護る者 護られる者

 真っ直ぐに。勢いを殺さず。問答無用でこちらへと飛んで来るレヴァリア。


「駄目駄目っ! 砦を壊しちゃ駄目ぇっ!」

「レ、レヴァリア様っ」


 あれは確実に、僕とライラの慌てる様子を楽しんでいたね!


 レヴァリアは、僕たちが居る砦屋上の目と鼻の先までものすごい速さで近づくと、急旋回。

 暴風を撒き散らしながら、寸前で進路を変更した。

 そして、荒々しい羽ばたきで砦の内側、すなわち王都側の砦前広場へと着地した。


 兵士たちの悲鳴が響き渡る。


「炎帝……」


 そばのテイゼナル将軍が震えていた。


 レヴァリアは夏の飛竜狩りの際に、飛竜の狩場で散々に暴れた。ただし、それは竜峰の飛竜を護るためだったんだけど。人族からすれば、恐怖の象徴でしかない。

 砦の兵士たちも、何度となく命の危険に晒されたはずだ。


 だけど今回は、人族とアームアード王国を救うために飛来してくれた。


 レヴァリアが頼もしい味方なのだと知らせなきゃいけない。

 僕はもう一度ルドリアードさんの手を取り、レヴァリアが着地した場所へと走りだす。


「お、おい! 今度はどこへ連れて行くんだ?」

「あの赤い飛竜の場所までですよ」

「正気か!? あれは恐ろしい飛竜なんだぞ!」

「違いますよ。レヴァリアは僕の大切な家族です」

「なにっ!」


 突然、ルドリアードさんは僕の手を振り払い、鋭い眼光で睨んできた。


「エルネアは今、自分がなにを言ったのかをわかっているのか」

「どういうことでしょうか」


 僕も立ち止まり、真っ向からルドリアードさんと向き合う。


「あの恐ろしい飛竜。俺たちは『炎帝えんてい』と呼んでいるが。あれは今年の夏に、飛竜狩りを邪魔し人族に甚大じんだいな被害を及ぼした邪悪な飛竜なんだぞ」

「知っています。見ていましたから」

「見ていただと? あの惨劇を見ていて、君はなにもしなかったのか!?」

「……なにをしろと言うんですか? 僕は確かに人族で、アームアード王国の国民です。だけど、竜峰の竜族たちは、仲間や家族です!」


 ルドリアードさんの言葉は正しい。

 だけど、それは人族視点の話だよね。


「飛竜が飛竜の狩場で獲物を捕るのは普通のことです。そこへ出かけて手を出したのは人族ですよ。僕は人族に協力すべきでしょうか? それとも、竜族に協力すべきでしょうか?」

「人族に決まっている! エルネアが竜人族のジルド様の弟子だろうと、竜族を仲間と言おうと、人族に被害が出ているのだから人族に手を差し伸べるべきだろう?」

「じゃあ、竜族に被害が出ることは良いんですか?」

「被害の差が違うだろう! それに、相手は竜族だ」

「勘違いしないでください。竜族も立派な生き物です。意志を持ち、家族や愛する者、仲間を持つ種族ですよ。被害が小さいなら、家族と引き離されても良いんですか。愛する者と会えなくなっても良いんですか」

「百歩譲って、エルネアの言う通り、どちらも大切だとしたら。ではなぜ、飛竜狩りで双方に被害が出ないように動かなかった? 両方の立場を理解しているのなら、お互いが傷つき合う前に止めることもできたのではないか」

「僕の声は届きますか? ルドリアードさんの声は届きますか?」

「どういう意味だ?」

「ルドリアードさんは王子様です。では、ルドリアードさんが飛竜狩りは王都の住民にも重大な被害が及ぶから中止しましょう。と言って、中止になりますか?」

「それは……」

「同じです。いくら僕が竜族と仲良くしても、彼らの本能を完全には止めることはできないです。でも、ちゃんと被害は減ったでしょう?」

「なに?」

「この砦に被害が出たのは知っています。多くの戦士や兵士の人たちが負傷したのも知ってます。だけど」


 僕は、王都の方角を見る。


「今年は、飛竜の被害は王都に及びませんでしたよね? 飛竜狩りに関係のない人たちに被害は出ませんでしたよね? レヴァリアの脅威に恐れをなして飛竜狩りが早期に終わったので、住民の生活への影響も少なかったはずです」


 王都の方角から、もう一度ルドリアードさんへと視線を戻す。


「ルドリアードさんは言いました。被害が出ている方に手を差し伸べろと。僕が差し伸べるべきは、本能で活動する飛竜でも、危険だとわかっていて飛竜に手を出す戦士や兵士たちでもないです。一方的に被害に合う住民でしょう? ルドリアードさんは王子様なのに、国民ではなく一部の人たちの利己的な行動に手を貸せと言うのですか?」


 僕のまっすぐな視線を受け、ルドリアードさんは口を閉ざす。


「そして今。人族とアームアード王国に前代未聞の危機が迫っています。だから、僕たちは手を差し伸べるんです。罪のない人たちを護るために、竜峰から竜族や竜人族の人たちが駆けつけてくれました。ルドリアードさん、信じてください。竜人族は味方です。竜族は敵ではありません。そして、レヴァリアは僕の大切な家族であり、頼もしい助っ人です!」


 ルドリアードさんは、王都側へと着地したレヴァリアを見る。


「ルドリアードさんやこの砦の人たちはみんな、レヴァリアの強さを知っているんでしょう? なら、レヴァリアが味方なのだとしたら、ものすごく頼もしいでしょ?」


 言って僕は、もう一度ルドリアードさんの手を取って走りだした。

 そして階段を駆け下り、内側の門を潜り抜ける。


「レヴァリア、ライラ。来てくれてありがとう!」


 砦から出てきた僕をいち早く見つけたライラは、レヴァリアの背中から降りて駆け寄ってくる。


「驚きましたわ。竜の墓所へと向かったはずのエルネア様が、もう到着なさっているから」

「うん。いろいろあってね。先に到着しちゃった」

『うわんっ。私もいるよっ』

『リームもぉ』


 おや。どこに隠れていたんでしょう。というか、レヴァリアの背中に大人しく乗っていたんだね。

 フィオリーナとリームもこちらへと飛んでくると、すりすりと頭を僕のお腹や腕や背中に擦り付けてきた。


「いたたたっ」


 君たち。竜族のつのは痛いんですよ。頭を擦り付けるということは、角がお肌にごりごり当たるということですよ。


 ライラと抱き合い、フィオリーナとリームを撫でてあげる。


「エルネア。これは……」


 すぐ側で、手を引いて連れて来たルドリアードさんが目を見開いていた。

 子竜とはいえ、竜族とたわむれる僕の姿は奇異きいなものに映ったかもしれない。


「恐ろしそうな飛竜から少女が……」

「エルネア君、ルイセイネという子が居ながら……」


 ルドリアードさんの背後では、リステアとセリース様が絶句していた。

 なんだかセリース様が誤解しているようなので、ちゃんと説明しなきゃ。でも、今はその暇も惜しい。


 僕たちが砦から出てくると、上空から数人の人が降りてきた。

 全員が背中に翼を生やしている。


「エルネアに先を越されちまったか」

「なんだお前、俺たちに先行しろと言いながら、自分が一番乗りじゃねえか」

「まったく。ザンの言う通りだ。いつも俺たちの予測の斜め上を行きやがる」

「みんな、来てくれてありがとう!」


 降り立ったのは五人の竜王。ジュラ、ヤクシオン、セスタリニース、ヘオロナとガーシャークだった。


「あれ。他の竜王は?」


 この場に居ないスレーニー、ウォル、ベリーグはどうしたんだろう?


「ふはは。翼を持たぬ地竜系のあいつらは置いてきた!」


 心底愉快そうに笑う竜王たち。


「やれやれ。老人にあまり走らせるんじゃない」


 そこへ、僕に振り回されたジルドさんが姿を表す。

 すると竜王の五人は笑いを止め、ジルドさんのもとへと駆け寄る。

 そして、深く頭を下げた。


「八大竜王ジルド様、ご無沙汰してました」

「はははっ。儂はもう竜王ではないぞ。八大竜王はエルネアだろう」


 中年のジュラを含め、竜王全員から深くしたわれるジルドさんを見て、やっぱりこの人はすごい人なんだと改めて確認させられる。


「さぁ、今は挨拶をしている場合じゃないだろう」


 ジルドさんにうながされて、竜王たちはまたこちらへと戻って来た。


「それで、エルネア。この辺の責任者は誰だ。まさかお前だとは言うなよ?」


 にやりと笑ったセスタリニースに、ぶんぶんと首を横に振って否定する。


「責任者というか……。この人が、アームアード王国第二王子で国軍将軍のルドリアードさんです!」


 未だに驚いた様子のルドリアードさんを示すと、竜王たちはルドリアードさんに向き直った。


「そうか。人族の王子よ。我ら竜王と竜人族。そして竜族は、竜峰同盟りゅうほうどうめい盟主めいしゅエルネアの願いに応じ、これよりこの都を守護しよう。そして魔族どもを殲滅しよう!」

「竜峰同盟の盟主……」


 ルドリアードさんだけじゃなく、リステアやセリース様たちまでもが僕を見つめて驚く。


「王子よ、エルネアが君の国の民であったことに感謝しろ。我ら竜峰の者たちは、エルネアの願いのためにここへ来たのだ」

「大船に乗った気でいてくれや。魔族ごとき、俺たちの敵じゃねえ」

「よし、いっちょ暴れてくるかな」

「よし、お前ら。行ってこい!」

「いやいや、お前も来いよ」

「馬鹿を言うな。おれはこの間利き腕を失ったばかりだぞ」

「それでも、魔族程度ならどうということはないだろうさ」

「よしいくぞう」


 勝手に挨拶をして、勝手に参戦することを宣言して。わいわいと騒ぎながら、一方的にこの場を去ろうとする竜王たち。


 皆さん、平地に降りてきたからって浮かれないでください。遠足じゃないんですよ。

 やれやれ、と肩をすくめていると、空から黄金色の翼竜が舞い降りてきた。


「ちょっ、ちょっとセフィーナ様っ」

「ヤクシオン様っ!」


 きちんと着地をしていないユグラ様の背中からフィレルの制止を振り切って優雅に降りてきたのは、セフィーナさんだった。


「ご無沙汰しています、ヤクシオン様」

「おお、お前は。随分と大きくなったのだな」


 そして、セフィーナさんが駆け寄ったのは、筋骨隆々で浅黒い肌の竜王ヤクシオンだった。


 まさか、セフィーナさんに竜術とか変な体術を教えたのは、ヤクシオンか……


『北で竜族どもが騒ぎ始めたな。そして竜王がこうも揃うとは。エルネアよ、自重せよ』

「えっ」


 ユグラ様が呆れたような瞳で僕を見ていた。


『過剰戦力だ』

「ええっ」


 レヴァリアがため息を吐いた。


「だって、魔王が居るかもしれないし、魔将軍や上級魔族が来ているんだよ。万が一に備えなきゃ」

「ま、魔王だって!?」


 あっ。リステアが顔を引きつらせてる。

 珍しい。

 というか、魔王の存在のことは伝えてなかったんだっけ?


「魔王……終わりだ……」


 ルドリアードさんが茫然自失になっていた。

 僕は慌ててルドリアードさんの肩を揺すり、正気に戻す。


「ルドリアードさん、王子で将軍でもある貴方が絶望してどうするんです。人族なら、奇跡を信じて希望を持ってください。僕たちはそのために駆けつけたんですよ!」

「奇跡……希望。そうだな。俺たち人族が女神様よりたまわった真理は、まさに希望と奇跡だ」


 ルドリアードさんは周りを見渡す。


 他を圧倒する存在感を放つ竜族のユグラ様とレヴァリア。竜人族を代表する竜王たち。そして勇者と、砦の兵士たち。

 全員を見渡し、僕を最後に見つめるルドリアードさん。


「エルネアが奇跡を運んできてくれた。ならば、この危機を乗り越えられるのだと希望を持って、全力で挑もう!」


 瞳に光が戻ったルドリアードさんの背中を、セスタリニースが勢いよく叩く。


「おおう、将軍がその意気じゃなくてどうするよ!」

「エルネアと同じ人族の、しかも王子なんだろ。俺たちを失望させるんじゃねえぜ?」

「では、歓談は終わりだ。全員、行くぞ!!」


 ヘオロナがルドリアードさんを鼓舞し、ジュラの掛け声で竜王たちは空へと舞い上がる。そして、北の戦場へ向けて飛んでいった。


「フィレル、送ってくれてありがとう。私はこれから、一兵士としてこの砦の戦いに参戦するわ」


 セフィーナさんの宣言に、静かにこちらを見守っていた砦の兵士たちから歓声があがった。


「よし、俺たちも援軍に遅れをとるわけにはいかんな。久々に真面目に働くか!」


 腰の肉厚な呪力剣を抜き放つルドリアードさん。


「あ。ちょっと待ってください」


 僕は意気込むルドリアードさんを一度止める。


「北は、僕たちの仲間が必ず護ります。だから、予備兵力を王都の方へ。王都のなかにも死霊軍が入り込んでいるんです!」

「そうです、ルドリアード様。僕たち飛竜騎士団の力だけでは、王都全体を守りきれないんです」

「わかった。砦から必要な分の兵力を出す。だからどうか、アームアードを救ってくれ」


 ルドリアードさんはフィレルに頭を下げた。

 そして僕や勇者たち。そして竜族のユグラ様やレヴァリアにもひとつずつ頭を下げていく。


「エルネア。さっきは済まなかった。君の考えや立場を考えず、一方的な言い分だった」

「ううん。違いますよ。ルドリアードさんの考えが普通なんだと思います。僕は、ちょっと特殊ですから」

『ほほう、自分が特殊だとようやく自覚したか』

『ふんっ。何を今更。貴様が異常なのはいつものことだろう』


 うわっ。ユグラ様とレヴァリアが酷いことを言ってます。

 良かった。ルドリアードさんに竜心がなくて。理解されていたら、笑われていたよ。と思ったのも束の間。

 ライラとジルドさんとフィレルが笑っていた。


 竜心のない他のみんなは、僕とルドリアードさんとの会話のどこに面白さがあったのだと首を傾げていた。


 ところで、存在感が消えてしまったスラットンたちはどうしたんだろう。

 周りを見渡すと、居ました。

 レヴァリアとユグラ様に挟まれる位置で、スラットンとドゥラネルが白眼を剥いていた。


 スラットンはレヴァリアとユグラ様の迫力に。そしてドゥラネルは、レヴァリアに思いっきり睨まれていた。


 可哀想に……

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