邪魔者のいない空

「ふふ、ふふふ」

「ルイセイネ、どうしたの?」


 レヴァリアに騎乗し、一路、西を目指して飛ぶ最中。

 僕の背中にきゅっと抱きついたルイセイネが、嬉しそうに微笑んでいる。


「ふふふ、こうしてエルネア君と二人っきりになれたのは久々ですので」

「そうだね」


 オズとシャルロット? そんな者は、ここには存在しません。

 まあ、正確にはレヴァリアがいるし、アレスちゃんもべば出てくる。

 とはいえ、他の妻たちやお邪魔者がいない状況というのは、本当に珍しいよね。


 僕たちは今、ヨルテニトス王国を離れて禁領へ戻る途中だ。

 そして、戻るまでの道中は、こうしてルイセイネと二人っきりということになる。


「ふっふっふっ」

「あらあらまあまあ、エルネア君が興奮してきました」


 なんだか、僕も気分が高揚こうようしてきたよ。

 ルイセイネも二人っきりな状況が嬉しいのか、おもいっきり強く抱きついてくる。

 本当は、ひっつき竜術のおかげでレヴァリアから振り落とされることもないんだけど。やっぱり、愛する人と抱き合うという行為はとても刺激的だね。

 背中越しに伝わってくるルイセイネの温もりと柔らかい感覚が、僕の心を解き放つ。


「そうだ、ルイセイネ。禁領へ戻る前に、アームアード王国の王都に寄って行こうか」

「みなさんに内緒で、秘密の寄り道ですね? それは楽しみです」

『貴様らっ、我に断りもなく勝手に行き先を決めるな』

「まあまあ、レヴァリア。どうせ途中で通過する場所なんだし、羽休はねやすめだと思ってさ」

『ちっ』


 ヨルテニトス王国の離宮をったのが早朝。レヴァリアの本気の翼なら、アームアード王国の王都までなら今日中に着けるかな?

 明日はルイセイネと王都生活を満喫まんきつして、翌日に禁領へ戻る。

 ふむふむ、なかなかに素晴らしい計画ではないでしょうか。


「エルネア君、どうせ王都に寄るのでしたら、リステア君たちの様子も見ますよね?」

「うん、そうだね。もしかしたらリステアたちにとっては大変な時期かもしれないけど、気になるしね」


 竜峰の旅で、勇者のリステアは聖剣を折ってしまった。

 リステア自身は聖剣復活に意欲を示しているけど、先ずは事実を王様に報告しなきゃいけない。

 報告をした場合、国の至宝を壊してしまったリステアには、厳しいばつが下されるかもしれない。

 だけどリステアは、全てに正面から向き合う覚悟を決めていた。

 そして、彼なら絶対に次の一歩を踏み出すはずだ。


 僕たちは信じている。

 だからこそ、リステアたち勇者様ご一行を竜峰から見送ったんだ。


「僕たちに協力できることがあれば、色々と協力したいね」

「はい、そのときは家族一丸となってお手伝いしましょうね?」

「うん、そうしよう」


 レヴァリアは、背中に乗る僕とルイセイネの楽しそうな雰囲気に露骨な舌打ちをしつつ、空を飛ぶ。

 よしよし、嫉妬しっとしちゃ駄目だよ、と僕が鱗を撫でてあげたら、口から火を吹いて睨まれちゃった。

 なんでさ?


 レヴァリアは、僕たちが王様と会っている間に、牧場で牛を狩ってきたらしい。なのでお腹は空いていないはずなんだけど、ちょっとだけ機嫌が悪い。

 僕が振り回しちゃっているからかな?


「いつもありがとうね? 僕はレヴァリアと出逢えて良かったと思っているよ」


 僕たちを乗せて飛んでくれる竜は、レヴァリアだけじゃない。ニーミアやリリィ、それにスレイグスタ老やアシェルさんもいる。だけど、荒々しく飛ぶレヴァリアは本当に雄々おおしくて、男心を奮い立たせてくれるんだよね。

 僕は、そんなレヴァリアが大好きです。


 紅蓮色の綺麗な鱗を撫でながら、レヴァリアの機嫌をとる。すると、レヴァリアは機嫌を直したのか、大小四枚の翼をさらに力強く羽ばたかせ、上昇する。

 雲を切り裂き、澄み渡る天空へとのぼったレヴァリアは、王者の貫禄かんろくで咆哮を放った。


「うわぁっ、綺麗だね」

「はい。青白く続く空がとても素敵ですね」


 秋が近い空はどこまでも澄んでいて、眼下に流れる雲の海と合わさって本当に幻想的だ。


「レヴァリアが雲の上まで飛べるようになったからこそ見れる景色だね」


 古代種の竜族であるニーミアやリリィも、雲の上まで上昇することはできる。

 だけど、レヴァリアは特殊な外見をしているとはいえ、普通の飛竜だ。それに、僕と出会った当初は、暴君と恐れられていても、まだ雲を越えることはできなかった。それが今では、こうして限界を突破することができている。

 ニーミアやリリィの背中から見る景色とはまた違った感覚で、僕とルイセイネは世界を感慨深かんがいぶかく見渡す。


 そして、あの雲は犬の形に似ているね、とか、あっちの暗い雲の下は天気が悪いのかな、なんてルイセイネとのんびり過ごす。

 家族大勢で騒ぐのも楽しいけど、こうして落ち着いて過ごすのも一興いっきょうだ。

 ルイセイネも興味津々で景色を見たり僕とお喋りしているけど、根が真面目な巫女様なので、双子王女様のように暴走することはない。


 そして、暴走といえばもうひとり。

 ユフィーリアとニーナの相棒であるマドリーヌ様だけど……


「きっと今頃は、ヨルテニトス王国の大神殿は大騒ぎになっているだろうね」

「その責任の一端いったんは、エルネア君ですからね?」

「うっ」


 僕とルイセイネは、今朝のことを思い出して笑いあった。






「おい、忘れ物だ」

「グレイヴ様、これは?」


 離宮を出立しゅったつする前。

 朝も早いというのに、僕たちを見送るために大勢の人たちが中庭に集まってくれた。そのなかのグレイヴ様が、僕に大きな手荷物を差し出してきた。


 中身を確認すると、可愛らしいお人形さんやぬいぐるみだけじゃなく、女性物の衣装や化粧品、それにお酒や食べ物が。


「いやいや、僕は女装趣味なんてありませんからね?」

「誰が貴様用だと言った?」

「ああ、こっちは王様か」


 もちろん、見送りのなかには王様の姿もある。

 女性物の衣装などは、きっとライラへだよね。

 お酒は、ユフィーリアとニーナが飲んじゃうだろうけど。


 グレイヴ様は、本当にお土産品を揃えてくれたみたい。

 そういえば、と思い出す。

 ずっと前に、グレイヴ様とアームアード王国の王都で初めて会ったとき。ちょっとしゃくさわる態度だったけど、自ら報酬を僕に渡そうとしたし、実は律儀りちぎな人なんだよね。

 僕とルイセイネは、グレイヴ様にお礼を言う。


「ライラへ、返信の手紙を頼むぞ」

「はい、確かにうけたまわりました」


 そして、お土産とは別に王様から直接手紙を受け取る僕。

 残念ながら、王妃様からの返信はない。

 だって、ライラの手紙はまだ王妃様の手に渡っていないだろうからね。


 王妃様は、山間部の避暑地ひしょちで未だに軟禁生活なんきんせいかつを送っている。

 王様や子供たちと和解したものの、難しい過去があるからね。そう簡単には軟禁生活は解除されないだろうし、だからこそ容易に物資や人の往来も許されてはいない。

 王妃様へライラの手紙が渡るのは、きっともう少し先のことだ。必要物資の定期便に合わせて渡されることになる、と王様から説明を受けていた。


「それと、貴様にはこれだ」

「ええっと、これは?」


 お土産に続き、グレイヴ様がこちらに差し出してきた物を見て、僕は首を傾げる。

 ひとつは、立派な直剣。

 両刃で肉厚な刀身は、どことなく白剣を思わせる。ただし、緻密ちみつな細工がつばさやほどこされてあったり、小さいながらきらりと輝く宝石が埋め込まれていたりと、随分と豪華な作りになっている。


「事情は知らんが、まあ、持っていけ。あの白い剣にはおとるだろうが、これでも国宝級の呪力剣じゅりょくけんだ」

「えええっ、そんな剣を僕に!?」


 しまった、と僕とルイセイネは顔を見合わせてしまう。

 こんなことになっちやうなら、きちんと説明しておくべきだったかな?


 僕は現在、白剣を帯びていない。

 魔王に没収されちゃったからね。

 いずれは取り戻さないといけないんだけど、でも、切羽詰せっぱつまっているわけじゃない。

 だけど、グレイヴ様たちのように僕のことをよく知る人物から見れば、僕の今の姿はとても異常に映っていたのかもね。


「ええっとですね……」

「ええい、何も言うな。それはこれまでの礼を込めて贈るものだ。素直に受け取っておけ」

「はい、ありがとうございます」


 グレイヴ様は、あえてこちらの事情を聞こうとはしなかった。それはそれで困りものなんだけど、せっかくの善意を否定するのも気が引けちゃう。それで、僕は素直に呪力剣を貰うことにした。


 次に、もうひとつの品に目を通す。

 ずっしりと重い巾着袋きんちゃくぶくろには、これまた手の込んだ刺繍ししゅうが施されていた。

 だけど、巾着の模様よりも中身が気になります。

 ひもゆるめて、恐る恐る覗き込む僕とルイセイネ。


「あらあらまあまあ、これはとても貴重な物ですね」

「本当に、こんなに凄い物を貰っても良いの?」

「なにが凄い物だ。ただの大きな宝石にすぎん」

「いやいや、大きさの前に、宝石ってだけで一般庶民には凄いものですからね!」


 巾着の中には、水晶すいしょうのように透明で巨大な宝石が収められていた。

 透明な宝石は拳大ほどの大きさだけど、どうやら原石のようで、まだ磨かれてはいない。


「値打ちはともかく、それは俺個人が所有していたものだ。遠慮なく持っていけ」

「宝物庫から、とかじゃないんですね?」

「呪力剣の方はそうだな。だが、その宝石は俺が自ら手に入れたものだ。将来はそれに呪力を込めて武器でも造ろうかと思っていたのだがな。生憎あいにくと、その大きさの鉱石に呪力を込められる呪術師を見つけられずにいた」


 呪力剣には、特別な宝石が嵌められている。そこに呪力が込められているからこそ、普通の武器では到底出せないような威力を発揮できるんだ。

 ただし、呪力を纏った武具は、普通の武具の何倍、何十倍も貴重で高額なんだよね。

 それもそのはず。呪力武具に込められる宝石や宝玉は、呪術師が生涯しょうがいをかけて作りあげるものなんだ。


 僕が貰った呪力剣にも、小粒とはいえ幾つかの宝石が嵌められている。

 きっと、これも凄い代物なんだろうけど。

 グレイヴ様から贈られた宝石は、原石ながら拳大ほどもある。この大きさに見合う強力な呪力を持つ呪術師は、なかなか見つからないだろうね。


 とはいえ、僕にだって呪術師の知り合いは少ない。というか、ひとりしか知りません。

 スラットンのお嫁さんの、クリーシオだ。

 彼女なら、この宝石に呪力を込められるかもしれないけど。でも、クリーシオなら既に、一生を掛けて込める自前の宝石くらいは持っているはずだよね。


 ちょっと使い道に困りつつも、僕は宝石を譲り受ける。

 暫くは寝かせておくことになるだろうけど、きっといつか、使い道は出てくるはずだ。


 僕はお礼を言って、呪力剣を左腰に帯びる。

 久々に腰へずっしりとした荷重がかかり、ふらつく僕。

 情けない姿に、みんなが笑う。


 そうしてなごやかに別れの挨拶を交わしていると、遠くから騒がしい気配が。


「巫女頭、そんなに走ってははしたないですよ」

「むきぃっ、私にひと言もなく帰るのは許しませんからねっ」

「巫女は朝から大変だべなっ」


 振り返らなくてもわかります。

 あの人ですね?

 あの人が、全力疾走でやってきたんですね?


「マドリーヌ様、おはようございます」

「はぁっ、はぁっ、間に合いました」

「疲れたべ」


 清廉潔白せいれんけっぱくな巫女様には相応しくない姿。走りやすいようにはかますそたくし上げて走り寄ってきたマドリーヌ様。それと、ルビアさんと付き添いの巫女様。

 どうやら、ルビアさんは今朝から早速、修行に入ったようだ。

 そして、早朝ということもあり、マドリーヌ様は大神殿での朝のお勤めを済ませて、急いでやってきたんだね。


「マドリーヌ様、そんなに慌てなくても、僕たちは逃げたりしませんから」

「嘘を仰い。現に、こうして私がいないうちに出立しようとしていらっしゃいました」

「思い込みです!」


 僕とルイセイネは、マドリーヌ様の決心が揺るがないように配慮していたんだよ?

 そもそも、出立することは昨日のうちに伝えていたし、いずれマドリーヌ様をきちんと迎えに来ると約束しあっていた。


「エルネア君、いいですね? 絶対に私を迎えにきてくださいね? でないと、私の方から行きますからねっ」

「それだけは駄目ですよ。ちゃんと後継者の人にお役目を引き継がなかったら、僕の家族には迎えませんからね」


 僕とマドリーヌ様のやり取りに、周囲からどよめきが起きる。

 どうやら、噂に強い高官の人たちはともかくとして、竜騎士や近衛の人たちには初耳だったみたい。

 会話の内容から、マドリーヌ様の想いを知った人たちが騒ぎ始め、徐々に大きな波へとなっていく。

 なかには、すぐさま話を広めようと、小太りの貴婦人さんが走っていく姿も。


 やれやれ、ヨルテニトス王国はこれから賑やかになるぞ、と僕とルイセイネは他人事のように笑う。


「それでは、わたくしもそろそろおいとまさせていただきます。そうそう、この狐はお邪魔でしょうから、先に送り届けてさしあげます」

「大丈夫かなぁ……」


 どうやら、職務放棄をしていたシャルロットも、ようやく帰る気になったようです。

 相変わらずシャルロットを恐れて石化しているオズを抱えて、極悪魔族はすうっと空間に消えていく。

 ただし、消える前に、その存在に相応しい恐ろしい言葉を残していった。


「人族の王よ。また来年もお待ちいたしております」

「ひえっ」


 これが伝説の空間転移か、という感動も一瞬で消し飛ぶ。王様は、顔を引きつらせながらシャルロットを見送った。






 僕たちはこうして、早朝から賑やかなヨルテニトス王国を出立したわけだけど。

 気づけば、風景は随分と変わり。


 というか、時間も過ぎて。


 手が届きそうで届かない大空に、満天の星々が輝いている。

 そして、眼下を流れる雲の薄い切れ間の先。深く暗い影を落とす広大な森と光のない草原の間の大地に、人工的な星々が見え始めた。


「レヴァリア、お疲れさま」


 夜の空から見下ろすと、アームアード王国の王都にも随分とあかりが戻ってきたことがわかる。

 僕たちは街の灯りを頼りに、実家を目指して今日最後の空中散歩を楽しんだ。

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