謹慎会議

「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。気をつけるんだよ」

「はーい!」


 夜は、実家で過ごした。

 急な帰宅だったけど、そこは僕の実家です。というか、お騒がせ姉妹に仕えていたカレンさんがお世話をしてくれている家です。どんな緊急事態にも素早く対処してくれる。

 そんなわけで、僕とルイセイネとレヴァリアは、ゆっくりと疲れをいやすことができた。

 そして朝になり、僕とルイセイネは早速出かける。


「エルネア君、先ずはリステア君のところに行きましょうか」

「そうだね。リステアのことを気にしたままじゃ、後ろめたいもんね」


 久々にアームアード王国の王都に戻ってきて。

 勇者についての良くないうわさと、前向きな噂を耳にした。


 悪い噂とは、やはり聖剣を折ってしまったことに由来する。

 アームアード王国、ううん、この地域に住む人々の至宝を壊してしまったことへの批判は、当然ながら出ているみたい。


「でも、正直に言うと驚きました」


 リステアが暮らすお屋敷に向かう途中。ルイセイネは本音を吐露する。


「事が事なだけに、聖剣の件は一般の方々にはせられるものだとばかり思っていましたので」

「うん、僕も驚いちゃった。でも、そこも含めてリステアらしいのかもね」


 聞けば、勇者様ご一行が竜峰から戻ってきてすぐに、聖剣が折れてしまったことが発表されたらしい。

 当時の新聞は、大いに売れたのだとか。


 そりゃあ、そうだよね。

 建国以来、国と共に歴史を刻んできた聖剣が折れてしまった。そうすると、国にもわざわいが迫っているのではないか、と不安視する人は必ず出てきちゃう。


 特に騒ぎ立てたのは、歴史学者や文官系の人たちだったらしい。

 リステアは最悪の勇者だとか、聖剣を持つに相応しい者ではない、と糾弾きゅうだんする声を荒げた。


 だけど、それに異を唱えてリステアや勇者様ご一行を擁護ようごしたのは、一般市民や冒険者のみんなだったのだとか。


「リステア君は愛されていますね」

「だって、根っからの勇者だもん!」


 そもそも聖剣が折れるよりも以前に、アームアード王国は魔族軍の大侵攻によって、滅びかけた。

 それを救ったのは、言うまでもなくリステアたちだ。

 なので、今更「国に禍が」なんて意見は重みを持たない。


 それに、冒険者の人たちは知っている。

 生きるため、戦うために武器を持つのであって、武器のために自分たちは存在しているのではないのだと。

 そして、冒険者なら誰もが経験しているんだ。

 どんなに優れた武器や防具でも、いつかは壊れるし、壊れなくても消耗していくということを。


 聖剣の正体が呪術剣だとは、たしかに誰も思っていない。

 だけど、至宝の聖剣でもいつかは折れてしまう、と剣に命を託したことのあるものであれば誰でも思うのかな?


 そして余談ではあるけど、あの勇者、あの聖剣でも竜峰に入れば無事ではすまないのだと、冒険者の間で改めて竜峰の怖さの認識が広まっていた。


 また、勇者という称号や聖剣に対する認識は、人それぞれだと思っている。

 でも、リステアのこれまでの功績を正しく評価し、聖剣もひとつの武器である、と正確に捉えている人たちは、みんなリステアの味方をしてくれたらしい。


「形ある物は、いずれ壊れる。聖剣もまたしかり」


 そして、最もリステアを擁護してくれたのは、王様だった。

 大切な娘をとつがせているからではない。王様も、一部の声高こわだかな人たちにまどわされることなく、リステアと聖剣をきちんと評価してくれていた。


「まあ、王様は、魔王城が半壊したり魔族軍が国を蹂躙じゅうりんしていく様子を見ちゃっているからね」


 平和な人族の国に住んでいたら体験できないようなことを、この夏に王様はいっぱい見聞きしてきた。

 そのなかには、アームアード王国の歴史よりも古い魔王城が一夜にして半壊したり、聖剣なんて玩具おもちゃに思えるような、強力で邪悪な魔剣を振り回す魔族たちの軍勢を目の当たりにしてきたからね。

 そりゃあ、王様の心も広くなるし、世界の情勢から見れば、聖剣が折れたことくらいは些細ささいに感じるかもしれない。


 とはいえ、良くも悪くも、そこは伝説の聖剣だ。

 リステアを擁護する心情とは別に、目に見える形で罰を下さなきゃいけない。

 それで、リステアは王様によって謹慎処分きんしんしょぶんを言い渡された。

 そして、国中に聖剣復活に関する布告ふこくが発せられた。


 聖剣の刀身が折れたとはいえ、核になる宝玉は無事だ。それで、無名有名を問わず、各地の鍛治師や呪術師、更には様々な職人に聖剣を復活させる手立てを探らせているのだとか。


「ねえねえ、僕も一応はアームアード王国の国民だし、聖剣復活に協力して良いんだよね?」

「あらあらまあまあ、エルネア君は出身地を気になさって、違うのなら手を差し伸べないのでしょうか?」

「ううん、そんなことはないよ!」

「ふふふ、そうですよね」


 王様によって正式に「聖剣を復活させるために協力しなさい」と発表されたんだから、僕も堂々とお手伝いできるってものです。


 というわけで、僕は元気よくリステアのお屋敷の玄関げんかんを叩く。


 謹慎中?

 なにそれ、自重じちょうとかそういうのは、僕は苦手ですよ?


「リースーテーアーくーん。あーそーぼー!」


 新築のお屋敷は、石造りの立派な外観をしている。玄関扉も重厚で、堅実なリステアに似合ったよそおいだ。

 呪術の家系であるクリーシオの家とは全然違うね、なんてルイセイネと話しながら反応を待っていると、玄関が開いた。


「お前なぁ……」


 分厚い扉の奥から顔を覗かせたのは、家主やぬしのリステアだった。


「あっ、リステア!」

「あっ、リステア、じゃない。お前は、俺の立場を理解しているのか」

「うん、しているよ。リステアは立派な勇者様だよね」

「そういう意味じゃない」


 なんて言いつつも、リステアは僕とルイセイネをお屋敷のなかに招き入れてくれた。


「うわぁ、すごいね!」

「お前の実家に比べれば、質素だし小さいがな!」

「気のせいです!」


 禁領にあるお屋敷から見れば、僕の実家だって小さいし質素だよ、とは口が裂けても言えません。


「ところで、セリースちゃんやお屋敷で働いている人たちは?」


 リステアに案内されて、長い廊下ろうかを進む。

 人の気配はいっぱいあるんだけど、なんでリステア本人が僕たちを迎えたんだろう?

 すると、僕の疑問にリステアは苦笑しながら答えてくれた。


「あんな馬鹿げた声で呼ばれたら、俺が自ら出ていくしかないだろう? 使用人も含めて、セリースたちは今頃笑い転げているよ」

「ははは」


 ちょっとやりすぎちゃったみたい。

 もしかしてリステアたちが落ち込んでいるかも、と気を使ったつもりなんだけどなぁ。


「朝飯はもう食べたんだろう? なら、息抜きに少し付き合ってくれ」

「息抜き?」


 リステアに案内された部屋へと入る、僕とルイセイネ。

 そこには、勇者様ご一行が勢揃せいぞろいしていて、書類の山に埋もれていた。


 僕たちの来訪以前に、スラットンとクリーシオも謹慎者の家に来ているじゃないか、という突っ込みはさておき。

 いったい、この山積みになった書類や書籍はなんでしょうか。

 適当に、机の上に重ねられた本を手に取ってみる。


建国王奇譚けんこくおうきたん?」

「こちらは、アームアードの冒険という本ですね」


 見れば、どの書籍も書類も、アームアード王国の歴史や初代国王、または歴代の勇者たちに関するものばかり。


「謹慎中とは言っても、活動を自粛じしゅくさせられているわけじゃないからな。それで、全員で聖剣についてもう一度調べ直しているんだ」

「なるほど!」


 やはり、リステアは前向きだ。

 謹慎で家に閉じこもっているなら、その間に勉強しようという考えらしい。

 もしかして、王様もそれを踏まえて謹慎処分を言い渡したのかな?


 確認すると、この秘蔵図書の山をリステアのお屋敷へ持ち込むように指示を出したのは、やはり王様だったらしい。


 世間では、リステアの噂や批評が飛び交っている。そんな雑音からリステアたちを都合よく遠ざけ、聖剣復活に繋がる手助けをしてくれているのかも。

 だって、外に出ると嫌でも新聞屋さんや批判的な人の対応に迫られちゃうからね。


 謹慎処分も、場合によっては有効に利用できるんだね、とルイセイネと笑う。そうしたら、不謹慎だぞ、とリステアたちに笑い返された。


「初代のアームアードとヨルテニトスは、西から旅をしてきてこの地にたどり着いたということは有名だよな?」

「そして、腐龍ふりゅうおうを倒して、建国したんだよね」


 だけど、きっとどの歴史書にも書かれていない。

 アームアードとヨルテニトスは、多くの耳長族や竜人族や竜族、そしてスレイグスタ老と協力しあって、腐龍の王を倒したという真実は。

 だけど、歴史書には他にも記述が曖昧あいまいな部分がある。


 そう、二人の兄弟がどんな冒険をして、この地にたどり着いたかということだ。


「歴史書や冒険譚ぼうけんたんのなかで最も記述が多いのは、建国前後のことなんだ。だが、それ以前の二人の行動は、実は曖昧でな」


 各地を行き来してきた僕たちなら知っているけど。

 西から旅をしてきたってことは、アームアードとヨルテニトスは魔族の国々を横断し、あの竜峰を踏破とうはしたってことだよね?

 きっと、壮大な冒険だったに違いない。

 それなのに、なぜか記述はあまり残っていない。


「それって、多分だけど。冒険のお話を詳しく残しちゃうと、竜人族や竜族が腐龍の王の討伐に関わっていることに気づかれちゃうからじゃない?」

「お前なぁ……」


 僕の意見に、がっくりと肩を落として、深いため息をつく勇者様ご一行たち。


「そんな、歴史家の努力を消しとばす恐ろしい新事実を、さらっと口にするんじゃない!」

「はっ、しまった! みんなには内緒だよ?」

「言えるかっ」


 聖剣の正体に続き、僕は歴史の事実までリステアたちに暴露してしまったようです。


「だが、これで確信できた。歴史書や文献ぶんけんで色々と調べるのも大切だが、お前に話を聞いた方が正確な情報が得られそうだ。今日は逃がさんぞ?」

「きゃーっ、助けてっ」


 がしり、と僕の服を掴むリステア。


「あらあらまあまあ、エルネア君、頑張ってくださいね? わたくしは、お茶を準備いたします。セリースちゃん、台所をお借りしても?」

「はい、お願いします」


 僕は、リステアの様子を見にきただけです。

 これからルイセイネと楽しく遊ぶ予定だったのに!

 だけど、ルイセイネはこうなることを予想していたのかな?

 僕たちの様子を、楽しそうに微笑みながら見守っていた。


「仕方ない。今日はリステアに付き合って。ルイセイネ、明日こそは一緒にお出かけしようね?」

「ふふふ、帰宅を更に一日遅らせるなんて、エルネア君は悪い人ですね」

「ふっふっふっ。なにせ、帰る日を正確には伝えていないからね」


 お茶を準備すると言って部屋を出ていくルイセイネと僕の約束に、リステアたちはやれやれとまた肩をすくめていた。


「よし、それなら、貴様の持っている情報をこれからしぼくしてやる」

「うわっ、スラットン。助けて、クリーシオ!」


 リステアに続き、僕を掴むスラットン。だけど、こっちは手加減という言葉を知りません。

 逃がさんと掴まれた腕が痛いですよっ。


 クリーシオに助けを求める僕。

 すると、すぐさま救世主が救ってくれる。


「スラットン!」

「くそっ。エルネア、すぐにクリーシオに頼るのは卑怯ひきょうだぞ」

「いやいや、僕が助けを求める以前に、クリーシオに見られていたらスラットンは絶対に助からないよね?」


 スラットンは、相変わらずのお馬鹿さんです。


 クリーシオによって、僕は助かった。

 それで、近くに置いてある書籍に手を伸ばしながら、リステアたちと聖剣に関する情報を交換し合う。

 途中で、ルイセイネのれてくれたお茶や昼食をはさみながら、謹慎中の会議は進む。


「やっぱりよ、気にならねえか。聖剣を託したっていうひがし魔術師まじゅつしって奴は、言ってみりゃ大恩人だいおんじんだろう? なのによ、後世こうせいに伝わってねぇじゃねぇか」


 そして、僕たちはスラットンの意見にたどり着く。


「聖剣が、実は呪力剣だったって話は、きっと剣を受け継いでいくうちに、神秘性しんぴせいを持たせるために意図的いとてきに隠されたんだと思うが。やはり、手に入れた当時の経緯が伏せられているのは気になるな」


 よくよく調べてみると、古い文献には「聖剣」じゃなくて、ちゃんと「呪力剣」と書かれてあった。

 これはやはり、リステアの言うように勇者の武器は「呪力剣」ではなく「聖剣」とした方が神秘的で、勇者の特別性をより一層引き立てるためなんじゃないかと推察すいさつできる。


 だけど、そこで疑問なんだよね。


 建国当時は、たしかに呪力剣と認識されていた。

 では、呪力剣をさずけたという東の魔術師に関する情報も、当時なら隠す必要はなかったんじゃない?


 スラットンの疑問に、全員で首を傾げる。


「お前は何か知らねぇのかよ?」

「ううーん、おじいちゃんや魔王からはなにも聞いたことがないなぁ」


 まあ、教えてもらっていないのではなく、質問したことがなかったんだけどね。


「呪術師の私から言わせてもらうと。東の魔術師、という者そのものが気になるわね。呪術師、ではなくて魔術師だなんて」

「そもそも、魔術師ってなに?」


 僕の疑問に、だけどクリーシオは知らないと言う。


「どの種族の術使じゅつつかいだ?」


 スラットンの疑問にも、誰も答えられない。


きた魔女まじょみなみ賢者けんじゃ西にし聖女せいじょひがし魔術師まじゅつしか」


 これは、僕たちの住んでいる地域の伝承でんしょうではない。

 もっと、ずっと遠く。

 魔族の支配する国々よりも更に西方にあるという、人族が支配する領域の伝承だ。


「北の魔女は、たぶんあの魔女さんだと思うんだけど」

「お前、やっぱりすげぇな」

「いやいや、そうでもないよ?」


 スラットンに感心されても、なぜかあまり嬉しくはありません。


「それで、その北の魔女とは?」

「ええっとね」


 人知を超えた絶世ぜっせいの美女で、超絶な力を持つ人。

 魔族の支配者や側近の幼女を見たことがあるけど、もしかしたらそれらと肩を並べる人かもしれない。

 ただし、僕だって魔女さんと面識があるというだけで、親しかったりするわけじゃないからね。


「……なるほど、あの竜の森の守護竜と同じ、古代種の竜族である邪竜じゃりゅうをたった一撃で倒すほどの女性か」


 僕の話を聞いて、深く頷くリステア。


「そうなると、単純な考えではあるが。その北の魔女と一緒に語られる東の魔術師も、同類かそれに近い者ということになるかな?」

「あの人と肩を並べられるような者がそこら中にいるとは思えないけどなぁ。でも、少なくとも普通じゃないってことは想像がつくね」


 いったい、東の魔術師とは何者なのか。

 そして、聖剣の受け渡しに関する真実とは?


「俺は思うんだが。聖剣を復活させるためには、東の魔術師のもとを訪れる必要があるのかもしれない」


 聖剣に埋め込まれている宝玉は、他に類を見ないほど大きい。

 それはすなわち、込められている呪力が恐ろしく強力なものだということを示唆しさしている。

 そして、宝玉の呪力が強いからこそ、並大抵の呪術師や鍛治師では聖剣を鍛え直すことができないんだよね。


「どうやら、俺はお前に頼らなければいけないようだな」

「東の魔術師のところまで、ひとっ飛び! とはいかないだろうけど。僕も協力するよ」


 徒歩だと、長い旅になってしまう。

 それこそ、何年どころではない。何十年、下手をするとリステアの代では帰ってこられないかも。

 西へ旅するということは、距離の問題だけじゃなく、想像を絶する環境や多くの試練が立ちふさがり過ぎているからね。


「それじゃあ、リステアたちの準備が整ったら教えてほしいな。僕もそれまでに色々と準備をしておくからさ」

「ああ、その時はよろしく頼む」


 僕とリステアは、手を取り合って困難に立ち向かう約束を交わした。

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