異変
古の都から来てくれた巫女様や古代種の竜族は、実に頼もしい増援になった。
加えて、困った悪戯はあったものの、アステルの創り出した武具によって、こちらの態勢は
溢れかえる妖魔に押され気味だった戦局も、一気に
「第二飛竜騎士団、ユグラ
ヨルテニトス王国第四王子のフィレルが、朝日を受けた黄金色の鱗が神々しいユグラ様の背中から号令を発し、大空へと舞い上がる。
フィレル配下の飛竜騎士団が、威勢の良い掛け声と共に後を追って飛び立つ。
「おい、野郎ども。飛竜騎士団に負けるんじゃねえぞ!」
すると、兄であるキャスターさんが、地竜騎士団を率いて戦場に向かう。
そうしたら、ヨルテニトス王国の王子たちの活発な動きを見ていたアームアード王国の第二王子ルドリアードさんが、右手にお肉を、左手にお酒の入った
アームアード王国の王国騎士団が、やる気満々の様子で中庭に集結する。
ただし、ルドリアードさん自身のやる気はあまり見受けられません!
「よし、殲滅部隊はヨルテニトス王国の連中に任せて、こっちの王国騎士団は駐屯地周辺の警護をしよう。まあ、危機が迫るまでは、さっきみたいに救出関連の仕事ってわけだ」
「殿下の場合、そういう建前で後方に回って、楽がしたいだけじゃねえんですか?」
「馬鹿をいえ。俺の可愛い部下を危険な目に合わせたくないだけだぞ?」
「殿下、お言葉ですがね。俺たちだって、ここに来たからには活躍してえですぜ?」
「なんだ? 血の気の多い奴らばかりだなぁ。仕方ない、弩級や投石機を借りて、好きなだけ暴れることを許す」
ルドリアードさんのやる気の無さとは真逆に、王国騎士団の人たちは気合い十分で塔の周辺を固める堅牢な城塞に布陣した。
他にも、朝食を終え、新たな武具を手にした冒険者や戦士たちが、次々と戦場へ向かう。
朝の城塞に、活気が満ちていく。
「よし、僕たちもしっかりと頑張るぞ!」
僕が気合を入れると、周りのみんなも元気よく返事を返す。
だけど、気合十分な心とは裏腹に、まだ僕たちが出ばるような場面にはなっていない。
「本当は、もうそろそろ戦場に出ないといけないかな、と思っていたんだけどね」
僕の思惑が嬉しい方向で裏切られているおかげで、こちらの活躍はもう少しお預けです。
「ならば、もう暫く戦況を見定めるのが良かろう」
スレイグスタ老の言葉に従い、僕たちは遠くまで見渡せる場所に移動する。
ただし、今日は塔の最上階でもスレイグスタ老の頭の上でもなかった。
「それでは、見回りに行きましょう。さあ、スーとレティも我に乗りなさい」
僕たちが騎乗した相手。それは、長胴竜のラーヤアリィン様だった。
「お邪魔します!」
細長い翼の後方に
「んにゃん。ラーヤ様は優しいにゃん」
「ふふふ。戦地の見回りも、大切なお仕事ですからね」
本当は、ニーミアかレヴァリアに騎乗する予定だったんだけどね。他の古代種の竜族と同じように、ラーヤアリィン様も僕たちに協力してくださるということで、それなら、と乗せてもらいました!
「ラーヤアリィン、ニーミアたちをお願いね?」
「はい、貴女の大切な娘とお仲間の方々は我が責任を持って護りますね」
アシェルさんは、ラーヤアリィン様に全幅の信頼を寄せているようだ。お互いに呼び捨てで名前を呼び合うくらいだから、もしかしたら年齢とかも近いのかもね。
「アシェルの方が、少し若いですね。今回の一団の中では、我が最も年長者になります。ですが、竜の森の守護竜様に比べれば、我らもまだまだ
アシェルさんは、数百歳?
ラーヤアリィン様はそれよりも少し上ってことは、長くても一千歳まではなっていないんだよね?
そう考えると、この地に飛来した古代種の竜族のなかでも、スレイグスタ老はうんと大先輩になるわけだ。
「
スレイグスタ老と出会った頃。古代種の竜族のなかでも長命だと、自身で言っていたね。
そして、そんなスレイグスタ老よりも、もっともっと
僕たちは、人生の大先輩たちに見送られながら、空を目指す。
ゆるゆると、とぐろを巻いていた胴体が動く。と思ったら、僕たちの乗った鞍は既にスレイグスタ老の頭部よりも高い位置にあった。
そして、あっという間に城塞の遥か上空に達する。
「すごいわ。空を滑るように移動しているわ」
「すごいわ。景色が流れていくのに全く揺れないわ」
ユフィーリアとニーナが感動していた。
僕も驚いちゃった。
だって、飛んでいる、という感覚が全然ないんだもん。
まるで、地上から上空へと逆向きに滑ったような感じで、気付けば僕たちは空の上にいた。
「んにゃん。にゃんも乗り心地は良いにゃん」
「そうだね。ニーミアも飛行は上手だよね」
もちろん、ニーミアだってレヴァリアだって、他の飛竜や翼竜が足もとにも及ばないくらい、飛行は得意だ。
でも、ラーヤアリィン様の飛行は、本当に独特だった。
蛇が水中をゆらゆらと泳ぐように、ラーヤアリィン様は長い身体をくねらせながら、空を泳ぐように進む。
もちろん、城塞全体を包む大迷宮の術に掛かることなく。
「はわわっ、フィレル様が迷いの術に巻き込まれていますわっ」
すると、下方を飛行する第二飛竜騎士団を見ていたライラが、心配そうに僕の腕を掴む。
「あれは、わざとだと思うよ? ユグラ様単独なら迷いの術にはかからないだろうけど、部下たちを引き連れて飛んでいるからね。わざと迷いながら、魔物や妖魔を倒していっているんだよ」
僕の言葉通り。
ちょうど僕たちの真下を飛んでいた飛竜騎士団が、次の瞬間には城塞の西側に瞬間移動していた。
ユグラ様は平気な様子で飛行を続けるけど、後方に続く飛竜騎士団は、飛竜と騎士の両方が困惑したように地上と自分たちの位置を確認している。
そして、ついでとばかりに、目に付いた魔物を炎で焼き払い、妖魔を凍らせていく。
「フィレルとユグラ様は、迷うことを楽しみながら頑張ってくれているね」
と言うと、ライラは嬉しそうに微笑む。
「グググッ、地竜ガ……暴、走。……シテ、イル」
最初は極度の人見知りだったモモちゃんも、徐々に環境に慣れていき、どんどん積極的になってきた。
というか、強引なプリシアちゃんとアリシアちゃんに引っ張られて、いろんなことに関わり出し始めていた。
ということで、僕たちと一緒にラーヤアリィン様に騎乗したモモちゃんが、地上を指差して笑っている。
その地上では、土煙を上げて地竜騎士団が爆走していた。
迷おうが、どこに向かおうが、地竜騎士団には関係ない。
地竜騎士団が通り過ぎた後の中庭には、踏み荒らされた地面と無数に転がる
そして、ヨルテニトス王国が誇る竜騎士団以外にも、活躍を見せる者たちが各所で見られた。
「はあっ!」
トリス君が、魔剣と神剣を振り回す。
「やあ、彼は相変わらず剣を振り回しているね」
「ルイララ、いつの間に!? でも、僕はトリス君の戦い方も好きだよ」
一見、次の一手さえ考えていないような荒々しい戦い方をしているけど。よくよく観察していれば、トリス君の剣戟には、一撃一撃に強い意志が乗っていることがわかる。
目の前の敵を倒す。絶対に逃しはしない。
きっと、大切なご主人様であるアステルを、あの強い意志で護り抜いてきたんだろうね。
ルイララもその点は認めているのか、剣の型を覚えればいいのに、と言いながらも、トリス君の戦い方を否定はしない。
トリス君が奮戦する周囲では、冒険者や戦士たちも激戦を繰り広げていた。
アステルに創ってもらった極上の武具を装備し、これまで以上の活躍で魔物や妖魔を次々と倒していく。
「こいつは、
「あれだけ苦戦していた妖魔を、紙を斬り裂くように呆気なく斬っちまいやがる」
「妖魔の術も、この盾で防げるしな!」
妖魔が、
普通の武器や、鍛えられただけの肉体だけでは、妖魔を倒すことは難しい。それが今や、対妖魔用の武具を手にした者たちによって、一撃一殺の世界に激変していた。
「竜族たちも、黙ってはいないみたいだね」
人族や獣人族の活躍を目にした竜族が、より一層やる気を見せる。
『ふふんっ、人族風情にばかりいい顔はさせぬぞ』
『獣人族にも劣る戦いぶりでは、竜峰には戻れん』
地竜騎士団とは違う場所で、地竜たちが暴れる。こちらも、目につく魔物や妖魔を
飛竜たちは、名高いユグラ様と共に飛びながら戦いたいみたいで、飛竜騎士団のもとに集まろうと城塞の上を飛び回る。
だけど、迷いの術に
それで、
朝方まで、増え続ける妖魔にどう対処しようかと頭を悩ませていたはずなのに。
気づけば、巨人の魔王が施した呪いから湧き出す魔物や妖魔の出現が間に合わないくらいの殲滅速度で、城塞どころか飛竜の狩場が平定されていく。
「
ラーヤアリィン様も、みんなの奮戦に瞳を細めて微笑む。
「でも、良いのかしら、エルネア君。もしかして、このまま終わってしまうのでは?」
こちらも素早く騎乗してきたセフィーナさんが、目的を見失っていないかと指摘してきた。
普段なら、魔物や妖魔が全滅して、平和になることを誰もが望むよね。でも、僕たちの目的は違う。
魔物を倒し、妖魔を引き寄せ、最終的には妖魔の王を誘き出して、これを討伐しなきゃいけない。
だから、このまま魔物と妖魔が枯れて、呪いが晴れちゃうと、困ったことになるんだよね。
だけど、僕たちの心配なんて、必要なかった。
ううん、違う。
心配すること自体が、大きな間違いだった。
異変が起きる。
城塞の各所。
飛竜の狩場の各地で。
見下ろしていた地上の風景の一部が、
一瞬、目の
空間が
歪んだ空間は徐々に黒く暗く
そして最終的には、目にするだけで心が
「あの瘴気は……!」
ラーヤアリィン様が、息を呑む。
僕たちも、身体を寄せ合って地上の異変を見下ろしていた。
ずるり、と可視化した濃い瘴気から、新たな生物の片鱗が顔を覗かせた。
最初に、
次に、
それだけなら、異形の生物と思ったかもしれない。
だけど、僕たちは背筋を凍らせて、次の異変を
可視化した瘴気の塊そのものを胴体として、周りの空間に腐った獣の皮を纏う。
暗く禍々しい瘴気の奥に赤く光る核が見え、不気味に脈動していた。
実態と非実態を
鰐亀のような頭部が動く。
ゆっくりと開いた口の奥に、牙はない。その代わりに、数え切れない程の瞳が、
あまりの不気味さに、女性陣が悲鳴をあげて顔を逸らす。
『ア、アアあア、ああアあアア……』
「うっ……っ!」
そして、耳ではなく、頭に直接響いた異音に、僕たちは頭を抱えて倒れ込んだ。
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