最東端の村では

「んんっと。はい、ご飯ができましたよ」

「はい! プリシアお母さん、頂きます」

「美味しいご飯だね」

「あのね、ジャバラヤンおばあちゃんは、お父さん役ね?」

「はいはい」

「アレスちゃんは、メイのお姉ちゃん役ですよ?」

「おねえおねえ」

「にゃーん」


「おい、エルネア?」


 昨晩の狼たちの執拗しつような襲撃は、苛烈かれつを極めた。

 さすがの勇者様ご一行も、無傷で窮地きゅうちを脱したとは言えない。

 誰もが少なからず傷を負い、キーリとイネアに手当をてしてもらっていた。


「もぐもぐ。お母さん、美味しい」

「お代わりもありますからね。お父さんとお姉ちゃんも、いっぱいお代わりするんですよ?」

「はい、お代わりしましょうね」

「ごはんごはん」

「にゃん」


「こらっ、エルネア!」


 とはいえ、スラットンも含め全員がなんとか最東端の村に逃げ込めたことは良かったよね。

 あのまま狼たちと体力勝負になっていたら、こちらが絶対に不利だったから。


「メイ、ご飯のあとは歯磨きをしましょうね」

「はい! お母さん、寝る前にお話を聞かせてください」

「んんっと、仕方ないですね」

「んにゃん」


「もしもーし、エルネア?」


 狼たちは、後に引けなくなっていたんじゃないかな、と考察する。

 群に大きな犠牲を出しながら収穫無しだなんて、絶望しか残らないからね。

 だから、なにがなんでも獲物を狩る。狼たちは仲間が倒されていく恐怖と戦いながら、果敢かかんに僕たちを襲い続けた。


「メイはアレスちゃんと寝たいです」

「ねたいねたい」

「メイは甘えん坊さんですね」

「にゃあ」


「おい、こらっ! エルネア!」


 だけど、狼たちの執拗な追跡が続いたのも、僕たちが最東端の村に到着するまでのこと。

 狼にも知性はある。

 竜人族が拠点とする村のなかがとても危険なことくらいは、よく知っている。


「お父さんはご飯の後片付けですよ?」

「はいはい、仕方ないね」

「んんっと、プリシアはメイとアレスちゃんを寝かしつけますからね」

「いい子にして寝なさいねえ」

「にゃっ」


「おおう、俺様を無視するとはいい度胸だ、エルネア。覚悟はできてるんだろうな?」


 とはいえ、なかには無謀にも村の奥まで僕たちを追ってきた狼もいた。

 でも、それは悲惨ひさんな結末で幕を降ろすことにしかならなかった。


「そう、村に入り込んだ狼たちは、ニーミアに撃退されたのです!」

「されたのです、じゃねえっ!」


 ぱこーんっ、とスラットンにどかれた僕は、ライラのお胸様に受け止められた。


「いい加減、この状況を説明しやがれってんだよ!」


 そして、暴力的なスラットンは村の一画をびしっと指差し、怒りの咆哮をあげた。


 追伸。その後、僕に手を挙げたスラットンは、クリーシオからこってりと叱られたのでした。


 とまあ、現実逃避はこれくらいにして。


 スラットンが困惑するのも無理はない。

 だって、僕たちだって最初は混乱したんだから。


 ひと晩中、狼と駆けっこをして。ようやく最東端の村に逃げ込んだ僕たち。

 そこで待ち構えていたのは、北の地へ遊びに行ったはずの幼女戦隊だった。


「んんっとね。おばあちゃんに大おばあちゃんのお話をしたら、一緒に行きたいって」


 プリシアちゃんは満面の笑みで、満身創痍まんしんそういの僕たちにそう告げたのだった。


 はい。通訳させて頂きます。


 北の地へ遊びに行ったプリシアちゃんは、ジャバラヤン様に耳長族と精霊たちの移住の話をしたんですね。

 その話のなかで、ユーリィおばあちゃんも一緒に移住することを伝えたんだと思う。

 そうしたら、ユーリィおばあちゃんと旧知の仲であるジャバラヤン様が、なら自分も行きたい、とお願いをしたんだ。

 そして、メイを連れて最東端の村へと遊びにきた。


 プリシアちゃんは、狼やスラットン以上に賢い。

 ジャバラヤン様とメイを突然、ミストラルたちのもとへ連れて行ったら、絶対に怒られると知っていたんだ。

 だから、怒られない僕のところへ連れてきたんですね。


 ちなみに、メイが同行しているのは一緒に遊びたかったから、と推察すいさつします

 ジャバラヤン様の話。メイとのおままごと。それを安全に、そして楽しく遂行するために、僕を利用している!


 プリシア、恐ろしい子!


「にゃあ」


 ニーミアは、襲撃してきた狼を撃退した功績で、セリースちゃんたちからおやつを与えられている。

 僕は、ジャバラヤン様を巻き込んでおままごとをしているプリシアちゃんたちを見つめながら、遅れて到着したスラットンにこの状況を説明した。


「お前の家族を見ていると、命を懸けて冒険している俺たちが滑稽こっけいに見えるな」

「そ、そんなことはないですよ、勇者さま!」


 肉体的なのか精神的なのかわからない疲弊感を漂わせるリステアをなぐさめる僕。

 自由奔放なプリシアちゃんの影響のせいで、人族の歴史に末長く伝説を残すだろう勇者が冒険を諦めた、なんてことになったら洒落しゃれになりませんからね!


「と、とりあえず。ニーミアちゃんたちのおかげで助かったのだし、それは素直に喜びましょう?」


 セリースちゃんまでもが必死にリステアを慰めています。


「ちっ。こっちは死に物狂いで囮になったりしたのによ」


 クリーシオに叱られているスラットンがぼやいていた。


「でも、その割には毛皮を剥いできたりと余裕があったように見えるけど?」


 村でニーミアが倒した狼は、ネイミーによって手際よく解体されていた。

 そしてそれとは別に、大きな狼の毛皮が広げられて干されている。スラットンが持ち帰った戦利品だ。


『我の活躍の賜物たまものだ。狼どもめ。我の実力に尻尾を巻いて、すぐに逃げ出した。あとは雑魚狩りのようなものだったな』

「ああっ、僕たちが最後まで追いかけ回されたのって、スラットンとドゥラネルが囮の役目をまっとうできていなかったからなんだね!?」


 狼の群は、スラットンとドゥラネルの実力を図り誤った。

 それで、最初こそは隊列から逸れたスラットンたちを襲ったけど、途中でこちらに狙いを変更したんだ。

 子竜とはいえ竜族を狙うよりも、逃げる人族を狙った方が簡単だと狼たちは判断したんだろうね。


 そして、一番危険な殿しんがりを担っていたはずなのに予想外に余裕のできたスラットンとドゥラネルは、悠々ゆうゆうと僕たちのあとを追い、途中途中でリステアたちが倒した狼の毛皮を剥いだりしながら村を目指した。

 だから、半日も遅れて到着したんだ!


 僕の指摘に、失言だったとドゥラネルが視線を逸らす。

 スラットンもクリーシオに睨まれて、気まずそうに顔をしかめていた。


「やれやれだな。どいつもこいつも……」


 幼女たちの見せる長閑のどかな風景と、身内の見せる馬鹿っぽい結末に、リステアは肩を落とす。

 だけど、あまりにも突飛とっぴな展開に悩むのが馬鹿馬鹿しくなったのか、吹っ切れたような表情になった。


「俺の考えが甘かったんだ。あの、エルネアだぞ? なにか手に負えないときのための補佐として来てもらったが、それがそもそも計算違いだったんだ」

「あ、あのう、リステア?」

「そうだ。エルネアに手出しさせなかったから、この程度なんだよな。冒険の仲間に加える。それだけで天変地異てんぺんちいのような騒動に巻き込まれる運命は確定していたんだ」

「もしもし、リステア君?」

「ああ、そうか。これがもしも共同での行動だったなら。今頃は森が消し飛んでいた可能性もあるんだな」


 どうやら、リステアは憔悴しょうすいしきっているようです。

 きっと、ひと晩中聖剣を振るい、呪力を消費し尽くしたからですね。

 セリースちゃん、どうか勇者さまを建物の奥へと案内して、休ませてあげてください。

 この時期は竜人族の人たちが不在だから、好きな建物を利用してくださいね。


「それに、相棒のことも失念していた。あいつに任せた俺が悪いんだ……」

「リステア、休みましょうね?」


 僕の指示を受けたセリースちゃんは、リステアに寄り添って近場の家に入って行った。


「うっわぁっ。リステアが壊れちゃった」

「ネイミー、自分の旦那のことをそんなに軽く言っちゃいけないよ?」

「エルネア君、とうとう人の心までも……」

「待って、キーリ。それは誤解だよ!?」

「帰ったら、ルイセイネに報告だー」

「イネア、それだけはご勘弁を!」


 おままごとをする幼女たち。

 疲弊しきった勇者と、献身的に介護する王女さま。

 お嫁さんに叱られる勇者の相棒。

 そして、狼の襲撃も忘れて能天気に騒ぐ僕たち。


 初夏を前にした最東端の村には、異様な光景が広がっていた。






 しっかりと休んだリステアは、どうやら精神も安定したようです。


「すまなかったな。あまりにも疲れていたようだ」

「仕方ないよ。狼の襲撃は凄かったからね。それを防ぎ切ったリステアは、十分にすごいよ!」

「お前にそう言ってもらえると助かる」

「そうそう。ヨルテニトス王国の王国騎士さまがここに来たこともあるんだけど。重症者がいたり、本当にひどい状態だったよ。それと比べれば、やっぱりリステアたちは一流の冒険者だと言えるよ」


 今夜はゆっくり休もう。ということで、空き家を借りて寛ぐ僕たち。


 ちなみに、いそがしい幼女戦隊はもう最東端の村にはいない。

 メイを連れて来ていたからね。

 親が心配する前に帰さなきゃいけない。

 それで、夕方前にはニーミアたちと北の地に帰っていった。

 もちろん、ジャバラヤン様もね。


 僕は、ジャバラヤン様の要望に応えようと思う。

 頼もしい存在という理由が一番なんだけど。

 それ以外にも、考えがある。


 ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様も、僕たちと同じように不老の命を授かっているという。……もう、おばあちゃんだという突っ込みは無しです。


 それで。

 今でこそ耳長族と獣人族は二人を中心として社会を築いているけど、僕はそれが永遠に続いちゃいけないことだと思うんだ。

 寿命のある者たちは、寿命という誰も逃げられない自然の摂理せつりのなかで正常に生きていた方が良い。


 これはいい機会なのかもしれない、と僕は考えている。

 ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様に頼る種族から、不老の二人を切り離す。

 もちろん、悪意を持ってではないよ?


 耳長族も獣人族も、二人を完全に失うわけじゃない。

 だって、死ぬわけじゃなくて、容易には会えない土地で暮らしているというだけだから。


 最初は大変かもしれない。

 心の支えを失うことへの不安。二人がいなくなったあとの種族を、どうやって纏めあげていけば良いのか。いろんな問題が出てくるかもしれないね。


 だけど、見捨てるわけじゃないから、助けの手を差し伸べたり助言や補佐をすることだってできる。

 そうして、少しずつ。

 ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様がいなくても正常に暮らせる社会を築いていってほしい、と勝手に思っている。


 もしかすると、ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様も、僕と同じ考えを持っているのかもしれない。

 精霊たちの移住。そして、二人と同じように不老になった僕たちが人里離れた場所に住居を構えているという状況を好機と捉えて、自分たちの種族に変革をもたらそうとしているのかもね。と推察していた。


 それと。

 もちろん、僕たちにもいずれ、ユーリィおばあちゃんやジャバラヤン様と同じような時期が必ず訪れるはずだ。

 昨晩。リステアが焚き火の炎を見つめながら抱いた不安は、その別れの時を予期したものだった。


「ジャバラヤン様も移住させるのか」

「あの方がそう望むのならね」

「そうか」


 リステアも、ジャバラヤン様や獣人族のことはよく知っている。

 満月まんげつはなを探すときに、いっぱいお世話をしたり、されたりしたからね。


「どの種族にとっても、激変の時代だな」

「その時代の勇者はリステアなんだから、きっと伝説になるよ!」

「いや、俺の伝説よりもお前の逸話いつわの方が残りそうだけどな?」

「おおう、俺が回顧録かいころくつづってやるぜ。炎の勇者と迷惑王だな」

「それって、迷惑王はスラットンのことだよね?」

「なにおう!?」


 スラットンに睨まれて、僕はライラとクリーシオを盾に逃げる。


 僕は歴史に残らなくていいです!

 どうせ、天女てんにょとか変なふうに改変された逸話だろうからね!

 僕の悲痛な叫びに、みんなが笑う。


「エルネア様、わたくしだけは信じてますわ」

「ライラよ、なにを信じているというんだい?」

「エルネア様の本当の迷惑行為?」

「こらっ」


 ええい、ライラめ。

 そのいままわしき記憶を消してやる。と襲いかかる僕から、珍しく逃げるライラ。


 昨晩の苦労なんて全員が忘れたように、この夜は楽しく過ごした。

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