春は新生活の季節です

 ひと雨ごとに、過ごしやすい季節へと変化していく。

 リステアたちは最東端の村を起点として、竜峰の自然に挑み続けていた。

 きっと、その気になれば次の村に到達することもできるはず。だけど、そこは慎重な勇者様ご一行だ。

 このまま、春節しゅんせつの最後になる竜人族の隊商が降りてくるまで、油断することなく経験を積み重ねるらしい。そして、隊商の人たちが帰る頃と時期を合わせて、本格的に竜峰へ挑むのだとか。


 僕はそんな勇者様ご一行と別れて、次の要件に取り掛かる。


 そう、耳長族と精霊たちの移住がいよいよ開始されるのです!


 竜の森の奥にある耳長族の村では、移住する者たちを送り出そうと、盛大な送別会が執り行われた。

 もちろん、僕たち家族も参加しました。


「おい、エルネアよ。大長老様を頼んだぞ?」

「まあ、あの方のことだ。さすがのお前でも振り回されるかもしれんがな」

「わっはっはっ。いよいよ儂の天下じゃな!」


 送り出す人たちに、悲しみの色はない。

 耳長族の人たちにとって、産まれたときから死ぬときまで傍に優しく存在している人物がユーリィおばあちゃんだ。

 これから何十年、何百年と続く人生だけど、誰もがユーリィおばあちゃんと今生こんじょうの別れだなんて微塵も思っていない。

 むしろ、ユーリィおばあちゃんのことだから、ひょっこりと村に姿を現したりするんだろうな、なんて話していた。


 北の地でも動きがあった。

 ジャバラヤン様の移住に関するものだ。

 だけど、こちらはあまりにも急な話ということで、今回は完全な移住ということではなく、一時的な転居という形になった。


 まあ、まだ幼いメイを指導していかなきゃいけないし、獣人族の人たちにはまだまだジャバラヤン様が必要だということみたい。

 とはいえ、ジャバラヤン様も不老の人だ。いずれは禁領へ正式に移住する日が来るだろうね。……な、何十年後だろうね!?


「というかさ。ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様って似た者同士だよね?」

「どうしてかしら?」

「だってさ。周りを振り回して自分の思うように楽しく生きているんだもん。今回の移住の話だって、ユーリィおばあちゃんの突然の提案から耳長族と獣人族が振り回されたんだしさ」


 僕の意見に、だけどミストラルたちはなぜか首を傾げていた。


「そうは言いますけど。その中心にいるのは必ずエルネア君ではないでしょうか?」

「ルイセイネの言う通りね。だから、大長老様とジャバラヤン様だけでなく、貴方を含めた三人が似た者同士というのが正しいかしら」

「やったね! おばあちゃんたち、僕たちは仲間だよ!」

「あらまあ、それは嬉しいわねえ」

「ふふふ、仲間ですね」


 僕とユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様の三人で喜び合う。それを見たみんなは、めてないんですけどね、と笑っていた。






 というわけで。

 僕たちは地道に経験を積んでいるリステアたちとは違い、一足飛びで禁領へと移動してきた。

 もちろん、耳長族の移住組や精霊たちやジャバラヤン様も一緒です。


 こちらは予定通り、ニーミアとレヴァリアに協力してもらいました。

 僕とプリシアちゃんと、そのご両親。あと、ユーリィおばあちゃんとカーリーさんとケイトさんはニーミアに乗って、ひと足先に禁領へ。


 移住する精霊たちも、ニーミアを追って禁領へ一緒に移ってきた。

 ユンユンとリンリンも僕たちと一緒に禁領へ移動してきたので、精霊たちは早速新生活を満喫することになった。


 他のみんなは、レヴァリアと共に北の地へ飛んでもらい、ジャバラヤン様を連れてきてくれた。


 レヴァリアのことだ。僕の家族以外の人を乗せることを嫌がるかな、と危惧きぐしていたんだけど。

 でも、そのへんは丸くなったレヴァちゃんです。問題なくジャバラヤン様を乗せて飛んできてくれました。


「それで、エルネア。この状況はどういうことかしら?」

「ええっとですね……」


 僕は、合流したミストラルに指摘されて、お屋敷を見つめる。

 自然に囲まれた禁領のなかにあって、よく目立つ人口建造物。二つの湖を中庭に内包する長大なお屋敷は、とても賑やかな状況になっていた。


「気のせいかね。今日はよく転ぶんだよ、エルネア君。儂ももう歳なのかねぇ?」

「いやいや、ジルドさん。ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様から見れば、ジルドさんもまだまだ若造だからね!」


 珍しくくたびれた様子のジルドさんが愚痴っています。

 精霊さんの悪戯です、と教えてあげたら、それなら仕方なし、と笑っていた。


「エルネア君、私の下着を知らないかしら? 干していたやつがなくなっているのよね?」

「ええっとですね、セフィーナさん。僕は犯人じゃありませんからね?」


 セフィーナさんは消えた下着を探して、広大なお屋敷を探索していた。

 これも精霊さんの仕業だけど、火の粉が降ってきませんように。気づいたら僕の部屋の箪笥たんすに仕舞われていたとかは勘弁ですよ!


 そして。


 どたたたたっ。

 ばたばた!

 ずびゅーん!


「んんっと、次は炎の精霊さんたちを捕まえましょうね」


 どどどどどっ。

 ずずずずずっ。

 ばたーん。びたーん。ぼぼぼぼっ。


 お屋敷は、大運動会の会場になっていた。


 主催者は、もちろんプリシアちゃんです。


「ミストラル、これはね……」

「エルネア、なにも言わなくていいわ。よぉくわかったから」


 ミストラルは到着早々に、疲れたように肩を落とす。

 だけど、騒ぐプリシアちゃんのことを叱る様子を見せないご両親やユーリィおばあちゃん、それに精霊たちと一緒になって遊ぶユンユンとリンリンの様子を見てさとったみたい。


「精霊たちも新天地での生活に興奮しているのね。大長老様たちもこれで良いのだと判断しているわけでしょう?」

「うん、そうなんです……」


 ひっちゃかめっちゃかになったお屋敷は、まるで戦場のようです。

 絨毯じゅうたんが裏返しになっていたり、花瓶に砂が詰められていたり。

 ある部屋は精霊の力によって植物が成長し、植物園になっていた。お屋敷中に数あるお風呂場は、水風呂だったり地獄湯だったりと、多様性に富んだ水場に大変身。

 もうね。お屋敷が別世界になっちゃっています。


「精霊たちが落ち着いたら、後片づけを手伝ってくれるのよね?」

「はい……」


 僕たちは、プリシアちゃんと精霊たちの暴れっぷりを見守るしかない。だって、精霊たちが新生活に慣れようとしているのだとユーリィおばあちゃんから教えられたら、なるほど、と納得するしかないもんね。


 まあ、現住の精霊たちと移住してきた精霊たちが喧嘩をするよりかは良いのかもね。

 賑やかすぎて一時的にお屋敷が散らかるくらいは大目に見ましょう。

 プリシアちゃんのご両親も、精霊たちの仲を取り持っているということで、娘の大暴れを黙認していた。


「では、移住されたみなさん。精霊たちが騒いでますが、僕たちと一緒に宿泊できる部屋を探しましょう!」


 精霊たちのことは、プリシアちゃんとユンユンとリンリンに任せるとして。

 僕たちは、ユーリィおばあちゃんたちをもてなすことにしましょう。


「ええっと、使えそうなお部屋は……あるのかな!?」


 カーリーさんとケイトさんは、禁領に悠然ゆうぜんと建つお屋敷の規模に度肝を抜かれたのか、到着以降ひと言も口を開いていない。

 そりゃあ、そうだよね。

 なにせ、アームアード王国の王都にある僕の実家が小さく思えるほどの規模なんだから。

 そして、これからそこに住むんだからね。


「僕たちはいつもこの辺で寝泊まりしているんだけど」


 普段利用している区画は、現在進行形で大惨事になっている。

 この様子だと、僕たちも別の部屋で寝泊まりしなきゃいけないね。ということで、全員で移動しながら使えそうなお部屋を探す。

 すると、二つの湖の南側に連なる一画に、使えそうな場所を見つけることができた。


「プリシア、この辺では暴れないこと!」

「はいっ!」


 お母さんに注意されて、びしっと姿勢を正して返事をするプリシアちゃん。

 どんだけお母さんが怖いのさ、と僕たちは笑う。


 とはいえ、生活できる空間を確保した僕たちは、ようやく荷解きにかかる。

 家具はお屋敷に備え付けられているので、移住に際して持ち込んだのは、衣類や大切なものだけだ。

 こういった作業は、プリシアちゃんのお母さんが指揮をとる。みんなに手早く指示を出して、てきぱきと働かせる。

 かくいう僕も馬車馬のように働きました!


 どうやら、プリシアちゃんのお母さんを恐れているのは、娘だけでなく僕たちもでした……


 ちなみに、忙しく動く僕たちを尻目に、御老体方は中庭で一服。

 ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様に混じって、ジルドさんものんびりとお茶を飲んでいた。


「懐かしい場所ですねえ」

「ふふふ、そうですね」

「ほうほう、お二方は過去にこの地を訪れたことがあるので?」


 ジルドさんが接待しているなんて、珍しい風景だね。

 甲斐甲斐しくお茶のお代わりを用意したりお茶請ちゃうけを準備するジルドさんは、意外と楽しそうだ。


「ずっと昔にねえ。魔女に連れてきてもらったことがあるわ。空からたくさんの湖を見下ろしたときは、それはもう感動したわねえ」

「私も、獣人族の長い旅の途中で立ち寄ることができました。あの当時は、この地が禁断の地だとは知らなかったけれど。知らず識らずのうちに訪れたあの当時の私たちを、何者かが守ってくださっていたんですね」


 どうやら僕たちの知らないところで、二人はとっくの昔に禁領へ入る許可を受けていたようだね。

 お屋敷に到着した間際は建物の大きさに驚いていたけど、周囲に広がる大自然にはさほど驚愕きょうがくしていなかったのは、過去に来たことがあったからなんだ、と理解する。


「でもまさか、ミストちゃんがこの土地を所有することになるなんてねえ」

「未来がどうなるのか、私たちにもわからないことは沢山ありますからね」


 にこやかに談笑しているユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様の周りは、ほんわりと優しい気配に包まれている。

 きっと、二人の長閑のどかな雰囲気にあてられた精霊たちが、落ち着きを取り戻し始めているのかもしれない。


「エルネア、手が止まっていますよ?」

「はいっ!」


 中庭の様子を眺めていたら、プリシアちゃんのお母さんから指摘が飛んできて、僕は慌てて作業へと戻る。


「エルネア君、その衣類は夏用なので向こうの箪笥へお願いします」


 そして、ルイセイネの指示で手際よく、ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様の衣類を収納していく。

 だけど、そこで疑問です。


「お屋敷は広くて、どこでも自由に利用していいんだけどさ。ここに荷物を全部広げてもいいのかな?」

「と、言うと?」


 ようやく新しい環境に慣れてきたのか、カーリーさんが聞き返してくる。


「ほら。精霊たちが落ち着いたら、他の場所にある部屋も利用できるわけで。そうしたら、もっといい部屋が見つかるかもよ?」


 お屋敷の南側で宿泊することになったのって、精霊たちの騒ぎの影響がなかったからだよね。

 僕たちの生活区画からも離れているし、これから先ずっと利用する部屋は、もう少し落ち着いてから確定させてもいいと思う。

 そうすると、今の時季などには着ない衣類などまで荷解きする必要はないよね。


 僕の意見に、なるほどと頷く家族の面々。

 だけど、カーリーさんたち耳長族の反応は違った。


「いや、仮にでも荷解きをしていた方が良い。このままひもくくって部屋の片隅に置いておいたら、いざ利用しようと思ったときに虫食いになっていたりするかもしれんからな」

「でも、たった数日で虫食いにはならないよ?」

「数日ならな」


 カーリーさんの言葉に首を傾げる僕たち。


「エルネア、忘れてはいけませんよ。私たちは自分のためにこの地へ移住してきたわけではないのです。私たちは精霊の移住を円滑えんかつに進めるために来たのです」


 うん、とプリシアちゃんのお母さんの言葉に頷く。


「ですから。今は興奮している精霊たちですが、落ち着きを取り戻したら、この地の精霊たちと上手く交われるように、私たちも活動します。そのときは、このお屋敷を離れて、自然のなかで暮らすことになるでしょう」


 ああ、そうか。僕たちは思い込みをしていたんだ。

 これからみんな一緒に禁領で暮らしていく。だから、みんな一緒の場所で生活するという先入観を持ってしまっていた。


 だけど、耳長族であるカーリーさんたちは、まず第一に精霊たちのことを気にかけている。

 そして精霊たちのことを考えると、お屋敷周辺という限定された場所では狭すぎる。きっと、広大な禁領の自然の方が魅力的なはずだ。


「気を回してもらったエルネアたちには悪いが、精霊たちが落ち着いたら俺たちはこの地をめぐらせてもらう。そして、精霊たちの住み良い場所を見つけて世話をすることになるだろう」


 反省です。

 僕は、禁領で生活する仲間が増えたことに喜んで、浮かれていたのかもしれない。

 だけど、カーリーさんたちは耳長族を代表してこの地に移住してきたんだよね。

 部族の仲間たちと別れ、堅い決意で使命を全うしようとしている。


「いいえ、僕の方こそ考えが甘すぎました。僕も全力で協力させてもらいますから!」

「ありがとうねえ。エルネア君の協力は不可欠だものねえ。それと、精霊たちの件が落ち着いたら、私たちもこのお屋敷に住まわせてもらいますからねえ」


 いつのまにか夕暮れ時が近づき。

 中庭で談笑していた三人も、お屋敷内に戻ってきていた。


「んんっと、プリシアも協力するよ!」

「きょうりょくきょうりょく」

「にゃんも頑張るにゃん」


 そして、お腹が空いたと幼女たちが元気よく駆けてきた。

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