新しい風

 竜峰を離れる前のことだ。


「竜王のみんなは、竜族たちと一緒に飛竜の狩場を目指してね! あ、ザンもね!」


エルネアの言葉に、俺だけでなく竜王たちも顔をしかめた。


「待て、エルネア。飛竜はともかくとして、俺たちはどう急いでも間に合わんぞ?」

「みんなは飛竜の背中に乗れば良いじゃない」

「俺たちが飛竜の背中に?」

「うん。実はもう竜族にはお願いをしてあるんだ。だから大丈夫だよ」

「やれやれ、お前は……」


 エルネアの行動力に、集会場に居た全員がため息を吐く。

 竜人族が竜族の背中に乗って移動する。聞いたことがない。


 満面の笑みを見せるエルネア。

 こいつはいつもこうやって、無邪気な顔で俺たちを翻弄する。

 自覚はあるのか?


 なにはともあれ、俺たちはこうして、竜族と共に東へ向かうことになった。

 だが、エルネアの恐ろしさは、この常識離れした作戦だけではなかった。


 俺たちは全員が、エルネアの次の言葉で度肝を抜かされた。


「みんな。来るときは最初から変身して来てね!」

「なっ……!」


 俺だけじゃない。竜王だけでもない。ミストラルでさえも驚愕し、絶句していた。

 こいつはなにを言っているのだ。

 変身して来い?

 つまり、翼や尻尾を生やし、鱗を浮かせた状態で人族の目がある平地へ降りろというのか?


「みんな、聞いてほしいんだ」


 エルネアの顔からいつの間にか笑みが消えていた。


「僕は、竜人族の風習や習慣にはまだまだうといんだけど……。必要のないしきたりは、無くしても良いんじゃないかな?」

「それはどういう意味だ?」


 俺の言葉に、うん、と頷くエルネア。


「竜人族が他種族と結ばれるためには、色んな試練やしきたりが有ることを知ったんだ。それは仕方がないよね。種族が違えば、色々なことが違ってくるから」


 普段は愛くるしく明るいエルネア。だか、稀にこうして真面目な表情になる。こいつがこういう顔をするときには、必ず深い考えと決意があることを知っている。


「寿命の問題はどうしようもないよね。これは本人が頑張っても変えられない。だから、花嫁修行や婿修行は仕方がないと思うんだ。だけど、変身のことを隠すのは違うんじゃないかな?」


 エルネアは、集会場に集まっている全員を見渡す。


「隠し事をして、相手を見て教えるか判断をする。駄目ならみんなで隠し通す。だから、もしも予期しないことで露見した場合は問題になっちゃうんだよね」


 竜人族の変身能力は、繊細な問題だ。

 人とは違う姿に変わってしまう。

 どんなに強い愛情や友情で結ばれていたとしても、相手が人外の姿に変わったときに平静でいられるか。これは長い歴史で幾度となく問題になり、竜人族にとっては根深い問題となっていた。

 エルネアはこの問題に対し、どういう道を俺たちに示そうというのか。

 全員がエルネアの次の言葉を待つ。


「僕は思うんだ。これって、隠してるから問題になるんじゃないかなって」

「つまり、お前はこの事を隠すべきではないと?」

「うん。これは隠す問題じゃない。むしろ、隠しておくべきことじゃないと思うんだよね。最初に隠してしまうから、問題が先送りになっちゃう。そして後戻りができない状況になって打ち明けるか悩むから、余計に大きな問題になると思うんだ」

「だがエルネアよ。これまで竜人族はこの能力で色々と悲しい経験をして来たんだ」

「でもそれってやっぱり、後から相手がこの能力を知っちゃったからでしょう?」

「まあ……。そうだな」

「だから、そこから違うんだと思う」


 エルネアの言葉の意味を知ろうと、誰もが耳を傾けていた。


「種族が違うと、色んな偏見や誤解が生まれるんだ。僕がそうだったようにね。僕は竜峰に入る前。というか、ミストラルと出会う前。竜人族は人族なんかよりも遥かに高位の種族で、恐ろしい存在だと思っていたんだよ。竜族も同じで、凶暴で恐怖の生物としか思っていなかった。でも違ったんだ。おじいちゃんやミストラルと出会い、竜峰に入って竜人族の人たちや竜族と親しくなって、誤解に気づかされたんだよね」


 竜族は、本当に怖かったんだよ。と明るく笑うエルネア。

 だが、こいつの話している内容は、笑いとは遠く離れた次元のものだ。


「要は、知らないから誤解が生まれちゃう。特に竜人族の人たちなんて、普段の見た目や生活が人族に似ているから、下手をすると種族の違いに気づかないんだよね。でも、本当はそうじゃないんだ。間違いなんだ。種族が違えば、色んなことが違ってくる。寿命とか、能力とか」


 エルネアは、かたわらに立つミストラルの手を握る。


「後出しはずるいんだよ? 僕はミストラルだったから簡単に受け入れられたけど」

「エルネア……。ごめんなさい」

「ううん、大丈夫。僕はミストラルのことなら何でも受け入れられるよ」

「ありがとう」


 やれやれ。ここに来てお惚気のろけを見せつけられるとは。話の内容に張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。

 エルネア。まさかこうなることを狙って動いているわけじゃないだろうな?


「話は戻るけど。最初に隠しちゃうから、最初に知らないから、問題になると思うんだよね」

「つまり?」

「知らないなら、最初に教えちゃえば良いんだよ。竜人族には変身の能力があって、翼や尻尾を生やしたり鱗が浮いた姿もあるんですよって。竜人族はこういう種族なんだよ、と最初から教えておけば良いんだ」

「しかし、人族はそれで簡単に受け入れるのか?」

「どうだろう、難しいだろうね。だけど、難しいからなにもしないんじゃあ、物事は進まないよ?」


 エルネアは一拍起き、続ける。


「やっぱり一番の原因は、勘違いだと思う。竜人族は似ている。人族と変わらない。そう思っていたら違った。自分たちとは違い、翼があったり尻尾があった。それが後からわかるから困惑して、相手を信じられなくなるんだと思う。もしかして、他にも秘密や隠し事があるんじゃなかって。なら、最初から見せてしまえば良いんだ。誇り高い竜人族の戦士の姿をね!」

「誇り高い戦士の姿、か……」

「そうだよ! 変身は、一流の戦士だけが会得できる至高の能力でしょ? それなら、誇りを持ってその姿をさらそうよ! そうすればきっと、人族にも理解が広まると思う。理解が深まれば、そこから新しい絆や愛情が生まれると思うんだ。偽った関係を終わらせて、正しい絆を結ぶ時だよ!」

「ふははは。面白い意見だ。俺はエルネアに賛同するぞ!」


 最初に、セスタリニースがエルネアの意見に同意を示した。


「そうだなぁ。現在は丁度お前ら以外で他種族と恋愛沙汰になっている奴は居ないしなぁ」


 ヘオロナが面白そうだと頷く。


「今でも、年に数回の隊商での交流があるくらいだ。この件で人族と関係がこじれても、さほど影響はないのか」

「それどころか、上手くいけば長年の問題が解決へと進むかもしれん。良いじゃないか」


 ジュラとヤクシオンが同調する。


「失敗するかしないかは、議論だけではわからん。試してみようではないか」

「賛成ですね。将来のためにも、まずは挑んでみるべきかも」


 ベリーグとウォルも賛成する。


「まったく……。ザン、お前の言う通りだ。こいつはとんでもない竜王だな」


 ガーシャークが呆れたようにエルネアを見て笑った。


「まったくだ。たまには自重しろ」


 言って俺は、エルネアの頭に拳骨を落とした。


「痛いよ、ザン」

「ふふん。お前は竜人族に変革をもたらしたんだ。名誉だと思って素直に受け取っておけ」

「これって絶対、名誉じゃなくて迷惑の拳骨だよね!」


 涙目のエルネアを見て、集会場に笑いが広がった。


 竜峰が変わろうとしている。人族から現れた若き竜王が、新たな道を竜人族に示そうとしていた。

 竜族との絆を回復させ、人族との関係を正そうと必死に考え行動している。

 ならば、俺たちはこの竜王エルネアに何を返せるだろうか。計り知れない功績に対し、どれだけむくいることができるだろうか。

 まずは最初の恩返しとして、エルネアの故郷、人族の国を救いに行くとしよう。


 エルネアの奇想天外な申し出は竜王たちの承認のもと、竜人族の戦士たちに瞬く間に広まった。


「おおう、俺の翼を人族にも見せるときがきたか!」

「私の翼は美しいんだからね?」

「儂の尻尾も負けてはおらんぞっ」

「人族に、竜人族の誇りを見せてやろうじゃないか!!」

「よし、俺もこれで人族の恋人ができるかもしれん!」

「くそうっ。なんで俺はまだ変身の能力を会得できていないんだ」

「おまえらだけ卑怯ひきょうだぞ!」

「ふははは。変身できぬ己の未熟さを呪え」

「変身できない竜人族は、ただの竜人族だ」


 人族との関係にうれいを持っていた者がどれだけ居るのかはわからない。だが、竜人族にとって変身した姿を晒すというのは、繊細で深い問題だった。エルネアはそこへ変革をもたらした。

 戦士たちはこころよくエルネアの意見を受け入れ、これまで以上に意気込む。


 魔族どもめ。相手が悪かったな。

 一昔前までの竜峰であれば、人族の国が魔族に襲われたとしても傍観ぼうかんしていただろう。

 しかし今は。エルネアを中心に、竜峰はひとつに纏まっている。

 それは奇しくも、北部の連中が当初に望んでいたものではないのか。ひとつに纏まった竜峰。奴らはそれを「国」という形で実現しようとしたが、失敗した。だがエルネアは、別の方法で容易く形にしてしまった。しかも、竜人族だけの纏まりではなく、竜族まで巻き込んで。


 人族の国へと攻め込んだ魔族共に、未来はない。奴らは、竜峰の結束と恐ろしさを、身を以って知ることになるだろう。


 竜族と共に、竜人族の戦士たちがときの声をあげ、竜峰を震わせた。

 飛竜と翼を持つ戦士たちが空へと舞い上がる。


「ええい、空の奴らに遅れをとるなっ」

「飛行組の連中にだけいい顔はさせんぞ!」


 翼を持たない地竜系の連中が空に向かって叫ぶのを耳に受けながら、空へと上がる。そして、近くを飛び去ろうとした飛竜の背中へ降り立つ。

 飛竜はちらりと俺を見ただけで、不満そうな気配も見せずに翼を羽ばたかせた。


 エルネアの影響力を思い知らされる。

 あいつの鶴の一声で、まさかこうも簡単に飛竜の背中へと乗ることができるとは。


 俺の様子を見ていた戦士たちが、竜峰各地から集まってきた飛竜に次々と跨っていく。

 飛竜は咆哮をあげ、集団で東へと進む。


 体験したことのない速度だ。

 俺たちがどんなに翼を酷使こくししようとも到達できない高さと速さで飛竜は飛ぶ。

 峰々の景色が流れ、瞬く間に東の平地へと到達した。


 前方の平原に、魔族の軍勢が集っていた。

 汚い太鼓や笛の音に合わせ、不細工な行進を開始する。

 竜族も、魔族共が発する音が気にくわないのか。耳が裂けるかと思うほどの咆哮をあげ、魔族の音をかき消す。


 先陣を切ったのは暴君だった!

 竜峰の空の支配者。飛竜の頂点に君臨するかつての恐怖の象徴が、人族の少女を背中に乗せて急降下していく。

 火炎の息吹いぶきを放ち、灼熱しゃくねつの炎の雨を降らせる。


 魔族にとっても暴君は恐怖だったらしく、瞬く間に恐慌状態に陥る。

 暴君に続き、飛竜たちが魔族の軍勢に一斉攻撃を開始した。


「ザンよ。儂らは一旦砦の方へ行く。後は任せるぞ!」


 ジュラと共に、竜王たちが南へと飛んでいく。


「レヴァリア様。あちらにエルネア様の竜気ですわ!」


 暴君と少女も戦場を放棄して南へと飛んでいった。


 やれやれ。


 苦笑するが、気を引き締める。


 どうも、先にエルネアが到着していたらしい。

 ならば、少しは活躍しておかないとな。

 俺は背中の翼を羽ばたかせ、飛竜の背中から飛び立った。

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