猛る者たち

 そろそろ衰弱すいじゃくから回復してくる頃合いだと思っていたけど。

 まさか、寝起き早々に問題を引き起こすなんて!


 古今東西ここんとうざいの名剣、伝説の武具を創り出して、人々をまどわせる猫公爵のアステル。

 たける気持ちはあっても、妖魔に対抗できる武具を持ち合わせていなかった者たちが、力を求めて楼閣の下に群がる。


 でも、ちょっと待って!

 アステルは、外れの武具を手にしたら呪われるって、笑いながら宣告していたよね!?


「うおおぉぉぉっ!」


 あああっ、やっぱり!


 考えなしに武器を手に取った冒険者が、目を血走らせて雄叫びをあげた。


「こんな時に魔剣の呪いだなんて……!」


 素早く、巫女様たちが呪いをはらおうと動く。

 だけど、呪いを受けた者は雄叫びをあげている最中に白目を向いて、昏倒こんとうしてしまった。

 巫女様が駆け寄り、昏倒した冒険者をる。そして、ほっと胸を撫で下ろした。


「どうやら、軽度な呪いだったようです。今は意識を失っていますが、後遺症はないと思います」


 呪いの効果が無くなったのか、冒険者が握りしめていた魔剣はぼろぼろに崩れて、鉄錆てつさびの山だけを残して壊れてしまった。


 普通だと、呪いの武具を手にした者を救う手立てはない。

 呪い自体は法術で浄化できるけど、その際は呪われた本人も無事ではすまないからね。

 だけど、アステルが創り出した呪われた武具には、そこまで強い呪いはかけられていなかったみたいだ。


「はい、みなさん。はやる気持ちはわかりますが、まずは落ち着いて!」


 と、僕が声をかける前に、既にみんなの顔が引きつり始めていた。

 だって……


「真っ先に武器を手にした四人のうち、三人が呪われましたね」


 マドリーヌ様の指摘通り。


 僕が止めるよりも前に、楼閣の下に無造作に落とされた武器を手にした冒険者や獣人族の戦士は、高い確率で呪いを受けてしまった。

 そして、最初の冒険者と同じように、呪われた者は雄叫びをあげながら昏倒してしまった。

 出遅れた者たちは、その様子を見て目が覚めたみたい。


「アステル様、やり過ぎっす」


 楼閣の上では、アステルをたしなめるトリス君の姿が。

 だけど、アステルは足もとの騒ぎが面白可笑しいのか、お腹を抱えて笑うばかり。いや、笑うだけなら良いんだけど、笑っている最中にも次から次に武具を創り出していた。


「なあに、呪いといっても軽いものだ。長くても半日近く雄叫びをあげたら、疲れて寝込む程度だぞ?」

「いやいや、それでも十分に迷惑っすからっ!」


 トリス君が、ご主人様の悪行にあきれ返っていた。

 僕たちも、アステルの悪戯に苦笑するしかない。


「武具に付与した呪いが悪戯なのはわかったけど、もしもこれが本当の呪いだったら大変なことになっていたんだからね?」

「エルネア君、ごめんっす。後でしっかりと、アステル様をしかっておきますんで」


 ご主人様を叱る従者って、なんだろうね?

 それはともかくとして。


 スレイグスタ老以上に周りに迷惑な悪戯をするアステルだけど、根っからの極悪人というわけではない。なので、呪われた武具を手にした者を本気で呪おうだとか、この戦況を崩そうだとかは思っていない。

 そもそも、本気で悪いことを企んでいたのなら、事前に呪いの武具が混じっているなんて言わないだろうし、こちらに協力して武具を創ろうだなんてこと自体を考えないはずだよね。


 とはいえ、創り出した武具のほとんどが、軽度とはいえ呪われていました、という状況はいただけません。

 僕が注意するけど、アステルは笑うばかり。


「良いじゃないか。そもそも、人族や獣人族どもは既に戦力外だったんだろう? なら、いちばちかにけてみるのも一興いっきょうだろう? ああ、言い忘れていた。九割は呪われているから、気を付けろよ」


 当たれば、伝説の武具を手に戦える。でも、九割が呪われているので、当たりを引けるのは、ごく僅かな運の良い者だけ。

 アステルの言葉に、近くの者と顔を見合わせて考え込む者たち。

 はあぁ、とアステルの足もとで黒猫魔族のシェリアーが溜息を吐いているけど、止める気はなさそうだね。


 さて。この、迷惑だけど上手く活用できれば大いに心強い援護を、どう対処しようかと思案する。

 そして、良いことを思いついた!


「みなさん、強力な武具が欲しいのはわかりますが、ご覧の通りです。呪われちゃったら大変ですからね? なので、先に鑑定をします。鑑定が終わった武具を持っていってくださいね」


 九割が呪われているとはいえ、残りの一割は本当に強力な武具なんだよね。ならば、その一割だけを掘り出して、配れば良いんだ!


「しかし、どうやって見抜くのだ?」


 後方からのスレイグスタ老の疑問に、僕は強力な助っ人を呼び出した。


「はい、シャルロット。アステルが創り出した武具に呪いが掛かっているかどうかを診てね?」


 いつの間にか戻ってきていたシャルロットを呼び寄せる。

 シャルロットは、糸目をさらに細めて微笑み、こころよく引き受けてくれた。


「次に……。呪われていない魔力武具の鑑定は、ルイララにお願いしようかな?」

「エルネア君。そもそも魔力武具は全て呪われていると思うんだけどね?」

「でも、ほら。トリス君が持っている魔剣のように、呪いのかかっていない物もあるかもしれないでしょ?」


 アステルのことだ。大当たりとして、呪いのない強力な魔剣を忍ばせているに違いない。それと、もしも呪われていた場合は、そのまま魔族に利用してもらえば良いよね。

 魔剣や、その他の武具の知識に精通しているルイララには、シャルロットが選別した後の魔力武具の性能などを鑑定してもらいたい。


「神力武具の鑑定は、アレクスさんにお願いして良いかな?」

たまわった。神力武具は、他の種族が使用しても然程さほどの威力は出ないが、良い物があれば配ろう」

「もちろん、気に入った物があれば、アレクスさんたちも自由に持っていってくださいね」


 興味深そうにこちらの様子を伺っていたアレクスさんやウェンダーさんも加わる。


「ええっと、呪力武具は……」

「俺が受け持とう」


 そして、自ら名乗りを上げてくれたのは、ヨルテニトス王国の王太子グレイヴ様だった。


「これでも、多くの武具を見聞してきた。この場での鑑定役ならば、俺が最も適任だろう」


 他にも、獣人族用の武具や耳長族の武具なども、それぞれ知識のある者たちにゆだねていく。


 伝説の武具であろうと、どんなに強力な武具であろうと、秘められた力が不明のままでは本領を発揮できないからね。

 呪いがかかっているかどうかと同じくらい、武器や防具の鑑定は大切です。


「はい、こちらは呪われていますね。こちらも。こちらも……。当たりがなかなか出ませんね?」

「だって、創った本人が、九割は外れだって言っていたからね」


 ひとつひとつ、手にとって確定してくれているシャルロット。


 ちなみに、なんで僕がシャルロットに依頼し、彼女が快諾かいだくしたのかというと。


「こちらの神剣は……天将剣てんしょうけんでございますね。呪いはありませんが、出回ると魔族が困りますので、砕かせていただきます」

「むおっ!?」


 ぱりんっ、と天将剣なる長剣を容易く粉砕したシャルロットに、神族のウェンダーさんが顔を引きつらせていた。


 そう。シャルロットは元々が大魔族だから、呪われた武具を手にしても呪われることはない。それに加えて、ああして、出回ると困るような武具は容赦なく破壊してくれる。

 シャルロットが見定めて、各種族の代表者が鑑定した武具が、いよいよみんなに配られ始めた。


「ちっ」


 順調に物事が進み出した僕たちの様子を見下ろしながら、アステルがつまらなそうに舌打ちをする。

 本人的には、もう少し混乱が続いて、それを見て、面白がりたかったんだろうね。


「ええい、こうなったら教えておいてやる。武器には対妖魔用の力を付与ふよしているからな。有難く思え!」


 焼けくそ気味に教えてくれたアステルに、楼閣の下に集まっていた者たちが感謝の言葉を飛ばす。すると、ふんっと大げさに鼻を鳴らして、楼閣の奥に去ろうとした。


 そう、去ろうとした。つまり、去れなかったわけです!


「っ!?」


 アステルと一緒にきびすを返したトリス君が、瞬時に硬直する。

 アステルも、後退あとじさる。

 ジェリアーだけは、途中から気づいていたのか、小さな肩をすくめて溜め息をついていた。


「い、いつから……?」


 アステルのかすれ気味の声に応えたのは、二人と一匹の背後にさっきから立っていた女性だった。


「いつから、とは愚かな質問だな。下にシャルロットがいるのだ。ならば、私が付近にいてもおかしくはないだろう?」


 はい。僕たちは気づいていましたよ?

 というか、二人の姿を見つけていたからこそ、シャルロットに依頼したわけですからね。


 楼閣の奥、アステルとトリス君とシェリアーの背後で事の成り行きを静かに見ていたのは、巨人の魔王だった。


「アステル、寝起きで早々だが、仕事だ。城塞を補強しろ」

「なっ!? 私は、まだ起きたばかりだっ。何も楽しいことをしていないのに、また昏睡するのはいやだっ」


 従者のトリス君を置いて、逃げようとするアステル。だけど、巨人の魔王がそれを見逃すはずがないよね。

 アステルの首根っこを掴み、容赦なく命令する。


「なあに、今度は簡単だ。塔の周辺を強固に補強すればいい」

「いったい、それでどれだけの魔力を消費すると思っているんだっ」

「そなたの都合は知らん。さあ、さっさと仕事にかかれ。でなければ、私が其方を力づくで昏倒させるぞ?」

「エ、エルネア、はかったな!」

「えええっ、僕に飛び火してきた!?」

「武具が不足している者たちに、力を与えてやったのにぃっ!」


 叫ぶアステルだけど、僕たちが救いの手を差し伸べる前に、巨人の魔王によって楼閣の奥へと連れ去られてしまった。


「あ、後で労ってあげよう……」


 僕たちにできることは、これくらいです。


「トリス、お前もそろそろ働け」

「はっ! そうでした」


 どうやら、巨人の魔王とアステルの気配が楼閣から完全に消えたのか、シェリアーの声にトリス君が反応する。


「そうっすね。そろそろ俺も活躍しておかないと、アステル様の名を汚すことになっちまう」


 言って、トリス君は腰の二剣を抜き放つ。

 漆黒の両腕が印象的なトリス君だけど、両手に持つ武器も人々の目に強く焼き付く。


「人族が、神剣を?」

「あれは、魔剣か」


 右手に魔剣を。そして、左手に神剣を。

 アステルが精魂込めて創った武器を手に、トリス君は楼閣から飛び降りると、そのまま戦場へ駆けて行った。


「よし、俺たちも行くぞ!」


 冒険者が叫ぶ。

 獣人族の戦士たちも雄叫びをあげながら、新たな武具と共に次々と行動を開始する。

 同時に、周囲の景色にも変化が見え始めた。


 城塞の壁がより高く、より分厚くなる。それだけじゃなく、弩弓どきゅう投石機とうせききなどといった攻撃用の装備も追加されていき、塔の周囲は難攻不落の堅牢さを何倍にも増す。


「ううう。レティ、凄いね。始祖族にこんな力を持った者がいるだなんて」

「はい、そうですね。巨人の魔王様はともかくとして、貴族院長官様までもが手を差し伸べてくださっていますよ」


 ……スー様、まだ泣いていました!


 というか、貴族院長官って誰?


「ふふふ、エルネア君、私のことでございますよ」

「えええっ、シャルロットのこと!?」

「はい。このお二人の時代には、貴族院で長官の任に就いておりましたので」

「そういえば、シャルロットはいろんな官職を歴任してきたんだよね」


 現在は、宰相さいしょう。ずっと昔は、軍を統括する元帥げんすい。それ以外にも、貴族院なる役所の長官とかもしていたんだね。


「あっ。でも、なんでスー様とレティ様はシャルロットのことを知っているの?」


 レティ様の話ぶりからすると、巨人の魔王のことも知っているような?


「古い知己ちきだ。懐かしい顔ぶれだな」


 すると、さっきアステルを引っ張って行ったはずの巨人の魔王が、もうこちらへと戻ってきた。


「よもや、其方らが来るとまでは予想していなかった。しかし、其方。後生大事ごしょうだいじに抱えていたあの剣はどうした?」


 巨人の魔王が質問を向けた先は、スー様だった。

 スー様は、必死に涙を拭いながら、巨人の魔王に挨拶をする。


「ううう。はい。魔女まじょ様が少し前に訪れまして、必要になると仰っていましたので、お貸しいたしました」

「そうか、魔女か」


 ふむふむ。謎だらけです!

 スー様とレティ様と、巨人の魔王とシャルロットの関係が気になります。

 それに、なにやら魔女さんの気配まで?


「ググクッ。魔、女……?」


 すると、魔女、という言葉に反応して熊が駆け寄ってきた。……違います、熊の毛皮を着たモモちゃんです。


「スー様、見て見て。可愛い熊さんですよ」

「本当だね、可愛いね。ううう……」


 誰か、そろそろスー様の涙を止めてください!


 未だに泣き続けるスー様を見て、遠くで古の都の巫女様たちが笑っている。

 もう、これは本当に笑うしかないよね。

 なにかしらにつけては感動して涙を流すスー様の姿に、僕たちも次第に笑い始めていた。

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