても、別に手柄や名声が欲しいわけではなかったので、こういった難しい話は双子王女様に一任して、ヨルテニトス王国側と話を詰めてもらった。


「一般の方はエルネア君を竜峰に住む人、竜人族と思うかもしれませんね。ですが、宣告の儀式でエルネア君の宣言を聞いていた人なら、きっとわかってくれると思いますよ」

「うん。僕はそれで満足かな」


 ルイセイネの言葉に頷く僕。


 竜峰からの使者とはなっているけど、名前はきちんとエルネア・イースとして発表されている。


 竜峰のエルネア・イース。春の宣告の儀式で、僕が竜峰に向かうことを知っている同級生徒や保護者なら、きっと僕だと気づくと思う。


 勇者のように超有名人になりたいわけじゃない。だから、身内や近い人たちにきちんと事実が伝われば、それで良いんじゃないかな。というのが、今の僕の思いだ。


 なにはともあれ、そういう裏事情がありつつ、正式な発表があったわけです。


 そして、それから更に三日後に、式典が王城跡地でり行われることが発表された。


 京劇鑑賞は、一連の段取りが一通り終わったことに対する息抜きも含まれていたみたい。

 それと、急な式典の日にちになったのは、神殿側の要望だった。


 三日後は満月になる。

 満月の夜は、僕たち人族にとって、とても重要なもの。というのも、月は創造の女神様を象徴したものであり、月が一番輝く満月の夜は、聖職者にとって特別な時間になる。


 式典では、亡くなった人たちへの慰霊祭も同時に執り行われる。それで、マドリーヌ様が満月の日取りを希望したんだ。


 突然の日程決定に、急に慌ただしさを増したのは僕たちだった。

 お偉い様方々の準備は、京劇鑑賞前にあらかた終わっていて、今更慌てるようなことはない。あったとしても、式典の会場作りくらい。

 でも、僕たちは違った。


 ヨルテニトス王国へは、着の身着のままでやって来た。普段着は王国の好意で準備してもらっていたけど、さすがに式典用の礼服なんて持っていない。

 ということで、式典に間に合うように、新調することになった。


「こ、これをわたしが着るの?」


 ミストラルは用意された豪華な衣装を前に、顔を引きつらせる。


 実は、寸法取りはとうの昔に終わっていたんだよね。式典に参加することは決まっていたし、礼服がないから新調することも決まっていて、その辺りは随分前から動いていた。


 じゃあ、なにが慌ただしくなったのかといえば。


「むりよ。わたしは絶対着ない!」


 ミストラルの断固拒否の姿勢に、僕たちは笑いをこらえるのがやっとだ。

 笑ったら殺されます。


 ミストラル用に、と作られた衣装は、大きく背中が開いた魅惑的なものだった。だけど、ミストラルが拒絶する理由は、背中側ではなくて正面側にあった。


られているわ」

擬乳ぎにゅうだわ」


 双子王女様はそう言うと、堪えきれずに笑いだす。

 ユフィーリアとニーナの言う通り、正面側の胸元は、ミストラルが袖を通す前から大きく膨らんでいた。


 どういう仕組みになっているんだろう? という興味は置いておいて。


「こんな恥ずかしいもの、絶対に着るものですか。こんな衣装を着るくらいなら、わたしは辞退させてもらうわ!」


 衣装を準備した仕立て屋さんを脅えさせるミストラルの激怒っぷりに、本気を感じます。


「し、しかし今から作り直しになりますと、お時間の方が……」


 衣装を担当する使用人さんが、困ったように僕を見ている。きっと助け舟を、ということだと思うんだけど、むりと思います!


 ミストラルは僕に裸を見られても、とくに恥ずかしがったりはしない。だけど、胸だけは禁忌きんきなんです。そこに触れちゃあ、僕だってかばいきれません。


「ミストラル、良いじゃない。胸有りなんて、今後の人生でもきっとないわ」

「ミストラル、良いじゃない。胸有りを体験できる絶好の機会だわ」


 双子王女は、ここぞとばかりにミストラルをからかう。するとミストラルは額に青筋を立てて、双子王女様を追いかけだした。


「二人とも、待ちなさい!」

「危険だわ」

「恐ろしいわ」


 双子王女様は、試着するために借りた部屋から慌てて抜け出して行った。そしてそれを追い、ミストラルも部屋を抜け出す。

 取り残された僕らは、笑いを堪えながら三人を見送るしかなかった。


 知らないからね。ミストラルをからかって痛い目を見ても、僕は助けませんよー。と、心のなかで双子王女様に叫び、顔を引きつらせた仕立て屋さんを見る。


「とにかく。ミストラルの衣装はもう少し露出を控え目で、胸の修正をお願いします」


 衣装の露出を抑える要望は、僕のわがままです。彼女の肌を人前であんまりさらしたくないという、独占欲からくるものです。


「ミストさんは頑固ですから、着ないと言ったら着ないですよ。だから、修正するしかないと思います」


 巫女であるルイセイネの言葉添えもあり、ミストラルの衣装は変更されることになった。


 ちなみに、ルイセイネは巫女職なので、式典の際もいつも通りの巫女服だ。そして、式典の後、夜に行われる慰霊祭にも彼女は参加することになっていた。


「それじゃあ、次はライラだね……」


 言って僕は、更衣室から姿を現したライラを見て、絶句する。


「ライラさん……」

「んんっと、派手?」


 ルイセイネの瞳から生気が抜け、プリシアちゃんが驚いた。


 煌びやか。超豪華。全身に金糸きんし銀糸ぎんしがふんだんに使われた深紅しんくの衣装。それだけでもあり得ないくらいに高価なのに、更に衣装のいたるところには、大小様々な宝石が縫い付けられ、これでもかというほど輝いていた。


「王様、やりすぎです……」


 誰の指摘もいりません。ライラの衣装をこれほど豪華で高価にしたのは、絶対に王様の指示です。


 王様、自重してください……


 試着してみたライラ自身も困っているのか、僕に抱きついて涙目で懇願してきた。


「エルネア様。どうかエルネア様から、この衣装の変更を陛下に申し出てくださいませっ」


 うるうると瞳をうるませて、僕の顔をお胸様に押し付けて懇願こんがんするライラ。


「うっぷ。ライラ、宝石が当たって痛いよっ」


 お胸様の感触は申し分ありません。だけど、無数の宝石が僕の肌に食い込んで痛いんです。


「はいはい、ライラさん。エルネア君から離れましょうね」


 ミストラルが居ない今、お胸様の攻撃から僕を守護するのはルイセイネの役目らしい。

 ルイセイネは、僕にしがみつくライラを剥がしにかかる。


「嫌ですわ。この衣装が変更されると確約されるまで、私はエルネア様から離れませんわ!」

「衣装の問題とエルネア君は関係ないでしょ! 離れなさーい」


 ルイセイネが強引にライラを剥がそうとするけど、ライラは強く抱きついて抵抗する。


 嬉しくない! 普通だったら絶対嬉しい状況なのに、宝石が痛くて楽しくない!


「ええっと、ライラの衣装も変更でお願いします。深紅の衣装はライラの金髪に合っているんですが、宝石を外して、もっと簡素かんそに。みんなと均衡きんこうが取れる程度の派手さに抑えてください」

「し、しかし陛下から……」

「王様は僕があとで説得しておきます。なにかあっても、全て僕のせいで良いですから、お願いします」


 ライラに嫌われますよ? と脅せば、王様なんて一発だ。なんて恐ろしいことは思っていません。


「にゃあ」


 僕の思考を読んで、プリシアちゃんの頭の上で寛いでいたニーミアが鳴く。


 ニーミアとプリシアちゃんにも、もちろん特別な衣装が準備されていた。


 ただし、衣装を用意する際。僕たちは仕立て屋さんやたずさわる使用人さんたちに口止めを約束させていた。プリシアちゃんの種族と、ニーミアの正体を。


 正体を教えた理由としては、プリシアちゃんの長い垂れ耳と、ニーミアの翼と角を上手く隠す衣装を準備してもらうため。僕たちの要望はきちんと通り、ふたりは子供らしい、お揃いの可愛い衣装が準備されて、先ほどからすでに着込んで喜んでいた。


 ところで。実は未だに、ふたりの正体は露見していなかったりする。

 というのも、プリシアちゃんが耳長族とわかると、どこで知り合ったか探られてしまうからね。

 耳長族は、伝説の種族。それこそ、竜峰の竜人族なんかよりも、もっと希少な存在だったりする。その子供を僕たちが連れていると知られると、余計な問題が発生するかもしれない。ということで秘密にしていた。


 ニーミアは、プリシアちゃんのついで。

 アシェルさんがその姿を見せたことで、誰かがニーミアの正体に気づくかな、と思ったんだけど……

 大きさの問題もあるのか、ニーミアは僕たちが飼っている子猫として、疑われることなく認識されている。


 ただし、子猫用の食事を準備されることに、ニーミア自身は困っていた。


「でも、おかげでお菓子食べ放題にゃん。だから本当は困ってないにゃん」

「お菓子を食べすぎると、太っちゃうからね?」

「にゃんは本当は大きいから、大丈夫にゃん」


 僕とニーミアの会話に、仕立て屋さんと使用人さんが目を大きくして驚いていた。


 プリシアちゃんとニーミアの正体を教えたときから何度も喋っているけど、やはり不思議で仕方ないらしい。


「わたくしは王都の店からあの神々しい竜を見ましたが……。まさか、この小さく可愛い方があの竜の子供だとは驚きです」

「絶対に内緒ですよ。秘密を話しちゃうと、母親が牙を剥いて飛んできますからね」

「も、もちろん他言いたしません!」


 仕立て屋さんたちは仕事上、貴族や王族の秘密をつい耳にしてしまう場合があるのだとか。でもそれを噂で流してしまうと、信頼の問題以上に殺される可能性もある。だから、衣装を準備する仕事に関わる人たちは、みんな口が固かった。


「このお洋服で遊びに行ってもいい?」

「フィオとリームに見せるにゃん」

「駄目だよ。今日は、準備してもらった服が大きかったりしないか試着するだけなんだからね。汚したりすると、三日後の式典のときはふたりだけ着る服がなくてお留守番になるからね?」

「んんっと、わかった!」

「式典のときまで、がまんするにゃん」


 そう言うと、ふたりは躊躇いなく服を脱ぎだす。

 雑な脱ぎ方に、仕立て屋さんと使用人さんが慌てて駆け寄る。そして、僕の見ている前で素っ裸になるプリシアちゃん。


 なぜ下着まで脱いだ!


 突っ込む前に、プリシアちゃんは空間跳躍で僕に抱きついてきた。


「お風呂!」

「にゃん」

「いやいやいや。まだ日中ですから! お風呂は後だからね」


 プリシアちゃんにとって、着ている服を脱いだらお風呂というのが常識らしい。

 特に、寝泊まりさせてもらっている離宮のお風呂は超豪華で広く、プリシアちゃんの大のお気に入りだった。


「プリシアちゃん、服を着ましょうね。風邪を引きますよ」


 ライラを引き剥がしたと思ったら、今度はプリシアちゃんのお世話。ルイセイネだけは衣装合わせがない気楽な立場だったはずなのに、一番疲れているように見える。


 そして、最後は僕の番。


 みんなの衣装の手直し箇所を打ち合わせした後に、僕は更衣室に入る。そして、使用人さんに手伝ってもらって、慣れない礼服に袖を通す。


 そういえば、リステアの邸宅にも一着、預かってもらっているんだよね。あれはリステアのお下がりだったけど、これは寸法から合わせたもので、身体にしっくりくる着心地だ。


 白と緑の布地を使った、落ち着きのある服。女性陣のような派手さはないけど、所々に竜を思わせるような模様や刺繍が入っている。

 式典の当日は、これに白剣を装備することになっていた。


 霊樹の木刀は……見た目が、粗く削った枝葉むき出しの姿だからね。

 色々とあって、式典の際はアレスちゃんが霊樹の木刀を持つことになっていた。


 それはさておき。試着して、みんなに感想をもらおうと、更衣室から出る。


 すると、ミストラルと双子王女様も既に戻っていていた。

 どうやってミストラルの怒気を沈めたのか。双子王女様は無事に生還したみたいです。


「どうかな?」


 みんなの前で、少し恥ずかしがりながらくるりと回って衣装を見てもらう。

 すると、じっと僕を見つめていたみんなは、同時にぱっと明るい顔になった。


「エルネアお兄ちゃんじゃないみたいにゃん」

「かっこいいかっこいい」


 好感触なみんなの反応に、僕は素直に喜ぶ。


 ということで、衣装の手直しや最低限の礼儀作法の習得。そしてミストラルに人族の習慣を教えたり、式典のときの打ち合わせで、慌ただしくも瞬く間に、三日間は過ぎていった。

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